5:石化の呪い 2/3
翌日、まだ日も中点にさしかかる前の穏やかな時間。
珍しく顔を顰めたまま、ルーファスがラヴィーネの店を訪れた。
「今朝早く、侍女が一人騎士団の詰め所に駆け込んで来た。雇い主家族と使用人の半数が石化したようだ。……昨日お前が連れ込まれたヴィアゼムスキー伯爵家だ」
ルーファスは神妙な面持ちでそうラヴィーネに伝えたのだが、ラヴィーネは慌てるどころか、もうしっかりと身支度を整えいつでも出掛けられる状態でりんごを頬張っていた。
「思ったよりも来るのが遅かったね。そうか、屋敷が広いから検分に時間がかかるのか。石化したのは何人? 一人いくら位ぼったくろうかな」
ラヴィーネは暢気にりんごを咥えたままぐいっと伸びをすると、鼻歌交じりに皿を店のカウンターにぽんと乗せる。
店のテーブルの上に無造作に置かれていたラヴィーネの仕事鞄を手に取り、ルーファスはようよう疑問に思っていた事を口にしてみた。
「ラズ、お前昨日の時点でこうなるって分かってたんだろ。何故昨日ちゃんと仕事して来なかった。こんなの詐欺じゃないか」
「失礼だな。知ってるだろ? 貴族はプライドが高すぎて、ああ言う状況でも都合の悪い事は誤魔化して保身に走るんだ。そこでいくら問い詰めたって、逆に怒りを買って騎士の詰め所に連行されるのがオチさ」
正論でラヴィーネを問い詰めたつもりだったルーファスだが、ラヴィーネから帰って来た十二分に理解が出来るどうにも理不尽な現実に、つい思い切りため息をついてしまった。
ルーファスも騎士だ、貴族のそう言った面倒な性質は、嫌と言う程経験している。
「昨日伯爵夫人らしき人が、原因だと言う鏡を処分したと言っていたけど、呪いの鏡程度の力であそこまで綺麗に石化するはずは無い。鏡の大きさにもよるけど、姿見でもせいぜい半身が限界だよ。しかも今日は何人も一度に石化したんだろ? ならもっと力の強い、魔物の一部か何かがあの屋敷にはあるはず」
「成る程。表立って聞かないが、最近魔物の皮や爪で作られたインテリアや小物が一部の貴族の間で流行っているらしいからな。そんな悪趣味な事、伯爵夫人ともあろう人が気軽に言えるはずも無いな」
そこまで情報のすり合わせをすると、お互いどうにも煩わしそうに顔を顰める。
もしかしたら明日再び伯爵家に行く事になるかも知れない可能性が頭に過ぎりつつ、二人は店を後にした。
二人が伯爵家に到着すると、玄関ロビーでは検分中の騎士数名と侍女一名が血の気の引いた顔で立ち尽くしていた。
てっきり何も被らずふらりと現れたラヴィーネの角に動揺しているものと思ったが、どうやらそうでは無いらしく、ラヴィーネの姿を確認した侍女はなり振り構わずラヴィーネにしがみつき泣き崩れてしまった。
それだけなら雇い主と同僚が石化した事にショックを受けているのだろうと思えるのだが、何故かここに集まっている騎士達も侍女と同じ様な顔つきで二人に歩み寄ってくる。
「隊長、実は……」
「ルー、隊長だったんだ」
重々しく口を開いた騎士だったが、騎士の次の言葉はラヴィーネの驚いたようななんとも間の抜けた声にかき消された。
ため息をつき自身を見下ろすルーファスの視線から逃げるように、ラヴィーネは騎士に侍女を預け、すぐ側の部屋に逃げ込むように移動する。
するとそこには石化した人達が一同に集められていた。
伯爵家族と使用人達と報告を受けていたが、その数はラヴィーネの想像以上で、それなりに広い応接室いっぱいに石像が敷き詰められている。
ラヴィーネは部屋中の石像に視線を這わせながら、ふとある違和感を感じた。
違和感の正体が何だったのか、再び端から視線を流し始めると、突如玄関ホールが騒がしくなった。
それと同時に部屋に駆け込んで来たルーファスの顔を確認するや、ラヴィーネは深々とため息をついた。
「今この屋敷内で無事なのはそこにいる人だけかな? すぐ全員に結界を張るから一度外に出よう」
ラヴィーネが違和感の正体に気付いたとほぼ同時に、部屋に駆け込んで来たルーファスの腕には、先程泣き付いてきた侍女が石化した状態で抱えられていた。
無事屋敷の外に集まったのは、ラヴィーネとルーファスの他に騎士が三人だけだった。
もっとも、その騎士三人にラヴィーネが結界を張ろうとすると、三人はもう屋敷内には入りたくないと頑なに拒否し、しまいには役目は終わったとばかりに詰め所に戻って行ってしまった。
「これは魔物の一部どころか、全身丸ごと剥製でも持ってそうだ。検分では何も見かけなかったんだよね」
「ああ、流石に見かけたら気付くはずだし、近くに行ったのなら今無事だったかも怪しい……。こうなったら伯爵夫人から聞き出すしか無いな」
ラヴィーネは本日何度目かのため息をつくと、乾いた笑い声を上げながら『こんな時、騎士と知り合いで本当に良かったと思う』と軽口を叩くと、片手を振り躊躇う事無く屋敷の中へ踏み込んだ。
屋敷の中は嫌になる程の静寂に包まれている。
それは、玄関ホールに鎮座する巨大な柱時計さえも石化してしまったのではと思いたくなる程にだ。
二人は再び玄関ホール脇の応接室に移動し、目的の人物である伯爵夫人――アンネローゼを手分けして探す。
石化してた人達は皆一様に、何の前触れも無く瞬く間に石化してしまったのだろう。
