立待月 逢瀬(1)
小柄なくせに力持ち。生真面目という言葉とはまず縁遠い、外見も中身もボーイッシュな女性。
そんな雅美さんは、かなりヘンな准看護師だったけど。
当時の俺も、かなりヘンな小学生だったね。
背が一三〇センチより低くって、ローレル指数が『痩せ気味』。
ま、ここまではいい。
実年齢より幼く見える童顔持ちのくせに、見掛け通りな子供らしさは欠片も無いインドア派。さらに、人と関係するのを過剰なまでに拒む根暗な性格。
学校の休み時間や家での遊び相手は、本やテレビがほとんど。それも対象年齢は全く関係なく、まさに知識の雑食。
そのおかげでこの頃から、こと勉強にかけては他の同年代より出来たほうだった。
だけど話し方は全然子供らしくなくって、むしろマセてさえいた。
『文学系少年』と言えば聞こえは良いが、断じてそんな恰好いいもんじゃあない。
よーするに自分を見限って、殻に閉じこもっていただけの話だからな。
この頃、リアルタイムにこの事実を知っていた人は、雅美さんとルナを含め、片手で足りるほどしかいない。
そんな俺と、ルナとの二回目の逢瀬にして初デートは、曇り模様の十七夜だった。
そう。
別に雅美さんじゃなくても、アレはデートに見えただろうな。
ああそりゃあもう、否定のしようが無いほどに。
もっとも、当時の俺はそんなことカケラも思っちゃいなかったけど。
ともかくその夜俺は、雅美さんからの思い掛けない助けで、遅刻することなく、屋上に着くことが出来た訳だ。
屋上へ出る扉に辿り着いて、それを開いた。
そうして扉口から見えた夜空は、俺が病室で窓越しに見たほどには曇っていなかった。
ただ、強い風が上空で吹いているのが、雲の流れるスピードで見て取れた。
それを確認しつつ、俺は屋上へ出た。
(時間は……ほぼ昨日と同じっと。えっと、璃那お姉ちゃんは……?)
空に棚引く雲がかかった十七夜月の位置と高さを確認。そして昨夜、ルナが居た辺りを中心に周囲を見回す。
そして、ため息を一つ吐いた。
(居ない……。ひょっとしたら遅刻しちゃって、怒って帰っちゃったかな……)
残念に思いながらも、「でもどっちみち、一昨日まではひとりだったんだし」と思い直し、いつもの特等席である貯水タンクの壁際まで歩いていこうとした……その時だった。
「――わッ」
突然、俺の背後に人影が現れ、視界を暗闇に覆った。
「…………」
「?……あ」
人影は、そのまま何も発しなかった。
だけど俺は、“ある事”を手がかりに、自分の視界をさえぎっているのが誰なのかを察した。
「……遅れてゴメン、璃那お姉ちゃん」
「おお凄い。よくわかったねー、智クン」
俺は、璃那がだんまりを決め込んでいる理由を自分が遅刻したせいだと考えて、素直に謝った。
だがそれに返って来たのは、――意外にも軽い調子の――凜とした声音だった。
「……そりゃわかるでしょう。昨日と同じ匂いがしたもの」
「あ、なあんだ。そっかあ……ん? ……智クン」
「えっ?」
名を呼ばれるとともに、それまで俺の視界を遮っていた両手で両肩を掴まれ、くるりと向かい合わせに振り向かされた。
そこに居た彼女は、服装こそ昨夜と同じ淡いクリーム色のパジャマだったが、どこか違和感があった。
夜風になびく、腰まで届きそうなほどの艶やかな黒髪。
それを目の当たりにして、俺の心臓は昨夜よりも激しく跳ねた。
それを知ってか知らずか。ルナは、
「キミ……犬?」
「…………は?」
それに気付いた風もなく、突然、意味不明な事を口にした。