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4:石化の呪い 1/3

 一仕事終えたラヴィーネが帰りがてらふらふらと街を散策していると、巡回警備中のルーファスと偶然遭遇した。

 遭遇したと言っても、一方的にラヴィーネが発見された形である。

 

 白地に金の刺繍が施されたジュストコールを身にまとい、帯刀しきっちりとした装いのルーファスとは対照的に、ラヴィーネは濃紺色のクロークを羽織り、栗皮色の布を無造作に頭と首元に巻きつけた不思議な装いで、露店の前にしゃがみ込みりんごを手に取っていた。

 ルーファスは一緒に巡回していた同僚と別れるや勢い良くラヴィーネに駆け寄ると、地面にすっていたラヴィーネの髪とクロークをまとめ上げ、思い切り後ろからその頭を鷲掴みにする。

 

「ラズ、隠しきれてないが角を隠す努力をした事は褒めてやる。けど、もう少し色々と気を付けられなかったのかな? まさかそんなぼさぼさな髪で仕事をして来たんじゃ無いだろうな?」

 

 人鳥の一件以来、ルーファスが何かとよく店を訪れるようになった為、今ではお互い『ルー』『ラズ』と、愛称で呼び合う程親しくなっていた。

 慌てて立ち上がったラヴィーネは頭を抱えながら振り返る。

 

「馬鹿力なんだから少しは加減してよ。それに、依頼人なんて自分の事で頭がいっぱいで周りなんか見えて無いから、身なりなんて気にする必要ないんだよ」

 

 頭に布を巻きなおしながら不満そうに反論するラヴィーネは、ルーファスの手から自身の髪を抜き取ると、ゆるゆると大きな三つ編みにして行く。

 

 露店でりんごを一つ買うと、二人はそのまま他愛も無い会話をしながらラヴィーネの店に向かって歩き出す。

 ラヴィーネが今日仕事をして来た先は街有数の名家の夫人だったらしいが、呪いの内容が『夜中に一度大声で鳥の鳴きまねをする呪い』と言うどうにも珍しくも恥ずかしいものだったらしい。

 そしてラヴィーネが先程言ったように、本人も使用人全て、ラヴィーネの角の事など気にも留めなかったとの事。

 毎回変わった呪いの話をラヴィーネから聞き楽しんでいるルーファスだが、その『変わった呪い』のレパートリーに自分が入っている事は未だに屈辱でしかない。

 

 公園に面した通りを歩くと、公園にある色とりどりの花に囲まれた屋外舞台上では、プロを目指す若者が今一番人気の歌劇『人鳥の騎士』を披露し、客を集めているのが見える。

 ラヴィーネがからかう様に舞台上を指差すと、案の定ルーファスは気まずそうに眉根を寄せ顔を反らす。

 

 この街は道の整備は全体的に整っているが、公園の周りなど馬車が多く通る場所はどうしても削れやすく磨耗する。

 今も一台の馬車が物凄い速度で二人に近付いて来るが、車体は大きく弾み中に乗っている人間はさぞ外を歩きたいであろうと同情さえしたくなる。

 二人が馬車に巻き込まれないよう一歩公園の中に踏み込んだ時、馬が盛大な嘶きを上げ二人の後ろで立ち止った。

 舞い上がった砂埃にラヴィーネが顔を伏せると、突如後ろから抱えられたと思った矢先、次の瞬間には馬車の中に連れ込まれてしまった。

 すぐさま扉が閉まり馬車が出発する。

 ラヴィーネが窓の外に視線を向けると、外では何かを叫ぶルーファスの姿が遠ざかり徐々に小さくなって行った。

 

 *

 

