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9:元同僚の昔話 3/4

 頭上ではラヴィーネ達に気付いた小型翼竜達が絶え間なくけたたましい声を上げながら飛び回り、攻撃の機会をうかがっている。

 騎士団と出撃した際、骨の檻は基本的に後方支援をする。

 攻撃を防ぎつつ相手の防御力低下や足を遅くさせたりと、補助魔法をかけるのが基本となる。

 変に骨の檻が攻撃に出てしまうと、統率のとれた騎士団の動きに支障きたすか、攻撃に巻き込まれてしまう為だ。

 今回もラヴィーネは騎士団全体に熱さ耐性の魔法をかけ、ある程度の高さの所に小型翼竜が降りて来たら動きを制限するよう、半球型の結界を辺りに張り巡らせる。

 初陣のエマもここでは大切な戦力。

 騎士団の動きを軽くし、攻撃強化の術を剣にかけていった。


 そこからはもう人の叫び声なのか小型翼竜の声なのか、はたまた地が崩れる音なのか何なのか判別がつかなかった。

 常に地は揺れ頭上からは炎と鋭い爪が降り注ぎ、渓谷沿いに至っては下からも横からも荒れ狂う炎が吹き荒れる。

 いくら骨の檻とは言え実戦経験など全く無いエマは、渓谷沿いの岩陰でひたすら呪文を唱えながら、傷付き倒れる騎士を横目にただただ体を震わせていた。

 あまりにも小型翼竜の数が多く、想像以上に騎士達が傷付き脱落していく中、痺れを切らしたラヴィーネは後方支援はエマに全て任せると、自分は前線に立つと攻撃に転じ、次々に小型翼竜を打ち落としていく。

 しかし、怯えきったエマに戦場全てを見渡す余裕は無かった。

 腰を抜かしながら必死に騎士とラヴィーネに魔法をかけ続けていたエマの死角になる位置、丁度エマの真下から小型翼竜が岩を砕きエマに襲い掛かったのだ。

 それを目撃したラヴィーネは、攻撃魔法を飛び掛かって来る小型翼竜達目掛け放ちながら、とっさにエマの腕を引き近くの木に投げ飛ばした。

 だが、岩が砕かれ体が宙に浮いた瞬間、エマは無意識に全ての魔法を解除してしまっていたのだ。

 小型翼竜の牙と爪に腕と背中を深く切り裂かれたラヴィーネが体勢を立て直すより早く、頭上から落ちて来た炎の雨にまかれ、魔法を発動する事も出来ず渓谷の底へと落ちていってしまった。

 

 そこまで話し終わるとエマは小さく一度体を震わせ深呼吸をし、落ち着きを取り戻そうと震える手でラヴィーネの髪をぎゅっと握りしめる。

 

「ラヴィーネが前線を離脱した事で、騎士達は撤退を決断したわ。もうどうやったって勝ち目が無かったもの」


 ラヴィーネの三つ編みを解き、ゆっくりと確かめる様に梳くエマの手は、相変わらず小さく震えている。

 小型とは言え相手は竜。

 その牙と爪に引き裂かれ炎にまかれ渓谷に落ちていくラヴィーネの姿を想像するだけで、ぎゅっと目を瞑りすぐその情景を頭から引き剥がしたくなる。

 持っていたお茶をテーブルに置き直したルーファスは、労るようにエマの肩に手を添える。

 すると驚きで顔を跳ね上げたエマは、しばらく目を丸くしルーファスを見つめていたが、緩やかに口元に笑顔が戻り始めると最後は肩を揺らして笑い出した。


「あははっありがとう。大丈夫。もう八年も前の事よ。……そう、あの時ラヴィーネはまだ二十歳だったのよね」

「ラヴィーネは今二十八? ……さっきの話より、ラヴィーネが俺と四つしか変わらないって事の方が衝撃的だ。悪いがもっと幼く……」


 顔を強張らせラヴィーネに視線を落としたルーファスに、エマはたまらず体を折り曲げ笑い始めてしまった。

 ルーファスは三十二歳。ラヴィーネの事はそれこそ二十歳になるかならないか位だと思っていた為、必要以上にあれこれ世話を焼いてきていた。

 しかしそれが自分と然程変わらないと知り、一体どう言う顔をして接したら良いのか分からなくなって来たのだ。

 ルーファスがたまらず髪をかき上げ沈む様にソファに背中を預けると、ようやくエマが呼吸を整え口を開く。


「本当にそうよね。元々性格もそうなんだろうけど、見た目が二十歳の時から――渓谷に落ちたあの時から全く変わってないのよ。詳細は知らないけど、きっとこの角と関係があるんでしょうね」


