25:呪いの正体 1/3
元老院を含む数名の骨の檻の幹部がラヴィーネの店を訪れると、クロイツの若女将がしていたような魔力を阻害する首輪をラヴィーネにはめ、そのまま骨の檻まで連行した。
さすがのラヴィーネも数人の骨の檻に囲まれ首輪までつけられれば逃げる事も叶わない。
強制的に連行されるや、ラヴィーネは何の説明も無いまま昔療養していた部屋に押し込められ半日がたった。
てっきり痺れをきらせた元老院が力ずくで解呪をするのかと思っていたが、部屋の中はベッド以外何も無く、本当にただラヴィーネを閉じ込めておきたいだけのように見える。
鉄柵のはまった窓から外を覗くと、なにやら隣接する城が騒がしい事以外、取り立てて変化は見あたらない。
部屋にも首輪にも至る所に魔力を阻害し封じる術がかけられており、ラヴィーネは鉄柵を壊し外に出る事すら出来ない。
監禁されたまま何の音沙汰も無く半日。さすがのラヴィーネも苛立ちが隠せないでいたが、外に数人の騎士を見つけると、そのまま窓に張り付く。
騎士達の中にルーファスの姿は無かったが、以前鍛錬場で見た顔がちらほらと、そして新人の魔法騎士の姿もある。
どうにか騎士達に気付いて貰おうと、何か部屋の中に投げるものが無いか探し出すと、ノックと共にゆっくりと扉が開いた。
どうにもタイミングが良いのか悪いのか、ラヴィーネが顔を上げると、そこには元老院と、仰々しい臙脂のマントに身を包んだ壮年の男が訝しい目でラヴィーネを見下ろしていた。
「ようやく、お前の呪いが何か分かった。本当に八年もよく隠し通したものだ、エレムルス」
何処かやつれたような印象の元老院は、こぼすようにそう呟くと、ふらりと壁に体を預ける。
普段は元老院の事など煩わしい人間としか思ってなかったラヴィーネも、その今にも倒れそうな老体につい手を差し出してしまう。
しかし、伸ばしたラヴィーネの手を壮年の男は掴むと、元老院から引き離すように部屋の奥へと押しのけた。
「他の者など気にかけなくて良い。今はその身が何より重要だ」
壮年の男は一歩前に出るや冷たくそう言い放つと、元老院に視線を投げる。
すると元老院は蒼い顔を上げると、一つ頷き困惑の表情を浮かべるラヴィーネの元までゆっくりと歩み寄って来た。
先程は手を掃われてしまったが、今度はしっかりと元老院の腕をとると一先ずベッドに座らせる。
「エレムルス。小型飛竜の舞う渓谷の底に、長く行方が分から無かった金竜の巣があるのだな? その角は金竜の、神災級の呪いなのだろ」
やつれながらも力強い目でラヴィーネを見上げる元老院がそう告げると、ラヴィーネは直ぐさま身を翻し扉に走った。
しかし、扉の外に骨の檻が二人待機していたらしく、すぐさまラヴィーネは拘束され床に崩れ落ちてしまった。
床に体を叩き付けたラヴィーネがくぐもった声を上げると、壮年の男が骨の檻の二人を睨みつけ、ラヴィーネの腕を掴み引き上げる。
「金竜の加護を持つ大切な身だ。骨の檻何かより希少な存在だ、手荒く扱う事はこの王が許さん」
その発言でようやくラヴィーネは目の前に居るのが王だと認識した。
骨の檻として動いていた時、何度かセレモニーなどで顔を見た事はあったが、あまり気にしていなかったせいもありすっかり失念していた。
王は片手でラヴィーネの体を起すと、控えていた骨の檻の二人をもう一度睨みつける。
再び王に睨まれた二人がようやくラヴィーネを拘束していた術を解くと、ラヴィーネは骨の檻二人分の負荷が大きく、力なく王の腕の中に崩れ落ちてしまった。
「な、に。金竜って知って、どうしたいの……。残念だけど、魔法はもう、殆ど使えないよ」
顔を上げる気力も無いラヴィーネは、王の服に埋もれながらどうにかそれだけを口にする。
