第六章 『執着』の「終着点」
何かに固定されているという感覚から神奈は驚き意識を覚醒させた。周りを見渡してみると、そこは裁判所に近い構造の部屋で、不気味なヌイグルミが数多く鎮座していた。神奈の頭上にはギロチンがあり、その刃は鈍い光をたたえていた。もはや現実離れした現状に神奈は恐怖心を抱いくと、混乱したまま隣で神奈と同様に固定されて身動きが取れていない晃と玄武に声をかけた。
「二人とも、大丈夫!?これは何!!?何が起こっているの!?」
「神奈ちゃん、目を覚ましたんですね!よかった。」
「おい!!晃!!一人で先に神奈ちゃんと話してんじゃねぇよ!ずるいだろ!」
「今はそんなこと言い合っている場合ではありません。ギロチンが頭上にあるということは、今私たちは処刑にかけられているということになります。」
「処刑……!?そんな…何で!」
何とか抜け出して夜神と合流しなければと神奈は暴れまわるが、拘束から抜け出すことは出来なかった。首を切り落とすつもりでしっかりと首が固定されているため、彼女たちは思うがままに顔も動かすことが出来ず、ただ身じろぐことしか出来なかった。そんな三人に対して更なる追い打ちをかけるべく、遂に彼女たちをこの処刑場に放り込んだ元凶が姿を現した。
「ようやく目覚めたのね。イケニエさん☆ようこそ私の処刑場へ!!」
「「「桐条さん!!!」」」
断頭台に固定されて身動きがとれない三人の前に現れた桐条は、先ほどの無邪気ともいえるあの笑顔からは想像もつかないくらい艶やかな笑みを浮かべると、ドレスの裾をつまんで丁寧にお辞儀をした。不気味なヌイグルミに囲まれて行ったその優雅な動作はどこか狂気じみており、より一層の恐怖を神奈たちにもたらした。晃は、恐怖のあまり声をだすことすら叶わない神奈に一瞥をくれるものの、すぐさまその視線を桐条に戻して、胸のうちでくすぶる疑問を彼女にぶつけることにした。
「桐条さん、あなたは何が目的で私たちを拘束し、このような舞台に連れてきたか教えていただけますか?」
「簡単な話だよ。私はこの街に奇病『幻惑』をもたらした『八天罪』の一つである「執着」。その力を維持し続けるために毎年イケニエを食らう必要があるの。」
「………!?あの世界を悩ませている奇病の正体……………それに『八天罪』って!?」
「あら?知らないの?…まぁ無理もないわね。今世間を騒がせているのは奇病であってそれを蔓延させている存在に焦点を当てている人間は極一部だもの。知らなくても不思議はないわ。」
桐条はうんうんと何度も頷くと、晃に年相応の「無邪気な笑み」を向けて晃の質問に答えた。
「『八天罪』は世界に散らばる核の一つで、世界に奇病を蔓延させる存在というべきかな?あはははは!!!!まさに死神にふさわしい所業だよねぇぇぇぇえええええええええ!!!」
「……!何故そのようなことをするんですか!?むやみやたらに奇病をもたらして何の意味があるんですか!?」
「あはは、そこまでは教えられないかな?下等生物は一生混乱してなよ。まぁ………もう知る機会も一生ないと思うけど。」
桐条が右手を軽く上げるとギロチンを支えているロープの隣に、でかい斧を握りしめているヌイグルミが現れた。桐条はいっそ残酷なほど綺麗な笑みを浮かべると絶望の表情に染まっている三人に手を振った。
「 ばいばい 」
斧が振り下ろされる。
そのままロープを切ってギロチンが三人の首を刎ねる………
はずだった。
「ふざけんじゃねぇぞ、外道女。」
突然処刑場の扉を蹴り破って現れた乱入者はすさまじい跳躍力断頭台の前に降り立つと、握りしめていた木刀をふるって、斧を振り下ろそうとしたヌイグルミの首を切り落とした。鮮血の如く舞い散る赤い絵の具を浴びた乱入者は舌打ちをこぼすと、焦りの表情を浮かべている桐条に木刀の先端を突き付けて言い放った。
