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18:面倒な依頼 1/6

 重い金属音を響かせ剣が舞う騎士団の鍛錬場。

 熱気が立ち込め蒸し暑い室内では、騎士達は上半身裸の姿で各々剣を振り、ある者達は実践と見間違う程の鬼気迫る表情で剣を交えている。

 

 しかし、そんなむさ苦しいと言って良い鍛錬場の扉が突如勢い良く開くや、どうにも場違いな鮮やかな柑子色こうじいろのドレスを纏ったラヴィーネが飛び込んで来た。

 

「ルー! 今日泊めて!」

 

 鍛錬場を一歩入った所で腰に手をあてそう言うや、目を丸くし動きを止めた騎士達の間を縫って、鍛錬場の奥で部下の訓練の相手をしていたルーファスに詰め寄る。

 ラヴィーネが木の床を歩く度にヒールの軽い音が響きわたる。

 

「……その話し、今じゃなきゃ駄目か? 終わったらいつも通りそっちに寄ろうと思ってたんだが。それにその姿……」

 

 出来るだけラヴィーネの情報を伏せるよう配慮し口を開いたルーファスだったが、すぐさまこの言い方は誤解を招くと言葉を詰まらせ、ゆっくりと視線を鍛錬場に這わせる。

 すると案の定、ラヴィーネを凝視していた騎士達は驚きの顔でルーファスを見詰めるや、どうにもそわそわとあちらこちらに視線を彷徨わせ始めた。

 角を隠し髪色と性別を魔法で変えてルーファスの前に現われたラヴィーネは、いかにも取急ぎドレスを着て来たと言わんばかりに、服は乱れ髪も適当にひっ詰めたような状態。

 部下達の視線に耐えかねたルーファスが、ラヴィーネの背を押し外に出るよう促すも、ラヴィーネはそれに従いながらも不服そうに口を開く。

 

「あれから元老院じじいが頻繁に店に来るし、しつこく呼び出そうとするし、もう嫌! 好きで女の格好(こんなすがた)してるんじゃ無いよ。ルーだけならまだしも、人目があるのにいつもの姿で来れる訳無いじゃ――」

「ラズ、後で聞いてやるからそれ以上何もしゃべるな」

 

 ルーファスは、更に誤解を招きかねない事を口走るラズの口を手で塞ぐ。

 しかしどこからどう見ても二人は中睦まじく見え、徐々に周りの騎士達の視線が恨めしい物に代わっていく。

 しまいにはルーファスはラヴィーネを小脇に抱えると、部下達に自主訓練を命じ、鍛錬場を飛び出してしまった。

 

 鍛錬場に隣接する騎士団の詰め所。

 詰め所と聞くとどうにも平屋一部屋の狭苦しい所のような印象を覚えるが、城に隣接する王都の騎士団と言う事もあって、その外観は学校と言っても良い程大きい。

 ラヴィーネを抱えたまま、ルーファスは上半身裸のまま詰め所の階段を駆け上がるや、中隊長用の執務室に飛び込み鍵をかける。

 ようやく人心地ついたルーファスが長いため息をつくと、ラヴィーネは頭を振ると角だけ元の姿に戻す。

 

「で、なんだったけ? あぁ……泊るって言ってもなぁ、寮は女人禁制だ」

 

