酷い話だ
荒田市岩岡町。隣町の竜川町に近いこの地域は森林と田んぼに囲まれたのどかな田舎町だ。その岩岡町の中心部にある県立岩岡高等学校。
一人の女子生徒が息を切らしながら校舎内の廊下を走っていた。そして、その後を追う十数体の亡徒。
「はあ・・・ッ!はあ・・・ッ!」
廊下の突き当りにある鉄製のドアを勢いよく開け放ち、外に飛び出して上履きのまま正面のフェンスに飛びつく。血の滴る左腕の痛みに耐えながらフェンスを乗り越え、亡徒がフェンスに衝突する音を背に道路に飛び出すと一台のSUVが走って来た。
「お願い停まって!!」
叫びながら手を振って助けを求めると、SUVが目の前で停止する。
「どうして停まったのかしら?」
SUVの助手席でゴス子がやや不機嫌そうに言う。
「どうしてって・・・見捨てられるわけないだろ?」
「・・・しょうがないわね。」
呆れたようにため息をつき、座席中央の小物入れからボールペンを取り出して助手席側の窓を開ける。すると、女子生徒が助手席側に走り寄ってくる。
「助け・・・うあっ!かは・・・ッ!」
助けを求める女子生徒が突然奇声を発する。
俺は目を疑った。ゴス子が左手で女子生徒の胸ぐらを掴み、右手に握ったボールペンを女子生徒の左目に深く突き刺していた。そして、ゴス子は手を放して動かなくなった女子生徒を道路に落とす。
「な・・・、え・・・?」
正気の沙汰とは思えないゴス子の行動を前に、それだけの言葉を絞り出すのが精一杯だった。
「噛み傷があったわ。もう助からない。だから殺したの。」
「だからって・・・なんでそんな・・・ッ!」
ゴス子が素早く小物入れからボールペンをもう一本取り出し、メロの左目に当たるギリギリの位置で止めて発言を遮る。
「なんでそんな簡単に人が殺せるのか?・・・とでも言いたいのかしら?それは私の闇がそうさせてるの。生き延びたければ感染者が誰であろうと息の根を確実に止めろって。」
「私の闇?今、そんな中二キャラをやってる場合か?少しは素に戻ったらどうなんだ・・・!?」
ボールペンを握る手を掴んで下げさせながら声を絞り出す。
「素?これが私よ。戻るところなんてないわ。」
狂気交じりの微笑みを浮かべながらそう言い、顔を近づけて真顔で続ける。
「いいこと?メロ、今の私たちには誰かを救う力なんてないの。心優しいあなたにとって残酷なことはよく分かるわ。でも、今は耐えて。それが多くの人々を救うことに繋がることを私は信じてる。」
今までに見たことのないゴス子のまっすぐな瞳が俺を見つめる。
「ちくしょう・・・。」
全身の力が抜け、顔を伏せて呟く。
「もうすぐ日が暮れるわ。急ぎましょう。」
「・・・。」
顔を上げ、ハンドルを握り直すと左に旋回しながら発進する。
「何してるの?」
「コーヒーが飲みたい・・・ああ、しまった!」
混乱した気持ちを落ち着ける為、コーヒーと漫画を買おうとすぐ左手にあったコンビニの駐車場に入るが、今はそういうことが出来る状況ではないことを思い出す。
「・・・わかったわ。行きましょう。」
俺の気持ちを察したゴス子がため息をついて同意する。
コンビニの店内はBGMが流れてはいるが、客はおろか店員もいない。
逃げたのだろうとさほど気にも留めず、入り口の正面奥にあるホットドリンクコーナーに向かうと、右側にあるレジカウンターの奥から物音がする。チェーンソーを握り直してゆっくりカウンターを覗き込むと、手足と口をガムテープで巻かれた小太りの若い男が床でもがいており、目を見開いて何かを訴えていた。
「きゃっ!」
背後にいるゴス子の短い叫び声とカランカランという金属音が響く。
