第四章 白夢紫苑の目的
「残念だが、俺はお前の依頼を受けない。何があってもだ。」
思わぬ夜神の言葉に、周囲が凍り付いた。しかし彼女はそれにも関わらず、ただ青ざめたような表情を浮かべる白夢紫苑をにらみつけていた。
事の起こりは今から一時間前のことである。白夢紫苑という少年に頼みごとをされた夜神は彼から詳しい事情を聞くために、神奈、晃、玄武と合流し、そのまま白夢の自宅へとやって来た。白夢は彼女達を来客用のソファーに座らせ、紅茶が注がれたカップををテーブルの上に奥と自身も向かい側のソファーに座って話を切り出した。
「あまり長引かせてもあれなので単刀直入で話します。依頼というのは、奇病にかかった妹を助けてほしいというものです。」
「妹さんを?」
「はい。妹はこの街で一番最初に奇病にかかった子で、医者も手を尽くしてくれましたが未だに彼女は目覚めないままなのです。」
「……かわいそうに。」
「さぞつらかったことでしょう。」
「ええ。」
神奈と晃は、少年に同情するかのような言葉をこぼした。玄武も哀れに思っているのかその表情は悲しそうだ。しかし、夜神だけは違った。彼女だけは、その場に似つかわしくない険しい表情を浮かべていた。しかし少年はそんな夜神の変化に気付くことなく説明を続けた。
「そこであなた達にお願いがあります。奇病がかかった場所へ行き、「妹」を治す手がかりがないか調べてほしいんです。」
「うん!全然平気だよ!ねぇ?晃、玄武。」
「ええ。」
「神奈ちゃんがそういうなら!!」
「決まり!じゃあこの依頼は……」
「反対に決まってんだろう。」
「「「「!?」」」」
冷たい声が室内に響き渡る。声を発したのは先ほどまで沈黙を守り続けていた夜神雄輝その人であった。彼女は驚く仲間たちに一瞥もくれることなくもう一度同じ意味の言葉を発した。
「残念だが、俺はお前の依頼を受けない。何があってもだ。」
そして、冒頭に戻る。
まさかの反対意見に仲間たちは言葉を失っていたが、我に返るとすぐさま三人は夜神の決断に対して反対の意を唱えた。
「ど、どうしてなの夜神君!?「人」助けくらいいいじゃない!!」
案の定、お人よしの神奈は彼女の決断に意を唱える。しかしいつもは神奈に甘い夜神はそれすらも聞き流していまだに断られたショックで呆然としている少年に言い放った。
「俺が何も気づいていないとでも思ったか?だとしたらとんでもない誤解だな。」
「っ!!!!?」
「真実を隠そうとする奴に情けをかける気は毛頭ねぇ。」
夜神は他の仲間たちにこの依頼を受けないようにと釘をさすと、そのまま足音をたっててこの家から出て行ってしまった。あまりの展開に呆然としていた皆だったが時間がたつにつれ落ち着きを取り戻した三人は顔面蒼白な少年を哀れに思い、ついつい彼に対して言葉をかけてしまった。
「夜神君はさっきの戦いで疲れてるからあんな風に言っちゃったんだよ。気を悪くしないで。私たちが代わりに妹さんを治す手がかりを探してくるから。」
「「神奈ちゃん!?」」
「放っておけないもの。晃と玄武は別に手伝わなくてもいいよ。これは私のわがままなんだから。」
「…いや、神奈ちゃんのためなら手伝うよ!!」
「私も手伝います。神奈ちゃんを一人にしておけませんから。」
「!!ありがとう二人とも!」
神奈は少年に微笑みをかけると「私たちに任せてください。」と胸をはった。少年は目尻に涙を浮かべると感謝の気持ちを伝えるように頭を下げた。だから三人は気付かなかった。気付くことが出来なかった。
少年が、切なげな表情を浮かべていることに……
~・~・~・~
宿屋に一人戻った夜神はベッドに寝っ転がりながら先ほどの依頼人の不自然さを思い出していた。確かに彼は酷く困っている様子をみせていた。それが演技ではないことくらい、夜神にとって見破るのは容易であった。しかし、内容に関して、彼は「嘘」をついていた。それを早々見破った夜神は、すぐさま彼の依頼を断り、戻って来たのだ。
「………思い出しただけでも忌々しいやつだ。」
横になっても、先ほどのことばかり思い出して夜神は気分が悪くなり、思わず舌打ちをこぼしてしまう。そのため、夜神は気晴らしのために外出をしようと決断し、さっそく準備をしようと起き上がり、壁に立てかけてあった木刀を手に取ったその時であった。
「あの城綺麗だったわね!!」
「本当だな。由美なんてはしゃぎつかれて眠ったみたいだよ。」
「いつかあの城にする白馬の王子と結婚するって言ってたわ、ふふ…可愛い夢ね。」
「そうだな。」
傍から見れば、ただの仲のいい親子の会話にしか見えない。だが、会話のある言葉が気になった夜神は静かにドアを開けて、廊下で会話をしている親子を盗み見た。その瞬間、彼女は本能的に父親に背負われている子供が病に侵されていることを感じ取った。やけにぐったりとした子供の表情は、死んでいるのかと錯覚するくらい酷く穏やかだ。穏やかすぎて、不気味だった。夜神はすぐにドアを閉めると、バクバクとする心臓を必死で押さえながら、呟いた。
「あの娘………いや、まさか……!!」
恐らく、彼女はあの病にかかっている。そう、『幻惑』にかかっている。
夜神に警告してくれたあの青年の言った通り、この街では今、奇病である『幻惑』が少しずつその勢力を広げているのだ。夜神は危機感を覚えると同時に、先ほどの親子の会話を思い出して眉をひそめた。
「確か城って言ってたな……」
無人で、様々な噂が立ち上っている「白金の城」。最初はミステリアスでどこかロマンがある白だと思っていた夜神だったが、その認識を改めて撤回した。
(まさか……あの城に「元凶」が潜んでる?)
