37:番外編―成仏して下さいパンチ
ちょっと長いです。
「綺麗なドレスを着てニッコリと微笑むだけの簡単なお仕事です」
ラヴィーネを連れ元老院の元を訪れていたルーファスが、歓談するラヴィーネと元老院の話しに突如割り込んだかと思うと、どうにも夜の裏路地で聞くような胡散臭さしかない台詞を口にする。
その、とてもルーファスとは思えない発言に、見事に二人は黙り込んでしまった。
「綺麗なドレスを着てニッコリと微笑むだけの簡単なお仕事です」
「うん大丈夫、聞えてたよ?」
再び同じ事を繰り返したルーファスに、さすがにラヴィーネも反応せざるえない。
ちらりと元老院を盗み見ると、表情一つ変えずお茶のおかわりを注ぎ始めていた。
「その式場で結婚式を挙げるともれなく呪われるって話しがあってな。縁起が悪いって事で騎士団でそれの解決を依頼されたんだが……調査しても何も異変が無いと言うか……実際に式を挙げ――」
「エマに言って」
口篭るルーファスをいぶかしんでいたラヴィーネだったが、何が言いたいのか察するとすぐに言葉を遮り、頬を膨らませぷいっとそっぽを向く。
ルーファスも元老院も、ラヴィーネのその反応を予測していたらしく、とくに慌てた様子を見せない。
しかし、ルーファスは気まずそうに頭をかくと、持って来ていた荷物からいつもより数段高価なチョコレートケーキを取り出し、そっとラヴィーネの前に差し出す。
「今日ハ甘いモので買収さレナイモン」
「早速決意が揺らいでおるが……。ドレスはこちらで準備しよう」
たどたどしい口調でケーキをちらちらと気にするラヴィーネの姿に、さすがの元老院も小さく吹き出す。
そして近くの棚に手を伸ばすと、わふわふとひとりでに飛んで来たペンと紙を掴むと、さらさらとドレスの発注書を作り上げる。
「それ、エマの分、だよね?」
隣で早速準備を始めた元老院を覗き込みながら、ラヴィーネは上ずった声を上げる。
「ルーファス殿と馬鹿娘馬鹿息子用の物。それと参列用の私の衣装」
「ちょーっと待って元老院! 私の要らないよね!? 私も参列用のやつだよね!?」
さらさらと真顔で発注書をしたためる元老院に、たまらずラヴィーネは阻止するように手を伸ばす。
が、さすが元老院と呼ばれるだけありそんなラヴィーネの行動は予測出来ていたのか、ラヴィーネの伸ばした腕をひょいっと交わすと、前に座るルーファスに書類を手渡す。
「折角だからいずれ必要になるであろうルーファス殿と馬鹿娘の衣装も準備しておこう。……いや、手っ取り早くこの機会に、すぐにでもやろう」
「だ・か・らっ……! ……そんな縁起悪い場所で? エマと? ほーう……」
「ルーも大分元老院の扱いに慣れてきたね」
いつもの様に怒り全否定するかと思いきや、意外にも元老院を誘うように一歩引くルーファスの姿に、ラヴィーネは心底感心してしまった。
しかしその反面、あんなに真っ直ぐだったルーファスがひねくれ始めたのには気付かない事にした。
ルーファスの言葉に元老院は腕を組みうなり声を上げる。
正直な所、そこまで本気で悩まなくとも良い話しなのだが、本気で二人を結婚させようとしている元老院からすると、願っても無い口実を作るチャンスだったようだ。
「一応エマも女性だし、仮とは言えそんな縁起の悪い所で式をするのは嫌だろうと思ってラズに頼んだんだよ。初ドレス初式場が曰く付きじゃあなぁ……」
とどめと言わんばかりにルーファスがそう溢すと、元老院もラヴィーネもぐうの音も出ない。
エマから浮いた話し等聞いた事が無いし、結婚願望所か結婚観も聞いた事が無い。
しかし、だからと言って全く興味の無い事かと言えば、そうとも言い切れない。
