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第五章 少年レゾンデートル

 

 


 ~8年前~

 


 白夢紫苑は、誰よりも妹想いである。彼は、いつも笑顔の妹である白夢音野に対して実の両親よりも強い過護欲を抱いていた。


 そう、彼は妹が幸せに過ごせればそれで良かったのだ。


 彼にとって、誰にも愛される妹はまさに自慢であり誇りであった。


 妹もそんな兄を誰よりも愛していた。


 近所から仲良し兄妹と呼ばれている二人と桐条美樹が出会ったのは「白金の城」が大陸で有名になった8年前のことである。紫苑と音野はいつものように近場の公園でボール遊びをしていたが、音野が、公園の隅っこの方で淋しそうに花占いをしている少女を見つけたため、人懐っこい彼女は放っておけず、寂しそうな少女に声をかけた。


 「ねぇ?ひとりなの?」


 「!」


 「よかったらいっしょにあそばない?」


 「で……でも……………わたし、あまりうんどうがとくいじゃないから……めいわくかけちゃうよ。」


 「じゃあはなかんむりつくろうよ!えへへ、それならできるよ!」


 「……あ!」


 「わたし、おとねっていうの!あなたは?」


 「……みき。」


 これが、白夢兄妹と桐条美樹のファーストコンタクトである。


 この事があって以来、この三人はよく一緒に遊ぶようになった。公園で遊ぶこともあれば、桐条の「白金の城」に遊びに行くこともあった。とにかく三人の仲は良好で、このまま三人で仲良くやっていけると白夢紫苑は信じていた。


 しかし、この均衡は突如破られることになる。


 いつものように「白金の城」に遊びに来ていた白夢兄妹だったが、何故かいつもはニコニコと笑っている桐条がどこか浮かない表情をうかべていたことに気付いて、二人は思わず目を丸くして彼女に尋ねた。


 「どうした桐条?ずいぶん暗い表情を浮かべているが?」


 「なにかあったの?」


 「……なんかしあわせすぎてこわいんだ。ねぇ、おとね…わたしたち、ずっといっしょにいれるよね?どっかいっちゃったりしないよね?」


 「?もちろんだよ!」


 「………ふふふ、そっかぁ、うん、そうだよね!わたしとおとねがはなれるわけないもんね!ずっといっしょだよね!うん!


 おとね、ず~っといっしょだよ?」



 この時、白夢紫苑は気付くべきだった。


 美樹の思考が狂人じみた思考になっていたことに。


 そうすれば何かが変わったかもしれないのに…………


 しかし悔やんでももう遅い。

 

 「ずっといっしょ」という、美樹の『八天罪』としての欲求が頂点に達したのだ。「執着」が人一倍強い彼女は、誰よりも大切なたった一人の親友に、牙をむいたのだ。


 その結果、白夢紫苑は最も恐れていた事態に遭遇してしまうことになった。





 ~・~・~・~





 「………っ美樹…!!お前……音野に…………


 音野に何をしたああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」



 紫苑の目の前に広がっている光景はとても残酷なものだった。血だまりの上に倒れ伏せているのは先ほどまで無邪気な笑顔を浮かべていた音野その人である。そして、そんな彼女を愛おしげに撫でているのは、ハサミを握りしめた桐条美樹である。白夢紫苑の慟哭を喧しそうに聞いていた美樹はもっていたハサミをゆらゆらと揺らめかせながら怪しく微笑んだ。返り血すらも愛おしげにすくって眺める彼女はまるで魔女のようであった。彼女は血濡れの音野を力強く抱きしめると嬉々としながら喜びの声をあげた。


 「やっと私のものになった!!!!!!ああ、音野、私のたった一人の親友!可愛くてお姫様みたいにふわふわとしたこの子を………私は誰よりもほしかった!!!!!!!!!!!」


 「………!?」


 「でも音野はあなたがいる限り手に入らないのよ!!!白夢紫苑!!兄というだけで音野から無償の愛情を受けてきたあなたが誰よりも憎かった!!!!!!だけどあなたを殺しても音野は私を見てくれない。きっと死んだあなたのことばかり思い続ける!そんなの耐えられない!!!だから殺したの!音野を!!!私を愛してくれている音野のまま、私は彼女を殺したの!!