ある侍女はトレイを持ったまま歩く姿で、あるコックは椅子に座り談笑する姿で。
これが本当の人では無く、作った石像であったなら、その芸術家は天才とうたわれるであろう程、本当に何気ない日常を切り取った光景が目の前に広がっている。
石像の間をすり抜けながら、二人は部屋の奥で目的の人物を発見した。
伯爵夫人アンネローゼは朝から立ち話でもしていたのだろうか、扇子で口元を覆いながら何かを指差した姿のまま石化していた。
そしてアンネローゼの隣には、昨日ラヴィーネが解呪した男、次期伯爵家当主のユーリが、昨日と同じ様に穏やかに眠った姿のまま石化し横たわっている。
ラヴィーネは鞄から薬を取り出すと、アンネローゼの隣に片膝をつき、薬を一滴だけ垂らす。
すると昨日と同じように煙が立ちこめると、その煙の中から何が起こったか理解が出来ず目を丸くするアンネローゼの姿が現れた。
「おはようございますヴィアゼムスキー伯爵夫人。早速ですが、この惨状にお心当たりがあるのではないですか?」
ルーファスはすぐさまラヴィーネの角を掴みアンネローゼから引き離すと、まだ状況が理解出来ていないアンネローゼに端的に言葉をぶつける。
部屋中に敷き詰められた見知った顔の石像に言葉も無く打ち震えていたアンネローゼだが、突如顔を歪ませると勢い良く立ち上がり、まなじりを決すると勢い良く口を開いた。
「何をしているの! 早く治しなさ――」
しかし、アンネローゼがルーファスの腕を掴もうと手を伸ばした瞬間、再びアンネローゼの体は石化してしまった。
「一回の解呪につき半銀貨一枚として、ここにいるのは二十人程……。単純に代金は金貨一枚って所かな? あぁ、昨日の分と夫人の解呪二回分と、結界分も合わせるともう少し強気に出ても良さそうだね」
「それと迷惑料と呪いの根源の排除代も含めとけよ」
昨日は薬を使わず解呪をしたので半銀貨一枚だったが、今日は薬を一滴垂らすだけなので本来なら銅貨二・三枚程。
しかし堂々と半銀貨で計算するラヴィーネを、ルーファスは責めるどころかむしろ応援し始める始末。
それ位に既に二人はこの仕事に嫌気がさしていた。
もう一度アンネローゼを解呪し結界を張り話を聞いても良いのだが、目が覚めた一瞬であの様子。
根気強く言葉を重ね説明を求めたところで時間の無駄だと言う事が目に見えて分かるし、考えただけでも辟易する。
二人はお互い顔を見合わせると、それぞれ屋敷内の調査に向かった。
ただでさえ広大な敷地面積を誇る伯爵家。
二人だけで本宅と別宅をしらみ潰しに探さなくてはならない。
ある程度探して見付からなければ、その時は諦めてアンネローゼかユーリのどちらかに話を聞くしかない。
ラヴィーネは真っ先に、昨日連れ込まれた別宅の地下を目指す。
見慣れた臙脂色の絨毯を上を進み、豪奢な渡り廊下を越え、狭い石段を下る。
ゆるゆると螺旋状の石段を下りきると、相変わらず薄暗い室内には荷物がうず高く敷き詰められていた。
ラヴィーネは石段を降りてすぐの所に立つや、部屋の中央付近に手の平を向ける。
そのままラヴィーネの全身が淡く金色に発光すると同時に、同じ光が手の平から放たれ部屋中に広がって行く。
金色の光は荷物の間をすり抜け徐々に浸透して行くと、ものの数秒のうちにいくつか荷物が浮かび上がりラヴィーネの元まで集まって来た。
それはどれも、魔物の一部で作られた装飾品であった。
しかし、ラヴィーネはその全てを一度手に取った後、腕を組み考え込んでしまった。
出て来た物は全てが全て魔物の爪や体毛の一部など、強力な石化の力どころか何の力も持っていない物。
一応全て押収し石段を登り始めると、何やら本宅の方から甲高い音が響いてくる。
何事かとラヴィーネが小走りで本宅に戻ると、ルーファスが玄関ホールの床を剣で不規則に突き刺していた。
「……ルー、また何かに取り憑かれてる?」
「お前な、あれはトラウマなんだから……。絨毯で良く分からないが、この辺だけ歩くと音が少し反響する気がするんだよ」
床に剣を突き立てたルーファスは、鉄靴から膝当まで一つにつながった、鈍い光を放つ金属製の騎士団のブーツで、力強く何度か床を踏んでみる。
しかしラヴィーネには、ただルーファスのブーツが耳障りな金属音を立てているようにしか聞こえず、心底不思議そうに眉を下げ床を見つめている。
もう既に絨毯には穴が開きどうする事も出来ないが、ラヴィーネは器用に三つ編みを頭頂部辺りに一纏めにすると、意を決したようにシャツの袖を捲り床に座り込む。
「勿論、屋敷の修理代は騎士団持ちだよね」
「ここから何も出なかったらな」
二人は家主に許可取る気は更々無い。
騎士として一商売屋としてその判断はとても誇れた物では無いが、家主に聞いたところで許可が下りる訳も無い。
ラヴィーネは先程別宅の地下室でやったのと同じように、体に金色の光を纏わせると、床に染みこませるように手をつき光を送り込んでいく。
すると徐々に地響きと共に屋敷が小さく揺れ始めると、轟音を立てラヴィーネの足元だけ綺麗にすっぽりと崩れ落ちた。
穴に落ちていくラヴィーネに手を伸ばし、とっさに角を掴んだルーファスだったが、未だに続く地響きにバランスを崩し、ラヴィーネ諸共穴の中に落ちてしまった。