3:初めましては女装から 3/3
翌日、再びラヴィーネの店に駆け込んで来たルーファスは、今度はしっかりと騎士の装いをし来店した。
さすがに本格的な武装こそはしていなかったが、肩からふわりと靡く純白のケープは、しっかりと撫で付けられたルーファスの黒髪に良く栄える。
ルーファスは昨日とは見違える朗らかな笑みで、相変らず飾りのれんに絡まるラヴィーネに駆け寄って行く。
昨日はあまりにも気が動転していた為か、ルーファスは着の身着のままラヴィーネの店に駆け込んでしまい無一文の状態だった。
その為、改めて今日解呪の代金を支払いに来たのだった。
「君はもう少し広い店に引っ越すか、物を片付けるか角を解呪するかした方が良いんじゃないか? この様子じゃ、毎日ここに引っかかっているのだろう。それからこの髪もだな――」
本来の姿を取り戻したルーファスは、ラヴィーネの角に絡んだ飾りを外しながら、嬉々とした表情でお節介をやく。
いかにも寝起きと言ったもみくちゃに絡んだラヴィーネの髪を梳きながら、ルーファスは懐から半銀貨を一枚取り出すと、戸棚の上の、昨日祓い落とした人鳥が入れられた瓶の前に置く。
今回の呪いの正体が分かってみれば、薬が効かなかった理由も頷ける。
昨日偶然ルーファスの首に鉤爪の様な痣を発見し、胡乱な悪魔祓いを行ったラヴィーネの判断は正解だった。
呪いの正体は人鳥だったが、ルーファスに斬られ悪鬼化した人鳥がルーファスに取り憑いていたのが原因だった。
過ぎてしまえばもう恨みを持ち越さない主義なのか、ルーファスは散々苦しめられた人鳥を、何処か微笑ましそうに眺めつつ指先で瓶を小突く。
ルーファスの手により飾りのれんから無事解放されたラヴィーネは、欠伸をしながらルーファスの背を押し、店内の椅子に座るよう雑に促す。
人鳥からも女装からも解放されたルーファスだが、なぜ悪鬼化した人鳥と女装が関係あったのか、ラヴィーネは一晩かけ関係性を調べ上げていたせいで、普段以上に気だるい雰囲気を醸し出していた。
ルーファスは既に勝手知ったる店内。
ラヴィーネがテーブルにいくつかメモを広げている間、ルーファスは勝手に茶器を準備しお茶を入れ始める。
「誇って良いと思いますよ、ルーファスさん。まさか悪鬼になって取り憑く程、人鳥が人間に惚れるなんて。初めて聞きましたよ」
お茶に花の砂糖漬けを入れようとしていたルーファスは、ラヴィーネの言葉につい手がすべり大量に投入してしまった。
工芸茶を思わせる程、お茶がびっしりと花で覆われて行くのをため息をつきながら眺めていた二人は、気を取り直し再びメモに視線を落とす。
一晩かけて調べた結果。取り憑いていた人鳥は、どうやらルーファスを殺したい程激しい恋情を寄せいていた事が分かった。
そしてなぜ女装かと言うと、人鳥は元々あまり知能は高くなく、悪鬼になった事で更に低下し、取り憑いていながらも少しでも普段のルーファスと違った装いや雰囲気になるとルーファスの存在自体を見失ってしまうらしい。
昨夜その事が判明した後、試しにラヴィーネが術をかけルーファスを模した人形を作って与えてみたところ、満足そうに人形に寄り添い大人しくなったとの事。
そして今も、人鳥の瓶の横には件のルーファス人形が置かれている。
「と、言う事はもしかして……」
静かにラヴィーネの調査結果を聞いていたルーファスだったが、引きつった顔で人鳥の瓶に視線を向けつつ、伺うように口を開く。
話しながら器用に砂糖が大量に投入されたお茶と何も入っていないお茶を混ぜていたラヴィーネは、ルーファスにカップを手渡しながら何処か儚く微笑んだ。
「えぇ、普段のルーファスさんらしさが消えれば良いだけでしたので、女装じゃなくても……髪を染め普段着ないような服を着るだけでも良かったかもしれませんね」
ルーファスは、うっすらと予想していたが知りたくなかった事実に、カップを持っている手が震えだす。
必死に衝撃と戦うルーファスをしばらく眺めたラヴィーネは、戸棚から硝子製の精緻な小箱を取り出すと、箱の中から一粒、大粒のマロングラッセを摘み上げルーファスの口に押し込む。
反射的に口の中に入った物を咀嚼しだすルーファスの姿に小さくふき出しつつ、ラヴィーネも一粒頬張った。
それから数日後、どこからかその話が漏れたらしくルーファスの体験を元に『人鳥の騎士』と言う歌劇ができ、その効果か騎士団への入団希望者が殺到する事になった。