12:トレント 2/4
衝撃から立ち直れない二人は、たっぷりと時間をかけ王都に戻って来た。
王都の城壁をぐるりと周り込んだだけの、ほんの目と鼻の先にある森だと言うのに、二人がラヴィーネは店に戻った頃にはもう日は真上に昇っていた。
二人は一先ず朝露と砂にまみれた体を洗うと、落ち着きを取り戻すように店先でお茶を飲み始める。
「仮小屋に居たのはたまたま問題が起きた日に当番だった樵夫だ。数日おきに仮小屋に泊まる人間を変え作業を行う算段になっていたはず」
湯上がりのルーファスはラヴィーネの服を借り、手甲を拭くついでにラヴィーネの髪も拭きながら端的にそう告げた。
木の椅子にもたれ掛かりされるがままのラヴィーネは、もう片方の手甲を拭きながら、ふぅんと軽い相槌を打ち、りんごのクランブルタルトに手を伸ばす。
「じゃあまずは開拓本部に行って話を聞くかい? それとも先に街の魔法使い連盟に殴り込み?」
「先に話を聞きに行こう。開拓本部がどこまで魔法使い連盟に説明していたかも知りたいしな」
駐在魔法使い達がどこまで把握していて騎士団に隠していたかを見極めると、ルーファスは鼻息も荒く答える。
本来ならば殴り込みなど事件が全て片付いてからで済むものだが、怒りが収まらないルーファスはどうしてもすぐに怒鳴り散らしてやりたかった。
ラヴィーネは鼻息荒くタルトをざくざくと頬張るルーファスを笑いながらなだめると、どうにも面倒臭そうに腰を上げた。
*
開拓本部は街の奥、城のほんの目と鼻の先にあった。
今回の開拓が街や村が言い出した事では無く、国が決断しての事もあり、開拓本部も堂々と王族のお膝元に陣取っていた。
一度騎士団に戻り服装を改めたルーファスが開拓本部の扉を潜ると、中にいた樵夫や計画を練ったであろう事務方達が一様に、血の気の引いた顔で入り口に視線を向ける。
その表情を見る限り、仮小屋の中の惨状は知っているのだとルーファスは判断した。
ルーファスの後から、姿を変える魔法で角と髪色と性別を変えたラヴィーネが顔を出すも、開拓本部の者達はぼんやりと曖昧で虚ろな視線を入り口に投げかけるだけだった。
「今朝仮小屋を確認して来た……。知ってる範囲で良い、少し話を聞かせて貰いたい」
重苦しい雰囲気の中ルーファスが口を開くと、樵夫達は揃って顔を伏せるも、のろのろと立ち上がりルーファスとラヴィーネを奥の部屋へと招き入れる。
樵夫達の生気の抜けた顔と動きが、今朝見た森の番人の動きと重なって見え、ルーファスはどうにも逃げ出したい衝動に駆られる。
しかし、ドレスを纏い顔を半分隠したラヴィーネが開拓本部の扉をくぐるや、縫い止められた様にその場から動かなくなったルーファスの腕をとり奥の部屋へと導いていく。
二人が真新しいソファに腰掛けると、向かいに座った樵夫と事務方と思われる男が、お互い視線を合わせるとテーブルに地図と計画書を広げ話し始めた。
「今回の開拓の概要はご存知ですよね? 我々はおよそ三区画分の敷地を捻出する為、裏の森を切り開く事にしました」
地図には三区画分を示す線と、仮小屋の場所が記され、計画書には今後の予定が事細かく記されている。
しかし、地図を見る限り仮小屋から奥、予定の三区画の範囲にあの天災級トレントは該当していなかった。
ラヴィーネが地図を眺めながら小首を傾げると、ルーファスが代わりにその件について訪ねた。
するとそれまで押し黙っていた樵夫ががたがたと震え出すと、突然泣き叫びながら部屋を跳び出して行ってしまった。
「すみません……あの者があの巨木を伐ると言い出したものですから……」
事務方は申し訳なさそうに軽く頭を下げると、どうか理解して欲しいと念を押す。
ルーファスもラヴィーネも樵夫を責めるつもりははじめから無かった。
むしろ、もう既に十分過ぎる仕置きを受けていると思っていた。
「あの巨木を残しておくと、開拓予定のおよそ四分の一程が日陰になってしまうのです。古い木でしたので、あの木を守り神とし、日陰になる辺りは倉庫にでもしようとの話が持たれたのですが……」
