36:番外編―例えるならねっとりとした粘液の出る動物の舌
「エマ、言いたい事は?」
「私のせいじゃない」
一寸先も見えぬ闇の中、責め立てていると言うよりも、どこか呆れたようなルーファスの声と、全く遺憾だと言うばかりにつんけんとしたエマの声が響く。
「そこまで開き直られるとなぁ。犠牲になったラズに申し訳が」
「ねぇ知ってた? 私まだ生きてるんだよね。むしろ皆より果てしなく長生きする予定なんだけど。それに、どう考えても最初は私じゃなくて元老院でしょ」
「うむ。ここまで正論だと傷付きもしないな。一先ず、皆無事だったと言う事だな。して娘よ、何か言いたい事はあるか?」
「私のせいじゃない」
暗闇のあちらこちらから響いてくる四人の声。
事の顛末は察しがつく通り、元々はエマに原因があると言って良い。
ルーファスとラヴィーネの二人は、騎士団に来ていた依頼を解決し、報告ついでに土産を渡す為、元老院の元へ顔を出していた。
そこへ髪をぼさぼさに振り乱し転移して来たのがエマ。どうにも依頼を受け行ってみたものの、聞いていた話と違い一人で対処するのが億劫だと言い、元老院を連れもう一度現地に行こうと思ったらしい。
そしてたまたまその場に居合わせたルーファスとラヴィーネの二人も巻き込まれ、意気揚々とやる気に満ちたエマの空間転移に巻き込まれた結果、この惨状に至る。
転移した先は何処かの洞窟の中なのか、自分の手すら見えない全くの闇で、四人は何かに引っかかりぶら下がっている状態だ。
「私だけの落ち度じゃ無いもん! よく考えてルーファス。私の右手方向に居るであろう人は、国の最高戦闘集団のトップよ? そして私の足の下に居るヤツは人間でも無く竜よ竜、金竜よ? そんな二人が揃いも揃ってこれだもの」
「おん、取りあえずラズの上からどこうか」
何をどう間違えたのか、転移先を間違えた事だけは四人とも理解した。
「この纏わりついてるの何だろう? 何かの蔦かな? 魔法ですぱっと切るのと焼くのどっちが良い?」
「まてラズ。それは追い討ち大惨事になる、絶対。絶っ対! まずは灯りだ灯り! 魔法使い三人も居るんだからどうにかしろよー!」
一番上の方から響いてくるルーファスの絶叫に、三人が思い出したように小さく声を漏らす。
声の位置から察するに、エマはラヴィーネのすぐ真上に位置し、元老院はそこからそう遠くない右手方向。そしてルーファスは上の方に居るらしいが、声の感じからして少し距離があるらしい。
全員の居場所を何となく把握した元老院は、四人の丁度中間に位置するであろう場所に、一つ光の玉を作り上げ放り投げる。
灯りに照らし出されたのは、狭い縦長の空間。そしてそこにひしめく様に密集する赤茶色の蔦らしきもの。
葉脈や毛細血管と表現した苦なる程、あたり一面赤茶色の網で埋め尽くされていた。
「上も下も見えぬな。すこぶる不満としか言えない状況だのう」
言葉の割には元老院からはあまり焦った様子も無く、憤りを覚えていると言う雰囲気は伝わって来ない。
心許無い灯りを頼りに、元老院は自分に絡み付く赤茶色の物を掃いのけると、そのままふわふわとマイペースにルーファスの元を目指す。
「何で!? すぐ側に居るのに無視!?」
「自力で出ろって事でしょ……」
反響するエマの甲高い声にラヴィーネは顔を顰めつつ、するすると一人脱出すると、元老院の後を追うようにふわふわと飛んでいく。
絡み付く赤茶色のものを不器用に外していたルーファスは、無事元老院の一振りで助け出され、すぐ下を飛んでいたラヴィーネに受け止められた。
灯りを増やしより周囲の状況を確認できるようにすると、ようやくエマがふて腐れた顔で飛んでくるのが見える。
「ラズ……全体重を預けておいて大変心苦しい発言なのですが、横抱きは、超絶恥ずかしい、デス」
「うーん、魔法をかければルーも自力で浮けるだろうけど……。ここ早く出ないとちょっと面倒かも。エマ、早く目的地に転位してよ」
きょろきょろと周囲を伺いながら、ラヴィーネは引きつった満面の笑顔をエマに向ける。
するとエマはまだここがどこだか良く分かっていないのか、転位魔法を練りながら小首をかしげている。
