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真実の恋  作者: 冬月やまと
13/41

VOL.13 ある日の夜(真)

「きのうは、ほんとうに楽しかったよ❤

 まこちゃんとなら

 いくらおはなししていても飽きないな」

 同伴の翌日に来た実桜からのメールで、真の胸は、またもやときめいた。

 こんな他愛もない文章でときめくなんて、俺はどうかしているぞ。これも、営業なんだ。

 必死で自分に言い聞かせるのだが、ときめく心を抑えることはできなかった。

 そのメールに返信しなかったことが、真にとって、最大限の抵抗だった。だが、次の日の昼休みに来た実桜からのメールに、脆くも真の牙城は崩れ落ちた。

「きのう返事くれなかったね

 まこちゃんは楽しくなかったの?」

 実桜が、こんな恨みがましいメールを送ってくるのは、初めてだ。

 普通、営業であれば、こんなメールは送ってこないだろう。こんなメールでは、客を怒らせるか、勘違いさせるだけだから。しかし、真の性格を読んで、わざと送ってきた可能性もある。

 そんなことを考えたのは、ほんの一瞬だった。

 真は直ぐに罪悪感に駆られて、実桜に返信していた。

「ごめん。昨日は忙しくって、返信できなかった

 俺も楽しかったよ

 また、食事しようね」

 しなくてもいい言い訳をし、あまつさえ、次に行くことの言質まで与えてしまった。しかも、同伴でだ。

 返信してから直ぐに、自分の意思の弱さに、激しい自己嫌悪に陥った。

 これまで、女性に対しては常に真剣に向き合ってきた真だが、ここまで舞い上がったことはない。真剣に向き合いながらも、どこか冷めた目で自分を見つめているところがあり、それが真を自制させていた。

 今も、客観的に見つめようとはしているのだが、どうもうまくいかない。

 実桜は、どう考えても自分の好みではないし、自分には合わないだろうと思うのだが、なぜか真の頭は、実桜で埋め尽くされている。

 これが、プロの恐ろしさか。

 そう思うと、真の背中を戦慄が走る。

 いや、自分さえしっかりしていればいいんだ。これは遊びなんだから、堅苦しいことは考えず、もっと楽しめばいい。

 相手がプロのキャバ嬢だということさえ忘れなければ、泥沼に嵌ることもないだろう。

 そんなことを考えている時点で、すでに実桜の術中に嵌っているのだが、真はそのことには気付いていない。

 そんな葛藤を繰り返しながらも、真はチェーン店のレストランの新規開拓に忙殺されていた。

 どれだけ実桜のことを気にかけようが、仕事には影響させない。これが、真の良いところである。

 その点では、真もプロだった。

 実桜と初めて同伴してから、二週間が過ぎた。

 どれだけ自分を抑えていても、実桜に会いたい気持ちは募るばかりだ。しかし、チェーン店の仕事も佳境に入っており、どんなに合いたいと思っても、実桜と会う時間が取れないでいた。

 実桜からは、やはり毎日メールが来る。

 最近は、真の寝る時間を見計らったように、おやすみメールも来るようになっていた。

 それ以外は、相変わらず他愛のない短い文章で、会いたいとかお店へ来てとかいった言葉は使われていない。

 そして、今では、お店が休みの日でもメールが来るようになった。

 真は、どこまでが営業で、どこまでが本気か測りかねていたが、それでも、夜も休日も仕事に忙殺されている真には、ずいぶんと励みになった。

 真も、二日に一回は、実桜にメールを返していた。

「いつも、メールありがとう」

「実桜ちゃんに会えるのを励みに、仕事頑張ってるよ」

 こんな調子である。

 もっと気の利いた台詞を並べたいのだが、こんなことに慣れていない真には、これが精一杯だった。

 今は返事を返す自分に、もう自己嫌悪を感じていない。

 本当に実桜のことが好きなのか、自分が実桜の術中に嵌っているだけで錯覚しているのかは今もって判断できずにいたが、二週間会っていなくても、実桜に会いたいという気持ちが薄らいでいないことは確かだ。

