居待月 今と昔と昔と今と
「……これはアタシが物心がついてから十歳になるまでの話。智クン、S市のことは知ってるよね?」
「うん。この地方で一番大きい市だよね?」
「そう」
即答した俺に笑みを見せてルナは、南中した十八夜月に視線を馳せた。
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そこで生まれたアタシには両親と、勇希っていう姉さんと、蒼っていう妹がいるの。
父さんはごく普通のサラリーマン。だけど母さんは、人知れない不思議な力を持ってた。
世間で『超能力』とか『魔法』とか呼ばれている力。まあ、呼び方なんてどうでもいいけどね。とにかく、そういう力。
そういう力の存在が肯定も否定もされているこの世の中でその定義を説くことなんて、アタシには出来ないけど。
少なくともアタシ達の母さんが持っていた力は、まるきり遺伝するものじゃあないの。
遺伝するのは素質――言ってみれば『土壌』――。それだけ。
力の源になる『苗』も『種』も、最初からあるものではなくてね。『種』や『苗』は物心つく頃に初めて、親から直接授けられるの。
それはちょっとした儀式めいているらしいのだけど、それがどんな儀式なのかまでは、アタシはまだ知らない。
なにしろ授かるのは物心がつくかつかないかの頃だし、将来を共にする伴侶がハッキリするまで……わかりやすく言えば、誰かいい人と結婚する時まで、それは秘密にされているから。
ともかくそうやってアタシ達は、それぞれ物心つく頃にそういう力の『種』か『苗』をもらうの。
どういう類の力かは人によるし、それが『種』なのか『苗』なのかは、その親子の波長のシンクロ具合、つまり相性で決まるらしくてね? アタシの場合は『種』だったみたい。
ゆーき姉や蒼は『苗』だったけどね。
そもそもがどうしてそうなのか。その理屈は、ゆーき姉やアタシには難しすぎて理解しきれなかったわ。アタシたち姉妹の中でただ一人それを理解した蒼は「素質云々の先天的な優劣の問題を避けるためよ」って言ってたんだけど。
アタシには、それでも解らなかったわ。智クン、解る?
○
そこまで言って苦笑したルナは、悪戯っぽく笑って俺のほうを向いた。
「うーん……」
問われた俺は、真剣に考え込んだ。
「ふふッ。ま、解らなくても問題無いから、続けるね」
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母さんからそういう力の『種』を授けてもらったアタシは力を使えるようになるためにその『種』を育てたわ。
普通の植物、野菜や果物の種や苗は、太陽の光や雨や風でどんどん育っていくだろうけど、アタシ達の持つ力の『種』や『苗』はそう簡単には育たないの。
『種』は種でしかないし『苗』も苗でしかない。アタシ達が元々持ってるのは『土壌』だけで、そこには光も、雨風も肥料も無い。
それらを与えられるのは、アタシたち自身でしかないの。だから力が使えるようになりたかったら、アタシ達自身が育てるしかない。
育てて『花』を咲かせて『実』を生らせて、『樹』にする。そうして子々孫々に伝えてくの。
でも決して、決して広め過ぎちゃいけないの。
世界が変わっちゃうから。だから、それはしちゃいけない。
まあ、『土壌』を持ってなきゃ伝えようが無いから、実はそんなに問題じゃないんだけどね。
とにかく、アタシ達の持つ力はそういうものなの。
○
そこまで話してルナは、目を閉じた。
「……ひとつだけ、いい?」
「うん、何?」
静かに訊ねた俺にやわらかい笑みを向けて、ルナは小首をかしげながら先を促した。
「どうして、そういう話を僕にしたの?」
質問を予想していたのか、心を読んだのか。ルナは質問を聞き終わる前に、視線を宙に泳がせた。
「えー……とね。その質問はちょっと待っててくれるかな。もうちょっと後でちゃんと説明する事になるから」
「ん。わかった」
「ありがと」
その応えを素直に受け入れた俺に礼を言って、ルナは語りを再開した。
視線はやっぱり、月のほうへやって。
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アタシはまず『人の心の声を聴くことの出来る力』を生らせたの。
小学校に上がる前くらい、かな。だからだいたい……三年かかったわ。その力を育てながら先月まで、S市の小学校に通ってたの。
あ。使うって言っても大っぴらにできないわけだから、もちろんこっそりとね。
アタシのこの力はね、アタシと波長の合う人の心の声ほどよく聴こえるの。けど正直言って、決して良いものじゃないわ。
後々には、声を拒否する事も出来るようにもなったんだけど、最初の頃はそんな事出来なかったからね。アタシの身内やら友人やら、そこいらじゅうから引っ切り無しに聴こえてきてうるさかったなー。
それにほら、心の声だからさ、私がこういう力を持ってるって知ってるわけがない人たちのそれは、本音なのよ。だからほんと……嫌だったわ。
○
このとき俺は、コロコロと表情を変えながら過去を語るルナを心の底から「可愛いなあ、この人」と思った。
ルナはそれを力で感じ取って内心かなり照れてたらしいけど。当時の俺は、それにはまったく気付いていなかったよ。
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そ、それでね? 一時期ぜーんぜん聴こえなくなった時もあったんだけど。その時に別の力が生ったの。この力については今は省くね。
そうしてまたその力――もうめんどうくさいからわかりやすく『テレパス』って言うね。
テレパスを使えるようになってしばらくして、今年の先月。正しくは、流行性感冒症って言うんだっけ? 風邪をひいたの。
風邪そのものは大した事無かったんだけど、そうやってタカをくくってたのが悪かったんでしょうね。こじらせて肺炎を起こして、お医者さんに「S市の空気では体に悪いだろう」って言われたのと、こっちに母さんの実家があるって言う二つの理由から、アタシはこの病院に来たの。
○
「そうだったんだ……」
「うん。でね? 向こうじゃ「肺炎だ」って言われてたのに、こっちに来て診てもらったら、「小さいけど、悪性の腫瘍がある」ってハッキリ言われたの」
「それってまさか……ガン?」
「そうだったみたい。あのときはさすがに、開いた口が塞がんなかったなー」
「そんな他人事みたいに……」
「だって、もう済んだことだもの。すぐにちゃっちゃと手術して、取り払っちゃったわ。
やっぱり此処、日本でも有数の最優良病院に数えられるだけのことはあるよねー」
「…………」
どんなに小さくても腫瘍は腫瘍。腫瘍摘出という大手術の顛末を笑い混じりに話すルナに、俺のほうが開いた口が塞がらなかったよ。
「そうしてあとは体力回復させて退院するだけってなった、一週間くらい前」
そこでルナは、意図的に間を作った。
「今日から数えて、一週間前? ……あ」
「そう。智クンが、この病院に入院してきたの」