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どうしてこうなった

 ガタガタという物音に目を覚ますと、開け放たれた襖の向こうの居間に朝日が差し込み、さらにその奥の縁側で松永が立て付けの悪い木製の雨戸と格闘していた。

 「・・・。」

 寝ぼけた頭で状況を整理する。徐々に意識がはっきりしていき、視界の端で寝息を立てている月野とDを確認したところで、今の状況を思い出してため息をつく。そして、布団をどかそうとすると、左腕がやたらと重い・・・というより何かに押さえつけられているように動かない。左腕を見ると、ゴス子が腕にしがみつきながら眠っていた。

 「うおお!?お前何やってんだ!?」


 松永家の本日の朝食はご飯、味噌汁に加えて焼き魚ときゅうりの漬物。それを皆で囲んで食べている。普段、朝食は一人で適当に済ませていることを考えると、何とも言えない気分になる。

 「いやぁ、大胆だねぇ。」

 向かい合うように座る松永が、カッカッカと笑いながら味噌汁をすする。

 「死ぬほどびっくりしましたよ。」

 「死ぬほど疲れててよく思い出せないわ。ごめんなさいね。」

 「ホントかよ・・・。」

 じっとりとした目でわざとらしく申し訳なさそうにするゴス子を見る。

 「ところでメロ、ゴス子からこの後の行動聞いた?」

 Dが口を挟む。

 「廃トンネルに移動する話?」

 「そう。聞いてたんなら問題ないね。」

 

 「おかけになった電話をお呼び出し致しましたが、お繋ぎ出来ませんでした。」

 「・・・ダメか。」

 アナウンスを聞き、スマートフォンを見つめながらSUVの運転席側のドアにもたれかかる。目の前のワンボックスカーの向こうでは、軽トラに荷物を積み込む物音等が聞こえる。

 「電話繋がった?」

 ワンボックスカーの後端から松永が現れる。

 「お袋にかけたんですが・・・ダメですね。親父と妹の三人で夢のランドに行くって言ってて・・・まさかこんなことになるとは・・・。」

 「まあ、月並みな言い方だけど、まだ希望はあるよ・・・。」

 「ええ。お袋のしぶとさに賭けるとします。」

 「そうだね。」

 そう言って煙草に火をつけると、松永が愛用する煙草特有のお香のような香りが辺りに広がった。

 「ああ、そうだ。はい。メロ君、プレゼント!」

 煙を吐き出した松永が肩にスリングベルトで吊っている散弾銃を差し出す。

 「え・・・!?ああ、どうも。」

 言われるがままに散弾銃を受け取ると、慣れた手つきで本体の右側から突き出たコッキングレバーを三分の一ほど引いてチャンバー内の弾の有無を確認する。

 「・・え・・・っ、ていうかいいんですか?」

 「ふっふっふっふ・・・。」

 松永が怪しく笑いながらその場を後にする。そして、一分もしないうちに戻って来た松永の手には木製ストックを装備した古いライフルが握られていた。

 「じゃーん。」

 満面の笑みでライフルを見せびらかす。

 「うわっ!マジですか!?こんなレアな銃よく手に入りましたね。」

 その銃は戦争映画等でよく目にする旧型の自動小銃で、銃規制が厳しくなった国内では許可を持っていてもほぼ入手不可能とされているものだった。

 「猟師仲間のじいさんが引退するって言うから貰った。」

 「松永さーん!積み込み終わりましたー!」

 積み込み作業をしていたDの声が響く。

 「はいよー!じゃあ、メロ君に手伝ってもらおうかな。」

 

 縁側の前に設置されたフェンスの上から下を見ると、道路に多数の死体とバイクの残骸が転がっていた。そして、その死体に群がる数十体の亡徒。

 「ちょっと三歩くらい下がって伏せて。」

 「あ、はい。」

 言われた通り、フェンスから三歩下がって姿勢を低くする。

 「よっこいしょ!」

 掛け声とともに松永が消火器を投げ落とし、三歩下がってしゃがみ込む。

 バンッという爆発音がし、空気が揺れる。

 「よし。前へ!」

 その合図で二人揃ってフェンスに飛びついて下を見ると、三分の一ほどの亡徒が道路に横たわり動かなくなっていた。

 「密集してる所に二、三発撃ち込んで。」

 「了解。」

 そう返事をして散弾銃のスケルトンストックを肩に引きつけ、眼下で蠢く亡徒の群れに照準を合わせる。隣で松永の射撃が始まり、視界の端で次々に亡徒が転がる。そして、こちらも呼吸を合わせながらゆっくり引き金を引いた。

