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1:初めましては女装から 1/3

 ラヴィーネ・ヴァーゲンザイルは突如店に駆け込んで来た奇怪な客に驚き、棚に角を引っ掛けてしまった。

 ラヴィーネが身動ぎする度に古い木製の棚が悲痛な音を立て軋み、棚の中では色とりどりの硝子瓶が身を寄せ合い小さく震え上がっている。

 そんな事など一切構う事無く、駆け込んで来た客はラヴィーネを見つけるや、一瞬で間合いを詰めラヴィーネの両肩をしっかりと掴む。

 

「頼む解呪屋! 俺を助けてくれ!」

 

 鮮やかな真紅に純白のラインが美しいシンプルなイノセントドレスに身を包んだ男は、低くとても力強い声でそう告げるや、その場に泣き崩れてしまった。

 ラヴィーネはすっかり物が散乱してしまった店は一先ず放置し、どうにか落ち着きを取り戻した女装の男――ルーファスを連れ、店の奥の個室に移動する。

 

「すまない、女性の前で取り乱すとは騎士として男として恥ずべき事……。その姿、店主も呪いを受けたのか?」

 

 目を腫らしたまま椅子に座りドレスの裾を握り締めたルーファスは、遠慮がちに少し離れたところでお茶の準備をしているラヴィーネに視線を投げかける。

 ラヴィーネはその言葉に一瞬不思議そうに目を丸くするも、すぐさま目尻を下げどうにも困った様な笑みを浮かべた。

 そのまま無言でラヴィーネは良く使い込まれた飴色の小さな戸棚から手入れの行き届いた茶器を取り出し、金で縁取られた真っ白な来客用のソーサーをルーファスの前に置き、揃いの柄のカップをその上に置く。

 そしてテーブルの中央に花の形を模したティーポットウォーマーを置き、その上にふっくらと愛らしいフォルムのティーポットをセットすると、ようやくルーファスの向かいの椅子に腰を降ろした。

 ティーポットウォーマーにはどうやらアロマキャンドルが灯されているらしく、鼻に付く事も無くお茶の香りを邪魔する事も無い、絶妙な加減の花の香りが徐々に部屋中に広がっていく。

 アロマの香りに囲まれしばしポットの中で泳ぐ茶葉を眺めていると、ようやくルーファスは普段通りの落ち着きを取り戻す事が出来た。

 そしてそれを見計らった様に、ラヴィーネが小さく笑い声をもらした。

 

「あぁ、失礼しました。私は店主のラヴィーネと申します。どうにも誤解を招きやすい容姿と名前をしていますが、こう見えてルーファス殿と同じ男ですよ。私のこれもまぁ呪いの一種ですが……今はそんな事より、ルーファス殿のお話をお聞かせ下さい」

 

 不思議と良く通るその声に一瞬ルーファスは何を言われたか理解出来ずにいたが、すぐ素っ頓狂な声を上げると思いきり椅子ひっくり返し立ち上がる。

 ただでさえ中性的な顔立ちで小柄な体つき、性別どころか年齢すら不詳のラヴィーネ。

 更に、緩く波打つ艶やかな金糸の髪は優に腰をも超す長さ。

 良く考えれば男物の服を着ているのだから男なのだろうが、それはただの作業着だと言ってしまえばそれで済む程度の事。

 その容姿で男と見抜くのはなかなか難しい事だが、あまり髪型に頓着していないだけらしく、よくよく見れば耳の上から生える人の頭に似つかわしくない巨大な角に、髪が束になり所々引っかかっている。

 

 角。

 

 ラヴィーネの頭には本来ありえない大きな角が一対、丁度耳のすぐ上辺りから緩く弧を描き後ろに伸びている。

 ルーファスは店に飛び込んだ瞬間角の存在には気付いていたが、己の事で精一杯でそれどころでは無かった。

 立ち上がったまま目を丸くして動かなくなったルーファスを眺めながら、ラヴィーネは静かにルーファスが衝撃から立ち直るのをお茶を飲みながら静かに待っている。

 動揺を隠せないものの、ルーファスはどうにか倒れた椅子を戻し再び座り直すと、気を取り直し今日店に来た目的を話しはじめた。


 先日山間の村から人鳥の被害報告を受けた騎士団が、増え過ぎた人鳥を人里から遠ざけたらしい。

 その際大人しく逃げ去った固体は良いとして、気性が荒く率先して村を襲っていた数体は討伐する事となった。

 騎士団の指揮をとっていたルーファスは最後の最後にぬかるみに足をとられ人鳥の一撃を背中に受けたが、そこまで深い傷ではなかった為同行していた女騎士のマントを借り止血し、昨日無事帰還し任務を終えた。

 しかし、背中に傷を受けてからどうにも息苦しく、街に戻ってすぐ騎士団のかかりつけ医に傷を見せた所、突然首をしめられた様な呼吸困難に陥り死に掛ける事態に陥ってしまった。

 医者が手を尽くし対処したが原因が分からず、たまたま連れ添っていた女騎士がルーファスをベッドに移動させようと自身のマントでルーファスの体を包んだ所、何故かほんの少しだけ呼吸が安定した。

