16:失踪・真実 1/2
扉にかかった『準備中』の文字に、ルーファスは今日も肩を落とす。
トレントの一件以来、ルーファスは仕事の合間にラヴィーネの店に顔を出すようにしたのだが、あれから半月、どうにも避けられてるとしか思えない程、ラヴィーネに会えずにいた。
騎士の装いのまま人目も気にせず店先にしゃがみ込みため息をついていると、通りの向こうからエマが歩いてくるのが見えた。
どうにもエマも同じ様な状況らしく、エマは日に日に顔がやつれていく。
店先にしゃがみ込むルーファスに気付いたらしく、エマは笑みを浮かべ手を振るが、ルーファスがしゃがみ込んでいる理由を察するや、顔を伏せてしまった。
「仕事忙しいんじゃ無いのか?」
「当面は暇よ。……また魔法使えなくなっちゃったの」
ルーファスの隣に同じ様にしゃがみ込んだエマは、ため息混じりにそう呟くと、人差し指を立て指先に水の球を浮かべる。
しかし、不規則に歪む水の球が次第に震えだしたと思うと、すぐに弾け霧散して行ってしまった。
どうやらエマは精神的に参ってしまったらしく、再び上手く魔法が使えなくなってしまったらしい。
肩を落とすエマの頭を撫でるも、ルーファスはかける言葉が見つからず一緒にため息をついてしまった。
「強制的にラズを召喚してやろうと思ってたけど、その調子じゃ無理そうだな。向かいのパン屋の女将さんは毎日顔を合わせるって言ってたから帰っては来てる筈だ。ラズも子どもじゃないんだ、あまり思いつめるなよ?」
「そう言う自分だって毎日ここに通ってるくせに。魔法が使えたとしても格上相手に召喚は無理よ……。相手が答えてくれない限り拒否されておしまい」
エマは自嘲気味に笑うと立ち上がり、ルーファスに手を振るとふらふらと歩いて行ってしまった。
翌日もルーファスはラヴィーネの店を訪れた。
相変らず店には準備中の札がかかり、照明は消えたまま。
唯一、昨日と違いカウンターの上に上着が放置されているので、ラヴィーネが店に戻って来ている事は確認出来た。
こうなったら騎士の権力を利用し店に乗り込んでやろうかとルーファスが歯軋りをしていると、何者かが後ろからルーファスの肩を叩く。
ラヴィーネかと思い勢い良く振り返ると、そこには驚き目を丸くする元老院の姿があった。
「これは骨の檻の……」
露骨に落胆しそうになったルーファスだが、相手が相手だと思い出すや背筋を正し綺麗に一礼する。
少し遅れて笑い声を上げた元老院は、ルーファスに頭を上げるよう声をかけると、笑いながら口を開いた。
「いや、突然失礼した。ここの店主は今日も不在ですかな」
元老院は店を指差しながらルーファスに笑みを向ける。
再び視線を店に移したルーファスだったが、その問いに答えない代わりに、眉を下げ元老院に笑いかけると小さく頷いた。
すると元老院は何かを考えるようにたっぷりとした自身の顎鬚を撫でるや、吸い込まれる様にドアノブに手を伸ばす。
そのまま数度ドアノブを回し鍵がかかってる事を確認すると、あろう事か元老院は魔法でドアノブを砕き、強引に扉を開けてしまった。
何事も無かったように店の中に入っていく元老院を追いかけるように、慌ててルーファスも店の中に駆け込んでいく。
久し振りに入る店は相変らず物が溢れ狭苦しく埃臭い。
しかし少し奥に進みカウンターの辺りまで来ると、どうにも戸棚にしまってあるであろうお菓子の甘い匂いが漂ってくる。
店内を見渡す元老院をそのままに、ルーファスはカウンターに放置されていた上着を手に取る。
いつぞやか伯爵家に拉致された際に無くした上着と似た、濃紺色の真新しい上着は、いかにも脱いでそのまま放置しましたとばかりに片腕だけ裏返った状態のままだった。
相変らず変なところは雑なラヴィーネの様子を垣間見たルーファスは、つい一人でにやけてしまう。
