17:失踪・真実 2/2
ラヴィーネの転位に巻き込まれたルーファスは、見慣れた店の風景から一変し、視界が暗転した瞬間、強か何かに頭をぶつけ呻き声を上げた。
その直後徐々に開けた視界に飛び込んで来たのは、見た事の無い小さな小屋と、それを取り囲む高い木々。
傷む額に手を添え周囲を見渡すと、直ぐ脇には両手を回しても届かない程太い木がどっしりと構えていた。
先程頭をぶつけたのはこの木だったのかと理解したルーファスが立ち上がると、頭上からどうにも情けない声が降って来た。
見上げればそこには、枝に引っかかったラヴィーネが必死にもがき脱出を試みていた。
上手く働かない頭でぼんやりとその光景を見上げていたルーファスだったが、ただラヴィーネを木から降ろせば良いと、あまり深く考える事無く思い切り木の幹を蹴り飛ばした。
するとその直後頭上からラヴィーネの声が近づいてくるや、思い切りルーファスの上に落っこちて来た。
「痛っ……。召喚されるし落ちるしぶつかるし……今日は災難ばっかりだ」
「あぁ……俺も騎士の正装じゃなかったら立ち直れなかったかもな」
揃って頭を抱える二人は、しばし気まずそうにお互い口を開かなかったが、ルーファスの威圧に負けたラヴィーネが恐る恐る顔を上げるや、怒られる前の子どものように視線をあちらこちらに這わせながら口を開く。
「えと……。久し振り?」
どうにか口を開いたが、ルーファスは相変らずじっとりとラヴィーネを睨みつけたまま口を開こうとしない。
ラヴィーネもルーファスが欲しがっている言葉ばこれでは無いと分かっているが、なかなか踏み出せないらしく、じりじりと後ろに下がっていく。
しかしそんな事ルーファスが許すはずもなく、すぐさまラヴィーネの足を掴むや力任せに引き寄せた。
「やっぱり怒ってるよねー!?」
「怒ってない!」
それこそ子どものようなやり取りに、お互い馬鹿らしくなったのか呆れたようにため息をつく。
「さて、さっき元老院が言ってた事と、半月も俺とエマを避け続けた理由を聞かせてもらおうか。勿論納得出来るそれなりの理由があるんだよな?」
威圧を込めて問いかけると、ラヴィーネは一瞬視線を遠くへ向けるも、直ぐに諦めの表情を浮かべるとその場に寝転んでしまった。
「はいはい白状しますよ。骨の檻として動いては無いけど、まだ所属はしてる。で、元老院に言った攻撃魔法がどうのって言うのは全部嘘。むしろその逆で、呪いを受けてから威力が増してる」
うつ伏せで寝そべりなおしたラヴィーネは、不満そうに頬を膨らませると角の端を磨くように指先で擦る。
「元老院達は状況的に、これは小型翼竜の呪いだと思ってるらしいけど本当は違う。渓谷の底に住み着く別の竜種の呪いだよ。その瞬間は全く覚えて無いけど、多分渓谷に落ちた時私は死んだんじゃないかな」
飄々とした語り口でそう告げるラヴィーネに、ルーファスの頭は追いついていかない。
当たり前の様に自分は死んだというラヴィーネは、ルーファスが理解していないと分かっていてあえて説明を続けた。
「目が覚めたら角が生えた状態で渓谷の底で寝そべってた。それからは角が成長するたびに魔法の威力も比例して増していく。いずれ呪いが全身に回ったら、全身に回るまで私の体が保つかも分からないけど、その時はきっと天災級の魔物扱いになるのかな。トレントの呪いの影響で角が急激に成長した時、そろそろ危ないんじゃないかと思って、ここでこっそり力を制御出来るように練習してたんだよ。二人を避けてたのは……そういう事。だって危ないでしょ? まぁ元老院の召喚に応じる程には制御出来るようにはなったよ。反動で体中が痛いけどね。はい、説明以上!」
一息に最後まで言い切るや、もう話しは終わったとばかりに寝そべってしまう。
しかし、以前より成長した角が邪魔で上手く寝そべれないらしく、不満そうに何度が寝返りをうつと、うつ伏せの状態で地面に顎をついた。
ルーファスはラヴィーネの説明に頭が追いつかず放心したまま、どこを見詰めているか分からない。
しばしラヴィーネはそんな様子を寝そべったまま見守っていたが、動き出すまでしばらく時間がかかると判断し、再び魔力制御の練習の為、適当な魔法を使い始める。
ラヴィーネは目の前にいくつか小さな水の球を浮かべ、それをそのままの大きさを保った状態を維持出来るか、球の数を増やしても同じ様な事が出来るのか、自分でも確かめる様に慎重に作業を始める。
近くにルーファスが居るので、あまり攻撃的な魔法は使用出来ないが、今のラヴィーネにはこの作業すら一苦労だった。