 その場に居た全員が何かがおかしいと、呼吸が安定する条件を模索した結果が今のこの姿だと言う。


「話をまとめると、症状としては『女装していないと死んでしまう呪い』と言う事、ですか……? 何と言いますか、初めて『全身がぬめって動けなくなる呪い』に匹敵する希少な物を見ました」

「笑いたきゃ笑え。昨日から散々笑われて……」


 当たり前だが、騎士を生業とするルーファスはお世辞にもドレスが似合う様な華奢な体つきはしていない。

 それどころか、逆に体格に恵まれたと言って良いほどすらりとした長身に、鍛え抜かれた見事な筋肉美の肉体である。

 そんなルーファスがきっちり女装などしていれば、それは仲間からしたら面白くてたまらないだろう。

 今も、顔を両手で覆い絶望しているが、その見事な肩の筋肉と呼吸する度に上下する胸筋が、面白いほどにドレスに似合っていない。

 男の矜持を見事に打ち砕かれたルーフェスは、思い出したのか更に深く俯き落ち込み始める。

 その心中を思うと、ラヴィーネも同じ男として不憫でならない。

 しばらく困ったようにルーファスを眺めていたラヴィーネだったが、気を取り直し棚から無造作に丸めた羊皮紙を取り出すと、たった今聞いた情報を記していく。

 少し悩んでは書き進め、また悩んでは続きを記していくラヴィーネをぼんやりと眺めていたルーファスは、ラヴィーネの作業が終わるまで店を見て暇潰しをする事にした。


 今は解呪屋などしているが、元々魔法使い用の雑貨店だった事もあり、店にはどうにも他では見られない物ばかり置かれている。

 入り口を入ってすぐの戸棚には、色とりどりの瓶に入れられた仄かに発光するきのこや花が置かれ、その下のカゴには無造作に何らかの生物の物と思われる爪や鱗などが投げ置かれている。

 更に見渡せば瓶に入れられた妖精や、無造作に一括りにされ吊るされているマンドラゴラ等、薄暗い店内にはまさに魔法使い以外お断りと言った物が所狭しとひしめいていた。

 ルーファスが目の前にあった角をまじまじと眺めていると、ようやく作業が終わったのか奥の部屋からラヴィーネが顔を出す。

 ルーファスが角を片手に煩わしそうにドレスの裾をはらいながら戻って来ると、ラヴィーネは目隠し代わりに部屋の入り口に吊るしていた飾りのれんが見事に角に引っかかり、若干諦めた顔で頬を膨らませていた。

 茜色の生地に金糸で細かく刺繍を施した異国の飾りのれん。

 そののれんから垂れ下がる金属と硝子が糸状に連なった物が、見事にラヴィーネの白磁の角に絡まり、一見豪華な髪飾りをつけた令嬢に見える。

 部屋の入り口の壁に凭れかかりながら羊皮紙に視線を落とすラヴィーネの角から飾りを取りつつ、ルーファスも羊皮紙に視線を落とす。

 そこにはルーファスが語った事以外に、多種多様の薬草や薬の素材が羊皮紙いっぱいに記されていた。


「人鳥の討伐で受けた傷が原因との事らしいですが、人鳥にそんな呪いをかける能力は無いんですよね。かと言って人鳥の爪に付着していた何らかの成分が作用した――と考えても、あまりにも不可解な奇病ですし……解呪には少し時間がかかりそうですね。別料金になりますが、手っ取り早く他の誰かに呪いを移す方法もありますが?」

「他人に擦り付けるなんて、騎士の矜持までも捨てるつもりは無い」


 女装して初対面の人間に懇願し色々な物を投げ捨て生き恥を晒してはいるが、最後に残ったものだけはどうしても捨てられない。

 ラヴィーネもそう決断すると分かっていたらしく、何事も無かったかの様に再び羊皮紙に視線を落とした。

 ラヴィーネが顔を動かす度に飾りのれんが音を立て再び絡まる。

 業を煮やしたルーファスは思い切りラヴィーネの頭を押さえつけ固定すると、そのまま猛然と絡んだ飾りを外しにかかる。

 そしてラヴィーネもまた、初対面の相手に好き勝手やられ放題なだけではない。

 近くにあった薬品の瓶を一本手に取り蓋を開けると、真剣な表情で飾りと格闘するルーファスの真一文字に引き締められた口に、何の躊躇いも無く薬を流し込む。

 そして何の効果も無いと判断すると、再び同じ事を繰り返す。

 無事にラヴィーネが飾りのれんから解放された頃には、ルーファスは小瓶五本分もの薬を飲み干していた。


「やはり今手元にある薬ではどうにもならないですね。一応それなりに魔法を練り込んだ物でしたのに……。原因が判明していても呪いの正体を突き止め根本から解決しない事には完治しないので、しばらくお付き合い願えますか?」


 ようやく飾りのれんから解放されたラヴィーネは、肩を回しながら呆れ顔で隣に立つルーファスを見上げる。

 元より、この厄介な呪いから解放されるのであれば竜退治でも何でもする覚悟だったルーファスは、ラヴィーネのその問いに二つ返事で承諾した。

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