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居待月 十六夜以前

     ●


 アタシの肺に見つかった腫瘍の摘出手術から数日たった日、上弦の半月を過ぎた頃だったよね。

 智クンが、この病院に入院して来たのは。

 とはいっても、この時はまだ逢ってもいなければ顔や姿を見たわけでもない。ただ『声』が聴こえただけ。

 智クンの心の声が。

 だけどその『声』は今までにないくらいにはっきりと聴こえたわ。

 あの日の昼下がり。

 不意にアタシの頭の中に飛び込んできた智クンの『声』は、不思議なくらい心地良いものだった。

≪うわー。なんかすごいとこに来ちゃったなー、僕≫

(子供? それも、男の子か……)

≪今日からここに入院するの?≫

(入院患者なのかぁ……どんな子かな)

≪はじめまして。小瀬智哉って言います。これから少しの間、お世話になります≫

(うわ凄い。話す声まで『声』になって聴こえてくる)

 『テレパス』は、心の声を聴くチカラ

 なのに心の声はもとより、実際の声までもが『声』となって、アタシの頭の中に飛び込んできた。

 そんな第一印象もあって、アタシはすぐ智クンに興味を持ったわ。


 それからのアタシの入院生活は、智クンの『声』を聴くことが日課になってた。

 個室に居て、まだ動き回れるほどの元気がなかったこのときの私にとって、智クンの『声』を聴くことは唯一の楽しみだったの。

 普通だったら、自分で自分の誕生日や家族構成を思い浮かべたりなんてことはまずしないよね。

 たとえ『テレパス』があっても、相手と直に会ってそういった質問をするまで、わからない。

 でも智クンの場合は、話し声まで『声』になって聴こえてきたから。

 担当のお医者様や看護婦さん。同じ病室にいる他の患者さん達やお見舞いに来た親御さんと会話してる智クンの『声』から、アタシはキミの色んなことを知ることが出来たの。

 地元。生年月日。血液型。趣味。家族構成。友達関係。そして何より、この病院に入院する事になった理由と、その原因に至るまで、ね。

 ――わかってたわ。智クンの『声』を聴くことは、キミのプライベートを盗聴しているのと同じこと。

 でもこのときのアタシには『盗聴』の罪悪感よりも、退屈から逃れたい気持ちと、智クンに対する興味のほうが大きかったの。だから…

(彼に悪い彼に悪い彼に悪い彼に……)

 アタシの胸の中でそんな呪詛のようなものが渦巻いていても、私は『盗聴』をやめなかった。


 智クンが入院してきてから、三日。

 その日は、智クンの手術予定日だったよね。だけど。

≪ごめんなさい……≫

(うーん……)

 智クンは、手術を拒んでた。

(渋ってるかぁ……。そりゃあ、こういうことを想像できちゃうんだったら、怖いよね……)

 智クンは、他人への不信感からくる重度の人見知りと、麻酔で眠っている間に身体にメスを入れられることへの恐怖とで、手術を受ける事を頑として拒んだのよね。

(確か……自分に対する劣等感の強さ、それと、豊か過ぎる想像力が仇になってるって、言ってたっけ……)

 この日の前日。見舞いに来てくれた母さんたちに智クンのことを話したときに蒼がキミの性格を分析して、アタシに教えてくれたの。そして。

(これを解決するには、共通の趣味を持つ、波長の合う人が居ないとダメ。か……)

 さすが我が妹、って言うか、なんて言うか。ご丁寧に、ちゃんと解決策まで教えてくれたわ。

 でも。これの意味するところはつまり――

(アタシが智哉君と友達になれるかどうかに、懸かってるのかぁ……)

 さっきも言った通り、『テレパス』は相手の波長がアタシのそれとシンクロすればするほどクリアに、その相手の『声』を聴くことができるの。

 その中でも智クンは、このときの私が今まで聴いてきた誰の『声』よりもクリアな『声』をしていた。

 その上、智クンとアタシは趣味や性格に関して、呆れるくらい共通点が多かったわ。

 そこまでは、蒼が提案してくれた解決策の項目と一致してた。それに、アタシのような世話焼きな人間がその役を買って出ない事は、まず許されなかったの。

 少なくとも、アタシの身内の中ではね。

 でもね? 問題があったの。

(あと四日、か……)

 それは、アタシの退院予定日。

 悩んでるん間にもアタシの体は順調に回復していて、その日から四日後――次の十六夜の日――には退院することがほぼ決まってた。

 だからその四日間のうちに智クンと知り合って、友達になっておかなくてはならなかったのだけど。

「逆に、その十六夜に出逢うように出来ないかな」

 そう提案したのは、他の誰でもなく、このアタシだったわ。

 意外だったのは、母さんがそんなアタシを叱るどころか、逆に色々と協力してくれたこと。

 その理由は、そのときのアタシが過去の自分に似てたからだって、後で教えてくれたわ。

 それがホントかどうかはともかく、母という願っても無い助力を得たアタシは『自らの体温を操作する力』を母さんから借りて、“体調不全を盾にして無理矢理に退院時期を延ばす”っていうズルをして十六夜を待ったの。

 十六夜の午後十一時。

 智クンが入院中で唯一の楽しみにしていたあの場所に先回りして、キミがそこへ来るのを待ってたのよ。

 宙高くにぽっかり浮かんだ、ほんの少しだけ欠けた満月を眺めながら。

(他の満ちかけた状態以上に、十六夜月にことのほか強い思い入れを持っているのなら、そういう時にアタシと出逢ったら、よっぽど強い印象を与えられるよね、絶対)


 つまりね? あの夜のことは全部、私が立てた作戦だったの。

 

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