しばし王はラヴィーネの角を興味深そうに眺めていたが、ラヴィーネを壁に凭れ座らせると、元老院に下がるよう命じ、ベッドに腰を降ろした。
「なに、これと言って変な事はしない。ただ象徴として祭上げるだけだ。近年、この国には骨の檻が居ると言うのに、小さな小競り合いを仕掛けてくる馬鹿な国が多くてな。そいつらにただ見せ付けてやるだけだ。こちらには神災級の金竜の加護があるというのを」
思いがけない方に話が転んで行き、ラヴィーネはなにを言っていいか分からなくなってしまった。
象徴。祭上げる。
命を狙われるような事も、呪いが悪化するような事も無さそうな言葉の響きだが、だからと言って見世物にされるのを喜ぶわけも無い。
何か言おうとラヴィーネが体を少しだけ起すと、直ぐ脇に控えていた骨の檻が動きラヴィーネの肩を押さえる。
骨の檻同士は名前を聞いた事がある程度で、服のせいで顔も分からない上に交流も一切無い。
偶然エマとラヴィーネは知り合う事が出来たが、ラヴィーネにとって今ここにいる骨の檻の二人は元同僚でも、仕方なく指示に従っている可哀相な人間でもなく、ただただ邪魔な存在。
半日監禁された挙句、魔力を封じられ床に叩きつけられ、ようようラヴィーネの我慢は限界だった。
ラヴィーネは首輪をつけたままの状態で魔力を体に集めると、骨の檻を睨みつけありったけの力を込め、躊躇い無く電撃を叩き付けた。
その場に居た全員が首輪をつけた状態では精々小さな火を起す位だとたかをくくっていたが、力が増大しているラヴィーネは駐在魔法使い以上の、下手したら骨の檻レベルの電撃を放った。
とっさに結界を張った骨の檻だったが受けきれず、崩れた壁と共に廊下の端にまで飛ばされて行く。
直撃を免れ、寸前で元老院が結界を張ったお陰で王には傷一つ無いが、部屋の扉や壁は見事に砕け焼け焦げている。
遠くで倒れこむ骨の檻の二人が起き上がろうともがいているのを確認したラヴィーネは、忌々しそうに舌打ちをすると、ほんの少しだけ呪いが進行し、軋む角を血塗れの手でさする。
「今の距離ならあわよくば仕留めれるかと思ったのに。自分が痛い思いをしただけか。それにしても、いくら油断してたからって結界を張るのが遅すぎ。あんな遅い詠唱と反応速度じゃ、単騎で天災級どころか普通の魔物の討伐すら無理じゃないの? 元老院」
ラヴィーネは吐き捨てるように言うと、王と自身の間に立ちはだかる元老院に視線を流す。
王は表情一つ変えてはいないが、間に立つ元老院は更に顔から血の気が失せていた。
元老院が反論して来ないのを確認すると、ラヴィーネは二人の脇を通り過ぎベッドからシーツを抜き取る。
無理矢理魔法を使ったせいで、ラヴィーネは血塗れだった。
魔力を制御してる首輪の周りは勿論の事、魔法を放った手は肘から下が全て血に染まり床にしたたり落ちている。
しかし、ラヴィーネが無造作にシーツで血を拭うと、腕の傷は既に綺麗に消え去っていた。
「エレムルス……」
王を背中に庇うようにし、扉まで下がった元老院はようやく声を発する事が出来た。
廊下には騒ぎを聞きつけたであろう騎士や、骨の檻を補佐する人の姿が確認出来る。
ラヴィーネは腕と首の血を拭うと、呆れたようにため息をつきシーツをベッドに投げ捨てた。
「何もしないよ。あの二人はいきなり痛い事して来たから仕返ししただけ。王に牙を向ける程やる気に満ちた性格してないの知ってるでしょ。痛くてしょうが無いし」
ラヴィーネはどさりとベッドに座り込むと、血に塗れたシャツの袖を捲り角を撫でる。
正直、あわよくば逃げてやろうとは思っていたが、想像以上に体の負担が大きく、王と元老院が居なかったらすぐさまベッドに倒れ込んでいただろう。
