29:騒乱
放たれた光が、空を染め人や建物、木々や大地に降り注ぎ沁み込んで行くのを、奇跡と喜び声を上げる人々の中で、ラヴィーネは檻に背を預け、血が滲む手と首元を苦しそうにさする。
弾き飛ばされながらも側近を守っていたルーファスは、ぶつけた頭をさすりながら歓声に沸く会場をぼんやりと見渡し、玉座へと視線を向ける。
金竜こそは現われなかったものの、金竜の加護を持つラヴィーネが祝福を授けたと言える魔法で満足したのか、立ち上がり歓声に応えるように誇らしげな顔で手を振っていた。
頭を抱えうな垂れる元老院の後ろから、骨の檻と騎士が一名ずつ、布を手に歩み出す。
二人はそのまま檻に近付くと、骨の檻がラヴィーネの手の血を拭い始める。
されるがまま腕を差し出していたラヴィーネは、一歩下がり不安そうに顔を顰めるルーファスの姿につい吹き出しそうになった。
そのまま目の前で骨の檻に視線を落としたラヴィーネだったが、ふと違和感を覚え小首を傾げた。
すると突如ラヴィーネの手を拭っていた骨の檻がラヴィーネの腕を掴むと、手の平をラヴィーネに向け詠唱を始める。
咄嗟に手を引き抜き結界を張ったラヴィーネだが、骨の檻が放った魔法でラヴィーネを入れた檻が跳ね上がり、ラヴィーネは檻と共に地面に叩きつけられてしまった。
「っ元老院!」
ルーファスは元老院に向かい一言叫ぶと、すぐさま剣を抜き骨の檻に斬りかかる。
しかし、骨の檻に同行していた騎士がルーファスの剣をいなすや、逆にルーファスをラヴィーネから引き離すよう斬り付けた。
弾き飛ばされた衝撃で檻の一部が壊れ、その隙間からラヴィーネがどうにか外に出ると、骨の檻が続けて攻撃をしてくる。
殆ど魔力を消費した状態のラヴィーネは、気力だけでどうにか攻撃をかわしているものの、会場内は突如始まった争いにより混乱状態。
逃げ惑う人々にまかれ二人に近付けない元老院は、一先ず王に結界を張ると、控えていた騎士と骨の檻を睨みつける。
突如仲間がラヴィーネに襲い掛かった事実に狼狽する騎士と骨の檻を確認し、元老院は再び王に視線を向ける。
「直系派の人間が成りすましていたか、それとも直系派の人間が騎士団と骨の檻に居たのか……。どちらでも良い、終息させよ」
王は苦虫を噛み潰したように顔を顰めると、元老院を一瞥する。
元老院は直ぐに一礼し顔を上げたものの、指示を出したくてもまだ直系派の息のかかった者が居るかもしれないと思い、指示が出せずにいた。
そうこうしている内にラヴィーネとルーファスは激しく攻撃を受けている。
ルーファスの相手をしている騎士は、顔を全て覆っている為誰なのか判断出来ないが、素人では無い事はその場にいる誰もがわかる事だった。
相手の実力が相当だった上に、ラヴィーネを気にかけ焦るルーファスの太刀筋は荒く、徐々に圧されてしまっている。
場所を考えず手当たり次第に攻撃魔法を放つ骨の檻をかわしながら、ラヴィーネは不自然な強さの騎士を視界の端で確認する。
「よそ見するな金竜!」
しかし、ラヴィーネの興味が自分に無いと分かった骨の檻は、更に無作為に攻撃を始めた。
「『金竜』? 何か威力が弱いと思ったら、やっぱり骨の檻じゃないのか。骨の檻なら、私の事『エレムルス』って呼ぶもんね」
納得がいたっとばかりに目を細めたラヴィーネは、しまったと骨の檻が顔色を変えた瞬間を逃がさず、思い切り飛び上がるとその頭を踏みつけ、ルーファスの元へと駆け出した。
それまで剣を交えていた騎士とルーファスは、向かって来るラヴィーネをその目で捕らえるや、ほぼお互い同時に駆け出した。
魔法で強化しどうにか動いている状態のラヴィーネの手からは血が滴り落ち、真っ白な服は所々血で染まっている。
「っ手負い一匹仕留められないのか!」
ルーファスと剣を交えながらラヴィーネに迫っていた騎士が、たまらず倒れこんでいる骨の檻にそう叫ぶと、ルーファスの腕を斬り付けると、大きくラヴィーネ目掛け剣を振り下ろす。
しかし魔法で多少強化しているラヴィーネは、剣を叩き落す力は無くとも避ける力はどうにか残っている。
ラヴィーネは強化した足で騎士の振り下ろした剣を踏みつけ地面にめり込ませると、そのままルーファス目掛け大きく跳躍する。
「ルー! 首輪とって!」
斬り付けられたのが蛇の呪いを受け硬化した腕だった為、ルーファスは傷一つ無い。
