ヒャッハー!!
「思わぬトラブルや事故の原因となりますので放送をご覧の皆様は外出を控え、各自治体の指示に従ってください。」
日本家屋の典型的な畳の居間に置かれたテレビは相変わらず嘘ともとれる曖昧な情報を垂れ流している。
「ダメだこりゃ・・・。」
居間に背を向けて縁側に腰かける白髪混じりの坊主頭をした初老の男、松永がリモコンでテレビを消すと、傍らに置かれた短波ラジオの電源を入れる。
「敬愛する元帥が主体となり、我が国が開発したウイルス兵器は今や南チョソンを始め世界中を恐怖のどん底に突き落とすことに成功した。」
同じ嘘ならやっぱり独裁国家の日本語放送の方が面白い。そんなことを考えながら日暮れによってオレンジ色に染まりゆく目の前の山々を見ていると、自らが羽織っている真っ赤なジャケットのポケットに入っているスマートフォンが振動し、着信を伝える。
「はいはい。」
「・・・ああ、もしもし、松永さんですか?」
小さな商店や民家が建ち並ぶ竜川町の商店街を脱兎のごとく疾走するワンボックスカーの助手席でSNSの通話機能を使い、松永に電話を掛ける月野。その隣では真剣な顔をしたDがルームミラーをちらちら見ながらハンドルを握っている。
「どうしたの?」
電話の向こうで松永が柔らかい口調で聞く。
「少し問題が・・・」
バツが悪そうに言いながら窓の外のサイドミラーを見る。ミラーには鉄パイプ等で武装した十数台のバイクがこの車を追走する様が映っていた。
現在、私たちは道中、遭遇した暴徒の集団にバイクで追われている。まさに世紀末な状況である。
「・・・ほう。じゃあ、そのままの道順でウチの手前にある交番分かる?」
事情を聞いた松永が淡々と指示を出していく。
「・・・分かりました。Dさん、次の交差点を左にお願いします。」
「はいよー。」
Dが迫る交差点に対して急減速をし、横転しそうになるような急旋回をする。後方を確認すると、当然のごとく追跡は続いているが、交差点を曲がり切れなかった一台のバイクがライダーとともに右手を流れる小さな川の上空を飛行していた。
背後でバイクとライダーの悲惨な着地音が響く。前を見ると、数百メートル先で右に湾曲する川と直進する道路の間に佇む、こじんまりとした白い箱型の交番が見えた。そして、瞬く間に交番の前を通り過ぎる。
「交番通過!」
通話状態のスマートフォンに短く言う。
「了解。そのまま直進して家も通過して。」
通話を切り、スマートフォンをポケットに入れると、松永は正面の庭の奥に設置されたフェンスに歩いていく。その手には箱型弾倉の着いた散弾銃と真っ赤な消火器が握られていた。
「さて・・・。」
フェンスの前に消火器を置き、外国製の煙草に火をつけて眼下を走る道路を見下ろす。
「松永さんなんて言ってた?」
「そのまま家も通過しろとのことです。」
「了解!」
車は商店街を抜け、長いトンネルに差し掛かった。夕日のオレンジとは趣の違う照明の無機質なオレンジに包まれる。そして、いくつもの無機質なオレンジを後方に見送りながら車はトンネルを抜けた。トンネルの外は先ほどの商店街とは打って変わってビニールハウスや物置小屋等が点在する農地となっていた。松永の家はすぐそこだ。
「よーし、ラストスパートだー!」
道路の左側を固めるコンクリートの壁の上に広がる森林の切れ目から、松永の家が徐々に現れる。そして、森林と森林の間に建つ家を通過する一瞬、壁の上のフェンスの内側で消火器を持ち上げる松永を見つけた。
後方を振り返ると、消火器がライダー達の前に落下し、着地する寸前で消火器が爆発音とともに爆発する。それにより、ライダーがバイクもろともなぎ倒される。投げ込まれた物は消火器の容器を流用して作られた手製爆弾だった。
「やるね。松永さん。」
車を停め、窓を開けて後方に転がるライダー達を見ながらDが感心していると、数名のライダーがもぞもぞと起き上がろうとする。しかし、大きな破裂音が響き、ようやく上半身を起こしたライダーの一人が、見えないハンマーで殴られたかのように再び道路に倒れる。