事務方が語るには、当初はその方向で話が決着し作業を開始したのだが、遅れて現場入りしたあの樵夫が急遽、巨木を伐ろうと言い出したらしい。
元々その樵夫は現場の最高責任者候補の実力ある樵夫だった為、周りの者達は強く否定しなかったと言う。
その樵夫曰く、どうせ近い将来再び開拓をする事になる。その時にいくら神木だからと言い残しても、あまりにも無駄が多過ぎるとの事で、しっかりとお祓いを済ませれば切り倒しても問題ないと、懇意にしている業者を手配したらしい。
樵夫がお祓いは幾度となく経験して来た事だと言うので、開拓本部も居住区が増えるならと計画を修正したのだが、その結果が今のこの状況だと言う。
話を聞き終えたルーファスは、自分の中に徐々に駐在魔法使い達への怒りがこみ上げてくるのが分かった。
開拓本部がトレントと気付かず作業を進めてしまったのは、痛ましい事故だったと思うしか無い。
開拓をするにあたって魔法使いの一人でもつけていればこんな事態は免れただろうが、開拓の為に魔法使いを雇うなど誰も思わないだろう。
むしろ、今回の一件でその認識が改められるだろうと、ルーファスは地図に視線を落としながら一人納得する。
しかし、開拓本部ははじめから巨木を切り倒したのが原因かも知れないと駐在魔法使いに話を持ちかけたはずだ。
それだけ情報があった上に、骨の檻でなくとも、魔力の流れを見て取れる魔法使いがトレントの切り株を見て原因不明などと言うはずが無い。
駐在魔法使い達は自分達の手にあまると判断したがそれを告げず、ただ自分達の体裁を取り繕う為原因不明と証し、騎士団へこの仕事を投げて寄越したのだ。
そんな思いに囚われていたルーファスだったが、突然ふらりとラヴィーネが立ち上がった事で一気に我に返った。
事務方とルーファスが何事かとラヴィーネを見上げていると、ラヴィーネはふらりと部屋を出て行き、また少ししたらふらりと部屋に戻って来た。
「これ、さっき跳び出して行った男に憑いていた呪い。森に入らなくても既に関係者は呪いの影響を受け始めてる。この呪いは感染するよ。早くしないと関係者どころか、街全部が森に飲まれてしまう」
部屋に戻って来たラヴィーネの指先には小さな苗木とも言えない双葉が摘ままれており、その根がしきりにラヴィーネの指に絡みつこうと藻掻いていた。
その光景に事務方は奇声を発し部屋の端まで飛び退いていったが、次の瞬間には自分に同じものが無いかと全身を確認し始めた。
ラヴィーネは摘まんでいた呪いを焼き払うと、事務方に歩み寄りそっと頭に手を伸ばすと、髪の毛を数本摘まみ上げるように指を動かす。
事務方から離れたラヴィーネの指には、再び呪いの双葉が摘ままれていた。
自身から呪いが出て来た事に青ざめがたがたと震え出す事務方だったが、すぐラヴィーネにしがみつくとひたすら感謝の言葉を繰り返し唱え始める。
「ルー、開拓本部の人達の呪いは一掃するけど、その家族とかまで広がったらもう一人じゃ対応が追いつかない。連盟への殴り込みは後にして、今は骨の檻に行こう。顔を知ってるエマなら強制的に呼び出せるしね」
再び摘まんだ呪いを焼き払ったラヴィーネが振り返りルーファスにそうこぼす。
ルーファスは、今回ラヴィーネが姿を変えていたのは、てっきり角を隠すためだとばかり思っていた。
普段は気が動転した者しか相手にしない為角を隠す必要は無いが、駐在魔法使い連盟に行く予定だったので色々と面倒なのだろうと納得していたのだが、どうやらそれは半分だけ正解のようだ。
骨の檻ともなれば相手の顔を知っていれば呼び出せるらしい。
だからラヴィーネは姿を変えた上に半分顔を隠し、骨の檻の制服も目以外隠していたのだと、ルーファスは直感した。
「だったらさっき森で駐在魔法使い共を呼び出してやれば良かったな」
「そうしてやりたかったけど、顔と本名を知ってる相手じゃないと難しいんだ。それに、あの場面で呼び出しても死体と呪いが増えるだけで、はっきり言って迷惑だしね」
骨の檻に入ると特別な呼び名をつけられる。
骨の檻が徹底して情報を隠す理由はここにあったのかと、ルーファスはため息にも似た笑いをこぼした。