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真実の恋  作者: 冬月やまと
10/41

VOL.10 初めての同伴(実桜)

 あれから、一日に一度は、真にメールを送るようにした。

 次来てくれれば、少なくとも一定期間は通うようになってくれるだろうと踏んだからだ。そのために は、わたしのことを忘れさせてはならない。そして、真の律儀さを、最大限利用しなければと考えた。

 まず大事なのは、来店後のメールである。真が返事を返しやすいように、昼休みの時間帯を狙った。

「まこちゃん最高❤

 まこちゃんとおはなししてると

 お仕事忘れちゃう♪」

 自分が、さも楽しかったということを前面に押し出した。それと、真が特別な存在だということも、さりげなく匂わすようにした。

 普通の客に打つのだったら、違う表現にする。

「まこちゃん昨日はありがと

 まこちゃんとお話ししてると時間を忘れちゃう

 またお話したいな」

 ざっと、こんな文面になる。

 実桜は、いくら営業だからといって自分に嘘はつけないし、つきたくもない。それに、男に言い寄られる口実を与えたくもない。

 嫌な客に最高などという言葉は使いたくない。使えるものなら、最低という言葉を織り込みたいくらいだ。時間を忘れるというのは、嘘ではない。退屈で苦痛な時間をやり過ごすには、時間を気にするより、忘れるほうがいいのだ。

 仕事は、決して忘れない。嫌な客だと、これは仕事なんだ、わたしはプロなんだと、常に言い聞かせていなければ保たないからだ。

 またお話したいなということは、また店に来て金を使えということに他ならない。だから、通常の客に打つメールは、これで十分効果があるし、嘘ではない。

 真は、実桜にとって最高の客、言い換えれば楽な客だ。事実、真と話していると、これは仕事だと言い聞かせなくても、時間はあっという間に過ぎてゆく。

 またお話したいなんて打たなくても、真なら、これだけで伝わるだろうとも思っていた。

 彼は情に脆く、そして、情に流され易い。

 実桜は、真のことをそう見ている。

 ともあれ、実桜が毎日メールを送るようになって、自分の言ったことを忘れていないのだろう。真は、律儀に三回に一度はメールを返してくれた。

 実桜は、なんの変哲もない短い文章を送り続けることにより、真に自分の存在を植え付けようとしていた。

 二度目に真が店に来てから、三週間が経っていた。その間、たまにメールは返してくるものの、店に来るということはないし、いつ来るなんてメールもなかった。

 実桜は痺れを切らし、戦略を変えることにした。

「元気してる? 

 しばらくあってないね

 ちょっとさみしいな」

 真を店に誘いだすのが目的だが、真を気遣う気持ちと、寂しいという気持ちは本物だった。

「明日以降で、空いてる日ある?」

 直ぐに返信がきた。

 実桜の心が躍った。

 自分の戦略がまんまと嵌ったという喜びではなく、真に会えるという喜びからだ。

 それに気付いて、実桜は少し戸惑った。ともあれ、この機会を逃すわけにはいかない。真に選択の余地を与えてはいけない。

 実桜は咄嗟に判断し、即座にメールを返した。

「あした大丈夫だよ

 なんじ頃に来る?」

 そこは、百戦錬磨のプロである。真の心象を害さぬよう、さりげなく決定事項として返した。

 普通の客だと、「なんでおまえが勝手に決めるんだ」とキレたり、「まだ決めてないよ」と逃げたりするが、真のことだ。これで、明日来ないわけにはいかないだろうと、実桜は自信を持っていた。

 実桜の狙いは当たった。

「じゃ、明日行きます。八時くらいかな」

 真から、直ぐに返信がきた。

 実桜は、いつも八時に店に入ることを、真に話していた。その時間に合わせてくれたのだろうと、実桜は思った。そして、これを利用しない手はないとも。

「八時だったら、いっしょに入らない?