 ラヴィーネを降ろしたルーファスは、入り口脇の壁にかけてあった上着を羽織ると、思い出したように口を開いた。

 地方から来た騎士でも、それなりに長く所属していたり管理職になれば寮を出て暮らす者も居るが、ルーファスは未だに騎士団の寮に住んでいる。

 それに先程の騎士達の様子を見るに、ラヴィーネを寮に泊めようとするや、きっと暴動が起きるに違いない。

 各地から集められた実力者達が集まる王都騎士団。

 その構成員達は日々、脇目も振らず鍛錬に励んでいる為、色恋沙汰とはほぼ無縁。

 そんな中中隊長のルーファスの女と誤解されたであろうラヴィーネを、寮に泊めるどころか、今現在執務室に連れ込んだ事自体、後々何と言われるか分かった物じゃ無い。


 しかし、髪を結い直していたラヴィーネはきょとんと目を丸くすると、不思議そうに小首を傾げた。


「私は男だから大丈夫じゃ無いのか? ……しょうが無い、また当面失踪するよ」


 ラヴィーネはため息をつき適当に羽織っていたストールを直すと、ひらひらと手を振り扉に手をかける。

 だが、その手をルーファスは目にもとまらぬ速さで掴むや、驚きで毛を逆立てるラヴィーネに向かって怪しい笑みを浮かべた。


「避暑地で人気のクロイツって街知ってるよな? そう言や、クロイツの宿屋から招待されてたんだよ。王都から離れられるし観光地の一等宿屋にも泊まれる。一緒に行くか?」


 笑みを深めたルーファスはラヴィーネの肩を叩くと、背中を押し部屋の真ん中のソファに促す。

 明らかにおかしな事を言い出したルーファスに、ラヴィーネは胡乱な目を向けながらソファに腰を下ろした。


「何それ。どうせ騎士団に回って来た面倒な依頼なんでしょ。元老院がまたこそこそ動き出したし、今は仕事受け付けてないんだけど」

「元老院から逃げるついでに手伝ってくれよ。どうも最近その宿屋で宿泊客が立て続けに行方不明になったらしくてな。悪い噂が立つ前にって、宿屋の大女将が内密に依頼して来たんだよ。旅費は騎士団が持つから」


 頬を膨らませソファにだらりと腰掛けるラヴィーネは、三つ編みにした髪を指先で弄りながら、どうにも腑に落ちないらしくルーファスに視線を合わせようとしない。

 どうしたものかと唸り声を上げたルーファスは、試しに棚から小箱を取り出しテーブルに置く。

 それは以前、エマが食べ尽くしていったマロングラッセの箱と同じ物だった。

 露骨にマロングラッセの箱に反応を示したラヴィーネの姿に小さく笑うと、ルーファスは箱を差し出しながら更に揺さぶりをかける。


「期間限定キャラメルマロングラッセと、こっちも期間限定の熟成ブランデーのマロングラッセ。これ、朝から並んで買えるかどうかなんだろ? 巡回中にこの店の女将が引ったくりにあってな、その時のお礼だって持って来てくれたんだよ」


 ルーファスは説明しながら箱を二つテーブルの上に並べる。

 普段ならこう言った貰い物はすぐ誰かにあげてしまうのだが、この二つはラヴィーネかエマに渡そうと手元に残していたのだった。

 それを思い出したルーファスは、もう勝ったも同然の満面の笑みを浮かべた。


「手伝ってくれるよな?」


 ルーファスが満面の笑みを浮かべたまま箱から一粒キャラメルマロングラッセを取り出し差し出すと、ラヴィーネは返事もせずそのままぱくりと頬張る。

 貰い物の甘味で骨の檻を手懐けるのはルーファス位なものだ。


 マロングラッセ二箱と依頼が終わったらマカロンを一箱買って貰うと言う条件で、見事陥落したラヴィーネは、鍛錬場の端の道具箱に腰掛け、マロングラッセを頬張りながら鍛錬する騎士達をぼんやりと眺めている。

 今すぐに動けるラヴィーネと違い、ルーファスは今日一日は鍛錬場で部下の指導をしなくてはならない。

 まだ日は中点を少し過ぎた程。

 思い掛けず時間を持て余したラヴィーネは、時折遠慮がちに手を振ってくる騎士達に答え暇を潰していたのだが、流石に飽きたのか鍛錬場の端に座り込み休憩をしていた騎士達の元にふらりと寄って行く。


「ねー、何かする事無い?」


 本当はルーファスの手が空いたら訪ねるつもりだったのだが、ルーファスは絶えず部下と実践を模した訓練をしており、近付くどころかとても話し掛けられるような雰囲気では無かった。

 日常生活で全くと言って良い程女性と接する機会の無い騎士達は、時間をかけようやく女の姿のラヴィーネに手を振れるまで慣れたばかり。

 その為、気軽に話し掛けて来たラヴィーネにどう対処して良いか分からず、休憩していた全員が立ち上がり慌てだしてしまった。

 

「こら、邪魔するなって言っただろ?」


 一瞬で鍛錬場が騒がしくなるとルーファスもようやく手を止め、呆れた声を遠くから投げかけながら近付いて来た。

 

「お前が居るだけで皆浮き立ってるんだ、話し掛けて手でも滑らせたらどうする。やる事が無いなら、あー……。あぁ、あいつを見てやってくれ」


 休憩していた騎士達に鍛錬に戻るよう指示を出した後、ルーファスは鍛錬場の端を指差す。

 つられるようにラヴィーネが視線を向けると、そこにはまだ幾分幼さの残る青年が一人、剣を構えたまま目を閉じ小さく口を動かしていた。


「十七歳。今年入ったばかりの新人だ」


 ルーファスの言葉に、ラヴィーネはその新人をぼんやりと眺めながらふぅんと気のない返事を返す。

 ルーファスはラヴィーネの肩を叩くと更に話を続ける。


「一応資質はあるが、どうにも魔法使いとしてやっていける程力が強くないらしくてな。それで騎士団うちに魔法騎士として入団したんだが……どうにも」


 言葉を濁らせ頭をかくルーファスを一瞬見上げたラヴィーネは、再び新人に視線を戻すと納得したように頷く。

 どうやら新人は必死に詠唱を繰り返していたらしい。

 声が聞き取れないので何を詠唱しているのかラヴィーネにも分からないが、魔法騎士と言う名だけあって剣に攻撃魔法か何かを纏わせようとしているらしいが、全く魔法が発動する気配が無い。

