14:トレント 4/4
二日後、予定通り天災級の呪いを焼き払う事になった。
骨の檻によって招集させられた魔法使いは全部で十人。
ルーファスが有事の際にと連れて来た騎士を含めると、総勢十五人程が森の前に集結した。
あれから二日程しか経っていないが、森の入り口には目に見えて分かる程呪いで変化してしまった番人が蠢き、誰一人として口を開く者は居なかった。
最後尾から青白い顔の駐在魔法使い達を見つめていたルーファスは、自分の決断ははたして正解だったのかと悩み始めていた。
しかしその隣では、全く緊張感の無いラヴィーネが姿を変え、戦闘服では無く至って普通のドレスを身に纏い、小さく伸びをしながら欠伸をしている。
「ラズ、頼むから真面目にやってくれよ?」
「うん? 始まったらちゃんとするよ。天災級と言う事もあって元老院も見に来てるし……。ちょっと強めに結界を張るから動かないでね」
ラヴィーネはちらりと後方を確認すると、ルーファスの腕をとり静かに詠唱を始めた。
ルーファスとラヴィーネの後方には元老院が佇み、呪いが広がってしまった森を睨み付けている。
駐在魔法使い達は、その元老院の目に止まろうと今回息巻く者も多い。
確かに危険は伴うが、魔法使いなら誰でも、骨の檻と言う肩書きを欲する物。
ラヴィーネがルーファスと自身に結界を張り始めたのを確認した駐在魔法使いと研究員達は、慌てて自分達にも持てる力を出し切った結界を張っていく。
しばらくすると今回の作戦の指揮をとる事になっている、研究員の男が神妙な面持ちで振り返ると、改めて作戦を伝えていく。
魔法使い達は二人一組で移動し、一人が結界もう一人が焼き払う作業をと、分担して作業を進めていく。
森の一番奥まで踏み込み結界を張らなくてはいけない重責を担うのは、指揮をとる研究員自らが行う。
そして、今回ルーファスが個人的に雇ったと言う立場のラヴィーネは、ルーファスの護衛をしつつ焼き払っていく事となった。
残りの騎士達もそれぞれ魔法使い達に同行し、有事の際は戦う算段となっている。
ここまで確認し終えると研究員は一度頷き、もう一人の研究員を連れ森の中へと入って行く。
駐在魔法使い達もすぐさま研究員に続けと言わんばかりに、まるで騎士の様に太い叫び声をあげ森に駆け込んでいった。
森の中からは叫び声が聞こえ、時折木が倒れる音と吹き荒れる業火にまかれた動物達の鳴き声が響いてくる。
「ラズ、俺達も行こうか」
ルーファスは隣に立つラヴィーネにそう語りかけ視線を落とす。
するとラヴィーネは先程までの気怠い雰囲気から一変し、全体を見透かすような不思議な目で森を見つめたまま一つ頷いた。
ルーファスは一度深く深く深呼吸をすると、しっかりとした足取りで森の中に入って行く。
森の中は蒸し暑く、至る所で魔法使い達と番人が戦闘を繰り広げていた。
頭上から降り注ぐ木の葉や枝でさえ、触れればたちまち呪いを貰う。
ルーファスとラヴィーネの肩に触れた木の葉は、ラヴィーネの結界に阻まれたちどころに燃え上がる。
ルーファスは魔法で強化した剣を抜くと、迫り来る番人達を斬り捨て森の奥、トレントの切り株を目指す。
しばし二人は無言で迫り来る番人達と戦いながら進んで行ったが、ふとつい口が滑ったと言うような何とも間抜けな声色でルーファスがぽつりと呟いた。
「ラズって本当に優秀な魔法使いだったんだな。ここまで戦いやすいのは始めてだ」
「いきなり何なのさ? そう言うルーだって本当に中隊長さんだったんだね。ただ正義感の強い熱血な男かと思ってた。と言うか、実は笑えてくる程腕が鈍っちゃっててさ……」
ラヴィーネは隣を走るルーファスを胡乱な瞳で見つめると、どうにも気まずそうに乾いた笑みを浮かべる。
ルーファスからしたら全盛期のラヴィーネを知らないし、今この状況でもなんの不満も無い実力だ。
申し訳なさそうに木々を焼き番人をねじ伏せるラヴィーネを眺めながら、ルーファスは更に不思議そうに小首を傾げた。
「結界内を焼き尽くすって聞いてたから、てっきり森の外、結界の外からやるのかと思ってたんだが、意外に面倒臭いんだな」
するとルーファスのその言葉を聞いたラヴィーネは目を丸くするや、攻撃の手を止めその場に立ち尽くしてしまった。
慌ててラヴィーネを小脇に抱え走り出したルーファスの腕の中で、ラヴィーネは驚きを隠せない表情でルーファスを見上げていた。
「私もそのつもりだったんだけど……。てっきり魔法戦を知らないルーがこの作戦を立てたんだと思ってた」
「は? 戦法は指揮をとってる研究員が……ったく、そこまでして元老院に良いとこ見せたいのかー!」
ルーファスは何を言ってるんだとラヴィーネに視線を落としたが、すぐさま顔を上げると当たり所の無い怒りを発散させるように大声を上げる。
ルーファスに抱えられたままのラヴィーネは、両手で耳を塞ぎながら呆れたように笑い声を上げる。
自尊心が高く体裁を気にする魔法使いは、隙あらば元老院の目にとまろうと画策する。
