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23:面倒な依頼 6/6

 流石にラヴィーネも強烈な暴風と光、召喚魔法の負担で目が覚めたのか、ルーファスの腕の中できょとんと目を丸くし、目の前に現れたヨルを見上げていた。

 召喚魔法はただその場に喚び出すと言うだけの物で、物語のように喚び出した物を自分の意のままに操れると言う便利な物では無い。

 従って、喚び出したは良いものの、現段階ではヨルは敵か味方か、喚び出したラヴィーネ本人にも分からない状況だ。


 じりじりと下がっていく黒蛇に反し、ヨルはとぐろをまき直すと、一度ラヴィーネとルーファスに視線を落とす。

 ルーファスは無意識にラヴィーネをがっちりと抱え込み、ヨルから視線を反らさずゆっくりと下がっていくが、あまりにも抱える力が強く、ラヴィーネは顔を顰め小さな呻き声を上げる。

 するとヨルは笑うように目を細めると、目の前で鎌首をもたげる黒蛇に視線を戻した。


「ほんの少し、子育てで目を離した隙に随分変なものが紛れ込んだものだ」

 

 ヨルは舌をちろりと出すと、黒蛇を睨み付けゆっくりと頭を上げる。

 黒蛇も木を軽々となぎ倒す程大きな体をしているが、ヨルはその倍以上ある。

 黒蛇は敵意剥き出しで牙をむいているが、まだ力を溜めている段階だった為か、ゆっくりとヨルが近付くとじりじりと後退していく。

 どうやらヨルは今のところは黒蛇を敵と認識したらしい。

 ルーファスはじりじりと下がり十分に距離をとると、ようやく腕の力を抜いた。

 するとラヴィーネは膝から崩れ落ちると、地面に突っ伏し思い切り咳き込み始めた。


「ゴホッ! 今まで色んな魔物に拘束されたけど、今までで一番本気で死ぬかもって思っ……」

 

 ラヴィーネは地面に寝そべったまま、涙目でルーファスを仰ぎ見ながら苦しそうに咳をする。

 それでようやくルーファスも、先程までラヴィーネを抱えていた事を自覚したのか、慌てて座り込み背中をさすってやる。

 

「ルー、腕見せて」


 ルーファスが背中をさすりながら、ラヴィーネの濡れて角や顔に貼り付いた髪を取ってやると、ラヴィーネはゆっくりと顔を上げてルーファスの左腕をとる。

 蛇化の呪いは肩を越した辺りで止まっていた。

 ラヴィーネは呪いの状態を確認し、ほっとため息をつくと、ルーファスの左手を掴み小さく詠唱を始めた。

 しかしルーファスが詠唱途中でラヴィーネの手を退かしてしまった。


「肩さえ自由なら動きには問題ない。と言うか、この頑丈さは甲冑より便利かも……」

 

 ルーファスは剣先で自身の左腕をつつく。

 すると石か金属に当たったような、甲高い音を立て剣が震える。

 鱗も肌とほぼ同化した色をしているので、言われなければ気付かないかも知れない。

 ルーファスは怪我の功名とばかりに嬉しそうに笑うと、手の感覚を確かめる様に何度か左手で剣を握る。


「本人が良いなら……これ以上悪化しないようにだけしとこうか。それよりも……」


 ラヴィーネは乾いた笑い声をもらし、再びルーファスの腕を取り魔法を展開し始めたが、二人の後ろでは巨大な蛇がもつれ合い木をなぎ倒しながらお互い牙を突き立てている。

 二人が距離を取ったのを確認したヨルは、黒蛇にむけ飛び掛かったのだった。

 二匹が跳ねた場所は岩が砕け、牙を突き立てた場所からは血が辺りに飛び散り、生臭い臭いが立ちこめる。

 しばし白と黒の二色がもつれ合っていたが、やはり体の大きなヨルの方が力が強く、徐々に黒蛇は締め上げられていく。

 すると黒蛇の首筋に牙をたてたヨルが、二人に視線を向けた。


「そこの角の。私が抑え込んでいる間にとどめを」


 抵抗する気力も無くなって来たのか、黒蛇はヨルが尾の力を緩めても大きく反撃して来ない。

 突如声をかけれたラヴィーネが驚きで目を丸くしている間に、ヨルは締め付けていた尾の先を解くと、くるりとラヴィーネの体に巻き付け持ち上げてしまった。

 ルーファスが慌てて手を伸ばすも虚しく手は空を切り、ラヴィーネはヨルの頭の上に置かれてしまった。

 