骨の檻はいつ人生を閉じるか分からないような生活、結婚を諦めていても憧れの一つはあるだろう。
元老院もラヴィーネも、何だかんだ言ってエマの事になると途端に弱くなる。
ぴたりと置物のように動かなくなった二人を眺めつつ、ルーファスはニヤニヤとケーキに匙を差し込む。
「最っ高のドレスを準備してやるよ……!」
「最っ低なプロポーズだね。だからモテ無いんだよ」
匙に乗せたケーキを差し出しながら、にやりと笑みを浮かべるルーファスに、ラヴィーネは苦々しい表情を向けながらも、そのままぱくりとケーキを頬張った。
*
「大体予想してたけど、それを上回るアレで軽く引く。なんで男に生まれて来ちゃったの?」
新婦の控え室から聞えるエマの平坦な声。
ドレスは元老院が厳選し準備したものを着たものの、ラヴィーネは髪も顔もそのままで式に臨もうとしていた為、急遽エマがラヴィーネの容姿を整えたのだが、その出来栄えにやったエマ自身も引く程だった。
白粉を施した顔は陶器のようで、ほんのりと色付いた頬は瑞々しい桃のよう。
長い睫も今日は更に長く目の周りを縁取り、薄い唇に差した紅が上品ながらも良い差し色として目を引く。
そう、エマが言った通り、何故男にしたのだと神に文句を言ってしまいたくなる美貌。
細かく編み込みふんわりと纏め上げた金の髪は、後れ毛の一本一本に妖艶な雰囲気を感じ、頭に乗せたティアラはその存在意義を完全に失っている。
「全然褒められてる気がしないけどとりあえずありがとう……。今からでも替わってくれて良いんだよ?」
「そうね、替わったら替わったでルーファスの残念な顔が見れそうだけど、癪にされるから絶対替わってやんない」
ちょいちょいと髪を何箇所か修正しながら悪態をつくも、意外にも楽しそうなエマの姿にラヴィーネも自然と笑みが零れる。
「それ! その顔その顔で固定! 完璧な綺麗なドレスを着てニッコリと微笑むだけの簡単なお仕事!」
「魔法で人型になって更に女性に変化してる状態だから、言う程楽な仕事じゃ無いよ……? むしろ駐在魔法使いさん達には出来ないよ……?」
ラヴィーネの笑顔に食いつくエマだが、すぐにいつも通りの表情に戻り呆れたよう顔をするラヴィーネの頬をきゅっとつねる。
一般女性に事情を説明して協力してもらう手もあったのだが、呪いの解呪となると危険が伴う。
やはりそう言った面でもラヴィーネは適任だった。
「あ! ルーに女装させても良かったんじゃない? 経験者だし」
「それは呪いも裸足で逃げ出すわね」
名案だとばかりに顔を綻ばせるラヴィーネを軽くあしらうと、エマはラヴィーネの手を引き式場へと連れて行く。
今日の参列者はエマと元老院、それと数名の騎士。残りは元老院が魔法で作った幻のみ。
こつこつと式場までの廊下を歩きながら、あのメンバーの前にルーファスが女装姿で現われたら会場は多いに湧くだろうな、等とラヴィーネが一人笑っていると、エマも同じ事を考えていたのか、突如一人で笑い出す。
偽の結婚式とあり、会場のスタッフもいつもよりはリラックスしてはいるものの、やはり解呪をすると言う事で違った緊張感が漂う。
そんな空気などお構い無しに、エマは会場の扉を開け放つや、ラヴィーネの手を引き先に壇上で待つルーファスの元へエスコートする。
当初、エスコートするのは元老院の役目となっており、それが一番自然な事だったが、元老院は出席者の幻を作らなくてはならない為、式場を離れることが出来ず、エマがメイクを施しその流れでエスコートする事になった。
牧師役として壇上に立つ元老院に目を向ければ、エスコート出来ずにふて腐れているかと思いきや、すでに本番さながらの号泣っぷりで、元老院のすぐ側に立つルーファスは笑いを堪えるのに必死そうだ。
