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いずれ人でなくなるあなたの為に  作者: 鹿熊織座らむ男爵
第二章 番外編はテンション命
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38:番外編―金竜さんの恋わずらい?

 『少し出掛けるからお店よろしく~』と、ルーファスの返事も待たず、ラヴィーネは店を跳び出して行った。

 元はと言えば、行きつけの店の新作のケーキが貴族の間で噂になっている等と言ってしまった自分が悪いのだと、ルーファスはカウンターにもたれながらラヴィーネの背中を見送った。

 財布を片手に適当に髪をひっつめ走って行く姿は、ラヴィーネを知らない人は、女性だと見間違えるだろう。

 店をよろしくと言われても、この店に客が来たのを見た事が無い。

 ついでに、もし仮に客が来たとて、ルーファスは値段どころかどの商品がどれかも分からない。

 さっさと店じまいして、ラヴィーネの後を追った方が良いかも知れない。

 ルーファスはカウンターに突っ伏し、すぐ脇に置かれた人鳥の入った瓶を眺めながら、深々とため息をつく。


 すると、静かに入り口が開いた。

 ラヴィーネが戻るには早過ぎる。いくら甘味が欲しくとも、街中で竜の姿に戻ってはいないだろう。

 となると客か。

 ルーファスは意を決したように顔を上げ、入り口に視線を向ける。

 店を一歩入った所で、一人の男がぼんやりとルーファスを見つめていた。

 ラヴィーネを思わせる、地に着きそうな金糸の長い髪に、髪と同じ色の瞳。

 肌は透き通るほど白く、黒一色の外套が良くはえる。

 すらりの長い手足に、ついルーファスも見とれてしまう。

 男の足元から視線を上げていき、目が合う。

 すると、何故か男はルーファスの顔を見つめながら しばし考えるように眉根を寄せたかと思うと、ふと、思い出したように少しだけ目を見開いた。


『あぁ、見覚えがあるはずだ、魂の器の片割れか』


 落ち着いた低い声が店内に響く。いや、正確には頭の中に直接響いた。

 言葉の意味が分からない以前に、明らかに普通の人間では無い。

 ルーファスはカウンターに張り付いたまま顔を顰める。

 すると、そんなルーファスの様子に気付いたのか、男は小さく小首を傾げる。

 そして周囲を少し確認し、そのまま真っ直ぐカウンターに近付いてきた。

 男は身構えるルーファスに顔を寄せ、物珍しそうにまじまじと観察する。

 男はあらかた観察を終えると、満足そうに口角を上げ、ルーファスの向かいの椅子に腰を降ろした。


『我が愛し子は不在かな』


 その言葉で、先程までのルーファスの疑問は全て吹き飛んだ。


「まさか、金竜?」

『なんだ、やはり気付いていなかったのか。そんな有様では、魔物にひょいと喰われてしまうぞ』


 驚き目を見張るルーファスの姿に、金竜は楽しそうに目を細める。

 ようやく相手が誰か理解したルーファスが安心したのも束の間、相手はあの金竜。

 ただの魔物程度なら、その気になれば一人でも対処は出来る。

 しかし、相手はあの金竜。

 一度は頬杖をつき安堵のため息をついたものの、出来れば最後まで正体を知りたくなかったと、ルーファスはゆっくりと頭を下げ、カウンターに沈む。

 ルーファスのその姿に、金竜は更に表情を緩めると、ルーファスの頭をぽんぽんと撫でる。


『今更其方を取って喰ったりはしない。どう見ても不味そうだ』

「エマがいなくて本当に良かったと思う発言、本当に本当にありがとうございます」


 全く嬉しくない言葉に、ルーファスは乾いた笑い声を上げると、席を立ちお茶の準備を始める。

 正直、金竜がお茶を飲もうが飲まないが関係ない。ただ、何かしていないと落ち着かないだけだ。