 体験した事の無い速度で移動する馬車に揺られ続け、馬車が止まった頃にはラヴィーネは完全に目を回し、状況を確認出来る様な状態ではなかった。

 同じく馬車に乗っていた、ラヴィーネを引き摺り込んだであろう男に小脇に抱えられ馬車を降りたラヴィーネは、されるがまま見事な門扉の屋敷に入っていく。

 どうにか状況を確認したいラヴィーネだが、気分が悪すぎて体を起す事も出来ず、ただぐったりと視界いっぱいの臙脂色の絨毯を眺め続けていた。

 唯一の救いは、相当豪奢な屋敷のようで、ラヴィーネの角がどこにも引っかからなかった事位だ。

 ラヴィーネの視界に入ってくる情報は、いつまでも続く臙脂色の絨毯と時折現われる階段。

 何度か階段を登っては下るを繰り返していると、いつしか視界は絨毯ではなく灰色の石段へと変わっていた。

 いつの間にか母屋とは別の場所に移動したらしく、先程とはうって変わって狭くなった通路にラヴィーネの角は時折擦れるようになった。

 別段痛くは無いが角が擦れると頭に直接響く。

 随分気分も良くなって来たが、角が擦れる度伝わって来る振動は辛い物がある。

 何度目か角を壁に引っかけた時、たまらずラヴィーネが顔を上げると、どうやらラヴィーネを抱えていた男に角が刺さったらしく、男は小さな呻き声を上げラヴィーネから手を放してしまった。

 狭く急な石段で突如支えを無くしたラヴィーネの体は、面白い程軽快に階段を転がり落ちて行く。

 ようやく石段の下の、紺色の絨毯の床まで転がり落ちラヴィーネは止まる事が出来たが、いつの間にか頭に巻いていた布も羽織っていたクロークもどこかで剥がれ落ち、緩く編んであった髪も見るも無惨に解け角に絡みついていた。

 うつ伏せの体勢からどうにかその場に座り直すも、すぐさま石段を駆け下りて来た男に再び抱え上げられる。

 

「まさか先生に失礼な事してないわよね」 


 いい加減我慢の限界に達したラヴィーネが男を睨み付けると同時に、正面からぴしゃりと水をかけられたような冷ややかな声がした。

 声の方を向けば、喪服かと見間違う程全身真っ黒な装いの女性が、ラヴィーネを抱える男を静かに見据えていた。

 きっちりとひかれたルージュはその服装に反して、鮮血を思わせる鮮やかな赤色をしており、くっきりとシワの彫られたかさついた白い肌と相まって異様な不気味さを思わせる。


 その言葉に男は慌ててラヴィーネを下ろすと一礼し、逃げるように階段を駆け上がっていってしまった。

 

「うちの者が手荒な事をしました……。先生、うちの息子をお助け下さい」


 女性は申し訳なさそうに一度、ラヴィーネに頭を下げたが、すぐ部屋の奥に視線を向け本題に入った。

 そこでようやくラヴィーネは、自分がここに連れて来られた意味が分かった。

 