 

「うん。魔力が上手く流れてないね」

「そうなのか?」


 魔力を可視化しようと思えば出来る魔法使いと違い、資質がないルーファスには相当強い魔法しか見る事が出来ず、今何が起こってるのか分からない。

 すっかりその事を失念していたラヴィーネは、思い出したようにルーファスを見上げると、両手でルーファスの視界を覆う。


「何だ……っ――」


 一瞬撫でた程度でラヴィーネが手を放すと、再び目を開けるたルーファスにも魔力がうっすらと見えるようになっていた。

 驚きを隠せない様子でルーファスがラヴィーネに視線を向けると、ラヴィーネは満足そうに目を細めた。


「ほら分かる? 途中までは綺麗に流れてるけど、腹の辺りで流れが詰まってるでしょ」


 そう言われルーファスは目を凝らすと、確かに地面から川が流れるように穏やかな白い光が両足を上って行っている。

 その光の川は決して強くも太くも無いが、途中までは順調に流れていた。

 しかし、腹の辺りに来ると何故かその流れが乱れ、ほんのか細い光だけが辛うじて頭と手に流れている状態だった。


「血栓が出来ると血液の流れも悪くなるだろ? それと同じ。むしろ、魔力は少し精神バランスを崩しただけで滞る。エマが魔法が使えなくなったのはそのせいだね。あの新人君、騎士団に入ってから全く魔法が使えなくなってたんじゃない?」


 ルーファスは大いに納得したように何度も頷いた。

 今年の騎士団の試験にはルーファスも試験管として同席した。

 その時は確かに新人は小さいながらも幾つも火の玉を作って見せたのだが、実際に入団してからは一度も魔法を使っている所を見た事がない。


「まだ若いし魔法も剣も駄目だったらって思いで自分を追い詰めてるんじゃ無いかな。一度魔力の流れを思い出せば良いはずだから、無理矢理魔力を流して道を作るか緊張を解してやるか……。脅かした弾みで魔法が使えるようになった人も居たな」

 

 ラヴィーネはそうぶつぶつと話ながらふらりと新人に近付いていく。

 少し遅れて我に帰ったルーファスは、慌ててラヴィーネの後を追うと急いで口を開く。


「鍛錬中の騎士は張り詰めてるんだ! 下手に脅かしたら斬り掛かっ――」


 止めに入るのが一瞬遅かった。

 ルーファスが口を開いた時には既に、ラヴィーネは思い切り新人の背中に飛び付いていた。

 その瞬間、ルーファスが危惧していた通り新人は持っていた剣を横薙ぎにしたが、それと同時に滞っていた魔法が一気に流れ、剣先から炎が飛び出しラヴィーネに襲いかかる。


「ラズ!」


 とっさに飛び出したルーファスが新人の手から剣をはじき飛ばすも、新人が未熟なのと長い時間呪文を編み上げていたせいもあり、炎は勢いをまし新人の体から発せられる。


「ルー、退いて火傷するよ」


 最初の一撃をかわしたラヴィーネは、軽く片手で炎を弾くと、ルーファスを背中で押しのけルーファスと新人の間に体を滑り込ませた。

 反射的にルーファスがラヴィーネの体を支えると、ラヴィーネは少しだけ振り返り子どものような笑みを見せる。


「落第君と一緒にしないでよねっ!」


 ラヴィーネは新人に向かい両手を突き出しそう叫ぶと、新人の体を魔法で拘束し巨大な水の塊を瞬時に出現させると、鍛錬場を洗い流す程の水流を放った。

 しかし放った瞬間、ラヴィーネが小さく声をもらしたのをルーファスは聞き逃さなかった。

 あまりにも激しい水の流れに騎士達が軒並み鍛錬場の外に流されて行き、水が引いた時鍛錬場に残っていたのは近くの壁にしがみついたルーファスと、ルーファスに抱えられていたラヴィーネ。それとラヴィーネの魔法で拘束されていた新人の三人だけだった。


「まだ上手く力が制御出来ないみたい。頭痛い……」

「やっぱりこれは事故か……。いくら何でもやり過ぎだとは思ったよ」


 鍛錬場の外で何が起きたか分からず地面に座り込んだままの騎士達を遠目に確認しつつ、ルーファスは呆れたような笑い声を上げた。

 再び魔力を流す感覚を思い出した新人は、今にも泣き出しそうな顔でルーファスを見つめるや、その場に膝を折り崩れてしまう。


 そして騒ぎを聞きつけた騎士団統括団長には心底呆れられるはめになった。

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