 エマは時折笑いを堪えるように声を詰まらせつつ、ラヴィーネの角を撫でながら呟く。

 すると、先程まで髪を弄られても頬をつつかれても眉根を寄せるだけだったラヴィーネが、エマの手から逃れるように小さく身動ぎする。

 

 詳細は分からないけれどと前置きをし、エマは再び話の続きを語り出した。


 小型翼竜殲滅に失敗したエマ達は、動ける者だけでどうにか王都まで帰還した。

 魔法で負傷者の治療を行い連れて帰ろうとするエマだったが、同行していた騎士団長がそれを阻止し、泣き崩れるエマを背負い歩いた。

 自分では無く仲間の騎士を助けたらどうだと泣き叫ぶも、ラヴィーネが居ない今、エマまで失ってしまえばそれこそ今動ける者も、無事に帰れるか分からない。

 騎士団長は負傷者した部下では無く、今動ける者達の為最善を尽くす判断を下したのだ。

 エマが余力を残した状態のまま、一刻も早く現場を離れる必要があった。


 帰りは五日かかった。

 戦闘をしながら残ったぎりぎりの力を振り絞り王都に帰還するや、すぐにまた新たな小型翼竜殲滅の作戦会議が、騎士と骨の檻の間で行われた。

 生憎、その時王都付近で任務に当たっていた骨の檻はラヴィーネのみで、代わりを呼び寄せた所で最短でも二ヶ月はかかる。

 しかし、騎士団も骨の檻も再びエマを派遣する事は無かった。

 新人には余りにも難しい戦いだと言う事と、それ以上に、エマ自身が目の前でラヴィーネを失ったショックから立ち直れずにいたのだ。

 幸いにも小型翼竜の群生地は人里から離れた場所。

 今は様子を見ながら戦闘に備えるしか無いと言う結論で話し合いは決着した。


 その後エマは戦闘に出れずにいた。

 骨の檻に入ってすぐの新人が陥りやすい事だが、目の前で強大な力と人が死んでいく様を見せ付けられると、それまで当たり前に使えていた魔法が、どうにも使えなくなってしまうのだ。

 エマは一週間ほどで体の傷が癒えたものの、いざ魔法を使おうとするとあの殲滅戦の光景が蘇り、ひたすら吐き続けるという状態。

 教会や骨の檻がエマのカウンセリングを幾度となく試みるも、一番大事な時に魔法を解除してしまったと言う思いに囚われ、全く治る見込みも無かった。


 そんな事が二ヶ月も続いたある日。

 ようよう骨の檻を辞めようか悩むエマの元に、ふらりとラヴィーネが帰って来たのだ。

 ラヴィーネは殲滅戦の時の切り裂かれた服のまま、骨の檻本部の裏の石段に背中を丸め座っているエマに、被っていたフードを脱ぎ捨て軽く片手を上げ力無く笑うと、糸が切れた様にその場に倒れ込んだ。

 夢か現実か。

 何が起きてるか理解するどころか、エマは頭が真っ白な状態ながらも無意識のうちにラヴィーネに飛び付き体を支える。

 するとラヴィーネは意識は無いものの確かに呼吸し、布越しにエマの手にほんのりとラヴィーネの温もりが伝わってくる。

 ラヴィーネが生きている。

 その事実がゆっくりとよる波の様にエマの心と体を支配していき、エマの泣き声を聞きつけた骨の檻本部の人間が飛び出してくるまで、エマはひたすらラヴィーネを抱えその場に座り込み泣き続けた。

 しかし、戻って来たラヴィーネの頭には、ほんの小指の先程の、髪に隠れる程の小さな角が一対生えていた。


「それから更に二ヶ月程経った頃、ラヴィーネは突然骨の檻を辞めたわ」

 