破れた邪魔な服をむしりとったルーファスは、受身も取らず飛び込んで来るラヴィーネに手を伸ばす。
ルーファスの手がラヴィーネの首輪に触れた瞬間、ラヴィーネの後ろに突如炎が巻き起こり、炎は一息にラヴィーネを飲み込みルーファスの遙か後方へと投げ飛ばしてしまった。
直撃は間逃れたものの、ルーファスも多少炎にまかれその場に蹲るも、すぐさま振り返りラヴィーネの元へと駆け寄る。
炎の塊が至る所に散乱する中に倒れこむラヴィーネの腹には、騎士が放ったであろう剣が深々と突き刺さっていた。
ルーファスは咄嗟にラヴィーネを抱え上げ剣を引き抜くも、ラヴィーネはほんの少し反応を示しただけで、意識を失ってしまっている。
遠くで元老院が叫ぶ声が聞えたが、ルーファスはラヴィーネを抱えたまま剣を構える。
炎を踏み越えゆっくりと歩く騎士の腕には炎が纏わりついてまま。
騎士はその炎を振り払うと、兜を脱ぎ捨てルーファスを真っ直ぐ睨み付けた。
「お前……」
兜を取った騎士は、以前、魔法が使えなくなっていたあの新人魔法騎士だった。
ルーファスは、相手がまさか自分の部下とは思っておらず、剣を握ったまま硬直してしまった。
「中隊長。念の為弁明させて貰いますが、俺は現王派ですよ」
魔法騎士は玉座の前で目を丸くする王を一瞥すると、自身の後ろで未だ立ち上がれずに居る骨の檻に視線を流す。
「あそこで寝そべっているのは直系派らしいですが……。現王派の中にも『現王の意見に絶対賛成派』と『現王の為に自ら考え動く派』があるんですよ。俺はその後者。金竜の加護なんて曖昧な物では無く、そいつ自体を金竜にしてしまえば済む話なんじゃないかって意見が出ましてね。直系派が加護を持つ人間を殺そうとしてましたので、丁度良いかと。上手く利用したと思いません?」
魔法騎士はにっこりと笑みを浮かべたが、ルーファスには言葉の一つも理解が出来ない。
じりじりと近付く魔法騎士の、得体の知れない不気味さにルーファスが後退りすると、魔法騎士がふと顔を上げ一歩後ろへ飛び退いた。
その直後、先程まで魔法騎士が立っていた場所に巨大な火の塊が落ち、レンガで舗装された地面を溶かし滑らかな穴を作る。
その穴の脇に静かに降り立ったのは、目を吊り上げ怒りに打ち震えるエマだった。
「エマ……悪い……」
ルーファスはエマにそれだけ呟くと、剣を収めラヴィーネの体をマントで包む。
エマの体の回りには光の粉が付着している。
ちらりとルーファスが後ろを確認すると、元老院の周りにも同じ光が霧散している。
どうやら元老院が強制的にエマをこの場に呼び出したようだ。
エマはルーファスとラヴィーネを横目で確認すると、魔法騎士に向け一歩踏み出す。
すると先程までルーファスに歩み寄っていた魔法騎士だったが、エマに圧されるようにじりじりと後退し始めた。
「魔法が使えないただの人間相手には強気なのに、なに女に気圧されてるのよ。三下が」
エマは口元を覆っていた布を剥ぎとるや、にやりと笑みを浮かべ吐き捨てた。
魔法騎士の後ろで蹲っていた直系派の骨の檻も、エマの登場に打つ手が無いらしく、じりじりと下がって行く。
そんな二人をつまらなそうに見下したエマは、くるりと振り返ると、ルーファスの腕に飛びつき、ラヴィーネの顔を覗き込む。
ラヴィーネは意識は無いものの呼吸はしている。
しかし、意識が無いからか傷か深いからか定かでは無いが、確実に呪いはゆっくりと進行し始めている。
呪いよりも早く傷を塞げば、呪いの進行を食い止める事が出来ると知っているエマは、ラヴィーネに回復魔法をかけ始めた。
しかし、後ろから放たれた炎に治療を中断されてしまった。
「いくら骨の檻だからって、魔法使い二人に背中を向けるのは自殺行為なんじゃ無いんですかね?」
結界に打ち消された炎を振り払ったエマは、心底面倒臭そうに振り返るも、再びラヴィーネに向き直る。
「ねぇ聞いた? 骨の檻でも自殺行為ですって。ちょっとどう言う教育を施してるのよ元老院は」
治療を再開させたエマは、遠くから歩いてくる元老院を睨みつける。
どうやらその言葉は元老院にも聞えていたらしく、元老院は歩きながら呆れたような笑みを浮かべていた。
「エレムルスに一撃与えて勘違いでもしているのだろう。そんな事よりも、今は――」
呆れ声で元老院が口を開きラヴィーネに手を伸ばした時、突然日が陰り周囲が暗くなった。
全員が空を仰ぐと、頭上では金色の竜が広場を静かに見下ろしていた。