むしろ参列している騎士どころか会場に控えているスタッフさえ、その本気の号泣っぷりに耐え切れず笑ってしまっている程だ。
ラヴィーネはヴェールで顔を隠しているので多少にやにやしても問題ないが、エスコートをしているエマは真正面から元老院を見る事になる。
どうにか笑わずに耐えているようだが、エスコートする手はぷるぷると振るえ、もう片方の手は自分の太ももをつねっているぎりぎりの状況。
徐々にエスコートも早足になり、随分優雅さも余韻も何も無い新婦の入場になってしまった。
そして案の定、そんな号泣で牧師が勤まるはずも無く、しばしの無言の後、ルーファスは空気を読んでラヴィーネのヴェールを捲る。
「これはまた……本気女装、だな…」
「『綺麗だね』の一言も言えないからモテないんだよ。それにしても、ルーもしっかりした格好すれば存外に様になるんだね!」
ルーファスのぼんくらな残念発言を受け流し、ラヴィーネは褒めているのか微妙な感想を述べる。
それは参列している騎士達も同じ感想なのか、深みのある頷ちを銘々うつ。
しかし、ルーファスは普段から騎士の装いをしっかりと着崩す事無く着用している。
普段から『しっかりした格好』のはずだがと、ルーファスは頭を過ぎった言葉を寸前で飲み込んだ。
「で、最後まで式をすれば良いのかな?」
「いや、式が始まったらすぐに現象が現れるらし――」
式場の後方を見たまま絶句するルーファスの姿に、ラヴィーネと横に控えていたエマは嫌な予感を覚える。
そのままゆっくりとルーファスの視線を追うと、式場の後方、壁際に数え切れない程のドレスを着た半透明の女性達が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
何か呪いの片鱗か何かを見付けたのだと、それ位に思っていたラヴィーネとエマの二人は、片鱗どころか元凶が勢揃いしている光景に悲鳴の一つも出ずルーファス同様絶句する。
視線を少しずらすと、式場のスタッフ達はいつの間にか逃げてしまったらしく、参列していた騎士達が剣を片手にどうすることも出来ず視線を彷徨わせているのが確認出来る。
「ラズ、ラズ……。全力で『成仏して下さいパンチ』して来いよ……」
「何言ってるの絶対駄目!! 折角身綺麗にしたんだから、ニッコリ微笑んでるだけよラヴィーネ!?」
「ニッコリ微笑みながら成仏して下さいパンチして来いよー!!」
ラヴィーネを挟みじりじりと後退りながら喧嘩をしだすルーファスとエマ。
若干ルーファスの言っている意味が分からないと、ラヴィーネが呆れ顔でルーファスを見上げると、それが合図になったのか一斉に女性達が飛び掛かってきた。
すぐさま騎士とルーファスが剣を抜き応戦するも、剣は空を切るばかり。
仕方なくラヴィーネが構えるも、すぐにエマに会場の端に押し飛ばされてしまった。
「何で!?」
「その姿でがに股で歩かないでー!」
エマは振り返りもせずそう叫ぶと、一体一体携帯していた小瓶にしまい込んでいく。
その姿を見て、ルーファスは以前自分に取り憑いていた人鳥の払い方と同じだと、今更ながらに思い出した。
「ルーファス!!」
「はっ!? ……っ!」
完全にぼんやりしていたルーファスの首に女性の細い指が食い込んでいく。
見れば式場のあちこちで騎士達も女性達にがっちりと取り憑かれようとしていた。
「あ! 元老……うっそ、まだ泣いてる!?」
一人では手が回らなくなってきたエマが元老院に助けを求めようと振り返ると、元老院は壇上に蹲りまだ号泣している有様だった。
「ねぇねぇルー! その人女装したら離れてくれるかもよ!?」
「はっ!? 普通にっ! 瓶にっ! 詰めろやコラー!」
大混乱の中、ラヴィーネだけが目を輝かせとんちんかんな事を口走る。
