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19:面倒な依頼 2/6

 翌日、ルーファスとラヴィーネは予定通りクロイツへ向け出発した。

 あの後ラヴィーネは騒ぎの責任をとり、魔法で鍛錬場の脱水を行い、ついでに魔法騎士の新人の練習に付き合った。

 二人は早朝騎士団の詰め所の近くの寄り合い馬車の停留所で待ち合わせをし、丸一日かけてクロイツへと向かった。

 公に騒ぎ立てたくないという大女将の願いから、お忍びで旅行に来たただの貴族として宿泊をする為、二人は普段以上に豪華な服を纏い、乗り合い馬車に揺られている。

 少しばかりスカーフと詰めた襟元が苦しいのか、しきりにスカーフに触れるルーファスの隣で、つばの広い帽子とヴェールで顔を半分隠したラヴィーネは、ぐったりとルーファスにもたれ掛かり動かなくなっていた。


「緩めてやるからこっちに背中を向けろ」


 ルーファスはラヴィーネの帽子を少しずらし顔を覗き込み、汗で額に貼り付いた髪を取ってやりながら小さく耳打ちをする。

 するとラヴィーネは伏せていた目をルーファスに向けると、か細く息を吐き出すように小さく笑った。


「こんな所でコルセットを外すだなんて、ルーったら大胆」


 慣れないコルセットのせいで呼吸もままならない状態のラヴィーネだが、心配するルーファスの額を軽く小突くや、再び目を伏せてしまう。

 ラヴィーネは立場上外出する時は姿を変えて居たが、貴族令嬢のようにきっちりとコルセットをはめた事は無かった。

 しかし今回は『主に女性が行方不明となる』と依頼書に記述されていた為、王都を離れても女の姿、しかも完璧に貴族の女を演じなくてはならない。

 外したくとも簡単には外せないのが現実だ。


 乗り合い馬車には街民の他に、商人や傭兵なんかの姿も見える。

 そのうちの何人かは明らかに具合の悪そうなラヴィーネを、ちらちらと横目で気にしていたのだが、ルーファスが周りに視線を流す度に気まずそうに目を反らす。

 ただでさえ中性的なラヴィーネが、完全に女へ変化した上に、額に汗を浮かべ苦しそうに目を伏せる姿を見たら、女慣れしていない騎士達どころか、道を歩く子どもでさえ見とれてしまう程、妖艶な雰囲気を纏っている。

 

「それより依頼の内容詳しく教えてよ。行方不明としか聞いてないから解呪用の薬一式置いて来ちゃったよ?」


 ラヴィーネは思い出したように顔を上げると、すぐ上にあったルーファスの顔を覗き込む。

 ラヴィーネが顔を上げた瞬間、何人か同時に目を伏せたのを視界の端で確認したルーファスは、小さく笑うとラヴィーネの体を起こし、聞こえるかどうか程の小声で口を開く。

 

 ルーファスもあまり事情を把握しているわけでは無いが、今回依頼があったのはクロイツ内でも指折りの老舗の高級宿屋。

 何でも一ヵ月程前からクロイツ内で、度々宿泊客が姿を消していたが、不思議と数日後には戻って来た。

 そして行方不明者の半数以上が女性客だと言う。

 理由を聞いても行方不明になっていた人達は全員当時の事を覚えておらず、街の人達も気味悪がっていた矢先の出来事だという。

 今回依頼のあった宿屋で先日また宿泊客が姿を消したのだが、今度はいくら待っても戻って来なかった。

 貴族の避暑地として発展して来た街にとってはこれ以上変な噂を流したくないと決断し、依頼をしたとの事。

 

 ラヴィーネはしばしルーファスの言葉に耳を傾けていたが、あまりにも情報が少な過ぎて現状では対策も練れないとため息をこぼす。

 そのままヒールを揃えて脱ぐや、座席に膝を抱え座るともぞりと身じろぎし始めた。

 

「ラズ……? まさか寝ようとしてないよな?」

「そのつもりだよ? 御忍びの貴族って設定じゃなかったら堂々と馬車を借りれたのに。本当なら横になりたいところだよ」


 ルーファスの外套に潜り込みながらラヴィーネはぶつぶつと溢すと、そのまま寝息を立て始めてしまった。

 今回、二人は貴族だが他言出来ないような間柄であり、それぞれの家から馬車を出す事が出来ず、断腸の思いで乗り合い馬車に乗っていると言う、他言出来ないのに何故か堂々と乗り合い馬車を使うという、何とも変な設定で宿屋に行く事となっている。