 慣れた手付きでお茶を準備するルーファスを物珍しそうにしばらく眺めた後、金竜は店を一周見渡した。


『これが愛し子が帰りたかった場所か。私からすれば魔物の墓場にしか見えないが……そうか、ここか』


 金竜はぽつりと溢しながら、もう一周見渡すと、すぐ脇に置かれた人鳥の瓶を指でなぞる。


『この小鳥、必死に其方を呼んでいるが』


 瓶を持ち上げ、蓋を開けようとする金竜の手を、ルーファスは素早く押さえ付ける。


「そ、それは気にしなくて良い……。そう言えば、この人鳥がラズと会うきっかけだったな」


 瓶を開けられたらまた取り憑かれてしまう。

 瓶を持ち上げたルーファスは、ふと、思い出したように人鳥を眺めながら、ラヴィーネとの出会いを金竜に伝えた。

 不思議そうに紅茶を口に運びながら、ルーファスの話を聞いていた金竜は、今日一番の笑みで瓶をつつく。

 一通り話終わったルーファスは、なぜ金竜相手にこんな話をしているのだろうと、我に帰っていた。


『私も長く生きているが、それは初めて聞く呪いだな。私も誰かにやってみようか』

「ただの気紛れで死ぬ程迷惑な事しようとするんじゃ無いですよ」

 

 ルーファスは、もう目の前に居る金色の人型の生き物は、ラヴィーネの親か何かと思う事にし、遠慮無くツッコミを入れる。

 それでも多少動揺からおかしな言葉になったが、金竜はころころと笑っている。


「ラズに会いに来たんだろ? 待ってれば菓子抱えて帰って来るけど、迎えに行くか?」


 笑いがおさまり、カップを口に運ぶ金竜に、ルーファスは思い出したように問う。

 すると、金竜は悩むように小首を傾げると、足元の籠に山積みにされていたマンドラゴラを一本摘まみ上げる。


『あぁ、会いに来たのだが……また出直そうかとも思っている』


 金竜はどうにも歯切れ悪く、自分でも納得いかなそうに眉を顰めると、そのままマンドラゴラを囓る。

 目の前で生のマンドラゴラを囓る人型の生き物と、囓られ悲壮な顔でルーファスを見つめるマンドラゴラ。

 ルーファスはツッコミが追い付かない現状に、何も見なかったことにした。

 

『愛し子が竜になってから、毎日谷の合間の狭い空を見上げていた。今日は来るだろうか、明日も来るだろうかと、毎日毎日狭い空を見上げ、ついでに煩わしい小型翼竜を撃ち落としていた』

「ついでの意味が分からない……」


 金竜が自分の答えをまとめるように、ぽつぽつと話す言葉に、ルーファスは小さくツッコミを入れる。


『愛し子と会うまでは、一日など瞬き程度の時間だった。今はどうにも、その一日が長く待ち遠しい』


 ついに金竜は、マンドラゴラを咥えたまま腕を組み、本格的に悩み込んでしまった。

 ルーファスは、一先ず金竜が咥えたままのマンドラゴラをへし折り、そっとカウンターに置く。


「要はラズに会いたいって話だろ? それなりに大事に思ってるんだな」


 再びマンドラゴラに手を伸ばす金竜に、ルーファスはすかさず言葉をかける。

 すると、金竜は意外にも素直に頷いた。


『当たり前だ。ある日起きたら、側に同じ色をした者が居た。もう人型は機能していなかったが、そんなのは些細な事。愛し子が目を開けるのを今か今かと待ち望んだ。どんな瞳の色をしているのか、どんな声で話し、どんな表情でその瞳に私を写してくれるのだろうか。目を開けるのをずっと待ち望んでいた。煩わしい小型翼竜は撃ち落としてくれたがな』


 話の合間に度々登場する小型翼竜。

 どうやら、相当煩わしく思っているらしい。

 

『其方達が生を終えるまで側に居たいと愛し子が言い出した時は、好きにさせてやろうと思った。私にとって些細な時間だと。だが、実際に体験してみるとどうにも思っていたのとは違った。愛し子は約束通り数日おきに会いに来てくれるが、それでもこうして来てしまった……』