無意識にラヴィーネの姿を眺めていたルーファスだったが、なぜかゆっくりと静かにラヴィーネに腕を伸ばす。
どうせ思考停止中で何もかも無意識、動く物に反応し手を伸ばしているだけだろうと横目でルーファスを見ていたラヴィーネだったが、ルーファスの手は何故か水の球ではなく、ラヴィーネの角をがっちりと掴む。
予想外のルーファスの行動に、ラヴィーネの集中が途切れ水の球が順番に弾け消えていく。
驚いた猫の様に目を丸くし固まってしまったラヴィーネの角を、ゆっくりと動き出したルーファスはしっかりと両手で掴むとまじまじと眺め始めた。
「今は、痛く無いんだよな」
質問の意味を問うようにラヴィーネが眉根を寄せるも、ルーファスは相変らず何かを確認するようにラヴィーネの角を持ち頭をぐらぐらと揺する。
「人間……魔物になったのか? いや、それ以前に生きてるんだよな? 骨の檻所属かどうかなんか今更どうでも良いけど……」
「生きてはいるけど、人間かどうかは正直分からないかも。昔と特に変わった事は無いし、まだ人間だと思うけど……」
頭が半分停止したまま、ラヴィーネはとりあえず聞かれた事に素直に答えた。
しかし、答えた瞬間に現状を客観的に見れる程に冷静になった。
不思議そうに角を観察するルーファスをじっとりと見詰めると、ルーファスもその視線に気付いたのか、問うように小首を傾げた。
「この距離で、男に顔を固定されてまじまじ見られる趣味はないなって思って。心配してくれるのは嬉しいけどね……」
ラヴィーネが嫌そうに視線を下げるも、ルーファスは直ぐに言葉の意味が分からないらしく、相変らずラヴィーネの頭を固定したまま身動きしない。
しかし、徐々にその言葉の意味が分かってくるや、露骨に顔を顰め角から手を放すと、顔を隠しごろりと後ろに転がってしまった。
「俺もそんな趣味ねーよ! なんで男の姿なんだよクソッ! っあーあ……」
相当恥ずかしい事をしていた自覚が芽生えたのか、よく分からない八つ当たりをしながらルーファスは地面の上でのた打ち回る。
正直、女の姿なら本来は男の自分でも良いのかとうっすら思ったラヴィーネだが、これ以上追撃するような発言は控えておこうと口をつぐんだ。
ルーファスは顔を隠したまま地面に横向きに寝そべると、そのまま体を丸めこみ、もぞもぞとこもった声を上げ初めた。
「痛くないんだな? 生きてるんだな? ラズなんだな? じゃあどうでも良い」
声がこもってしまい殆ど何を言ってるのか聞き取れない。
ラヴィーネは顔を顰めると、聞き取れる位置までじりじりと近付いていく。
「ラズが人間であるうちは友達でいてやるよ。人間じゃなくなったら……んー、とりあえず俺の事は殺さない努力はしろよ? あとエマの事も。そう、エマ! お前早くエマに会いに行けよ! あいつまた魔法が使えなくなったんだぞ!?」
話していて思い出したらしいルーファスは、勢いよく起き上がるとラヴィーネの肩をつかむ。
驚いた弾みで体から魔力が放出されるのを慌てて押さえ込んだラヴィーネは、目の前にある真剣な顔を見詰め返すと思い切りふき出してしまった。
ラヴィーネの状況を聞いて逃げ出さず、魔物になった後の事までさらりと話したルーファスに、ラヴィーネは心に支えていた物が外れたように、すっきりと軽くなった。
すると途端に先程よりも魔力が上手く制御出来、放出していた魔力は綺麗にラヴィーネの体に収まっていく。
ラヴィーネは今まで魔力が大きく困った事はあっても、魔法が使えず困った事はなかった。
しかし、多少なりとも魔力の制御にも精神バランスが影響するのだと理解し、ふとエマの事が気掛かりになった。
エマは魔法が使えなくなる程精神バランスを崩してしまっている。
随分繊細な魔法のあり方に、ラヴィーネはため息をつきつつ、ルーファスの肩を押し立ち上がると、何も無い方向へ両手を差し出し小さく詠唱を開始する。
「……おいで『エマ』」
詠唱の最後にエマの名前を呼ぶ。
すると突如凄まじい風が巻き起こると同時に、ラヴィーネの手の先に光の粒が集まり出す。
あまりの風にルーファスは木の側まで飛ばされてしまい、次に顔を上げた時は全てが収束していた。
「エマ、久し振りだね」
空に伸ばしていたラヴィーネの腕には、髪を乱しきょとんと目を見張るエマの姿があった。
満面の笑みを浮かべるラヴィーネを呆然と見詰めていたエマだったが、徐々に顔を歪ませると、大粒の涙をこぼし子どもの様にラヴィーネにすがり泣き出してしまった。
しかし、泣きじゃくるエマを二人で宥めたまでは良かったが、落ち着きを取り戻したエマが二人に半月分の怒りをぶつけ始めたのは言うまでも無い。