VOL.16 懊悩(実桜)
真が初めて店に来てから、四ヶ月近くになる。
その間、真が店に来たのは十回に満たない。
来店回数としては、多いほうではない。
それでも、最初に同伴してから、必ず食事に誘ってくれるようになった。
一度だけ、真の仕事の都合で時間が取れず、店の近所で落ち合ってくれた。
何度目かのとき、店には同伴ポイントというものがあり、成績に響くという話をしたのを、真はしっかりと覚えてくれていたのだ。
食事もしないで一緒に店へ入っただけで、同半料なるものを取られるのを承知で、そうしてくれた。
多分、頻繁に来れないことや、延長したりボトルを入れたりすることが出来ないのを負い目に感じているのだろう。それで、少しでも自分の特になることを考えてくれているのだ。
実桜には、それが痛いほどよくわかっている。
そんな真の気持ちが、実桜には新鮮だったし、嬉しかった。
大抵の客は、わずかのお金を惜しんで、そんなことはしてくれない。自分を指名してくれる客であっても、キャストの飲むドリンクをケチる男もいっぱいいる。
わずか千円や二千円のお金を惜しむくらいなら、こんな店へ遊びに来なければいいのに。
そういったセコイ客に遭遇する度に、実桜はそう思う。
そういう客に限って、いっぱしの客面をする。
タチが悪いのも甚だしい。
大金を使う客でも、紳士はそうはいない。
高価なプレゼントをくれたり、高いお酒を入れてくれたりするものの、本当の意味で実桜に気を遣ってくれる男は滅多にいない。お金さえ使えば、ブランド物のバッグや高い宝石さえ買い与えておけば、女はみな喜ぶものと勘違いしている男は非常に多い。
確かに、そういう女性はいる。
が、そういった女性も、片方では男に貢がせて、片方では好きな男に貢いでいたりする。
自分が贈った物が換金され、そのお金が彼氏に渡っていることを知ったら、どんな顔をするだろう。
実桜は、男なんて、本当に馬鹿な人種だと思っている。
まあ、まっとうな人間は、こんな店に来ないだろうし、来たとしても、楽しく飲んで帰るだけだ。一人のキャストに入れあげて、くどいたりはしない。
そういった意味では、真は稀有な存在だった。
普通、指名客といっても、大抵は三ヶ月くらいで来なくなる。飽きるか、落とせないと諦めて、他に落とせる女を求めて店を替えるのだ。
真は、実桜をくどくこともなく、ただ他愛のないおしゃべりをするためだけに実桜と同伴し、店へ来てくれる。
実桜にとっては、楽をして売上に繋げられるのだが、それでも、どこか物足りなかった。
自分に気があるのか、ないのか?
実桜は、真の真意を測りかねていた。
実桜がこんなことで戸惑い、悩むのは珍しい。
いつもだったら、なにも考えずに、ただ良い客として接するだけなのに、真に対してはそれが出来なくなっている。
自分のことを好きだったら、デートしたいとは思わないのか?
抱きたいとは思わないのか?
男としては、当然の欲求だ。
その欲求を、果たして、抑え切れるものだろうか。
それを確かめるため、実桜は最近、わざと真に身体を密着させるようにして座っている。だが真は、自分から身体を密着させることもなく、離れることもなく、自然体で向き合っている。
真がもっと女ずれしているようだったら、自分から誘っていたかもしれない。
真の人の良さは、女性を傷つける。
実桜も、真に会うと嬉しい反面、どこか傷ついてもいた。
もっと、女性の気持ちを理解しろ。
そう言いたかった。
真は、どこか掴みどころがない。
最初は、御しやすいと思った。
彼みたいな男は、自分のような女が苦手だろうと思ったが、黒服がチェンジを告げに来たとき、半ば強引に押してみた。
そのときは、少しでも売上を上げるためだった。
一時間真と話していて、楽だと思った。
こんな男を常連にすれば、辛い仕事の清涼剤になると思った。
真は接待で来ていた。
自分からは来ないだろうと思ったが、メールで誘いをかけてみた。
メールの誘いに乗って、二度三度と来店する男は、大抵は自分に気があるものと勘違いして、直ぐにデートやホテルに誘ってくる。ましてや、同伴しようものなら尚更だ。
それに、私生活にも踏む込みたがる。
彼氏はいるの?