 女性の視線の先、所狭しと荷物が積み上げられた部屋の奥に、ぼんやりと申し訳程度に灯された灯りの下に人型の石像が一つ、丁寧に横たえられていた。

 この地下室は倉庫として使っているのか、積み上がった箱やそれを覆っている布には一部、埃が被っている。

 しかし、横たわる石像は埃一つ被っていない綺麗な状態。


 女性は自己紹介をする気は無いらしく、ラヴィーネに一度視線を向けると、無言のまま石像に歩み寄っていく。

 女性の後についてラヴィーネも石像に近付くと、女性が小さく息を吐いた。


「今朝、この子がいつまでも起きて来なかったものだから、部屋を覗いたらこんな事に……。昨日買った鏡が原因かと思って処分したのだけれど治らなくて」


 女性の話を上の空で聞きつつ、ラヴィーネは石像を覗き込む。

 女性が言った通り、本当に寝ていてそのまま石化してしまったのだろう。

 ラヴィーネより幾分か年上とみられる男は、目を閉じ仰向けで腹の上で手を組んだ体勢のまま、めくれた襟元もそのままに固まっていた。

 さらりと石化した男の状態を確認したラヴィーネは、ため息を一つつくと不満げに眉根を寄せ女性に視線を向けた。


「もう少し、常識の範囲内で解呪依頼して下さるとこちらも助かりますね」


 女性はラヴィーネの抗議に眉一つ動かず、相変わらず横たわる石像に視線を落としたままだ。


「本来なら石化位薬ですぐに治るものですが、生憎先程薬の入った鞄を公園に置いてきてしまいましたので、今回は魔法で解呪致します。代金は少し割高ですが半銀貨一枚程になりますが、宜しいですね?」


 相変わらず石像に視線を落としたままの女性は、ラヴィーネの言葉になんの反応も示さない。

 それなりに財産のある貴族達によく見られる事だが、呪いが解ければ何でも構わない。貴族が求める物は金額や呪いの説明ではなく、世間に知られることも無く今すぐ解呪出来るか出来ないかだけだ。

 そんな事など重々承知のラヴィーネは、言い終わるやすぐに石像に手を伸ばすと、ぐっと何かを握るような動作をする。

 すると石像の末端からゆるゆると煙が上がり、ラヴィーネの手の中に吸い込まれていく。

 徐々に煙は勢いを増し、風に弄ばれる布のように、不規則に暴れながら、全てラヴィーネの手の中に収まってしまった。

 

「完了しました。代金は後日で結構ですので」


 ラヴィーネは女性を見る事無くそう告げると、無事目を覚まし目を見開いている男を確認するや、そのまま踵を返し石段を登っていった。

 石段を登り切った所に待機していた男に先導され、無事屋敷を出た頃にはもう日も傾いていた。


「ラズ!」


 重厚な音を立て屋敷の門が閉まると、遠くからルーファスが息を切らせ、ラヴィーネの荷物を抱え走って来た。

 

「ルー、丁度良いところに。鞄から石化用の薬取って」


 怒りと焦りと不安と。

 色々な感情が見え隠れするルーファスの顔を見上げながら、ラヴィーネは柔らかく笑うと握り締めていた手を差し出す。

 シャツに隠れて見えなかったが、握り締めたラヴィーネの手は半分白く石化していた。

 上がった息もそのままに、ルーファスは慌てて鞄を開けると緑の小瓶、石化解呪の薬を取り出し、一滴ラヴィーネの手に垂らす。

 すると再び小さな煙が立ち上ると、すぐさま霧散し、手はすっかり元通りの姿に戻った。


「ありがとう。つい苛々して呪いを鷲掴みにしちゃったんだけど、正直この後どうするか悩んでたんだ。まぁ、銅貨二枚の仕事を半銀貨一枚につり上げてぼったくって来たから不満は無いけどね」


 手の感触を確かめるように開いたり閉じたりしながら、ラヴィーネは小瓶を鞄にしまい込む。

 ルーファスは屋敷とラヴィーネの手を交互に確認すると、何かを堪えるように唇を噛み締め髪をぐしゃりとかき上げ、深く深く長いため息をついた。


「半銀貨一枚っきりで腕を石に変えて、どこがぼったくりだよ全く。服も無くしてるし。ほら、これ被ってろ」


 ルーファスはラヴィーネの手から鞄を奪い取ると、代わりに双肩にかけていた騎士のマントを無造作にラヴィーネの頭に被せる。

 

「今回は無くした服とりんごと、色々扱いが雑だった事への慰謝料代わり。次は本格的にぼったくる。――どうせまた明日来る事になりそうだしね」


 ルーファスは言葉の意味が分からないと眉根を寄せラヴィーネに顔を近付けるも、ラヴィーネはにっこりと微笑んだまませっせとマントを羽織っている。

 そしてラヴィーネはそれ以上その件に触れること無く、もう一度りんごを買いにルーファスの腕を引っ張り歩き出した。

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