「肉の焦げる臭いは好まない。それとここは温かいゆえ凍らせるのも面倒だ。地中に埋めたところで逃げ果せるだけだし……うむ、細かく切り刻んでやるが良い」


 ヨルは一人でぶつぶつと話すと、結論が出たらしく頭の上のラヴィーネを尾の先でつつく。

 ヨルの頭の上に座り込んだままのラヴィーネは、相変わらず目を丸くしたまま呆けていたが、無意識に言われた通りの魔法を詠唱し始める。

 黒蛇の周りに光の粒が現れると、次第にいくつかの塊になり光の剣を形成する。

 無数の光の剣は黒蛇に狙いを定めると、同時に黒蛇に斬り掛かった。

 魔法が放たれたと同時に、巻き込まれないようヨルが身を捩ったせいで、無防備に頭に座り込んでいたラヴィーネは盛大に転がり落ちていく。

 途中でヨルの尾に掴まれ止まる事が出来たが、気付けば黒蛇は粉々になっていた。

 ルーファスが駆け寄ってくるのを横目で見たヨルは、ラヴィーネを無造作にルーファスに投げて寄越す。

 悲鳴を上げもつれ合うように地面に転がった二人を、目を細め見つめていたヨルは、黒蛇の欠片を頬張りながら口を開いた。


「その角、随分高位な呪いだな。そこの男程度の呪いなら治してやれるが……どれ」


 目を回しルーファスの上に倒れ込んでいたラヴィーネの臭いを確かめるように嗅いだヨルは、舌舐めずりをすると口の端でラヴィーネの角を頬張る。


「な、に……? えっちょっとやめ――」


 頭を起こそうとしたラヴィーネは、ヨルが何をしようとしてるのか理解したらしく、すぐにヨルの顔を押しのけようとするも時既に遅し。

 ヨルが少し口に力を入れると、硬い木か骨か何かが砕けるような、こもった鈍い音を立てラヴィーネの右の角が砕けた。


「う、ぁ……っ!」

「ラズ!?」


 角が砕けた事で、再びラヴィーネの呪いは急速に成長する。

 木が裂け砕ける様な音をたて、角が更に太くなり捻れていく。

 呪いが成長する時は相当な苦痛が伴うのか、ラヴィーネは呻き声を上げ頭を抱えのたうち回る。

 しばらくし呪いの成長が止まると、ラヴィーネはぐったりとルーファスにもたれ掛かったまま、うっすらと目を開けた。

 ルーファスが初めてラヴィーネに会った時は、ルーファスの角は山羊のようにつるりとした角が緩く後ろに伸びているだけだった。

 しかし今は、節々の様に幾つもぼこぼこと隆起し捻れ、くるりと耳を囲むように後ろに大きく弧を描いている。

 何か納得するようにヨルが下がったのを確認すると、ルーファスはラヴィーネの服を剥ぎ取り他に変化が無いか調べ始めた。

 

「どこで神災級の呪いなぞ貰ってこれるのやら。いや、神災級の祝福か」


 くすぐったそうに身を捩るラヴィーネの体を、しばし確認していたルーファスだったが、角のすぐ上に小さく、新たな角が一対生えているのを見付けると、歯をぎりっと鳴らしヨルを睨み付けた。

 するとラヴィーネはよろよろと体を起こすと、一度小首を傾げるとルーファスに向け口を大きく開け指を指す。

 眉をつり上げたままルーファスがラヴィーネの口に視線を落とすと、ほんのりと牙のような物も出来ていた。


「残り短い人の生を大切にするんだな。竜の幼子よ」

 

 ヨルはちろりとラヴィーネの頬を舐めると、するすると山へ戻って行ってしまった。

 角のせいで頭が重いのか、ぐらぐらと揺れるラヴィーネを支えながら、ルーファスは苛立ちを隠せないでいた。


「これで棚に引っかかる事は無くなっただろうけど、またエマに怒られるね。マロングラッセ買っておこうっと」

「あぁ……そうだな。それと、もう魔法は使うな」


 ルーファスはラヴィーネを立たせると、顔を反らし頭をかきむしる。

 ルーファスの言いたい事はラヴィーネにも分かる。

 さっきまでの状態でさえ上手く魔力を制御し切れていなかったラヴィーネが、更に成長した今、制御所か体にかかる負担は相当の物だ。

 実際に、先程黒蛇に魔法を放った際も、制御こそは上手く行ったが体への負担が大きく、指先から血が流れているのをルーファスは見逃さなかった。

 またラヴィーネが魔法を使えば体が傷付き、呪いが進行してしまう。

 この連鎖を断ち切るためには、ラヴィーネはもう魔法を使うべきでは無い。

 ルーファスは再び自分のせいでラヴィーネが怪我をした事に、酷く自分を責めていた。

 しかしラヴィーネはそんな思いを知っていても、相変わらず何を考えてるのか分からないふんわりのした口調で話し出した。


「事件は解決かな。後は大女将にこの事を伝えるだけっと。あーあ、嘘ついてもう一泊する? 折角来たんだし、温泉も御飯ももう少し堪能したいよー」


 宿屋の方に向け歩き出したラヴィーネは、べっとりと濡れてしまった服を絞りながら振り返る。

 どうにもまだしかめっ面のルーファスは、ラヴィーネの言葉に曖昧に頷くだけ。

 するとラヴィーネは両手で角を支えながら、小さく詠唱しその場でくるりと一回転した。

 

「どう? ちゃんと女性になれてる?」

 

 上手く制御出来ないと言っても、変化の魔法はしなくてはいけない。

 ラヴィーネは女に姿を変えると、確かめるようにくるくると回ってみせる。


「んー。大丈夫だとは思……いや、牙がそのままだな」


 にっと笑みを浮かべたラヴィーネの歯は、ほんの少し尖ったまま。

 口の中を覗き込むルーファスの前で、ラヴィーネはうんうんうなり出すと、ぺろりと一度舌舐めずりをした。

 すると綺麗に牙は消えていた。

 そのあまりにも動物的な仕草に、ルーファスは突然全てがどうでも良くなってしまい、呆れたように笑いとその場にしゃがみ込んでしまった。


「はーあ……。もう一泊して、エマに土産でも買って帰ろう。それとふらふら歩くな服を整えろ。あとそれから――」


 頭を切り換えたルーファスは、ヨルの残していった言葉には触れず、すぐさまラヴィーネの世話を焼き始めた。

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