33:ラヴィーネ救出 3/3
うつ伏せに倒れたままのラヴィーネは、地面に血溜まりを作り、不気味な音を立て徐々に骨格を変えていく。
音と共にびくびくと飛び跳ねる腕は金色の鱗が生え、背中の皮膚は服を突き破り徐々に翼へと変わっていく。
急速に姿を変え巨大化していくラヴィーネに、ルーファスはエマを抱えると距離を取る。
エマはルーファスの腕を引っ掻き泣きながら声にならない声を上げ、必死にラヴィーネに手を伸ばそうとしている。
ラヴィーネの変化を静かに見守っている金竜は、何処か満足そうに巣の端に寄ると、大切そうに一度だけラヴィーネに鼻先を擦り寄せる。
するとそれがきっかけとなったのか、ラヴィーネは大きく咆哮を上げると、隣に居る金竜と同じ、立派な金色の竜へと姿を変えてしまった。
少し距離を置いた場所にいたルーファスは膝から崩れ落ちると、エマは相変わらず縋るように腕を伸ばす。
竜の姿となったラヴィーネは、ゆっくりと目を開けると、ルーファス達を一瞥するも、すぐに隣に居る金竜に鼻先を寄せる。
もはやラヴィーネを思わせるのは髪色と同じ金の鱗と海色の瞳、それと頭部に生える四本の角のみ。
現実を受け止めきれず鳴いて暴れるエマを抑えながら、ルーファスは何故か冷静に全てが終わったと理解した。
『ようやく、ようやくだ。夢にまで見た姿だ』
金竜は嬉しそうに声を上げるや、喉元に擦り寄ってくるラヴィーネを愛おしそうに舐める。
しかし、いつまでも泣き叫ぶエマの声が聞こえたのか、金竜は思い出したようにルーファス達に視線を向けた。
『先程の詠唱で、この子が人であった時の魂は全て其方達の体の中だ。ここに居るのはもう、其方達の事など覚えておらぬ生まれ変わったただの竜だ。早々に立ち去るが良い』
金竜は端的にそう告げると、一時の間も惜しむようにラヴィーネの頭を舐め頬を擦り寄せる。
ルーファスは金竜に言われた事を何度も復唱し、ふとエマに視線を落としまじまじと観察する。
すると、エマの体だけ異様に光の粉が付着し輝いている。
それは式典の時の自分の姿を見ているようだった。
先程の金竜の言葉とこの輝きからして、ラヴィーネの魂の半分はルーファスに、もう半分はエマに入っているらしい。
と言う事は、目の前に居る立派な竜はもうラヴィーネでは無い。完全に人としての記憶などを持たない純粋な竜と言う事だ。
ルーファスは変に冷静な頭でそこまで理解するも、何故か悲しみも怒りも何も浮かんでは来ない。
隣で泣き崩れるエマを見ても、何故だか心が死んだように動かなかった。
ルーファスの頭は冷静ですぐに状況は理解したが、エマと違いすぐに実感が湧かず、劇かどこか遠い全く知らない人の話を見ているような感覚に陥っていたのだ。
ただ隣で泣き崩れるエマの髪を梳きながら、ラヴィーネの魂の欠片である光の粉をぼんやりと見つめていた。
エマの泣き声に耳を傾けつつ、ルーファスの頭の中には先程までしてた会話が、全てこだまのような幾重にも重なって響き合っている。
ラヴィーネの未練の残る最後の言葉。金竜のエマの自分の言葉。
全てが無秩序に押し寄せるなか、ふとルーファスは何か違和感のような、忘れてはいけない事があったような不思議な感覚に囚われた。
顔を顰めこの違和感の原因を特定する為、ルーファスは今一度頭の中に響き渡る言葉に耳を傾ける。
重要な、何か重要な答えかヒントがあったはずだ。ルーファスは無我夢中で考えを巡らせながらエマの背中を撫でる。
すると、光に包まれるエマの姿を見たらふと、ある言葉を思い出した。
さらりと言った事だった上に、ルーファスには知る良しも無い範疇の事だったので、先程まで意味を考えることも無かったが、エマの姿を見て確信した。
「エマ、ラズを取り戻すぞ」
ルーファスはエマの顔を上げさせ抱き締めると、しっかりと耳元で告げた。
エマは相変わらず泣き続けているが、先程までと違い今はしっかりとルーファスに視線を合わせ言葉を聞いている。
藁をも縋る思いなのはルーファスだけでは無い。エマは例えルーファスが無理難題を言い出しても、非現実的な事を言い出しても、万に一つも可能性を失いたくなかったのだ。
「暴走したら殺してくれと頼まれたが、俺はラズがどんな姿になっても、あいつがあいつでいる限りずっと友であると約束したんだ。竜に変化する時人の魂を持っていなかったから暴走せずに済んだんだろう」
ルーファスは冷静に現在把握している事も踏まえてそう語る。
エマは一切口を挟まず、ひたすら頷きルーファスの意図を汲もうとしている。
「今のあいつはただの竜だ。ラズでも無いし暴走もしていない。俺達が諦めきれないのはきっとそこが原因だ。……なら、竜の姿のあいつに魂を全て返したらどうなる? 俺が考えるに、やはりあの姿のままラズに戻るか暴走するかの、二つに一つだと思う。……俺はあいつとの約束は守りたい。頼むエマ、どんな結果になっても泣かないでくれるか?」
ルーファスの言葉にエマは目を見開いたが、すぐ唇を噛み締め重々しく一つ頷いた。
ラヴィーネは最後に『エマか元老院が、その辺の人形に魂を入れてくれる』と言っていた。
それはルーファスとエマの中にあるラヴィーネの魂を、他の物に入れる事が出来ると言っているのだ。
ここからは、魔法の知識が無いルーファスの憶測だが、魂を人形に入れたら、その人形はラヴィーネと同じ様な行動をし会話もするのでは無いかと言う考えに至った。
先程の金竜の口ぶりから察するに、やはり魂に人の記憶等が記録されていると言って良いはずだ。
故に、ラヴィーネの人としての魂とは、ラヴィーネそのものと言っても良い。
ラヴィーネの体を破り生まれた竜に、ラヴィーネの魂を植え付け取り戻そうとルーファスはエマに持ちかけた。
約束を守りたいルーファスは、決してラヴィーネの魂を人形に入れる事はしたくなかった。
あの竜の体に戻し友となるか殺し合うか、どうしてもラヴィーネとの約束だけは守りたかった。
この思いはエマにも通じたのか、エマは自身の胸に手を当て深呼吸し、覚悟を決めると立ち上がる。
そのままエマはルーファスの手を取ると、片手を寄り添う二頭の竜に向け、ゆっくりと詠唱を開始した。