松永は発砲によって跳ね上がった照準を安定させると、薄ら笑いを浮かべながら引き金を引いた。そうして、安定、照準、発砲というサイクルを繰り返しながら次々とライダーの息の根を止めていった。
「うわぁ・・・。」
「あーあ・・・。」
仲間によって、いとも容易く行われていた残虐行為にドン引きする二人。
「・・・あ。」
フェンスの内側から夕闇で姿が見えなくなった松永が、手招きをするように懐中電灯を振っていた。
「Dさん、行きましょう。」
「・・・あ、うん。」
砂利が敷き詰められた広い駐車場に車を停めて車を降り、場内を見渡すと、松永が所有する白い二トントラックと幌付の深緑色をした軽トラックが停まっているだけで、メロ達はまだ到着していないようだった。
「二人ともお疲れー。いやぁ、人を撃ったのは久しぶりだよ。」
出迎えてくれた松永が、人の良さそうな笑みを浮かべながらとんでもないことを言っている。この人物からは度々、海外で傭兵まがいのことをしていたとか、武器を密造したことがある等の真偽不明のヤバい話を聞いていたが、先ほどのことと今の発言からして全て実話ではないかと思えてきた。
「今までの話ってマジだったんですね・・・。」
やや引いているDが口を開く。
「え?どの話?・・・お、メロ君達も着いたね。」
日が落ちてすっかり暗くなった周囲を照らすように、ヘッドライトの光を放ちながらメロの車が駐車場に進入し、ワンボックスカーの横に着ける。
「松永さん、お疲れ様です。お前らも無事だったか。」
メロが車を降りるなり、そう言って近づいてくる。安堵の表情を浮かべる顔には疲労が見える。
「メロ君、ゴス子ちゃん、おつかれ。」
「ご無事で何よりです。メロさん。」
「ゴス子、無事だったか。」
「ええ。おかげさまで。」
「よし、じゃあ、中に入って飯でも食おうか。」
松永に促され、ぞろぞろと駐車場のすぐ横にある家に向かう。
「荷物の積載完了後、一〇〇〇に現在地を離脱。俺、メロ君、月野君の順で現在地の北に位置する秘密基地に向かい、前進する。・・・以上が明日の行動だけど何か質問ある?」
居間のちゃぶ台に広げられた地図を見下ろしながら説明する松永が顔を上げて聞く。
「では、その秘密基地とはどういったものでしょうか?」
「うちで持ってる山にある廃トンネルだよ。まあ、学生の頃から三十年くらいかけてコツコツリフォームしたから快適だよ。」
「その秘密基地にはどのくらい居るんですか?」
続いてDが質問する。
「大体五日から一週間・・・まあ、状況によるかな。」
松永の説明が終わり、そこにいる全員が沈黙する。それによって食事を摂った後、すぐに眠ってしまったメロのいびきが隣の部屋から大音量で聞こえる。
「・・・うん、他に質問はないね?じゃあ、説明は終わり。ゴス子ちゃん、メロ君が起きたら今の内容を伝えてくれるかな?」
「わかったわ。」
「ところで皆、家族とかは大丈夫?」
松永の言葉に再び沈黙が訪れ、空気も重くなる。
「元から家族なんていないわ。」
ゴス子が両掌を上に向けて開き直ったように言う。
「・・・皆出掛けてて連絡が取れないです。」
そして、ため息混じりに苦笑いをして言うD。
「ダメでした・・・。」
こちらもため息混じりに言う。
「ああ・・・ごめんね。」
バツが悪そうに松永が詫びる。
「大丈夫ですよ。多分、どっかで生きてると思いますから。」
いつものように能天気に言うDだが、不安そうな目をしていた。
「私も以前、お話したように崩壊寸前の家庭でしたから・・・。松永さんこそ大丈夫なんですか?」
「俺?おじさんは天涯孤独だから大丈夫。前にも言ったでしょ?・・・・・・それじゃあ、後は明日に備えて寝ようか。」
これ以上、雰囲気が悪くなることを回避すべく松永がその場を切り、そそくさと片づけを始める。そして、それにつられるようにして各々が就寝の準備に取り掛かった。