 そのまま金竜は口を閉ざすと、豪快に残りのマンドラゴラを頬張り始めてしまった。

 確かに、以前金竜は会いに来なければこちらから行くと宣言していた。

 しかし、ラヴィーネはしっかり定期的に金竜の元へ行っているらしく、約束通りなら金竜が街に出向く事は無いはず。

 どうやら金竜は、自分でも何故ここまで来てしまったのか分からないようだ。

 ルーファスからすると、何故そこまで答えが出ているのに気付かないのかと思う程だ。

 やはり、人間と魔物、いや、金竜を見る限り、金竜が異様に鈍いだけの様な気がする。


「庇護欲って言うより、どちらかと言うと恋わずらいだな。親子、じゃないもんな。少し前に魔物に求愛されて困ってるから助けろって依頼があったが、その時の魔物の言い分に似てる気がする。まぁ、そいつは最終的にはどうしても番いたいんだーって大暴れだったけどな」

『恋わずらい?』


 ルーファスはカウンターに頬杖を付き、お茶のおかわりを入れる。

 金竜は不思議そうに目を丸めている。どうにも、その姿がラヴィーネにそっくりで、ルーファスはついふき出しそうになる。

 ルーファスの言葉をしばし反芻し考えていた金竜は、すっと真剣な表情をする。

 何事かとルーファスが視線を上げると、金竜は真面目な顔でゆっくりと口を開いた。


『愛し子と番うには、どちらの性別の方が都合が良いだろうか』

「んぶっ!?」


 金竜の言葉に、ルーファスは盛大にふき出し咳き込む。

 ルーファスが黙っているのを良い事に、金竜はぐいっと前のめりにルーファスに近付くと、更に言葉を重ねる。


『私は単独の存在だから、性別が無いのだ。愛し子は雄だったか……』

「まて、待て。きっとラズはそう言うのは求めて無いと思うなぁ……。むしろ、そんな事言い出したら二度と会いに来てくれないと思う」


 言い聞かせるようにとんとんと肩を叩き宥めるも、金竜は最早ルーファスの言葉を本当に聞いているのかすら怪しい。


『なんと! 手に入れられないとはなんと歯痒い……。手に入らないのなら、いっそ一つになってしまおうか……尾の先程度なら囓ってしまっ――』

「待てぇぇ! それは待て! それは俺もラズに怒られる!」


 不穏な事を口にしながらふらりと立ち上がった金竜に、ルーファスは全ての理性やらなんやらを捨て去りしがみつく。

 金竜は何事も無いかのようにルーファスを引き摺りながら、入り口へと向かう。


「隔日でラズを連れて行くから! 毎回手土産持たせるから! 谷でラズと仲良く茶でも……いや、そもそも金竜がここに住んじまえば早くないか?」


 扉に手をかけた所で、金竜ははたと足を止める。

 ルーファスは、自分で口走っておきながら、それはどうなのだろうと冷や汗をかく。

 金竜はルーファスを見下ろしながら、しばらく悩み込む。


『私は人の常識が無いぼんくらだから、あまり街には来るなと言われている。住むなど論外だろう』

「ラズのやつ、なんつー暴言吐いてんだよ……。そもそも、魔物に人の常識を求めてないし、それ位、街を壊される前にラズと俺が教えるわ! むしろラズもぼんくらだけどな。それに、言ってしまえば、ラズも魔物の癖に魔物の常識は無いしな。一緒に住んでお互い教え合って平和に暮らしてくれ。俺の平穏の為に。頼むから」


 金竜の足にしがみついたまま、ルーファスは助言と本音をぶちまける。

 すると、それまで暗い顔をしていた金竜が、ぱっと華やかな笑みを浮かべた。


『なる程! それは良き案だ! 早速愛し子に伝えなければ』


 ルーファスをくっつけたまま、嬉々として店を飛び出した金竜は、そのまま元の姿に戻ると、大きく空に舞い上がる。

 金竜の足には勿論ルーファス。

 完全にルーファスの事を失念している金竜は、足にルーファスをくっつけたまま、街の空を飛ぶ。


 後日、ルーファスをモデルにした歌劇が出来たのは最早お約束で、二人揃ってラヴィーネに怒られたのもこれまたお約束。

 結局、金竜はしょんぼりと谷に戻ったが、人の姿でなら店に来ても良い、更にルーファスか自分と一緒なら街中へ出る事も許可しようと、ラヴィーネのお許しを貰い、毎日せっせと通い詰めている。


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