死ぬかと思った
複数の中規模工場が立ち並ぶ松川市工業地帯。この地域は工業地帯という特性上、大型トラックが頻繁に通行しやすいように道路は基本的に広く作られている。しかし、この状況下では乗り捨てられた車や事故車などが多数放置されており、非常に通行しにくい状態だ。
そんな状態の道路を一台の青いスポーツカーが無造作に停められている放置車両を縫うように回避しながら猛スピードで走っている。そのスピード故についてしまったであろう擦り傷が車体にいくつもあった。
「Dさん、しばらく道なりです。」
スポーツカーの助手席に座る眼鏡の若い男、月野がDと呼ばれた運転手の若い女に指示を出す。
「了解~。ところでさ・・・」
Dが返事をし、話を振る。
「はい?」
「なんでまた軍服なんて着てるのさ?」
月野はなぜか深緑色をした帝国陸軍の制服を着ていた。しかも腰には軍刀を携えている。
「それは・・・あ。」
車の進路上に人を発見し、言葉を飲み込む。しかし、Dは回避する素振りも見せずに直進し、ボンネットですくい上げるようにして後方へ跳ね飛ばす。
「亡徒だった。」
「お見事。」
そう言ってサイドミラーで亡徒が道路に叩きつけられる様を見ながら親指を立てる。
「あー、それと、歯を食いしばって。」
「はい?」
Dの突然の言葉に再び正面を向くと、前方の交差点を横切る幹線道路で渋滞が発生しており、道を塞いでいた。そして、その渋滞に対して車は減速をするどころかどんどん加速している。
「あの・・・Dさん?」
瞬く間に渋滞に接近し、列に並ぶ車のドライバーの顔がはっきり見えたところで凄まじい衝撃とともに視界が真っ白になり、そこで意識が途絶える。
「・・・きの・・・。」
真っ暗な世界で微かに誰かを呼ぶような声が聞こえる。
「月野!起きて。」
Dの呼びかけに目を開くと、真っ白な世界。頭が冴えてくるにつれてそれがしぼみかけた真っ白なエアバッグだと理解する。そして、体中に痛みを感じながら視線を上げると、そこは工業地帯の先にある天童川堤防沿いの住宅地だった。
「多少無茶したけど、どうにか抜けられたよ~。」
能天気に伸びをするDを見ながら意識が飛ぶ前後のことを徐々に思い出し、ふつふつと殺意が沸く。
「失礼ですが、ぶん殴ってもよろしいでしょうか?」
ゴス子さんほどではないが、時々この人の常識を疑うことがある。
「勘弁してよ~。あたしだって愛車が壊れて気が立ってるんだからさ~。」
派手にひしゃげたボンネットとエンジンルームから上がる白煙。車内からでも衝撃の凄まじさが理解できる。
「いや、あなたが壊したんでしょう。」
「・・・。まあ、とにかく新しい車を探そ。」
そう言うと、後部座席に放り投げてあった釘バットを片手にDが車外に出たので、私も車を降りて祖父から貰った腰の軍刀を抜く。視線の先にはこちらに歩を進める作業着を着た職人風の亡徒が二体。
「ねえ、月野。あの車なんてどうかな?」
Dが亡徒のいる方向を釘バットで指す。その方向を見ると、亡徒のさらに先で道路を外れて停車している白いワンボックスカーがあった。
「いいですね。行きましょう。」
左手の中指で眼鏡の位置を修正し、軍刀を両手で構えると、数歩前に出て亡徒を間合いに入れる。そして、一気に踏み込んで亡徒の喉を一気に突き刺す。
「とりゃー!」
Dが掛け声とともにもう一体の亡徒に飛びかかり、渾身の力で釘バットを脳天に振り下ろす。
隣で響く鈍い音を聞きながら、私は力無く倒れる亡徒の動きに合わせて剣を引き抜いた。そして、横を見ると、Dが一心不乱にうつ伏せで倒れている亡徒の後頭部を釘バットでメッタ打ちにしている。
「Dさん。それ、もう死んでますよ。」
「はぁ、はぁ、・・・ああ、そう・・・。」
殴るのをやめ、激しく肩で息をしながらそう答える。
「荷物の積み込み終わりましたよ。」
そう言ってワンボックスカーの助手席に乗り込み、ドアを閉める。
「ありがとう。鍵と燃料もOK。いつでも出発できるよ。」
「後ろに工具を満載してるところを見ると、この車は彼らの物で間違いなさそうですね。」
外に転がっている職人風の亡徒を見る。
「工具好きの松永さんへの手土産にありがたく頂戴しよう。」
「ええ。では、行きましょうか。」
「あ、その前に・・・。」
何かを思い出したようにDが車を降り、大破したスポーツカーに歩いていく。
「忘れ物ですか?」
車を降り、Dの後を追う。
「今までありがとう。こんな形で最期を迎えさせちゃってごめんね・・・。」
Dは愛車に最期の別れを告げていた。
「・・・。」
「でも、安心して。こんな無残な姿をここで晒し続けるなんて惨めな思いはさせないから。」
