28:金竜の祝福
「ラズ! また居なくなったと思ったら……! 何がどうなってるんだ?」
ラヴィーネが城に移されて二時間あまり。
王は本当にルーファスを呼び寄せたらしく、尋常じゃ無い程の速さでルーファスが現れた。
城の最奥、王の部屋のすぐ脇――本来ならば王妃の部屋とされる場所に、何故かラヴィーネは寝かされていた。
ラヴィーネは心底困った様な笑みを浮かべると、こられまでの出来事を端的に説明した。
ルーファスは青ざめたり激昂したりと、ころころと顔色を変えながらラヴィーネの話に相槌を打つ。
「と言うわけで、何もかもバレちゃった挙げ句、なーんか王の物になっちゃったみたい。それより、なにか甘い物持って来てくれた?」
ソファに横になりながら他人事のように話すラヴィーネは、向かいのソファで頭をかきむしっているルーファスの周りを物色する。
エマは現在任務の為王都の外に居るらしく、ラヴィーネとルーファスと合流するのはいつになるか分からない。
ルーファスは考えを纏めるかのように、やたら白と淡いピンク色で纏めれた部屋に視線を流し、何度もため息をつく。
「俺はお前を殺す為に訓練したんじゃない。王は、お前が魔力を制御出来なくなったら殺せと言って来た。……もう限界も近いんだろ?」
俯き呟いたルーファスの声は、酷く擦れていた。
「次、呪いが大きく進行したら……。もう自信は無い。今は元老院に……この首輪に生かされてるみたいなものだよ」
ラヴィーネは角を一撫でした後、首輪に指を滑らせる。
元老院が力を込め作り上げた強力な魔力制御の首輪。
強制的に押さえ付けられる事により、体の自由と引き替えに魔力の暴走からラヴィーネを守っている。
元老院はラヴィーネの身を案じ、必要以上に強力な首輪を作った。
「名前も知らない金竜をどう呼ぼう……。何にせよ、私は人じゃ無くなるかも知れない。その時はよろしくね」
ラヴィーネはいつも通りの声色で、ルーファスに笑って見せた。
*
一週間後、再び早朝から着付けをされるラヴィーネの姿を、ルーファスは唖然とした顔で見つめていた。
相変わらず化粧を施す時は顎の下に枕を入れられ、髪を結い飾り付けされながら、うとうとと眠そうに頭が揺れる。
妻が居ない現王。その為王妃付きの侍女や巫女達は普段は城仕えと変わらぬ仕事をしていたが、今日は王妃の代わりにラヴィーネの身支度を嬉々として行っている。
流石に顔の下半分を隠すと知っているからか、口紅はさしていないが、その代わり目元の化粧は先日より何倍も時間をかけ丁寧に行われ、髪飾りも宝石の珠だけでは無く、糸状にした宝石を編んだ物もふんだんに使用された。
「凄いな……。男なのに女だし……髪に豪華な蜘蛛の巣が付いてる」
「一見モテそうなのに、なんでルーが独身なのか分かった気がする」
うつ伏せに寝そべったままラヴィーネが呟くと、支度をしていた侍女達もたまらず肩を揺らす。
急遽決まったとは言え、城の正面にある広場でお披露目をする為、街はちょっとしたお祭りの様になっている。
その騒ぎと魔力の暴走から、ラヴィーネをすぐ側で守護する役割になっているルーファスも、この日は騎士の礼装を身につけていた。
生憎エマはまだ戻って来ていないらしく、今日はルーファスと元老院の二人しかラヴィーネを守護する者はいない。
そして元老院は、急遽呼び寄せた骨の檻達を束ね、王も守護しないとならない為、実質警備は手薄と言っても良い。
騎士団も王の側に控える事となっているが、華々しくラヴィーネを披露する場に、血生臭い雰囲気は漂わせたくないと言う王の判断により、騎士達は有事の際以外は城の中で控えている事になっている。
