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20:面倒な依頼 3/6

 早々に考えるのを止めた二人が荷物を片付けていると、大女将が挨拶へとやって来た。

 きっちりと結われた髪と力強い目は、彼女がとても厳格で折り目正しい人だと体現しているよう。

 しかし、最近の行方不明者の件でか、些か顔がやつれて見える。


 大女将が話した事はほぼルーファスが聞いていた事と大差なかった。

 どうやら本当に行方不明者が出た以外、心当たりが無いらしい。


「この辺りは山に囲まれてますが、魔物の被害とかは無いんですか? 今回の件は不明点が多く、人が起こした事件と魔物が起こした事件の両方を視野に入れて行きたいのです。どんな些細な事でも構いません」


 話を聞き終えたルーファスは、この辺りに住み着く魔物の情報を伺う。

 不安にさせない為、便宜上『人の起こした事件』と言う言葉も付け加えたが、ルーファスはあらかじめ王都にてクロイツに住む人間とその犯罪歴などを確認し、特に問題が無い事を確認していた。

 ルーファスははじめから魔物の仕業だと判断し、ラヴィーネを連れクロイツを訪れたのだ。


「魔物、ですか? この辺りは至る所から温泉が湧き出しているので、一年を通しあまり気温は変わらないのですが、その為か他の土地の魔物より大きく温厚に育つとは聞いています」


 夏は涼しく冬は暖かいクロイツ。

 街を見渡せば至る所から湯気が上がり、場所によっては川や山からも白い湯気がもうもうと上がっている。


「私より何代も前の女将の時代より、クロイツの守り神は山に住む巨大な蛇の魔物と言われている程で、魔物の被害どころか……」

「蛇にはさぞ過ごしやすい土地でしょうね」


 ラヴィーネが窓枠にもたれ掛かったまま暢気な相槌を打つ。

 程よい湿気と冬眠せずとも良い環境。

 魔物では無く普通の蛇ですら、過ごしやすい環境であるはず。

 

 大女将には事前にラヴィーネの事を伝えてあった為、ラヴィーネは女の姿のまま角を出した状態で、時折窓まで流れてくる温泉の湯気に手を伸ばしている。

 大女将も流石長らく接客業をやって来ただけあり、ラヴィーネの姿を見ても眉一つ動かす事は無い。

 むしろ、何故か大女将に事前に説明したルーファス本人が、そわそわと落ち着きが無い程だ。

 

 大女将が部屋を後にすると、二人は一先ず街の散策と守り神と言われる蛇の存在を確かめに宿を出た。

 しかし、宿屋の前の池に立派な鯉を発見すると、ラヴィーネは早々に目的を忘れ池の脇にしゃがみ込んでしまった。


「お客様、池の脇は滑りやすいですのでお気をつけ下さいよ」


 すると、剪定ばさみを持った初老の男性が池の脇の垣根から顔を出すと、にかっと歯を見せ笑う。

 

「ここまで立派な鯉は初めて見ました。まるで魔物ですね」


 立ち上がりながら男性にそう微笑み返したラヴィーネだったが、すぐさまルーファスがその口を塞ぎ、申し訳なさそうに頭を下げる。

 すると男性は慌ててルーファスの顔を上げさせると、周りを確認してから笑みを浮かべ口を開く。


「わしも実はこいつらは魔物なんじゃないかって思ってたんですよ。今は心労で床に伏せてますが、若女将が育てた鯉です。じっくり見てやって下され。あぁでも、くれぐれも落ちないように。この池は想像以上に深いですから」


 悪戯っ子な笑みを浮かべ小声でそう呟いた男性は、二人に会釈をすると宿屋の奥の垣根の中に消えて行った。

 男性が立ち去ったのを確認したルーファスは、ラヴィーネに一度視線を落とす。


「本当に凄いよね。魔物じゃないけど、魔力たっぷりの水で育ったらこうなるのかな? 今度エマに教えてあげよう」


 ほんの少し、もしかしたら魔物なんじゃ無いかと思っていたルーファスは心底安堵のため息をもらした。

 鯉は人間の子ども程はあろうかという巨大さで、それが一匹だけでは無く何匹も、水中に潜っているもの含めたら相当数いる。

 水面付近を泳ぐ鯉が、餌が欲しいのか二人に向かい口をぱくぱくとさせているが、どうにもいつか飛び掛かって食い付いて来るのでは無いかという不安は拭えない。

 完全に身を引くルーファスとは対照的に、ラヴィーネは再びしゃがみ込むと、池にそっと指先をつける。


「ちょっと温かい。蛇の魔物、実在してたら考えたくない大きさかもね……」


 ほんのりと温かい池の水を撫でながら、ラヴィーネは引きつった笑みを浮かべるルーファスを見上げ苦笑する。


 異様に大きく育つと言う事を嫌でも確認させられた二人は、気を取り直し街に向け歩き出した。

 避暑地として栄えるだけあって、大半が宿屋だが、大通りに面した場所には土産屋なんかも並んでいる。

 都会から程よく離れているせいか、商品も開けっぴろげた店先に無造作に積まれ、普段見る街並みとは大きくかけ離れた光景。

 ルーファスは忙しい仕事を休み、本当に休暇として訪れたような気がし、ようやく肩の力を抜くことが出来た。

 店先の土産品を覗いてみれば、やはり蛇の温泉にまつわる工芸品や菓子が目立つ。

 ルーファスがふと隣を見ると、先程まで隣に居たはずのラヴィーネの姿がない。

 慌ててルーファスが顔を上げると、ラヴィーネは店の奥で土産物屋の店主から菓子を貰い嬉しそうに頬張っていた。

 どうやら試食した菓子が気に入ったらしいラヴィーネは、同じ物を買うと満足そうにルーファスの元へ戻って来た。


「最近は二ヶ月程前に大きな猪が出た位で、話題になるような事は何も無いってさ。で、街の人達が山まで猪を追い立てたら、例の蛇が来てその猪を丸呑みしたんだって」


 一口サイズの焼き菓子を頬張りながら、ラヴィーネは土産物屋の裏の山を指差す。

 どうやら実際にクロイツの周りでは生き物が巨大化し、守り神と言う蛇も存在しているらしい。

 しかし、だからと言って失踪事件の手がかりが掴めたわけでも無く、ルーファスは顔を顰めラヴィーネの手元の菓子を摘まみ上げる。

 

「二ヶ月前。失踪事件が起こる前か。蛇は存在するって分かったが、この後はどうする? 山に入っても魔路のせいで魔力が見えないだろ?」


 摘まみ上げた菓子を口に放り込み、ラヴィーネに視線を戻す。

 ラヴィーネはしばらく菓子を頬張りながら山を見つめ、何か考えている様子だったが、ルーファスに視線を戻すとにっこりと笑みを浮かべた。


「山は明日でも良いかな。今日はもう少し聞き込みに行こう。ついでにもう少し甘い物買いたい」


 ぺろりと一箱平らげてしまったラヴィーネは、そのまま本当に観光するかのようにルーファスの腕を引き坂を下り始めた。

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