 そんな貴族が泊っているとなれば、事情を知らない大女将以外の人間も、二人の素性などは他に漏らさないだろうとの考えからこの決断に至った。

 しかしそのせいで朝からラヴィーネはコルセットを締め、慣れない服装で貴族令嬢を演じなくてはならなくなっている。

 本来なら貴族令嬢が座席に膝を折り座るなど、更に人前で眠るなどありえない事。

 しかし乗り合わせた人達はラヴィーネは相当体調が悪いと思ったのか、冷たい飲み物や売り物の毛皮を持ち寄り、甲斐甲斐しく世話を焼いていく。

 当初はその誤解を解くべきか困惑していたルーファスだったが、ラヴィーネが借りた毛皮を枕にし始めたあたりで全てが面倒になった。

 そのまま二人は『慣れない乗り合い馬車で苦労する貴族』を演じ、申し訳ない程快適な旅になった。

 

 翌日早朝。予定通り二人はクロイツにたどり着いた。

 すっかりコルセットに慣れたラヴィーネは、馬車を降りると乗り合わせた人達一人一人にお礼を言って回れるまで回復していた。

 すっかりラヴィーネに情が湧いた商人は、遠慮する二人に売り物の毛皮のストールを無料で押し付けると、満足そうな笑みを浮かべ次の街へと旅立っていく。

 思いがけず貴族らしい装いになってしまったラヴィーネを連れ、ルーファスは一路問題の宿屋へ向け歩き出す。

 王都から程近い距離にあるクロイツだが、周囲は山に囲まれまるで異国にでも来てしまったのかとさえ錯覚する程、緑豊かな場所。

 道の整備は王都程しっかりと舗装されてはいないが、景観を損なわない素焼きのレンガがしっかりと敷き詰められており、ヒールでもそれなりに歩きやすいものとなっている。

 山に沿って立つ建物を眺めつつ、緩い坂道を上りきれば目的の宿屋。

 宿屋は直ぐ裏に山を背負い、正面には大きな池と端整込めて手入れされた木々や控えめな花々で整えられていた。

 荷物を抱え直し、二人が宿屋の入り口に向かい再び歩き始めると、宿屋の奥から一人、従業員と見られる女性が走って来た。

 

「お待ちしておりました。ご予約のルーファス・レオノフ様と、オペラ・スタンレイ様ですね。お部屋にご案内いたします」

 

 女性は感じの良い声色で出迎えるや、二人の荷物を受け取るとそのまま奥へと歩き出した。

 

「ルー、なに? 『オペラ・スタンレイ』って。もしかして私の事?」

 

 女性に続くよう歩き出したルーファスを追うように歩き出したラヴィーネは、ルーファスの後ろから小声で話しかける。

 

「いや、本名を言って良いものかどうか悩んで。もし本名を使って元老院とかにバレたら、今後その姿も使えなくなると思ってな」


 『ラヴィーネ・ヴァーゲンザイル』ではなく『オペラ・スタンレイ』

 気を利かせて名前を変えていたのだが、ルーファスはすっかりラヴィーネにその事を伝えるのを忘れていた。

 申し訳無さそうに眉を下げ笑うルーファスに納得しつつ、ラヴィーネは先程の偽名を必死に復唱し覚えようとしている。

 長い詠唱はすらすらと言うというのに、移動中ずっと背後でぶつぶつと独り言を言い続けるラヴィーネに、たまらずルーファスはふき出してしまった。

 

 部屋に着くと、女性は軽く館内の構造と食事の時間を説明すると、後程大女将が挨拶に来ると告げ静かに下がって行った。

 女性の足音が聞えなくなった矢先、ラヴィーネは相当我慢していたのか、早々にコルセットを緩め角だけ元の状態に戻す。

 

「ラズ、この周辺に魔物の気配とか痕跡とか無いか?」


 窓を開け外の景色を眺めながらルーファスが問いかけると、ラヴィーネは目を擦りながら窓枠にのしかかる。


「なーんにも見えないね。と言うか、魔路の真上なせいか全てが魔力まみれで良く分からない。魔力を見ようとすると目が痛くなる」


 ラヴィーネは目を瞬かせながら、魔路の走る通りに指を滑らせて見せる。

 先日鍛錬場でルーファスにも魔力を見る事は出来たが、あれはほんの一次的な事だったらしく、ラヴィーネの指差す先はルーファスからすれば、なんの変哲も無いただの山が広がっているだけだ。


 二人は大女将が来るまで窓の外を眺めながら、あれこれ仮設を立てていく。

 しかし、行方不明のままなら色々原因が考えれるが、直近の失踪事件以外行方不明者達は全員戻って来ている。

 ラヴィーネもルーファスも話し合いの場を設けたが、これと言った案は一つも浮かんでこなかった。

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