ラヴィーネを着付けた侍女達が一礼し退室していくのと入れ替わるように、正装に身を包んだ元老院が部屋に入って来た。
「また今日は一段と……すっかり王の着せ替え人形だな、エレムルス」
元老院はラヴィーネの姿を一目見小さく笑うと、首輪の様子を確認し始める。
ルーファスは今まで少しばかり元老院を避けていた。
それはラヴィーネの事もあったが、元老院と言う存在自体、得体が知れなかった事が原因だ。
しかし、先日ラヴィーネの話を聞き、実際にラヴィーネの心配をする元老院の姿を目の当たりにし、その思いを改めた。
「ラズ、俺はお前の檻のすぐ脇に居る。何かあったらお前を元老院殿に向かって檻ごと投げるつもりだから、受け身は自分でどうにかしろよ」
「えっどこに驚いたら良い? 老体に向かって檻を投げつける所? それともその馬鹿力?」
体を起こしベッドに座り直したラヴィーネに向かい、ルーファスがなんとも頼もしい言葉を投げかけるも、明らかに冷静な判断とは言いがたい内容。
流石に元老院も膝を折り、ベッド脇にしゃがみ込みふき出してしまった。
しかしルーファスは至って真面目に言ったらしく、腰に手を当て座り込んでいる二人をまじまじと見下ろしている。
「ははっ……。では私はエレムルスと王を安全な所まで導こう。さぁ、時間だ」
元老院とルーファスはどうやら腹を括ったらしく、お互い視線を交わすと確かめ合うように頷いた。
その二人の気持ちがラヴィーネにも通じたのか、ラヴィーネはどうにか自分の足で立ち上がると『二人は何と戦うつもりなの?』と、軽口を叩き部屋を後にした。
今日の式典は『王が金竜と契約を交わした印に、魔法使いの身にその力を残した』という、どうにもおかしな設定でいくらしい。
整えられた広場の真ん中には、ラヴィーネを入れた檻が布をかけられ置かれており、その布が取られる時を見物客は色めき立ちながら、今か今かと待ち望んでいた。
そして、やはり王を快く思わない先王直系派により、小さな妨害が何度かあったが、その都度骨の檻や控えていた騎士達が対処し、今のところ大きな問題も起きず恙なく進んでいる。
長ったらしい教会の話と王の英雄譚に耳を傾けながら、少しだけ高い位置に置かれた檻に寄りかかっていたルーファスは、小さく笑い声を上げた。
するとその声を聞きつけたのか、檻の中からラヴィーネがちょっとだけ布をめくり顔を出す。
どうやら中には熱がこもってしまっているらしく、化粧は崩れていないものの、首筋には後れ毛が汗でしっとりと貼り付いてしまっている。
布の隙間から漏れ出す熱に、ルーファスは慌てて剣を下から差し込み風の通り道を作る。
するとその付近が涼しいのか、ラヴィーネは剣の脇にごろりと寝そべってしまった。
「ラズ、もう少ししたら布が取られるはずだ。その時はちゃんとするんだぞ? あと元老院から伝言だ『祝福の詠唱は覚えてるな?』だそうだ」
ルーファスは布の隙間から風を送り込みながら、周囲を警戒しつつ端的に話す。
布の隙間から顔を覗かせていたラヴィーネは、一度視線をルーファスから元老院の居る方へ投げると、小首を傾げ曖昧に微笑んだ。
ラヴィーネのその姿に、もしや詠唱を忘れたのかと一瞬ルーファスは青ざめたが、すぐさまラヴィーネはそれを否定し、首輪を少しだけ緩めてくれと首を伸ばす。
いまいち話が良く分かっていないルーファスだが、言われた通りラヴィーネが良いと言う所まで首輪を緩めてやる。
