人間が大好きな吸血鬼、の弟。
吸血鬼、それは人間の血を吸って生きる鬼である。
真夜中に訪れ人を惑わす、ヴァンパイヤという名前を聞いたことがあるのではないだろうか?
ハロウィンなどで仮装したりする人も、多く見かけるだろう。
鋭い牙を持ち、真っ黒なマントで身を包み、口から赤い液体を垂らしている姿。
他の地域などでは物に乗り移るという付喪神にも似た言い伝えがあるそうだが、絵本などでは人間の姿で描かれている事が多い。
ある少女が読んでいる絵本に出てくる吸血鬼も、人の姿をしていた。
人間に害を及ぼした吸血鬼が悪者で、退治されるという何処にでもあるような物語。それを真剣な眼差しで見つめる少女の、双眼のガーネットで出来た瞳はとても美しい。
腰まで伸びた艶のある黒い髪の毛、雪のような真っ白い肌に、薄紅を落とした頬と唇。
まさに、絶世の美女。
彼女は華奢で小さな体をソファに身を委ねながら、時に微笑んで、時に辛そうな顔をして、最後には決まって肩を落としていた。
彼女の弟はそんな姉の姿を見ながら、血の混じった紅茶を口に含んだ
口の中が切れていたため血が混じったのではなく、元から、意図的に血を混ぜた紅茶。
ティーカップの中の液体は少し赤く、透き通るように綺麗な色だ。
彼にとっては、最高の馳走。
しかし、肩を落としている姉がいるというのに楽しめる筈もない。
一つ溜息を吐いて、手に持っていたティーカップをソーサーに置いた。
落ち込むくらいなら、見なければいいのに。
新しく持ってきたティーカップの中に紅茶を注ぎ、角砂糖を一つ転がし入れる。
ティースプーンでそれをかき混ぜてからソーサーにティーカップを乗せて、落ち込んでいる姉の目の前にそれを置いた。
「・・・血、入ってないよね」
「当たり前でしょ」
姉の問いに返答すれば、姉は乱暴にティーカップを鷲掴み、豪快に中身を飲み干した。
いつもはちょっとずつ、チビチビと飲んでいるため、姉の行動に目を丸くせざるをえない。
親父のような声を出してから、中身の無くなったティーカップをソーサーにそぉっと戻し、姉は豪快に机を叩いた。
優しくティーカップを戻したのは壊れない様にだろう。
そこは気を使うんだ・・・。そう思いながら姉を見てみると、大きく息を吸っていた。凄く嫌な予感しかしない。
その予感は的中した。
「なんで、吸血鬼は悪役なのよおおおおお!!」
その叫び声と共に、外の木で羽根を休めていたコウモリ達が飛び去っていく気配を感じる。耳の鼓膜が破れそうな程の声に思わず耳を塞いだ。
コウモリ達、ごめんねと心の中で謝っておき、号泣し始める姉を横目にソファへと腰を下ろす。
ブランケットで顔を隠しながらずびずびと泣く姉、それ俺のブランケットなんだけど。
「王子様と結ばれたっていいじゃない・・・吸血鬼だって女の子なんだもん・・・」
・・・そう、姉は、王子という者に恋い焦がれる、吸血鬼なのだ。
別に不思議なことではない、他の吸血鬼だって王子様と結婚したいとか言っている。
やはり格好いい吸血鬼の元で暮らすというのが理想なのだろう。
ただ姉の場合、相手が人間の国の王子様なのだが。
人間からしてみれば、吸血鬼とは出会ってはいけないアンデット族なのにも関わらず。
姉は、吸血鬼の出来損ないだと言われている。
血は飲めない、日光に当たっても弱らない、ロザリオを持っていても平気。その特殊な体は同族に嫌われ、この森の奥深くへと追いやられてしまったのだ。
両親は姉だけを捨てて行こうと言って血の飲める俺だけを連れて行こうとしたが、俺は行かなかった。
こんな姉を置いて行けるか。
今もべそべそと泣いているこの姉を。
とまぁ、そんな訳で出来損ないと言われた姉は吸血鬼を嫌い、人間が大好きになった。
自分と同じように太陽が好きで、野菜を食べ、神様を信仰する人間に・・・。
「うわぁぁああん!太陽に焼かれてやるー!」
「ちょ!?待ってよ俺も居るんだからって、うわあああああ!」
遮光カーテンを思いっきり開けられて、陽の光が室内に入ってきた。
俺達姉弟は、人間と同じように朝起きて夜寝るという生活をしているため、普通の吸血鬼である俺も日光耐性は少しだけある。少しだけ。
長時間当たり続ければ動きは鈍くなるし、ずっと当たれば干からびるのが当然だ。
ああ、焼ける、弟が灰になってしまってもいいのか姉よ。
「あ、ごめん!そうだよね、リオは普通の吸血鬼・・・だもんね・・・」
「ちょっと、俺も傷付くんだけど」
「・・・ごめん」
リオとは俺の名前である。姉の名前はリコだ。
・・・やっぱ俺は、普通の吸血鬼だから、姉さんを苦しませてるのかな。いっそ俺は居ない方がいいのかもしれな__
・・・なんてね。
さて、そろそろ昼頃かな。
「街に行って果物売ってくるから、留守番よろしくね」
俺達は仕事というものがないので、街の店などに森の果物を売って生活をしている。
売って貰ったお金などはロウソクや茶葉を買ったり、生活用品を買ったりと使っていて。余ったお金などは自然を守ってくれているエルフなどに、お菓子などを買ってあげたりして恩を返していた。
果物はエルフに育てて貰っているし、ドリュアスという木の精霊にもお世話になってるからな。
「え!?リオ、街に行くの!?いいなぁ・・・」
「姉さんはダメ、ついこの間体壊したでしょ」
俺たち吸血鬼は、人間の血に混じっている生気を奪って生きている。
しかし姉は血が飲めない、生気を人間から奪えないのだ。
そのため果物や野菜に入っている生気を取り、今まで生きてきた。だがまぁ、野菜などに入っている生気なんて高が知れている。
姉さんの体は弱っていく一方で・・・。
「今度、天気が曇りの時に連れて行ってあげるから。今日は俺一人で行ってくる」
「・・・わかった、気をつけてね」
にっこりと、花が咲くように笑う姉。その笑顔を見て心からほっとした。
街は遠いため、体力を消耗すれば姉が倒れてしまうのではないかと心配だったのだ。
俺はソファから腰を上げ、街に出る仕度を始める。
日光を遮る特殊な黒いコートを着てフードを被り、真っ白な手袋をして。リュックに売り物の果実や野菜を入れて背負い、俺は家を出た。
窓からこちらに手を大きく振る姉の姿をみて、俺も軽く手を振り返す。
あぁ、憎たらしい太陽め。俺を焦がしてくれるなよ?
これは、血が飲めない姉とその弟の、何処にでもありそうな物語である。