「やはり不在のようですね。ラズに怒られる前に扉をどうにかしないといけませんね」
緩んだ顔のままルーファスは振り返り元老院に話しかける。
すると元老院は店先に置かれていた何かの爪を片手に顔を上げると、何か納得したように数度頷いた。
「そうか、今は『ラズ』と名乗っているのか……」
ルーファスがその落とす様なぎりぎり聞き取れる程度の声を頭の中で反芻していると、元老院が再び小声で何かを言い始めた。
それはラヴィーネがトレントの切り株を焼き払った時と同じ位、長く複雑な詠唱だった。
元老院が詠唱を始めると徐々に店の棚が揺れ始め、数秒も経たぬうちに店全体が大きく揺れ始めた。
とっさにカウンターに捕まり何が起こっているのかと目を見張るルーファスを尻目に、元老院が顔を顰め走り抜けるように詠唱を唱えると、雷が落ちた様な轟音と振動と共に、カウンターの脇に無造作に置かれていた瓶やマンドラゴラの上に何かが落ちて来た。
振動と音が止み、店内には元老院の苦しそうな呼吸音だけが響く。
恐る恐るルーファスが顔を上げると、盛大に砕け散った瓶に埋もれ、ラヴィーネがカウンターの脇で頭を抱えのた打ち回っていた。
「はぁ……久し振りだな『エレムルス』。もう少し素直に召喚に応じたらどうだ……っ」
床に座り込んでしまった元老院の額には脂汗が浮かび、ローブの裾から覗く指先は凍えているかのように酷く震えている。
割れた硝子片が軽い音を立て床に落ちて行くのを虚ろな瞳で見詰めていたラヴィーネは、ゆっくりと振り返ると声のした方に視線を向けた。
「……あぁ、通りで。随分雑で強引な召喚魔法だとは思ったんだ……。人の家で何してくれてんの」
カウンターに手をつき起き上がろうとしよろけたラヴィーネをとっさにルーファスが支えると、それでようやくルーファスの存在に気付いたらしいラヴィーネは、無防備な顔でぽかんとルーファスを見上げたまま固まってしまった。
ラヴィーネが大人しいうちにと、ルーファスは体についた硝子片をてきぱきと払い落とすと、後ろにあった椅子に座らせる。
それでもなお自分を見上げたまま動かないラヴィーネに、さすがにルーファスも不安になり、恐る恐るその肩を叩く。
すると自身の肩とルーファスの顔を交互に確認すると、ラヴィーネの顔はゆっくりと驚きの表情に変化していく。
「ルー……なんでじじいと一緒に? ルーが連れて来たの……?」
「どうやったら一端の騎士が他所の最高責任者を引っ張って来れるんだよ」
召喚の影響か現状が上手く把握出来ていないラヴィーネは、不思議そうに小首を傾げたまま再び動かなくなってしまった。
「なに、ルーファス殿とは今店の前で会ったばかりだ」
息を整えた元老院はどうにか言葉を紡ぐが、相当召喚で力を使ってしまったらしく、よろよろと二・三歩進むや、再びその場に座り込んでしまった。
「半月程前にルーファス殿が魔法使い数名と共に天災級のトレントを討ったのだが、その直後から小型翼竜達の動きが少しおかしくなった」
薬草が山済みにされたカゴを背凭れにし座り込んだ元老院は、突如そんな事を話し始めた。
ルーファスもラヴィーネも揃って訝しい目で元老院を見つめると、元老院は声を出さず笑うと、再び息を整え始める。
「竜の呪いを受けたせいで攻撃魔法が使えなくなったと言うから好きにさせていたが……。一体どうしたら普通に生活していてそこまで呪いが進行するのだ。エレムルス、お前何か私に隠して無いか?」
再び元老院が立ち上がった瞬間、ラヴィーネはルーファスの腕を掴むと小さく詠唱を始める。
すぐさま元老院はラヴィーネが何をしようとしているのか分かったらしく手を伸ばすも、いち早く詠唱を完了させたラヴィーネはルーファスを連れその場から消え失せてしまった。
虚しく空を切った手を恨めしそうに見つめる元老院は椅子を引き寄せると、ため息を一つつき力なく腰掛けた。