ぼんやりと虚ろな目で俯くラヴィーネを確認した元老院は、ようやく肩の力を抜くと、ラヴィーネに首輪を追加する。
「金竜の幼子か。呪いのせいか知らぬが、見た目は申し分ない妖艶さであるな。似合いの首輪でも作ってやろう」
されるがまま元老院に首輪と、更に手首にも枷を着けられているラヴィーネを眺めながら、王は心底面白そうに喉の奥でくつくつと笑う。
気怠そうに王を一瞥したラヴィーネは、自身の脇に屈み作業をする元老院に問いかける。
「一回、噛み付いてみても良いよね? 牙も生えて来たし結構痛いと思う」
「エレムルス、口枷も必要か……?」
元老院は大きく口を開け牙を見せるラヴィーネの口を手で塞ぐと、しっかりと手枷をはめ込む。
首に二つ、両手に一つずつ枷をつけたラヴィーネは、もう魔力の欠片も放つ事が出来なくなった。
それどころか、魔力が完全に封じられた瞬間、どっと体が重くなり顔を上げる事すらやっとと言った状態。
力なく膝の上に落ちた自分の両手に視線を落としながら、ラヴィーネは心底ため息をついた。
新たな角が一対生え始め牙も出来始めた挙句、魔力を封じられると満足に動けなくなる。
ラヴィーネは、自分の体が着実に魔物になってると再確認すると、崩れるようにベッドに倒れこんでしまった。
ラヴィーネにもう敵意が無い事をはっきりと理解した元老院は、ふらふらと部屋の入り口まで戻って来た骨の檻の二人に下がるよう命じると、ラヴィーネに布団をかける。
「ねぇ、どうやって呪いの正体、調べたの? 誰にも金竜って言ってなかったのに……八年もよく粘ったね……」
魔法を使った際の負荷と枷のせいか、ラヴィーネは今にも眠りに落ちようとしているが、どうしても気になっていた事を口にする。
そのいつものラヴィーネのような柔らかい口調を聞いた元老院は、やつれた顔に薄らと笑みを浮かべると、扉の前を空け退室する王の背中を見送る。
「ヨル……クロイツの守り神にあったのだろう。守り神と呼ばれている魔物は、歴代の元老院達が契約し守り神として各地に――大きな魔路の上に置いているのだ」
破損した壁と扉を魔法で修復し始めた元老院は、誇らしげに小さくふふっと笑って見せた。
「あの職務怠慢蛇……よくもぺらぺらと……」
ヨルの事を思い出しラヴィーネは歯軋りをする。
クロイツの一件は、守り神であるヨルが子育てをしていた為、それまで押さえ込んでいた魔路から魔力が溢れ出した結果、あの黒蛇の様に少し力のある者がのさばる事態になった。
守り神が子育てをする事は問題ないのだが、本来ならば隙が出来るその間は守り神が使役する者に、魔路制御の援助を頼むもの。
長らくクロイツが平和だったせいか、ヨルは今回それを怠った為こう言った事態に陥ったのだ。
「今日はもう動けないのだろう? 明日、新しい枷を持ってくる。その時今後の予定についてまた改めて説明する。エレムルス、お前の体はもう王の物だ、大切にな」
元老院はそれだけ告げると、ラヴィーネの頭を子どもをあやすよう一撫ですると、静かに退室して行った。
当代の元老院は骨の檻を束ねながら、王都の魔法使いの学舎で週に一度教鞭も振るっている。
元老院は学舎では変わった教員と言われており、初めての授業では『名前は言うな、私も言わん』と必ず教えると笑い話になる程。
そしてラヴィーネは、王都出身では無いが学舎は王都だった。
当初、実家近くの小さな学舎に入学したのだが、早々に実力を買われ、入学して直ぐ王都の学舎に移されていた。
その為、ラヴィーネが骨の檻に入る以前より、それこそ学舎に入学した時から知っているのだ。
元老院にとって、いつまでも自分は子どもなのかと呆れに近い笑を浮かべたラヴィーネは、そのまますっと眠りに落ちてしまった。





