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22:面倒な依頼 5/6

 若女将と共に池の底に沈んでいくラヴィーネは、とっさに男の姿に戻ると若女将の手を振り解き、微かに見えた光に向かい泳ぐ。

 どうにか水面に顔を出し水から上がる事は出来たが、どうも池は水中で他の場所と繫がっていたらしく、周りは木に囲まれた見知らぬ場所だった。

 どうにか水から這い出したラヴィーネだったが、飛び出して来た若女将に足を取られると、再び水の中に引きずり込まれる。

 

「……っ! な、んなのさっ!」


 水を飲み上手く呼吸が出来ないラヴィーネは、忌々しそうに若女将目掛け小さな水弾をいくつか飛ばし、若女将の手が緩んだ隙に再び水から飛び出すとそのまま木々の間を飛び続ける。

 月明かりも入らない程木が密集し、土地勘の無いラヴィーネには方向すら分からない。

 しかし、木々の上に飛び出し上空から方角を確認し宿屋に戻ったとしても、後ろから追ってくる若女将に他の客も襲われ巻き添えをくらうだけ。

 失踪事件の犯人が若女将だったとしても、若女将が魔物なのかただ取り憑かれているのか判断しなくてはならない。

 ラヴィーネは荒い呼吸を繰り返しながら、後ろから聞こえてくる木をなぎ倒すような音に耳を傾ける。

 音は一定の距離を保ったままラヴィーネについてくる。

 

 飛び続けるとラヴィーネは宿屋に出てしまった。

 遠くに従業員の姿を見付けたラヴィーネは、歯ぎしりをすると来た方とは別の山に向け飛び始める。

 再び飛び続け、少しだけ開けた岩場でラヴィーネは足を止めた。

 すると木々を薙ぎ倒し現れたのは、見上げる程に巨大な真っ黒い蛇だった。


「な、に? 守り神の、蛇?」


 ラヴィーネは荒い呼吸を整えつつ、蛇を睨み付けたままネックレスを外そうとするも、不思議とネックレスが掴めない。

 何度かネックレスを掴もうとしていると、蛇が低い笑い声を上げた。


「それを他人につけられたやつは自分じゃ外せないのさぁ……。あの若女将とか言う女が本当に持ってたものさ」


 蛇は舌舐めずりをすると、巨大な体を丸め鎌首を上げる。

 ラヴィーネはネックレスを外すのを諦めると、首に纏わり付いたショールを邪魔臭そうに投げ捨てた。


「若女将を喰ったんだ。守り神が聞いて呆れるね」


 ラヴィーネが吐いて捨てるように言うと、蛇はするすると横に移動しながらちろりと舌を出す。


「守り神……ヨルの事か。あんなやつと一緒にするな。このまま力を蓄えて天下を取ったような気でいるあいつを引きずり下ろすんだ。と言っても、少し前から魔路の力が溢れている所を見ると、あいつもついに死んだのかも知れないけどな。なんにせよ、お前は大人しく糧となれ」


 じりじりと近付いてくる蛇にラヴィーネもじりじりと下がっていく。

 どうやら蛇は若女将を食い若女将になりすましていた。

 そして守り神の蛇を倒す為力を蓄えていたと言う事らしい。

 そう考えれば池で言っていた事も理解が出来る。

 蛇は餌である鯉に魔力を蓄積し、それを食べる事により自身にも魔力を蓄えようとしていたのだろう。

 そして行方不明者達が数日後に戻って来ていた理由もそこだろう。

 人間は一様に、魔力をある程度保持している。

 蛇は攫った人間の血か肉を鯉に与え、騒ぎが大きくなる前に元の場所に返していたのだろう。

 そして面倒になったのか、最後の行方不明者はそのまま鯉の餌にしたか。

 そんな所だろうと当たりをつけたラヴィーネは、面倒そうに顔を顰め、更に数歩下がるも、すぐ後ろにはいつの間にか蛇の長い尾がラヴィーネを取り囲むように伸ばされていた。


「態々人に化けなくとも、態々鯉なんか育てなくとも、大人しく山で魔路から魔力を吸い上げて入れば良いものを……。やっぱり魔物じゃ無く、ただの蛇が力をつけただけのお前じゃ、考える頭が足りなかったのかな?」