「これで終わりだ、『八天罪』さんよ。」
「夜神君…!!!」
「夜神さん!!」
「夜神!!」
夜神は、予想外の事態に桐条が身動きを取れないうちに木刀をふるって三人を固定していた断頭台を切り刻んで仲間を救出した。三人はすぐさま脱出すると、武器を構えて夜神の隣に並んだ。神奈は銃口を相手に向けながら、隣に立つ夜神に申し訳なさそうな表情を浮かべながら謝罪をした。
「ごめんなさい、夜神君……あんなに私たちに依頼を受けないように言ってくれたのに……」
「過ぎたことはもういい。それよりも自分の命を心配しろ。」
「う、うん!」
夜神は淡々と神奈にそう返すと、状況をようやく把握してきたのか。悔しげに顔をゆがませる桐条に向けて夜神は嘲笑を向けると、嬉々としながら言い放った。
「てめぇの計画は頓挫した。もう『幻惑』もかけさせないし、『犠牲者』も出さない。ここでてめぇの悪事に引導を渡してやるぜ!!」
「……ふん、私にはまだ優秀な手下がいる。まだあなた達全員の無事が保証されたわけじゃないわ。」
「ああ、まだわからないのか。『八天罪』って仰々しい名を名乗っても結局はその程度ってことか。」
「…………何が言いたいのかしら?」
「物はついでだ。教えてやるよ。妹のために命をささげたお前の可愛い手下だが……
あいつ、俺に寝返ったから♪」
「…………!?」
まさかの宣告に桐条は硬直した。しかし彼女の悪夢はそれだけにとどまらなかった。次に夜神が吐き出した言葉は、桐条にとって死刑宣告に等しい言葉だった。
「その可愛い手下は………
今頃可愛い妹を連れだしてるんじゃねぇかな?」
「うそ……うそだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
桐条の発狂とともにヌイグルミたちが牙をむいてくる。夜神と晃はもっていた武器で全て切り捨てると、夜神は神奈に、晃は玄武にそれぞれ声をかけて、処刑場から逃げ出した。
暗い廊下を必死になって駆け抜け、扉を無理やりこじ開けて食堂に逃げ込んだ一行は、テーブルクロスが敷かれているテーブルの下に隠れて一息をついた。玄武は呼吸を整えると、同じく呼吸を整えている夜神にずっと感じていた疑問を投げかけた。
「そういえば夜神、どうしてお前は俺たちがここに捕らわれているって分かったんだ?」
「紫苑のおかげだ。あいつが俺に、お前たちは処刑場にいるって教えてくれたんだ。」
「白夢が?彼はあの女の仲間じゃなかったんですか?」
「裏切ったんだ。あいつもあの外道女の犠牲者に過ぎない。」
「そうなんだ……」
夜神は未だに彼女の指示も聞かず、敵の罠にはまってしまったことに罪悪感を抱く三人の様子を見て、呆れたように肩をすくめると、軽く三人を小突いて言葉を発した。
「別に俺は気にしてない。今はこの城から脱出することだけを考えろ。」
「「「……」」」
「さて、今回俺らがやるべき点はたった一つ、桐条の心臓を見つけてそれを燃やすことだ。」
「心臓って……あの子に攻撃しても無駄ってこと?」
「ああ、この城のどこかにある桐条の心臓を燃やすことが出来れば、この悪夢のような城から脱出できるし、この街を苦しめていた奇病『幻惑』を消失させることが出来る。いいことづくめだ。」
「ならさっそく行動したほうがいいな。あの発狂した狂人が何をするか見当がつかない今、急いで行動した方がいいだろう。」
「玄武の言う通りだね。なら急いで……」
ガチャ
「「「「!?………」」」」
四人に緊張が走る。夜神は酷い息苦しさを覚えながらも懸命に耐えて、ただ息をひそめ続けた。最初は室内に入って来た人物が誰か分からなかったが、聞こえてきた声に四人の緊張はピークに達した。