 これで音野は私から逃げない!!!!!!!!ずっと一緒なのよ!!!!!きゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 狂っている。 

 

 もう美樹は狂人と化していた。


 何とかまともな対話ができる程度まで落ち着かせなければと白夢紫苑は口を開くがその言葉が発せられる前に、狂った少女が口をはさんできた。


 「はい、紫苑おにーちゃん。これ書いて。」


 そういい美樹が白夢紫苑に差し出してきたのは、古い古い魔力を秘めた「契約書」であった。


 「音野を生かしたい?」


 「…………」


 「なら私の手足となれ。」


 「!」


 「『八天罪』って退屈なの。あまり外の世界には好奇心を刺激するようなものは存在しないからね。それを紛らわせるため、そして、効率よく力を蓄えるためあなたという奴隷が欲しいのよ白夢紫苑。」


 「………代償は。」


 「あなたの命。妹のためなら安いものでしょう?それに私が生きている間はあなたも生きれるから大丈夫よ。大した代償じゃないわ。」


 暗に、魔女を殺すと自分も死ぬと宣告された哀れなマリオネットの兄の脳裏には、誰よりも大切な愛しい妹の姿があった。



 『おにいちゃん!!』



 もはや彼に選択肢は存在しなかった。


 彼は、魔女の契約書にサインをした。


 その日から彼は生きる屍となったのだ。





 ~・~・~・~





 すべての話を聞き終えた夜神は納得したようにうなづいて、今にも泣きだしそうな白夢に語り掛けた。



 「…………なるほど、まぁ、初対面の時からお前から生きている人間特有の生気が感じられなかったからな。とっくに死んでいるんじゃねぇかっていう予想はついていた。」


 「そこまで見破っていたんですね、流石です。」


 「それで?妹は結局どうなったんだ?ちゃんと生きてんのか?もしお前の言ったとおり『幻惑』患者になって眠り続けているなら死と同じで契約違反にならねぇか?」


 「俺もそういいましたが、眠りながら生きているだろうって、聞く耳を持ってくれませんでした。」


 夜神はため息をつくと、木刀を鞘に納めて彼に尋ねた。


 「てめぇはそれでいいのか?」


 「!」


 「妹を奪われて、勝手に命取られて、そんなふざけた人生でいいのかって聞いてんだよ!!!!」


 「お、おれは………………」


 

 「うっとおしいんだよ!!!!!このうじうじヘタレ野郎が!!!!!!!!!!!!!」



 「!!!」


 怒りの形相で怒鳴られ、思いっきり夜神にこぶしで殴りつけられた白夢はただ茫然としていたが、それが余計に夜神は怒りに染まった。彼女は白夢の胸倉をつかむと、至近距離で彼と見つめ合いながら怒鳴りつけた。


 「男なら守れ!!!


 妹が大事なら全身全霊で守りに行きやがれ!!


 奪われたら死ぬ気で助けてやれ!!!


 なんで敵に命をあげて満足しているんだよ!!!!!


 もっとあがけ!!みっともなくあがけ!!


 そんな奴に命あげるくらいなら何をすべきか考えろ!!!!


 「幻惑」にかかっていきてる?


 んなの嘘に決まってるだろ!!!!!」


 「っ!!」


 「いいかよく聞け!!お前は逃げたんだ!!!


 妹を守れなかったことから!!!


 魔女と戦うことから!!!


 そのすべてから!!!!」


 「……………」


 「いいか?これが最後のチャンスだ、

 

     お前が本当にしたい依頼は何だ?」


 夜神から与えられた人生最後のチャンス。逃げてばかりだった白夢に舞い降りた奇跡。彼は震える手で彼女に縋りつくとみっともなくボロボロと涙をこぼしながら言い放った。


 「俺は……俺は!!!


 妹を救ってすべてを終わらせたい!!!!」


 夜神は笑みを浮かべて頷くと集まって来たヌイグルミたちに視線を向けて言い放った。


 「行くぞ紫苑。すべてを終わらせるぞ!!!」


 「はい!!!」


 二人は拳を突き合わせると、襲い掛かってくるヌイグルミの集団に迎え撃った。 


 先ほどまで淀んでいた白夢の瞳は、昔のように透き通った美しくも力強い光をたたえていた。



 




 昔々、一人の少年が妹を助けるために魂を売りました。


 彼女がなくなったという現実から逃げたかったからです。


 しかしそれは彼が自分の罪から目を背けるための逃亡にほかなりません。


 「自己満足」にすぎません。


 悪魔はせせら笑い、手下となった彼を使い多くの人に人生を狂わせました。


 でも、悪魔は一つ誤算をしていました。


 それは、彼の意思を奪わなかったことです。


 意思を持つ者にマリオネットはふさわしくありません。


 操り人形の糸がほどかれた彼は望みました。


 すべてを終わらせることを…………










 

第一部、いよいよ大詰めです!!

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