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32:ラヴィーネ救出 2/3

 無事着地したと思った矢先、二人はそのまま地面に崩れ落ちる。

 どうやら落ち着きを取り戻そうと努力しているようだが、立ち上がろうとするルーファスの足は子鹿のように振るえ、エマに至っては四つ足で地面にはったまま顔すら上げない。

 ラヴィーネはどうにも緊張感が無い二人にため息を付きつつ、自然と笑みを浮かべ身を乗り出す。

 するとそれを阻止するように金竜はラヴィーネの前に尾をどさりと置き、真っ直ぐにルーファスとエマを見つめる。

 すぐさま体勢を立て直した二人は、静かに見下ろしてくる金竜と対峙する。


「ラズを返してくれ」


 一歩踏み出したルーファスは金竜を見据えはっきりとそう告げた。

 呆気にとられていたラヴィーネだが、すぐさまくしゃりと破顔すると、どいてくれと金竜の尾を軽く押す。

 金竜は少しだけ尾を浮かせたものの、不満そうに低く喉を鳴らし鼻先にシワを寄せる。

 剣をも砕く硬い鱗に覆われた金竜だが、どう言った原理でシワが寄っているのだろうと、そんな疑問を抱きながらもラヴィーネは四つん這いで尾をくぐり抜ける。


『人間共は二度も見捨てた。大切な我が子は渡せない』


 ラヴィーネが尾をくぐり抜けると同時に、辺りに不思議と通る低い声が響き渡った。

 何を言っているかは理解出来るが、頭に直接響くような音色に、その場に居た全員が思わず金竜を仰ぎ見る。

 金竜は相変わらず唸り声を上げ鼻先にシワを寄せているが、その金色の瞳は怒りとも不安とも取れない色で染まり、揺れ動いていた。


『小型翼竜と共に落ちたこの子を助ける事も無く、私利私欲の為危害を加える始末。返せと言われても、純粋にこの子を案じてと誰が信じれるものか。……魂を半分持ってはいるようだが、それもこの子を縛り付ける為奪ったと見られてもおかしくは無い』


 再び響いた言葉にエマとルーファスは絶句する。

 八年前、理由はどうあれ確かにエマはラヴィーネを助けず下山した。そしてラヴィーネは王の為と言う名目で倒れた。

 突如金竜が人の言葉を介した事よりも、反論の出来ない冷静な言葉に、二人はただ見上げる事しか出来ない。

 

「ここまで竜化が進行した私の魂を奪うなんて、人間はそこまで強くないよ」


 張り詰めた空気を打ち破ったのは、相変わらず緊張感の欠片も無いラヴィーネの声。

 ラヴィーネは程よく窪んだ岩の巣の端に腰掛け、金竜を見上げながら呆れたように苦笑いを浮かべる。

 ふらふらと不安定に揺れるその体を、金竜は尾の先でそっと支えてやる。

 ルーファスはその本当の親子のような、無意識の小さな優しさに、ラヴィーネに対する金竜の思いを見付けた。


『人の姿では辛かろう。もう人の生には満足したのでは無いか? もう見限ってしまえ』

「うん、今にも体が裂けそう。八年前は、まだ人でありたいって巣を飛び出したけど、今はどうなんだろう……」


 金竜の問いに、ラヴィーネは目を細め何処か遠くを見つめる。

 ラヴィーネがため息をつくと、気が抜けたのか、指先や角の根元にじわりと血が滲む。

 もう常に魔力制御を意識していないと、呼吸をするだけで体が傷付いていく。

 ルーファスとエマは、ラヴィーネの体はもう限界なのだと悟った。

 

「俺の勝手な話だが、俺は今まで通り、店先でラズと茶が飲みたいし甘い物で釣りたい。押し掛け女房みたいなエマとのやり取りも見ていたいし、また仕事がてら温泉にでも行きたい」


 ルーファスはそう溢すと、自分で自分の言葉に納得し、大きく頷くと少しずつ歩み寄って行く。


「確かに王都にいれば人間同士のくだらないいざこざに巻き込まれる。だが、人間だからお前と会えたし甘い物も食べられる。……竜なんかになったら下手したら討伐対象だ。それこそ人間が煩わしくなるぞ?」