 エマは笑みを浮かべそう呟くと、ラヴィーネの髪を弄るのをやめ、話に出て来た様にぎゅっとラヴィーネの体を抱きかかえる。

 嫌そうに身動ぎするラヴィーネに笑みを深めるも、エマはラヴィーネを抱えたまま放そうとしない。


「ラヴィーネが帰って来た時には既に体の傷は全て治っていたの。でも一向に目を覚まさないの……。意味があるのか分からなかったけど、ずっとずっと夢中でラヴィーネに治癒魔法をかけ続けたわ」


 ラヴィーネが生きて戻って来た事がエマの心に影響したらしく、エマはすぐに魔法を取り戻したらしい。

 そして一ヶ月程経ったある日、ラヴィーネは何事も無かったかのように、普通に朝目覚めるように気怠く目を覚ましたとの事。

 そこからの事はエマも良く知らないと言う。

 ラヴィーネが目覚めた日から、骨の檻の元老院がラヴィーネの部屋に立ち入り制限をし、自分以外入れないようにしたのだ。

 そこでどんな話がもたれたのかは当人達しか知らないが、エマはたまたまふらりと中庭に出て来たラヴィーネに会う事が出来た。

 外出は禁じられているが、寝過ぎて凝り固まった体を解したいと朗らかな笑みを浮かべ体を伸ばすラヴィーネと、元通り魔法が使えるよう練習中だったエマは、ラヴィーネに色々言いたい事があったはずなのに、気付けばすぐに打ち解けていた。


「治療魔法以外上手くコントロール出来なくてね、目の前の石を砕こうとして、何故かラヴィーネの頭の上の枝を切り落としちゃったのよ。まさか病み上がりの人の上に枝を落っことす何てね」


 エマは抱えたままのラヴィーネの頭を撫でながら、さも可笑しそうに笑い声を上げる。


 半笑いで枝が直撃した頭を抱えて蹲るラヴィーネだが、しっかりと額からは血が流れていた。

 すぐさまエマが治療しようとラヴィーネの前に膝をつくと、何故かラヴィーネは苦しそうに呻き声を上げた。

 すると、エマが見ている目の前でひとりでに額の傷が塞がっていくと同時に、ラヴィーネの角がみしみしと音を立てほんの少し大きくなった。

 目撃したエマもラヴィーネ自身も、その変化に驚きを隠せず目を丸くしお互い見つめ合っていたが、その直後元老院に見付かり、子どものように散々怒られた後、あえなくラヴィーネは部屋に連れ戻されてしまった。

 そしてエマが次にラヴィーネに会ったのは、ラヴィーネが骨の檻を出て行く日だった。


 静かに話を聞いていたルーファスは、詰めていた息を大きく吐き出しソファに体を預ける。


「この前ラズに『私が怪我をしたらどうするの』なんて女みたいな事言われたけど、まさかそう言う事か……?」


 真剣な面持ちで呟いたルーファスに反し、エマは肩を震わわせ笑いながら、信じられないものを見るかのような目でルーファスに視線を向ける。

 

「何て女々しい台詞……! そう、何の呪いかは私は知らないけど、ラヴィーネは怪我をすると角が成長していくの。それが角だけの事なのか、見た目が変わらないのは関係あるのか……。詳しい事は知らないけど、ラヴィーネと一緒に居る以上、この角の事は知っておいて欲しかったの」


 愛おしそうにラヴィーネの角を撫でるエマの姿を眺めながら、ルーファスは無意識に口を開く。


「解呪しないって事は出来ないのか、する必要が無いって事か。その角とラヴィーネの経歴は分かったが、別にそこまで重々しく考える必要は無いんじゃないか? その、エマはまだ少しラヴィーネに負い目があるのかも知れないが――」

「もしラヴィーネが大怪我を負う様な事になって、もし成長が角だけじゃなく全身にまで及んだら。もしその時ラヴィーネが元のラヴィーネじゃなくなったらルーファスはどうするの?」


 被せるように口を開いたエマの顔からは一切の笑みが消え去り、苦しいような悲しいような、何かを責めるような余裕の無い顔をしている。


「二つ名まである天災級の魔物を一人で退ける実力を持つラヴィーネが、もし自我を失った全く違う生き物になった時、ルーファスは対処出来るの……? ラヴィーネは何も言わないけど、いつ重傷を負ってもおかしくは無い骨の檻を辞めたのだって、それを危惧したからじゃないのかしら。……私じゃ本気のラヴィーネを討つ力は無いわ。だからこうして、定期的にラヴィーネがまだラヴィーネであるかどうか確認しに来てるのだもの」

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