 それから、さらに一週間が過ぎたある日のこと。

 その日は九時から、真の最も苦手とするお客との飲み会が入っていた。

 真は朝から憂鬱な気分で、珍しく仕事にも身が入らなかった。

 その客(仮にX氏としよう)は、得意先ということを嵩に来て、いつも真を見下し、まるで下僕のように真を扱った。

 これが大口でなかったら、とっくに縁を切っているところだが、そんなことをすれば、真ひとりの首では済まず、上司や会社にまで多大な迷惑をかけることになる。それほど、会社にとって重要な得意先だった。

 九時というのも、その客の行きつけのクラブの、お気に入りの嬢が九時入りだからだ。

 そんなに遅く入れるということは、売上上位の、かなりの人気嬢ということだ。

 そんなホステスを指名するのが、その男の自慢らしい。

 といっても、X氏は自腹で行くことなど滅多にない。

 クラブというものは、キャバクラより数段値が張るからだ。サラリーマンのX氏の給料では、そう頻繁に行けるものではない。

 だから、行きたくなれば、購買部の課長という職権をフルに利用して、仕入業者にたかっていた。

 それを自慢げにホステスにも言うものだから、ホステスには嫌われている。

 冷静に傍で見てればよくわかるのだが、気付いていないのは本人だけだ。

 店としては、誰がお金を払ってくれてもいいわけだから、なるべく店に来てくれるよう、X氏を表面上は大切にする。そんなX氏と店の対応を見るにつけ、あさましいと、いつも真は思っていた。

 そんなこともあり、真はキャバクラやクラブには興味が湧かなかったし、実桜のことも、今一つ信じきれずにいた。

 約束の時刻が迫ってきた。

 真は、無性に実桜の顔が見たくなった。

 セクシーキャットから、X氏との待ち合わせ場所はそれほど遠くない。徒歩で十分ほどだ。

 七時を回った頃、真は意を決して会社を出た。今から行けば、四十分近くは実桜と会える。

 実桜が同伴しているかどうかも確かめないで、真はセクシーキャットへと向かった。

 店へ入り実桜を指名すると、暫く待たされた。

 どうやら、実桜は同伴していたようで、中々真の席へやってこない。

 真はやきもきしながら、ヘルプに付いた女の子の話に相槌を打っていた。

 真が席へ着いて十分ほどしてから、実桜が現れた。

「どうしたの? びっくりした」

 実桜がなんともいえぬ微笑を、真に投げかけた。

「来てくれるのなら、前もって連絡くれればいいのに。まこちゃんだったら、優先的に空けておいたのに」

 少し恨みがましい口調で、軽く睨んでくる。

 真が、手短に事情を説明した。

「だから今日は、実桜ちゃんに勇気をもらいに来たんだ」

 そう締め括った。

「うれしい。まこちゃんに頼られるなんて、幸せ」

 実桜が真の膝に手を置いて、頭を肩に乗せてきた。

 たとえ営業だとしても、真は来てよかったと思った。

 これで、今夜は乗り切れる。

 そんな真にもっと勇気を与えてくれたのは、黒服が実桜を呼び来たときだ。

 指名の相手が被った場合、大抵は十分から十五分置きに、指名客の間をいったりきたりする。

 実桜は黒服に頷きはしたが、席を立とうとしなかった。

 それから何度か黒服が実桜を呼び来たが、実桜は真の側を離れようとしない。とうとう真が帰るまで、実桜は真の側にいた。

 真も実桜に悪いと思い、まだ十分くらいは店に居れたのだが、早めに出ることにした。

 実桜の笑顔に送られて、真は実桜の心遣いを嬉しく思い、また、実桜が後で客と店に怒られはしまいかと心配になった。

 ともあれ、真は幸せな気分だった。

 今日は来てよかった。これで、なんとか乗り切れる。

 実桜の心遣いが真の胸を熱くし、真に勇気を与えていた。

 店に来るまでの思い気分は消し飛んでいて、真は足取りも軽く、X氏との待ち合わせの場所へと向かった。


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