「…………どこ?どこにいるの?あいつらはどこ?そこにいるの?…………殺さなきゃ、殺さなきゃ、早く、早く、あの子を見つけなくちゃ、……わたしとあの子はずっと一緒なんだから。あの子は私のなんだから、あの子は私の、あの子は私の、あの子は私の………」
足音が遠のいていく。四人は張りつめていた緊張を一気にほどくと、互いに顔を見合わせる。すると夜神は神奈たちの様子がおかしいことに気が付いて、顔色を変えて三人に詰め寄った。
「!……どうしたんだ?顔色が悪いぞ!?」
「ごめん夜神君……なんかすごく体が重くて………」
「私もです……」
「俺もだ………」
「…………まさか、『幻惑』!?」
あれだけ『幻惑』の元凶である『八天罪』に急接近したのだ。彼女たちはいつ発症してもおかしくなかったのだ。だが、三人同時にかかるとは予想外だった。病人を酷使するわけにもいかないため夜神は三人に横になるように指示を出し、ぐったりとする三人に言い聞かせた。
「お前らはここで待機していろ。いいか?絶対ここから出るな。」
「夜神君……!」
「俺を信じろ神奈。大丈夫だ、絶対戻る。」
その言葉を最後に、夜神はテーブルの下から抜け出て、そのまま食堂から出て行った。神奈は動けない自分に歯がゆく思いながらも、一筋の涙を流しながらただ只管夜神の無事を願い続けたのであった。
~・~・~・~
「もう少しだ、もう少しで自由にしてやれるからな。がんばれ、音野。」
白夢は秘密の部屋から音野を連れだすと彼女を背負いながら螺旋階段を駆けのぼっていく。夜神には伝えなかったが、実は白夢は桐条の心臓がある場所を知っていた。しかし、これ以上夜神に責任を負わせるつもりなどなかった白夢は自らの手で終わらせるために、あえて彼女に心臓がある場所を伝えなかったのだ。
「はぁ…………はぁ………!!」
頂上に近付くにつれて、心臓が鷲掴みにされるような痛みに襲われる。きっと、あの魔女が原因だろう。対価に心臓をうばったあの魔女は、きっと裏切った白夢を許すはずがない。唯一の救いといえば彼女の魔法は、特定の範囲外にはあまり大きな影響をもたらさないことだろう。白夢は桐条が近くにいないうちに階段を登り切ってしまおうとスピードをあげる。
死んでしまった妹のために……
どうしようもない男のために命懸けの依頼を受けてくれている男勝りの女のために……
(俺は…負けない!!!)
頂上まであとわずか、白夢がラストスパートをかけようとしたその時であった。
「「「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!」」」
「!!!?」
白夢の行く手を阻むかのように、大量のヌイグルミが前方から現れたのだ。まさかの展開に白夢は言葉を失い、自分では妹を救うことが出来ないのかと半ば諦めの気持ちが心の中でよぎった…その瞬間、
「行け!!!紫苑!!」
「!夜神さん……!!!」
夜神が駆けつけてきてくれたのだ。彼女は颯爽と白夢の前に躍り出ると、木刀をふるいヌイグルミの大部分を一瞬にして消し去ったのだ。紫苑は彼女に礼を述べると、夜神がヌイグルミの注意を引き付けている間に一気に駆け抜けて頂上の間の扉に体当たりをかまして無理やりこじ開けた。そんな彼の姿を見送ると、夜神は彼女を取り囲んでくるヌイグルミをにらみつけると、「悪鬼羅刹」の如く、すさまじい殺気を放って言い放った。
「かかってこい、あまり俺を退屈させるなよ。」
~・~・~・~
扉をこじ開けて白夢は最上階の部屋へと足を踏み入れた。室内はとても質素な作りをしていてどこか物足りない、生活感のない部屋だった。白夢は静かに、足音をたてることなく部屋の中を進むと、中央のテーブルにある宝箱をそっと開けた。