驚いて振り返るとグレーの作業着を着た中年の男がゴス子を羽交い絞めにし、カッターナイフを首に突き付けていた。足元にはマチェットが落ちている。
「チェーンソーと車のキーをそこに置け。」
男が要求する。
どうやら店員を拘束したのはこの男のようだ。
「・・・分かった。」
ため息をついて要求通りにチェーンソーとキーをレジカウンターに置く。
「よし、出ていけ。後は好きにしろ。」
男が無精ひげの生えた顎で促す。
「その前に女を解放しろ。」
「ダメだ。こいつは俺の物だ。」
下品な微笑みを浮かべながら男が言う。
「武器も車もくれてやるからその女だけは返してくれ。」
「ダメだ。早く出ていけ。」
俺は軽率な行動をとった自分を呪いつつ、全力で打開策を考えた。その時、あるものが視界に入った。
それは左目にボールペンが突き刺さった女子生徒の亡徒だった。彼女はふらふらと開け放たれたコンビニの入り口へ向かっていた。入り口に背を向けて立っている男は全く気付いていない。
「頼む。車には物資も大量に積んである。だから女だけは勘弁してくれ。」
交渉を続け、時間を稼ぐ。
「ダメだっつってんだろ!こいつを殺すぞ!」
男が吼え、その声に反応して亡徒が倒れ込むような走り方をして男の背後に急接近する。
「メロ、私に気にせずこのゲスを殺して。」
「大丈夫。もちろん殺す。」
微笑みを浮かべてゴス子にそう言った後、男を睨みながら中指を突き立てる。
「くたばれ。ゲス野郎。」
そう言い放った直後、亡徒が男の肩口に喰らいつく。
「あああああああ!!」
叫び声を上げる男の隙をついてゴス子が腕を振りほどき、渾身の力で男に体当たりをする。男がバランスを崩し、亡徒もろとも後ろにひっくり返る。そして、俺はズカズカと大股で倒れた男に歩み寄り、男を蔑んだ目で見下ろすゴス子の足元に落ちているマチェットを拾うと、そのまま高く振り上げる。
「た・・・頼む!助け・・・が・・・ッ!」
助けを求める男の頭に容赦なくマチェットを振り下ろし、そのまま亡徒共々滅多打ちにする。
「ふん!一丁前に脳みそが入ってやがった。」
原型を留めないほど頭部がズタズタになった死体を見下ろしながら吐き捨てる。
「あらあら。どうしてそんな酷いことが出来るのかしら?」
ゴス子が薄ら笑いを浮かべながら言う。
「うるさいよ。・・・すまなかった。」
ゴス子にマチェットを返し、レジカウンターの奥にいる店員を解放する。
「・・・ありがとうございます。」
店員が安堵の表情を浮かべる。
「とりあえずコーヒーのSください。」
「はい、どうぞ。」
レジスターの横に重ねて置かれたドリップコーヒー用の紙コップを一つ取り、カウンターに置く。
「どうも。」
支払いをするため、ポケットから財布を取り出す。
「あー代金は結構です。僕ももう避難しますんで、欲しい物があったら持ってってください。」
「これで最後よ。」
「はいよ。」
ゴス子から日用品や食料品などが大量に入った買い物かごを受け取り、二人の荷物と商品の入った複数の買い物かごが載せてあるSUVのラゲッジスペースに積み込む。
「じゃあ、僕はもう行きます!二人ともお気をつけて!」
駐車場の端に停めてある軽自動車の窓から店員が手を振りながら大声で言い、駐車場から出ていく。
「そちらもお気をつけて!」
手を振りながら軽自動車を見送り、ラゲッジスペースのドアを閉めて車に乗り込む。
「全く・・・酷い目にあったわ。」
助手席でゴス子が言う。
「も、申し訳ないです・・・。」
「まあ、思わぬ収穫と勇敢なあなたが見れたからこれ以上は言わないわ。」
「それって褒めてる?」
「好きに解釈してくれて結構よ。」
「そうする。」
口元に笑みを浮かべて答える。
オレンジ色に染まりつつある風景の中、俺たちはコンビニを後にした。