 まこちゃんお店に一人でくるのは初めてでしょ」

 さも気を遣っているように見せかけて、同伴に持ち込もうとした。

 同伴すれば余分にお金がかかるが、真はそんなことでいちいち文句は言わないだろうと、これも実桜は踏んでいた。

 同半料といっても、実桜に入ってくるお金はたかがしれている。しかし、同伴するのとしないのとでは、ポイントが違うのだ。

 店のノルマはきつい。売上もそうだが、月に何回という同伴のノルマもある。それをクリアしていけば、自分の立場も時給も上がっていく。クリアできなければ、いつまでも時給は上がらない。それどころか、減給にもなりかねない。

「了解です。もし良かったら、その前に食事でもしませんか? 

 時間がないのだったら結構です」

 真から返ってきたメールは、実桜の想像を超えていた。

 文章も丁寧だし、気を遣ってくれているのも読み取れる。

 これまで、客からこんなメールをもらったことはない。いつも、居丈高か恰好をつけた内容のものばかりだった。

 実桜は、昼間も働いていることを真に話していた。それを覚えていてくれて、気を遣ってくれたのだろう。

「うれしい❤

 じゃ、七時でどう?」

 実桜は打算も忘れて、本心で返していた。

「なにがいいかわかんないので、実桜ちゃんの食べたいお店にしよう」

 その文面からは、優柔不断さも、媚を売っているようにも感じられない。素直に自分に気を遣ってくれているのが伝わってきた。

 不思議だ。これが他の客だったら、そうは思わない。単に優柔不断なだけか、媚を売っているようにしか思わなかっただろう。

 実桜は、自分が打算で同伴に持ち込もうとしたことを、ちょっぴり恥じた。

「ありがと❤

 あしたまでにきめておきます」

 お客に対して、これほど素直な気持ちでメールを返したのは、実桜にとっていつ以来のことだろう。この世界に飛び込んで暫くは、そんな時期があったような気がする。

 メールを返したあと、実桜は真をどこへ連れていこうかとあれこれ考えた。結果、一番親しみやすく、値段も手ごろな店へ行こうと結論をだし、早速その店を予約した。

 次の日の昼、店を予約したことは伏せておいて、待ち合わせ場所だけを真にメールした。

 実桜は約束の時間丁度に、待ち合わせ場所に行った。

「今日はありがと、誘ってくれて。嬉しかった」

 真の顔を見ると、自然と顔が綻ぶ。

 今日の実桜は、店と違う雰囲気を出そうと思い、黒いワンピースで身を固めてきた。派手ではないが、黒が自分を引き立たせることを、実桜は十分承知している。

 真を惹きつけるというより、魅力ある自分を見せたかったのだ。

「どこへ行く?」

 真は、緊張を悟られまいと務めて陽気な声を出している。それが、実桜には手に取るようにわかった。 そんな真を、実桜は可愛いと思った。

「実はね、もう予約してあるの」

 そう言って、実桜は昨夜予約した焼き鳥屋に、真を連れていった。ここだと店にも近いので、落ち着いて食事もおしゃべりもできる。

 しばらく会話をしているうちに、真の緊張がほぐれていくのが、実桜にはわかった。

 普通、同伴で食事をしていると、恋人気取りになる客が多い。自分が好きだから付き合ってくれていると思い込んで、まるで彼氏のように振る舞う。

「勘違いしてるんじゃないよ。仕事だから、あんたに付き合ってあげてるのよ」

 ときどき、そう叫びそうになることがある。

 真は違った。店でのときと同じように接してくれた。

 親しみを込めながらも馴れ馴れしくしないし、適度な気遣いをみせてもてくれた。

 こんな同伴も、実桜には久しぶりだった。あっという間に、時間が過ぎ去った。

 これからお店へ行って、まだ暫く真と話せる。

 出勤時間が迫る中、もっと真と食事を楽しみたいと思ったが、自分にそう言い聞かせて、実桜は「そろそろお店へ行かなくっちゃ」と席を立った。


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