中に入っていたのは………
「動くな。」
「!」
部屋の入口に魔法陣がはられ、そこから桐条は姿を現した。彼女は烈火のごとく、怒りに満ちた表情を浮かべながら力強い声で言い放った。
「よくも裏切ってくれたわね紫苑!!!お前はもう用済みだ!死ねぇ!!!」
「っ!!?」
ドクン
心臓が握りしめられた。呼吸がままならなくなり、彼は膝をついて倒れ伏せた。しかし、彼の瞳に宿る闘志は未だに尽きていなかった。
「ま……け………………るか……………!!」
「!」
「た…いせ………つ…な…………妹……を…た…すけ……る…まで…は…」
「や……やめて……!」
白夢は小さく炎の魔法を詠唱すると、握りしめていた宝箱の中身―花冠-にその魔力をぶつけた。彼の口元には笑みが浮かんでいた。
「あ、あなたがそれに火をつけたら音野もあなたも死ぬのよ!?それでもいいの!!!?」
「もう、迷わない。」
白夢は最後の力をふりしぼって立ち上がると、苦しみを振り払うように力強い声で宣言した。
「俺はどうせお前に殺される。妹だって、こんな生き方を望んでないはずだ。
唯一の兄妹だから分かる。
このまま操り人形を演じるくらいなら、人殺しに加担し続けるくらいなら、
ここで終わらせる。」
白夢は花冠に火をつけると、すがすがしい笑みをうかべて、魔女に言い放った。
「俺の物語は………ここで終焉だ。」
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
~・~・~・~
「………!」
ヌイグルミたちが次々と糸が切れた人形のように倒れていく。夜神は乱れた呼吸を整えると笑みを浮かべて呟いた。
「終わったか……」
禍々しい気配が消えていくのを肌で感じた夜神は、そのまま白夢が入った部屋に入室して彼が床に倒れ伏せている姿を発見した。彼女は彼を抱き起すと、弱弱しい笑みを浮かべている白夢に笑みを向けてやりながらねぎらいの言葉をかけてやる。
「よくやったな。お前の勝ちだ。」
「そうか………」
「お前のおかげで、この街は救われた。きっとこの街の住民が『幻惑』に悩まされることは二度とないだろう。本当によくやった。」
「あなたのおかげですよ。あなたが僕に勇気をくれたから……ごほっごほっ!!」
「!」
もう彼は限界らしい。
夜神は白夢を横たえると、穏やかな顔で涙を流し、そのまま息絶えた青年に黙祷をささげた。
数分後、黙祷を捧げ終えた夜神は、白夢の隣に妹の音野を横たわらせて、そのまま頂上の間から去って行った。
城外にはすでに『幻惑』から解放された夜神の仲間が待ち受けており、仲間たちは夜神が戻ってきたことに気が付くと皆安堵の息をこぼして彼女の帰りを喜んだ。夜神はしばらく神奈たちとの雑談を堪能していたがふと何かを思いついたような笑みをうかべると、彼女は翌朝、花屋から青バラを購入してそれを白夢に捧げることに決めた。
青バラの花言葉は『希望』
彼女は哀れながらも必死になって生き抜いた彼の来世がよりよくなるよう、夜神にしては珍しい願いをこめて、その花を手向けとしたのであった。
~???~
「副隊長、大変です!『八天罪』の反応が消失しました!」
「なんだと?」
「そのおかげで、『幻惑』に侵されていた者たちも目を覚ましたようです。」
「分かった。よく報告してくれたな、下がっていいぞ。」
「はい!!」
部下があわただしく去ったのを見届けた後、副隊長と呼ばれた青年は不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「面白いことしてくれんじゃねぇか。なぁ?ネクラ野郎。」
一難去ってまた一難、
新たな物語が、今まさに始まろうとしていた。
第一部完結です!!物語はこのまま第二部へと続きます。