そう言ってドアを開け、給油口を開ける。
「ん?」
Dがつなぎのポケットからライターとぼろ布を取り出す。
「まさか・・・!?」
Dが給油口にぼろ布の先端を挿入したのを確認した瞬間、振り返ってワンボックスカーに猛ダッシュした。Dはスポーツカーを火葬する気だ。
スポーツカーから死角になるワンボックスカーの前面に滑り込むと、すぐにDも飛び込んで来た。そして、爆発音が響き、ワンボックスカーが揺れる。
「さよなら・・・。」
数メートルの火柱を上げ、激しく炎上するスポーツカーを見ながら悲しげにDが言う。
「全く。とんでもない無茶をしますね。」
「ごめん。さすがにやりすぎたと思ってる。気を付けるよ。」
「そうしてください。」
そして、二人はワンボックスカーに乗り込み、その場を後にした。
天童川の堤防道路上にある広い待避所に停車するワンボックスカー。
「どんな感じ~?」
小型の双眼鏡で周囲を見回す私にペットボトルのお茶を飲むDが聞く。
「ダメですね・・・。」
川の向こうに行く為、先ほどから見える範囲全ての橋をチェックしているが、その全てが封鎖か混雑でとても通れる状態ではなかった。無理もない。この辺りは海に近く、川幅が非常に広い為、そこに掛かる全ての橋は基本的に幹線道路となっている。
「もう少し上流に行った方が良さそうです。」
「じゃあ、上の方に行きますか。」
そう言ってDは車を発進させた。
「ショートカットだー。」
Dは楽しそうに堤防を河川敷側へ下り始めた。そして、堤防から河川敷の未舗装路に到達した瞬間、車が急加速して体がシートに叩き付けられる。
河川敷には上流から河口付近まで伸びる長い未舗装路と野球場や公園、サッカーグラウンド等がある。その未舗装路をラリーカーのごとく土煙を上げながら疾走するワンボックスカー。
運転席で鼻歌交じりにハンドルを握るDの横で私はのほほんとみかんを食べている。傍から見ればシュールな光景だ。
「あ・・・ッ!」
「ん?」
Dが突然放った声に視線をみかんからDに移そうとするも、強制的に顔が前を向く。Dの声の理由を理解した。大きく右に湾曲した道に対し、車は明らかなオーバースピードで進入していた。
「あ・・・。」
カーブの外に広がる背の高い草むらが迫る。
「・・・ッ!」
Dがハンドルを大きく右に回し、サイドブレーキを強く引っ張り上げて瞬時に下ろす。強烈な横Gとともに車が横を向き、ジャリジャリという音を立てながら滑っていく。エンジンが激しく唸り声を上げていることからDはコーナーをドリフトで抜けるつもりらしい。
「行っけぇぇぇぇ!」
コーナーの出口を睨みながらDが声を上げる。しかし、その声も空しく車は真横から草むらにめり込んでしまった。
「あっちゃー・・・月野。大丈夫?」
Dに聞かれて体を見ると、手元のみかんが無くなっていた。
「みかんが無くなってしまった・・・。」
「大丈夫だね。」
そうさらりと言ってDが道路に復帰する為、ハンドルを回す。突っ込んだ場所が草むらだったおかげで車へのダメージは無かったようだ。
「うわあああ!!」
車内に叫び声が飛び込んできた。外を見ると、紺色のランニングウェアを着た男が青々とした芝に覆われた堤防を転がり落ちていた。そして、その後を追って数十体の亡徒が雪崩のように堤防を転がる。
「まずい!」
背の高い草を押しのけるようにドアを開け、外に飛び出そうとするが、Dに腕を掴まれて制止される。
「ダメ!助けられない・・・ッ!」
悲痛な顔で見つめるDの向こうで餌を与えられた鯉のように亡徒が立ち上がろうとする男に群がる。
「・・・ッ!」
思わず目を背ける。
「ぎゃああああああ!!」
そして、響く絶叫。
「行こう・・・。」
「はい・・・。」
Dに促され席につくと車はゆっくり動き出した。
「もう少し行けば伊庭橋にぶつかります。」
地図を確認しながらDに情報を伝える。
川というものは基本的に上流に行くほど川幅が狭くなり、当然広い河川敷も無くなる。勿論、天童川も例外ではない。月野達は天童川上流にある田舎町、竜川町を走っていた。
この辺りは畑が多く、民家もまばらで住民たちも既に避難を終えたのか不気味なほど静かだ。
「あの信号は?」
前方のなだらかな上り坂の上に信号機が顔を出している。地図によるとこの先は三叉路だ。
「右です。」
「はいは~い。」
コンクリートに覆われた山肌沿いの道に合流する形で三叉路を右折し、数百メートル走ると、右手に巨大な虫かごのような鉄橋の入り口が現れた。
封鎖も混雑もしていない。
「やった。通れる。」
「これで一安心です。」
安堵のため息が漏れる。そして、月野とDを乗せたワンボックスカーは鉄橋を渡る。