すると丁度その準備が終わった頃、長々と続いていた王の偽りの英雄譚も、大団円ののち終わったらしい。
会場内は拍手に覆われ、真ん中に居るラヴィーネとルーファスは四方八方から押し寄せる拍手の波に頭がくらくらする。
その拍手が次第に引き潮のように遠ざかって行くと、再び訪れた静寂の中、足音が一つ、ラヴィーネとルーファスの元に近付いて来る。
足音の主は、今回の式典の進行をしていた王の側近。
側近はラヴィーネの檻の前まで来るや、恭しく一礼すると、慎重な手つきで布を外して行った。
布が外されると、会場は驚きや歓声が入り混じった、悲鳴にも似た声で満たされる。
その声を一身に集めるラヴィーネ本人は、ようやく布から解放された安堵感と、眩しい日の光に目を細め檻の真ん中にぺたりと座り込んでいた。
「これが盟友金竜との契りの証! 今その祝福を見せよう!」
舞台に立つ演者のように、側近が両手を広げ天高らかにそう宣言すると、歓声は最高潮となった。
ラヴィーネ本人は腕を伸ばし外の空気を満喫している様子だが、檻の直ぐ脇に立つルーファスはどうにも不満そうな顔で、じっとりと周囲に視線を向けている。
ラヴィーネはそんなルーファスの様子を横目に見つつ、あえて何も気付かなかった様に伸びをすると、側近に促され詠唱の準備を始める。
ラヴィーネは首に手を添え、喉の調子を確かめるように小さく言葉を出すと、ルーファスに向かい一度頷き、会場の奥、高々と掲げられた玉座に座る王に向かい一礼する。
「其の身に、其の心に其の魂に。我は焦がれ我は憎み我は敬意を払い、泡沫の夢を贈り届けよう。我が身が幾千の炎に抱かれ焼かれ続けようとも、我が身を削り我心を削り我魂を削り、汝らに我無償の祝福を贈る事も厭わぬ……」
ラヴィーネが詠唱を始めると、檻を中心に静かに風が吹き始める。
ルーファスは初めてラヴィーネの詠唱を聞いた。
普段ラヴィーネは周囲に聞えない程度の小声で詠唱をしていた為、ルーファスはしっかりと詠唱を聞いた事が無かったのだ。
以前エマを呼び出した時の端的な詠唱とは違い、長々とした詠唱を詠い上げるラヴィーネに、ルーファスはふと違和感を覚えた。
聞いた事も無い詠唱に対し違和感など、と思いながら、横目で元老院に視線を投げると、元老院は玉座の脇で頭を抱え全く明後日の方向へと視線を落としていた。
その元老院の姿を確認したルーファスは、再びラヴィーネに視線を戻すと、側近に聞えない程度の声でぽつりと言葉を落とす。
「……おい、詠唱間違えただろ」
「うん、出だしからうっかり別の魔法。修正する」
詠唱の合間にラヴィーネは誤魔化すように笑いそう答えると、じっとりと睨みつけるルーファスからそそくさと視線を反らす。
「久遠の祝福、風の竪琴。我が魂を須らく汝に与えたもう。虚無の彼方に忘れ去られた我が残滓は、悠久の孤独の果てに、再び汝を見初める事だろう。須臾の間、我の名をその身に刻み込むが良い。我が名は……」
じわりと血が滲む手を王のへ伸ばしながら詠唱を続けていたラヴィーネは、一瞬躊躇った様に視線を下げ言葉を飲み込むと、ふわりと大輪の花が咲いたような、祝福を授ける母神を思わせる微笑を浮かべ顔を上げた。
「我が名は『オペラ・スタンレイ』! その頭上に深淵の覇者たる黒き蛟龍を宿した我が主より賜りし、悠久の人柱の名である!」
ラヴィーネが最後の一句を高らかに言い放つと同時に、ラヴィーネの手から光が勢い良くあふれ出し、会場を瞬く間に覆いつくす。
そばに居たルーファスと側近は勿論、魔法を発動したラヴィーネ自身も、その勢いに押し飛ばされ強か体を打ち付けてしまった。