 銃声が響く。反動で銃身が一瞬跳ね上がり、銃身に取り付けられたフロントサイトの向こうで複数の亡徒がなぎ倒される。照準をずらし、さらに同じ要領で引き金を引く。

 「撃ち方やめ!Dちゃん、月野君、お願い。」

 松永が射撃をやめさせ、トランシーバーで指示を出す。

 

 「了解。月野、行くよー。」

 トランシーバーでそう告げると、Dは二トントラックを発進させ、門の開かれた駐車場から道路に下った。そして、月野の運転するワンボックスカーがついて来ていることをミラーで確認し、道路に転がる亡徒を踏みつけながらメロと松永の前を通過した。

 攻撃を逃れた少数の亡徒を容赦なく跳ね飛ばしながら昨日通過したトンネルに入ると、トンネル内で斜めに停車して道路を封鎖する。そして、エンジンを止めて鍵を抜き、運転席から飛び降りると、すぐ後ろまで接近していたワンボックスカーの助手席に乗り込む。

 「ありがとー。」

 「どういたしまして。」

 ワンボックスカーがトンネル内で何度か切り返しをした後、トンネルを出ると、松永の家から軽トラックとSUVが道路上に移動していた。

 「そのまま出発するよ。」

 トランシーバーから松永の声が響く。

 「了解しました。」

 そして、私たちはさらに北へ向けて走り出した。

 

 松永の家を出て数十分。俺たちは松永が運転する軽トラックの先導の下、木に囲まれた細い山道を上っている。以前、ドライブでこの道を通ったことがあるが、この先は隣県まで道幅が細くなる一方で、途中にいくつかある横道は全て封鎖されている。ただ、人里からかなり離れたここはおそらくまだ安全だ。

 「おっと。」

 軽トラックがハザードランプを点滅させて停止し、松永が下車する。そして、左前方にある横道を塞ぐ錆付いた門に向かって走っていく。

 門を開放した松永が再び車に戻って出発し、横道に入っていく。その横道は車一台がギリギリ通れる幅の草に覆われた未舗装路だった。

 慎重に運転しながら前進していると、開けた場所に出た。

 「ふぅ・・・。」

 「お疲れさま。」

 安堵のため息をつくとゴス子が労いの言葉をかける。

 辺りを見回すと、草木に囲まれた広場は車で楽に方向転換が出来るほど広く、その広場の一方に鉄格子のような門によって封鎖されたトンネルが存在していた。


 門を開けて薄暗いトンネル内に車を入れた後、松永が奥で電源を入れると、天井から吊り下げられた工事用照明が点灯する。トンネル内は二本の線路が通っており、その片側に二両編成の古い貨車が放置されていた。そして、奥側の出口は入口と同じように門があり、さらに行く手を阻むように門の外は鬱蒼とした茂みに覆われていた。

 「電気はまだ生きてるな。」

 煌々と灯る灯りを見て松永が言う。

 「電気まで通してるんですか。」

 感心したように月野が言う。

 「いや、正確には盗ってるんだよね・・・。」

 「え・・・?」

 「湧水を汲み上げたりいろいろするのにどうしても電気が必要で試行錯誤してたら・・・・・・ね?」

 「水道まで通してるんですか・・・!?」

 「快適でしょ?」

 松永がニヤリと笑う。

 

 「メロさん、随分と手慣れてますね。」

 夜。貨車の中央に設けられた大きな出入り口に腰かける月野が、工事用照明に照らされた車内でソファに座り、目の前のテーブルの上で散弾銃の分解整備を手際よく行うメロを見て言う。

 貨車内は照明、ソファ、テーブルの他に三十二インチの液晶テレビやなぜか軍用無線機まで置いてある充実っぷりだ。ちなみにもう一両の貨車は寝室となっている。

 「前から松永さんにこっそり使い方教えてもらってた。」

 口元に笑みを浮かべてメロが言う。

 「いけませんね。銃刀法違反です。」

 こちらも冗談っぽく微笑みながら言う。

 「ご飯出来たわよ。」

 ゴス子が車内を覗き込んで言う。

 「ああ。今行く。」

 組み上がった散弾銃を手に貨車を出ていくメロの後に続く。


 「私、前にネットで見たんだけど、キノコの寄生で人がゾンビ化することがあるってどっかの科学者が・・・」

 「どっかってどこだよ・・・。」

 秘密基地に来て二日目。現在地で情報収集をしなければならないのだが、テレビもラジオも当たり障りのない情報しか流しておらず、スマートフォンにいたっては全て圏外。暇を持て余した俺たちはなぜこんな状況になったかを議論していた。ウイルスの突然変異。政府の陰謀。テロ攻撃。果ては宇宙人や異世界からの侵略・・・いろいろな意見が出たが、所詮は根拠のない想像にすぎない。答えなど出るはずがない。