結婚してるんじゃないの?
休みはなにをしてるの?
そんな不躾な質問を、平気で浴びせてくる。
そんなことは、おまえには関係ない。彼氏がいようが、結婚していようが、あんたに教える義務はないし、休みになにをしていようが、こっちの勝手でしょ。
そう返したいのを、笑顔で受け流すのは辛い。
最近は、ネットで物知り顔に、キャバ嬢の攻略法なんかを謳っているサイトが乱立している。馬鹿な男どもはそれを鵜呑みにして、キャバ嬢を攻略しようとやってくる。
キャバ嬢といえども、普通の女性なのだ。恋もするし、傷つきもする。
あんなサイトを立ち上げるような奴は、一体、キャバ嬢をなんだと思っているのか。
俺のことが好きなんだったら、店に来なくても、外で会ってくれるよね。
最近は、そう言って迫る客も多くなった。
そう言われる度に、反吐が出そうになる。
なんで、あんたなんかとプライベートで会わなくちゃいけないの。こっちは仕事だから、優しくしてやってるのよ。
そう言いたいところを、自分はプロなんだと言い聞かせて、寸前のところで止めている。
酷い奴になると、実桜ちゃんが駄目だったら、誰か枕してくれる娘を紹介してよ、と言ってくる客もいる。
真は、そんな客の誰とも違った。
自分の打ったメールがどこまで響いているのかわからないが、いくら甘いメールを打とうが、どれだけ同伴しようが、真は図に乗ってくることはない。
少しはフレンドリーになってきたものの、最初に来たときから、あまり変わってはいない。
今では実桜も、そんな真に気を許している。だから、同伴のときにトイレに行く。
昼間の仕事が終わってから、待ち合わせの場所に移動するのにあまり時間はないし、店では仕事優先なので、たとえ着替えのときでも、出来ることなら行きたくはない。
真は嫌な顔ひとつせず、快く頷いてくれ、化粧直しで多少時間がかかっても、嫌味も文句も言わない。
指名が被って他の客のとこへ行くときでも、行ってらっしゃいと送り出してくれ、席へ戻ると、お帰りと、快く迎えてくれる。大抵の客は、同伴中にトイレに行ったりメールをするのを好まないし、指名が被ったときは嫌な顔をする。
みんな自分のことしか考えてなくて、実桜の仕事を理解し、気遣っててくれる客なんていなかった。
そんな奴に限って、口では甘いことを言う。
だが、実際に指名が被ったりすると、嫌味を言ったり、文句を言ったり、果ては、腕を掴んで引き止めたりする。
これだけ貢献してやってるのに、他の男なんかうっちゃっておけよ。
やっぱ、営業トークか。俺のことなんて好きじゃないんだな。
俺が来るのをわかってて、なんで他の男を呼ぶんだ。
実桜が呼んだわけでもないのに、そんなことを言われても、実桜にはどうしようもない。
客もそれはわかっているのだろうが、男というものは、いらぬプライドと独占欲が強すぎる。
しかし、どんなに具合が悪くても、実桜のことを気に入っているということは確かだ。
真も、自分のことを気に入ってくれているとは思う。
だからお店にも来てくれるのだろうし、同伴もしてくれる。あまつさえ、食事が出来なくても、お店の前で待ち合わせまでしてくれる。
なのに、一切くどきもしなければ、他の客に呼ばれたときに嫌な顔を見せることもない。
実桜の思惑通り、これほど楽な客はいない。
手放しで喜んでいいはずだが、実桜は喜べなかった。
実桜は、真がどういうつもりで店に来てくれるのか、あまつさえ、同伴までしてくれるのか、それが気になってしかたがなかった。
自分のプライドが傷ついているのもあるが、それより、真が自分のことをどう思っているのか、切実に知りたいと思っていた。