例えそれが愚策でも、自分の実力を元老院に見せ付ける為には平気でやる。
天災級の呪いを相手に、随分舐めた事をしてくれる魔法使い達に、ルーファスは我慢の限界に近かった。
ルーファスはラヴィーネを抱えたまま、鬼気迫る勢いでトレントの切り株まで走り抜く。
そこにはドリアードが三体待ち構えるように宙に漂っていた。
ルーファスは勢い良くドリアード達の下をすり抜けると、トレントの切り株目掛けラヴィーネを放り投げた。
流石にこんな扱いを想像していなかったラヴィーネは、とっさに魔法を駆使し空中で立ち止まるや、恨めしそうな目でルーファスを見つめた後詠唱を開始する。
ラヴィーネはこの日の為に前日から呪文を圧縮し、詠唱をせずとも火炎魔法は使えるように準備していた。
その為、トレントの切り株を浄化し焼き払う術を練っている間、飛び掛かってくるドリアードや番人達も問題なく対処出来る。
しかし、詠唱しながら時折森の奥や来た道にしきりに視線を投げては、どこかやりにくそうに顔を顰める。
ドリアードの攻撃が増し煩わしくなったのか、ラヴィーネは詠唱途中の術をそのままトレントの切り株にぶつけ、ルーファスの所に戻って来た。
甲高い女性の悲鳴のような音を立て燃え上がるトレントの切り株だったが、やはり詠唱の途中だったからか火力が弱い。
ドリアード達が葉や土を被せ必死に火を止めようとしてるのを横目で確認しつつ、ルーファスは何があったのかとラヴィーネに視線を向けた。
「張ってある結界の強度にムラがあり過ぎる。こんな状態で術を発動したら、トレントより先に結界が壊れちゃうよ。ねぇ、王都駐在魔法使い達の実力、ちょっと確認し直した方が良いんじゃ無い!?」
宙に浮いたまま不満そうに腰に手を当て頬を膨らませるラヴィーネの姿に、こんな状況下にいながらも、ルーファスはたまずふきだしてしまった。
あまりにも女性の様な口調と仕草でラヴィーネが怒るものだから、ルーファスは張り詰めていた物が全て何処かに行ってしまったような気持ちになって来た。
「ほら、元老院は他の魔法使いの所に居るし、こっそりトレントの周りだけ結界を張って焼いちまったらどうだ?」
相変わらず頬を膨らませたままのラヴィーネの頭を撫でながら、ルーファスは笑いを堪えながらどうにか口を開いた。
尚も不満そうに頬を膨らませじっとりとトレントの切り株を睨み付けつつ、番人達をはじき飛ばしていくラヴィーネにルーファスも多少、賛同したい気持ちもある。
しかしこの状況で二人揃ってふて腐れているわけにもいかない。
ルーファスは終わったら甘い物を買ってやると約束し、ラヴィーネの背中を押し戻していく。
「……じゃあ、ちょっと熱くなるから気を付けてね」
ラヴィーネは渋々と言った様子でもう一度トレントの元へ飛んで行くと、今度は先程とは違い本気で術を展開し始めた。
魔法の使えないルーファスが、初めて魔力の流れを見た瞬間だった。
魔路から色とりどりの半透明な光が現れると、迷わずラヴィーネの体に吸い込まれていく。
ラヴィーネは姿を変えるのに力を使うのも惜しんだのか、元の姿に戻ると更に詠唱をし魔路から魔力を吸い上げていく。
ルーファスはラヴィーネや自分に群がる番人を斬り伏せながら、その光景に見とれていた。
しばらくし体の周りに緑色の炎が現れると、ラヴィーネは大きく息を吸い、トレントの切り株目掛け炎を浴びせかけると、すぐさまルーファスの元まで飛び退いた。
すると、トレントの切り株を中心に円柱状に張り直したラヴィーネの結界の中で、緑色の炎が生き物のようにうねりをあげ轟音と共に天高くまで燃え上がった。
結界越しでもそのあまりの熱気に、たまらずルーファスはラヴィーネを抱え距離をとる。
炎の中からトレントとドリアードの悲鳴が絶え間なく響き続け、炎が鎮まった頃には、トレントが居た場所は高熱で溶け、一枚の岩が出来上がっていた。
これで呪いの元凶は居なくなったが、まだ広がった呪いの鎮静化がある。
再びルーファスが移動しようと歩き出した時、腕の中でラヴィーネが身動ぎした。
「駄目だ、眠い……。流石に鈍り過ぎ」
「っラズ! 角が……!」
鈍った体で魔法を酷使したせいで、ラヴィーネは眠りに落ちそうになっていた。
しかしルーファスが驚いたのはそこでは無く、ラヴィーネの右の角が半分木になりかけていたのだ。
ラヴィーネはもぞりと体を起こしルーファスの視線の先、自身の角を確認するや、手に小さな雷を集めると木になりかけている角を砕いてしまった。
ばらばらと軽い音を立て砕け散る角を眺めていたラヴィーネは、しばし左右に頭を振って何かを確かめると、再び角を隠し女性の姿に変わるや、そのままこてんと眠ってしまった。
何が起きたのかすぐに理解出来なかったルーファスは、その場にしゃがみ込みラヴィーネを起こそうとするも、迫り来る番人を前に、一先ずラヴィーネを抱え森の出口を目指し走り出した。