これには流石のルーファスも、首を絞められていてもツッコまずには居られない。
ルーファスに一喝され、ラヴィーネは不満そうに、渋々と言った具合に会場に置かれていたランプやペン立てなど、器になりそうな物に手当たり次第女性達を収めていく。
「んーー……! もうドレス邪魔ー! よく考えたらもう要らないじゃん!」
エマに怒られまいと小走りで走り回っていたラヴィーネだったが、徐々にストレスが溜まったのか、ついには元の男の姿に戻り、ドレスの裾を膝上までたくし上げてしまった。
すると、それまで鬼の形相で猛威を振るっていた女性達がぴたりと動かなくなった。
「え……? 怒って……うん? 真顔? ん? 絶望……?」
目の前で目まぐるしく表情を変える女性達をエマが実況し始めると、女性達は最終的にその場に崩れ落ちてしまった。
一気に静まりかえる式場だが、原因の女性達はまだ半分以上残っている。
これはどう言う状況なのかとルーファスとラヴィーネが困惑する隣で、エマがいち早く女性達の気持ちに気付き、複雑な哀れみの表情でラヴィーネを見上げる。
「そうよね……見る限り、結婚出来ずに死んじゃった女性達だもんね……人の幸せ壊したいよね……。でも、自分より綺麗だと思ってた、絶世の美女だと思ってた人が実は絶世の美男でさ……嫉妬やら怒りやら恥ずかしさやら絶望やら、色んな感情が湧いてくるよね……うん。女装男子と筋肉男子の婚姻とか、そんな関係なんだーって気になるよね……。結果的に絶望するかときめくかだよね……」
絶妙な女心を理解したエマは、蹲る女性達の元に歩み寄るや、一緒に蹲り肩を叩き始めてしまった。
式場中に散っていた女性達は、じりじりとエマの周りに集まると、そこだけ異様に暗くじっとりとした空間が出来上がってしまった。
「おい、エマ。そのー……そっちの世界に連れていかれるぞ……? それそろ帰って来いよぉ……」
心配するルーファスの言葉はエマに届いていないらしく、相変わらずエマは式場の真ん中にどっしりと座ったまま動こうとしない。
「……ラズ、あれまだ生きてるよな?」
「ただ落ち込んでるだけのはず……」
余りにもエマが反応せず、ルーファスも不安になったのか、ゆっくりと近付くや後ろからひょいっと持ち上げてみる。
するとエマは人形のように大人しくされるがままだが、残された女性達が悲痛な表情で見上げてくるのに気付いてしまい、そのまま一歩も動けなくなってしまった。
すると、見かねたラヴィーネが一際大きなランプを持って女性達の側にしゃがみ込むや、思い出したようにニッコリと微笑み口を開く。
「生きる事も死ぬ事も辛いよね。皆、式場に居るから恨み辛みが溜まるんだよ。店来る? そのうち人形で体作ってあげるから、騎士団と店のお掃除とかお願いしたいんだけど、どう?」
ニッコリと微笑んだままラヴィーネがランプを傾けると、女性達は顔を見合わせたと思うと、ゆっくりと律儀に一列になりランプの前に並び始めた。
今のうちにと、ラヴィーネは微笑みを絶やさず、一人一人ランプの中に詰め込んでいった。
ラヴィーネ達の働きで、この式場は二度と呪いの類いは現れなかった。
式場から連れ帰った女性達の半数は満足して消えてしまい、残りの半数は取り急ぎ手の平サイズの人形の体を得て、嬉々として騎士団の詰め所の掃除に追われている。
ただ、しばらくエマの様子がおかしかったのは言うまでも無い。
流石に責任を感じたルーファスが、何度かエマを連れ出し甘味をご馳走し、クロイツまで温泉旅行に連れて行ったりしていると、後日元老院が顔を輝かせラヴィーネの店に報告に来た。
そして、早速国一番の式場を予約したと鼻歌交じりに言っていた。
オチ?無かったですね…←