 徐々に何が言いたいのか、人間を貶すような発言をし始めたルーファスに、エマは顔を顰め金竜を仰ぎ見る。

 竜の表情など人間には理解出来ないが、先程まであった鼻先のシワが無い辺り、金竜も呆れて物が言えないのだろう。

 そして、金竜の足元に座り込んでいるラヴィーネは、露骨に呆れ顔で口が開いたままになっている。


「甘い物は食べたいけど、もう人の世は生きにくいかも知れない……。思えば出生時魔力測定の段階から私に人の世は合わなかったのかもね」


 ラヴィーネはそのままぽつぽつと語り出す。

 出生時の検査で立ち会った魔法使いも驚く程の結果を出したラヴィーネは、気味悪がった両親に生後間もなく学舎に捨てられたという。

 本来ならば分別がつく歳まで入学は出来ないが、ラヴィーネの才能に、学舎はラヴィーネを突き返すどころかすぐ王都へと送り育て始めた。

 物心つく前から魔法使いになるべく育てられたラヴィーネは、成人する前から魔法使いとしての仕事をこなし、成人し学舎を出ると同時に骨の檻へと入った。

 親の愛情所か、一人の人間としてでは無く、有能で従順な魔法使いをと言う育て方をされたラヴィーネは、これまで人に興味を示さなかった。

 唯一心から気を許したのは、ラヴィーネを学舎時代から本当の子と思い接し続けて来た元老院と、押し掛け女房と言われたエマ。そして、二人と同じくラヴィーネにあれこれ世話を焼く親のような友のルーファスの三人だけ。

 ラヴィーネの気がかりはこの三人だけで、後は本当に人の世に未練など無かった。


「元老院も、それなりにショックを受けると思うけど、そう言う事には慣れてる人だしね。ずっとエマが気掛かりだったけど、何だかルーと仲良くなってるからもう一人じゃ無い。大丈夫そうだね。……半身をルーに渡したのは私の我が儘。この体がなくなっても、私の人としての魂が半分あれば、エマか元老院がその辺の人形にでも入れてくれるかなって……。あぁ、やっぱり駄目だ。二人の顔を見たらどうしようも無く未練が……」


 ため息をつきその場に寝そべったラヴィーネは、そっと目を閉じる。

 すると角の根元から血が流れ始め、ぽたぽたと地面に水たまりを作る。


「金竜! ラズの体が耐えれるように出来ないのか!? そもそも、何故ラズが竜にならなきゃいけないんだ!」


 ルーファスはたまらず叫ぶ。

 自分達が現れた事で、ラヴィーネの中で張り詰めていた何かが弾けてしまったのは誰の目にも明らかだ。

 横たえ目を閉じたまま動かないラヴィーネに、ルーファスの焦りは更に増していく。


『人の生を呪い、全てを抱えて死のうとした私の愛し子。いずれ人でなくなるこの子の為に、私が出来る事は人の器を砕く手伝いだけだ』


 一際穏やかな声色が響き渡ると、金竜は目を細め座り込むと、鼻先でラヴィーネの頭を小さく小突く。

 

「止めて! ラヴィーネを返して!」


 ようやく声を上げ立ち上がったエマは、体を小刻みに揺らしながら、縋るようにラヴィーネに手を伸ばす。

 再び金竜がラヴィーネの頭を小突くと、ラヴィーネはのろのろと重たそうに目を開け、涙と鼻水で顔中ぐちゃぐちゃになったエマの姿に小さく笑う。

 しばしエマのそんな姿を楽しそうに眺めていたラヴィーネだったが、ふと何かを思い出したように笑みを消した。


「――豊穣の大地、緑の息吹……大地に抱かれ大地を抱、く我が、友……に……我が……は……」


 突如小声で詠唱を始めたラヴィーネに、ルーファスとエマの足が止まった。

 ルーファスはとっさにエマを確認し、何の詠唱なのか問おうとした。

 しかし、ラヴィーネの詠唱が途切れ途切れなせいか、それともその詠唱が何か分かったのか、エマは目を見張り固まったまま動かなくなってしまった。

 ラヴィーネはあの式典の時のように言葉を一度句切る。

 詠唱のせいか、ラヴィーネの体は悲鳴を上げあちらこちらから血が滲み出している。

 ラヴィーネは痛みを押し殺すように、一度息を吐き出すと、顔を上げ再び笑みを浮かべ口を開く。


「……が名、は……ヴィー……ネ……。我が、主……」


 殆ど聞き取れない声で詠唱を唱え上げたラヴィーネは、どさりとその場に崩れ落ちる。

 ルーファスが一歩踏み出すと、式典の時と同じようにラヴィーネの体から光が放たれ、ルーファスの体を飲み込んでいく。

 とっさにルーファスは顔を背けると、視線の先には両手で顔を覆い泣き崩れるエマの姿が見えた。

 放たれた光が辺りに吸い込まれ終息していくと、ゆっくりとルーファスの視界は開けていく。

 だが、視界を取り戻したルーファスの目に飛び込んできたのは、金竜の足元で見る見る変化していくラヴィーネの姿だった。

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