「だからお前を喰う事にした。女かと思ってたが……まぁ、この際何でも良い」


 鞭のようにしなる尾の先を避けながら、ラヴィーネがくすりと笑うも、蛇は相変わらず舌をちろちろと動かしながらにじり寄ってくる。

 ラヴィーネは男の姿に戻ってはいるが、角はまだ隠したままだ。

 と言うよりも、上手く魔法が使えず完全に元の姿に戻る事が出来ないと言う方が正しい。

 再び飛ぼうとラヴィーネが足に力を入れた瞬間、蛇の向こうが一瞬光ったような気がした。


「ラズ!」


 ラヴィーネが気のせいかと視線を戻した瞬間、蛇の頭に剣を持ったルーファスが飛び掛かっていた。

 すぐに蛇は身を翻したが、ルーファスの振り下ろした剣は硬い鱗に当たり硬質な音を響かせた。


「ルー! 危ないから下がって!」


 ルーファスが体勢を立て直すより早く動き出した蛇に向かい、簡単な火の魔法を使い火球を打ち込んだラヴィーネは、ルーファスとは反対側に飛び退き大きく叫ぶ。

 しかしすぐさま視線を投げて寄越したルーファスは、ラヴィーネの話を無視するように剣を強く握り締めた。


「うるさいな! 今はまともな魔法が使えないポンコツの癖にー!」

「っ! 知ってるならこれ外してよ! 結構苦しいんだから!」


 意外にもルーファスは二人の話をどこかで聞いていたらしく、ラヴィーネにそう言い放つや再び蛇に斬り掛かっていく。

 ラヴィーネも外せと言ったものの、蛇は長い体を巧みに使い二人が合流しないように妨害し、避けるので精一杯の状況だ。

 そして、いくら騎士団の剣術とは言え、魔力で変異した蛇の強靱な鱗には歯が立たないらしく、軽い音と鮮やかな火花を立て剣は虚しく弾かれてしまう。

 ラヴィーネも休み休みルーファスのサポートをするが、やはり火力不足で蛇の気を散らす事しか出来ない。

 ただ苛々が増す一方で、ルーファスの太刀筋も徐々に乱れていく。

 そんな矢先、ついにルーファスは体勢を立て直すが遅れ、蛇の牙を受けてしまった。


「ルー!」


 慌てて駆け寄ろうとするラヴィーネだが、どうにも蛇の尾が邪魔をし上手く飛ぶ事すら出来ない。

 幸いにも牙がかすった程度らしいルーファスは、すぐに体勢を立て直したものの、突如顔色をかえ血が滴る左腕に視線を落とす。

 すると傷口の周りから徐々に鱗のような物が出来はじめ、ぱりぱりと音を立てて広がって行く。

 その姿を遠くで見ていたラヴィーネは、今使える限りの力を出し切り蛇を押し飛ばしルーファスに駆け寄るや、ルーファスの服を切り裂き患部を確認する。


「少し動かしにくいが、問題は無さそうだ。見た目は最悪だけどな」

「蛇化の呪いなんて貰って……。薬は王都だし、魔法で治すにしても今すぐには無理かな。と言うかこれ外して。さっきの魔法でもう……」


 たまらずガクガクと膝を折ったラヴィーネは、ネックレスを指差しながらルーファスを見上げる。

 しかしすぐさま蛇が襲いかかって来たせいで、ルーファスはラヴィーネを抱え避けるので精一杯だ。

 しかしそんなルーファスも、蛇化の呪いが腕を蝕み胸にまで及び始めると、どうにも動きにくいのか、動作が鈍くなる。

 そしてついには、ルーファスが蛇をよけ着地した時に、バランスを崩し座り込む程となってしまった。

 そこに来てようやくルーファスはラヴィーネのネックレスをとれたが、既にラヴィーネは魔力不足で半分意識が朦朧としていた。

 

「ラズ、ラズっ! 起きろ! 援護魔法を頼む!」


 しゃがみ込んだままの体勢で蛇の攻撃を受け流すルーファスは、隣で動かなくなったラヴィーネを足で小突きながらどうにか起す。

 のろのろと顔を上げたラヴィーネは、夢現で状況が分かってないのか、ぼんやりとルーファスの顔を見上げるだけ。

 ルーファスはぎりっと歯を食いしばると、ラヴィーネの髪を掴み大声を上げる。


「ラズ! 甘い物何でも買ってやるし、元老院の召喚魔法からもどうにか守ってやるから起きろ!」


 その言葉でぼんやりと視線を蛇に向けたラヴィーネが、のそりと右腕を上げた。

 すると二人の前には目に見えない壁が出現したのか、突如何も無い場所で蛇が何かにぶつかったように体を止め、二人に牙をむく。

 その隙にとルーファスがラヴィーネを抱え上げると、ラヴィーネはまたぼんやりと眠そうに両手を前に差し出すと、大きな欠伸を一つつく。


「甘い物、召喚魔法……召喚魔法。……おいでませ『ヨル』」


 寝惚け眼でラヴィーネがそう呟くや、ラヴィーネとルーファスの周りに眩しい程の光が渦を巻き四方に飛び散っていく。

 ルーファスは一度この光景を見たことがある。

 それはラヴィーネの店で、元老院がラヴィーネを喚び出した時。召喚魔法を発動させた時と同じ光景だった。

 巻き起こる暴風の中、二人の前に光が集まり霧散すると同時に、一匹の巨大な白い蛇が現れた。

 ラヴィーネは寝惚けたまま姿も知らない守り神の蛇ヨルを、名前だけで強引に喚び出したのだ。

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