 三日目。ジェット戦闘機の爆音がやたらと響く。そんな中、テレビとラジオの放送が途絶えるというトラブルが発生した。

 「ちょっとDちゃん、ついて来て。」

 「はーい。」

 工具箱を持った松永がDとともにアンテナが設置してあるトンネル上部に向かう為、上へと続く通路のある奥側の出口に歩いていく。

 「ゴス子さんはテレビをお願いします。メロさんは私と車のラジオを調べましょう。」

 手分けしてテレビやラジオ、アンテナなどの受信設備まで調べるが、放送の受信を確認することは出来なかった。

 「放送局がやられたか・・・。」

 松永が難しそうな顔をして言う。

 「どうします?偵察に出ますか?」

 「いや、まだ早い。明日まで様子を見て、ダメだったら明後日に出よう。」


 四日目。結局、この日に放送が再開されることはなかった。


 「じゃあ、三時間で戻るから留守番よろしくね。何かあったら無線機で。」

 松永が固定電話の子機のような大きさの無線機を見せて言う。

 「わかりました。では、気を付けて。」

 五日目の昼。物資調達を兼ねた偵察の為、松永の軽トラックと月野とDを乗せたワンボックスカーがトンネルを出て行く。松永達を見送ったメロはゴス子とともに門を閉めて貨車に入る。

 「さて、どうなることやら・・・。」

 ソファに腰かけて呟く。

 「それは神のみぞ知るところよ。」

 「だろうな。・・・にしても三人もいないとさすがに静かだな。」

 この場所が廃トンネルであるということを神秘的ともいえる静寂によって思い出す。

 「そうね。」

 「・・・なんか眠くなってきた。」

 「少し寝たら?」

 「そうしようかな・・・。」

 「何かあったら起こすわ。」

 「ああ。頼む・・・。」

 そう言って目を閉じる。

 

 「メロ。起きて。」

 「・・・ん、どうした?」

 ゴス子に肩を叩かれて目を覚ます。

 「松永のおじ様達が戻ってくるそうよ。」

 時計を確認すると、出発から一時間も経っていなかった。

 「早くないか?」

 「異常事態が発生したらしいわ。」

 「異常事態?」

 

 数十分後。松永達が秘密基地に帰ってきた。

 「何があったんです?」

 「とにかくこれを見て。」

 車を降りた松永に聞くと神妙な面持ちでモニター付きのドライブレコーダーを差し出す。レコーダーを受け取って再生をすると、秘密基地を出発した時の映像がモニターに映し出される。

 「あー、もうちょっと先。」

 松永が横からレコーダーを操作し、早送りをする。

 「この辺りかな・・・。」

 そう言って再生ボタンを押すと、映像は松永の家の近くにあるトンネルの前で始まる。そのままトンネルに入るが、電気の供給が止まっているらしく、内部は真っ暗だ。前方を照らしているヘッドライトには時折、道路に転がる死体が映る。そして、遠くに出口の明かりが見え、徐々に大きくなる。しかし、出口に近づくにつれ、違和感を感じる。

 「ここ。」

 再び松永が横からレコーダーを操作する。

 「これは・・・。」

 トンネルの出口直前で止まった映像を見て絶句する。そこには竜川町の商店街がある筈だった。しかし、映っていたのは商店街ではなく、焼け焦げた瓦礫の山だった。

 「・・・一体何が?」

 驚いた様子でゴス子が口を開く。

 「可能性としては感染が深刻な地域への空爆かな。・・・ま、とにかく態勢を立て直さなきゃ。」

 淡々と松永が言う。

 「で、どうします?」

 「そうだね。まだ物資には余裕があるし、家に寄っていろいろ持ってきたから、それで情報収集して数日後にまた偵察に行く方向で。」


 その頃、松永の軽トラックの助手席に置かれたラジオが微かに放送を受信していた。

 「・・・こちらは日本政府です。現在、我が国を含む世界各国で未知の病原菌による大規模な感染災害が確認されております。この事態に対し、我が国を含む各国首脳は人類存続の為、大規模な消毒作戦を実施しました。なお、現在も関係機関や自治体による救助活動は続いております。国民の皆さまは自身の安全を最優先にし、冷静な行動を心掛けてください。」

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