転位魔法は転位先の座標と、今現在いる場所を何となくでも理解していなくてはならない。どちらかの情報が不確なら、先程のエマの様に転位に失敗してしまう。
エマが現段階で理解でているのは、ここはどこかの土の中と言う事だけ。
場所を理解しようと必死になって周囲を確認するエマをよそに、元老院は既にこの状況に飽きたのか、周囲の赤茶色のものを一区画だけ払い除け、手頃な出っ張りに腰掛けている。
そしてその姿を笑いながら見ていたルーファスとラヴィーネだったが、徐々に二人の顔から表情が消えて行き、ラヴィーネはうんざりとした表情、ルーファスは驚きの表情に変わっていった。
「エマー、早くしないと元老院が喰われるー」
ラヴィーネは辺りを飛び回るエマに声をかけるも、話している内容と声の抑揚が一致していない。
のんびりとしたラヴィーネの声でエマが顔を上げると、壁の出っ張りに腰掛けていた元老院の体に一際太い赤茶色のものが絡み付き蠢いていた。
「気持ち悪っ!」
「うむ、例えるならねっとりとした粘液の出る動物の舌だな」
「本人余裕だな!?」
落ち着いて状況を説明する元老院とは対照的に、エマとルーファスは大絶叫。
「ラズっあれ何だよ!? とりあえず助けよう! 俺を降ろしてからな!」
「降ろしたらルーが喰われる。あれはアルラウネの根だね。根からももりもり捕食出来るやつは天災級だねー。まぁ、この根の数で気付いたけど。討伐対象じゃないなら無視して出ようよー」
ラヴィーネはのんびりとした口調で話すも、じりじりと寄って来たアルラウネの根をしっかりと避ける。
「転位先! 間違って無かった!」
周囲の根を盛大に焼き出したエマが甲高い声を上げる。
ルーファスとラヴィーネ、それと元老院までも嫌な予感を隠し切れず、無言のまま引きつった顔で飛び回るエマを目で追う。
「地上に出る予定が地下に出ちゃっただけで、目的はアルラウネの討伐だったのー!」
今回のエマの討伐対象はアルラウネ。骨の檻に来た仕事だったが、元老院経由ではなく駐在魔法使い達から直接エマに渡された仕事だった事もあり、元老院は討伐対象を把握していなかった。
トレントの時と同様、駐在魔法使い達はアルラウネが天災級だと判明した途端、詳細を伝えずエマに丸投げしたと言う事だ。
「地上に出るつもりが地下って……それを失敗って言うんだー!!」
「エマ火はやめてー蒸し焼きになるー酸欠で元老院が死ぬー」
「そうか駐在どもか。また駐在どもの仕業かそうかそうか……」
状況を把握した三人は各々口々にしゃべり出すと、周囲に張り巡らされたアルラウネの根を猛然と切り始める。
先程までルーファスを降ろさないでいたラヴィーネだったが、討伐対象と分かるや、すぐに魔法をかけるとぽいっと根の中に放り投げてしまった。
「あ、ねぇルー気付いてた? 腕の蛇の呪い少し悪化してるよ。もしかしたら素手で触るだけで根が枯れるかもー」
「気付いてませんでした! この状況で報告ありがとうございますー!!」
慣れない魔法でふわふわと浮きながら迫ってくる根を剣で薙ぎ払っていたルーファスだったが、ラヴィーネの暢気な声に手甲を外し、やけくそで近くにあった根を鷲掴みにする。
すると、ラヴィーネの言った通り、ルーファスの握った所から根が急速に枯れ始め、次第にその波は周囲に伝染していく。
「ほぅ、猛毒の腕になったようだなルーファス殿。帰還したら毒も封印する手袋を作ろうか」
「ありがとうございまーす!」
触れればたちまち毒に犯される腕となったルーファスは、最早やけくそを通り越し高笑いをしながら猛然と根に切りかかり鷲掴みにして行く。
実は数日前からルーファスの腕の呪いは進行していたのだが、ラヴィーネがこっそり魔法をかけ封じ込めていた。
やけくそで根を排除するルーファスとエマを眺めながら、ラヴィーネと元老院は壁の出っ張りに腰掛けサボる事にした。
後日、元老院から駐在魔法使い達に圧力とちょっとした嫌がらせがあったのは言うまでも無い。
そして、『猛毒の腕を持つ金竜の騎士』の話が子ども達の間で流行り、流行に乗った雑貨屋が玩具を作り始め、更に数々の魔物を倒した英雄譚として劇になるのは更に後の事となる。
今回もあまりオチも意味もない感じになってしまいました…。
ルーファスはそろそろ劇の使用権を訴えても良いとおもわれ。