13:トレント 3/4
開発本部にいた人達に憑いていた呪いを一掃したラヴィーネは、ルーファスに連れ添い約八年ぶりに骨の檻に来ていた。
しかし、話し合いの為部屋に入っていったのはルーファスだけ。
ラヴィーネは姿を変えていても、例え元の姿を知る者が居なくとも、それでもあまり骨の檻には関わりたくないと、一人玄関ホールでぼんやりと時間を潰していた。
骨の檻は相変わらず不自然な程一面白で統一され、汚れどころか埃の一つも見当たらない。
人が出入りしているのかも怪しい程磨き抜かれた雪花結晶の床は、居心地悪そうに白く真四角な椅子に座るラヴィーネの顔をくっきりと映し出している。
しばらくすると、支柱の無い真っ白な階段を、硬質な足音を響かせルーファスと元老院が降りて来た。
ルーファスの姿を確認するや、ぱっと華やいだ笑みを浮かべたラヴィーネは、無意識に走り出しルーファスの背中に隠れるように立つ。
突然駆け寄って来るや後ろに隠れてしまったラヴィーネに、ルーファスは目を見開き何事かと身を捩り確認しようとするも、程よく身長差があるせいでラヴィーネの髪すら見えない。
「ほほほ。随分と待たせてしまった様ですな。ではルーファス殿、至急人を派遣致しますので」
その場でくるくると回る二人を微笑ましく眺めていた元老院は、一言そう告げるやルーファスに一礼し、ラヴィーネに笑みを向けると再び階段を上って行ってしまった。
慌てて一礼するルーファスの背中に貼り付いていたラヴィーネは、こっそりルーファス越しに、去って行く元老院を確認するや、ほっと安堵のため息をもらす。
顔を上げたルーファスは、ため息をつきながらラヴィーネがしがみついていたマントを引き離す様にぐいっと引っ張る。
するとラヴィーネはよろけて二・三歩踏み出した後、再びルーファスの腕にしがみつき周りを確認し始めた。
「何してるんだよラズ。まんま女みたいじゃないか」
「もう用は済んだんだろ? 細かい話はここを出てからにしよう」
ぐいぐいとルーファスの腕を引き歩き始めたラヴィーネに、ルーファスは少し困惑しながらも従って歩き出す。
外に駆け出すや骨の檻の正面にある広場を突っ切り、石段を下る。
石段の下まで降りるとようやくラヴィーネは足を止め、後方の骨の檻を見上げため息をついた。
「まさか元老院を連れて来るとは思わなかった……はー嫌だ嫌だ。それで、骨の檻が動くのはいつ位になりそうだって?」
ラヴィーネは踵の高いヒールを脱ぎ捨て指に引っかけるように持つと、ふらふらと裸足のまま道の感触を確かめるように歩き出した。
姿が変わったせいで、普段ラヴィーネがする何ともない仕草すらしっくり来る。
ルーファスはため息をつくと、先を行くラヴィーネに駆け寄った。
「最短でも半月後。それまでは森は禁域にして、研究員と駐在魔法使いに依頼し街中に結界を張らせるとさ。ちなみにエマは南方で海竜を鎮静化中で手が離せないらしい」
「じゃあ半月は解呪の依頼が殺到するのか。街に結界を張ったって、街の外で落ち葉にでも触れれば苗木を植え付けられるだけだし、当面街どころか家の外にも出れないよ」
ヒールを持ったままそう呟くと、ラヴィーネは道沿いにあった店のショーウィンドウを覗き込む。
瑞々しい果物をシロップ漬けにした物がいくつものったタルトを眺めながら、ラヴィーネはドレスのポケットを探り始める。
どうやら一仕事終えた後のおやつを吟味しているらしく、ラヴィーネは財布を片手にタルトとその隣のチョコレートケーキを見比べ眉根を寄せていた。
「骨の檻じゃなきゃ、研究員と駐在魔法使いじゃ手が出ないって事か」
店先に座り込むラヴィーネの隣に、ルーファスも一緒に腰を折ると、ショーウィンドウを眺めながらぽつりと呟いた。
「んー……。あそこには太い魔路も通ってる事だし、呪いが蔓延してる区画に結界を張って、その中だけを焼き払うなら骨の檻じゃなくても可能じゃないかな? 何人かで……例えば一区画一人で結界を張るなら三人か四人、そしてその中を焼き払うのに更に三人か四人」
店先に出て来た店員が試食用のケーキを差し出すと、ラヴィーネは満面の笑みを浮かべ頬張る。
ルーファスも試食を受け取りながらぼんやりと考えをまとめると、ラヴィーネの口に手に持っていた試食を詰め込み、至極真面目な顔で口を開いた。
「ラズ、ラズなら一人で焼き払う事も出来るよな?」
「嫌だ」
ラヴィーネは試食が刺さっていた竹串を咥えたままそう言い切るや、思い切りそっぽを向いてしまった。
「半月怯えながら暮らすより、今ラズが焼き払ってしまった方が良いだろ?」
「立ち会うしやり方は教えるから、それは研究員と駐在魔法使いにやって貰おうよ。退役してから大きな魔法は使ってないし、それに一人であの規模を焼き払ったら骨の檻に目をつけられるだけ。やっと最近元老院達の追跡も無くなって平和になって来たのに……」
不満そうに竹串を噛むラヴィーネは口ごもると、再びその場にしゃがみ込んでしまった。
どうやらラヴィーネは円満に骨の檻を辞した訳では無いらしい。
ルーファスは先程のラヴィーネの怯え方と口ぶりから察するに、ここであまり強く言っても機嫌を損ねるだけだと判断した。
再びルーファスがラヴィーネの隣に腰を折ると、ラヴィーネは不服そうに頬を膨らませ見上げて来た。
「そこのタルトとチョコケーキ、それから奥のマカロンを一箱買ってやる。ただの魔法使いとして、他の魔法使い達に紛れて焼き払うのを手伝ってくれないか?」
天災級の呪いの解呪として、正規の依頼を出したら金貨百枚近い大金になってしまうのだが、ルーファスはそこを、助っ人程度で抑えどうにか甘味で手を打てないかと話を持ちかける。
甘い物に反応したラヴィーネは、猫のように目を丸くし輝かせるや、しばしぶつぶつとひとり言を言い葛藤を始める。
「マカロン……十二個入りのやつなら……考えても良いよ」
タルトとケーキ、それとマカロン十二個入りを買った所で半銀貨一枚でおつりが来る。
どのみち魔法使い達への依頼料は骨の檻か、国が出す程の事態だ。
少し話に食い付いて来たラヴィーネをつり上げる為、ルーファスはラヴィーネの頭を無造作に撫でながら満面の笑みを浮かべた。
「よし、マカロン十八個入りを買ってやる。何なら二十四個入りでも良い。今からもう一度骨の檻に行ってこの話をしてくるから、魔法使い達に今日中に伝令が行って……決行は明後日だな!」
ルーファスはラヴィーネの背中を叩きながら力強くそう意気込むと、財布を片手に笑いながら店へと入っていく。
店先に取り残されたラヴィーネは、どうにも複雑そうな表情でため息をつくと、ヒールをはき直しルーファスの後を追って店に入っていった。