考えすぎだろうかと夜神は考えるが、不自然な要素が多いあの城に「元凶」がいるという結論に至ると何故か夜神はすんなりと納得ができた。本能なのか、それとも何かそういった才能を持っているのか。とにかく夜神は己の直観は正しいと信じきることが出来た。
そう結論付けてしまえば、あとは簡単だった。
夜神はすぐさま戦闘準備をしようとバッグに薬品を詰めていくが、不意にあることに気が付いて顔色を青ざめさせた。
(あいつらは………!?)
依頼を受けるなと釘をさした夜神だったが、お人よしの神奈と神奈に激甘なダメ男二人である。ひょっとしたら、白夢に同情して依頼を受けてしまったかもしれない。そうなるとますます事態は面倒くさいことになってしまっていると考えていいだろう。
「……ちっ…きちんと説明しておけばよかったな、神奈は聞き分けいいから大丈夫だろうと慢心していた俺が悪いか。……さて、そうなるとあの三人の救出も視野に入れなきゃだめだな。…やれやれ、ここまで来たらもう、やるしかないな。」
夜神は懐から、ボロボロになったブローチを取り出すと、優しく指をつたわせて、泣きそうな表情を浮かべながら口を開いた。
「雫、少し待っててくれよな。遠回りになっちまうが、俺はこの事件を終わらせに行く。……お前だって生きていたら俺にそう言ってくれるだろう?」
当然、返事はない。しかし、この行動をとっただけでも十分満足したらしく、彼女は懐にブローチをしまい込んで、瞳に鋭い光を宿す。
「行こうか。」
彼女は腰にさしてある木刀をそっとなでると、そのまま宿屋から出ていいった。
向かう先は勿論、疑惑ばかりが残る「白金の城」である。
空はすっかり茜色に染まっており、もうすぐ夜が来ることを暗に示していた。
~・~・~・~
「うわぁ………!!」
一方神奈、晃、玄武そして、白夢の四人は、白夢の妹を治療する手がかりを求めて「白金の城」へとやって来た。もう空が茜色に染まり徐々に暗くなってきていることから、見物客は皆帰宅し、昼あんなに賑わっていた城に四人以外の人の姿は存在しなかった。夜神とは別々に行動していたため、初めて「白金の城」へとやって来た一行は、その美しい造形に目を奪われていた。
「すごい……綺麗ね…。」
「本当ですね。(神奈ちゃんの方がきれいだけどね)」
「ああ。(神奈ちゃんには負けるけどね)」
何とも残念な思考の男どもである。そんな彼らの思考に気付くことがない神奈は、白夢の方を振り返って彼に笑いかけながら言った。
「本当に綺麗な城ですね。」
「でしょう?妹も気にいってよく見に行ってました。」
「やっぱり、この街のシンボルなんですね。」
「はい。」
「そうなんだ………って、あれ?」
雑談を交わしていたら、奥の方から一人の少女が現れた。金髪のツインテールの少女は、白夢の存在に気が付くと目を輝かせる。そしてそのまま少女は、紺色のドレスをたなびかせながら彼の方に駆け寄ると、彼に満面の笑みを向けながら尋ねた。
「紫苑おにーちゃん!!何してるの?」
「……やぁ桐条。妹の奇病を治すための手がかりがこの城にないかどうか確かめにきたんだよ。この方たちはその手伝いを快く引き受けてくださった方たちだ。」
「そうなんだ!……旅のお方、初めまして!私は桐条美樹だよ。……紫苑おにーちゃんの妹さんの音野の友人で、この城で暮らしてるんだ!あなたたちの名前は?」
「私は白馬神奈、髪を結んでいるのが影山晃で、目隠しをしているのが色神玄武よ。それより、この城で暮らしてるって……誰もいないはずじゃあ?」
誰もが気になった個所はそこである。噂では「白金の城」は無人であると言われているのに、桐条の証言はそれと明らかに矛盾する。しかし美樹はその質問に慌てることなく、むしろまた聞かれたと苦笑いに近い微笑をこぼしてその問いかけに応答する。
「それは、この街がもっと活気あふれる街になるように面白い噂を広めようとじいやが始めたことなの。ふふふ、おかげで遠方からたくさんのお客様が来るしこの街はより豊かになるし万々歳よ。」
「へぇ!じゃあ「白金の城」は無人のゴーストハウスじゃなくてあなた達が暮らしているからこんな綺麗な状態を維持していられるのね!」
「うん!そういうことだよ!」
「じゃあ、ここに有力な情報はなさそうですね。」
「?情報って?」
「白夢さんの妹さんを奇病から助ける方法です。お二人はどうやらお知り合いのようですし、もう何回も情報交換をしあっているのでは?」
「うーんと……たしかにそうなんだけど…………あ!まって、私も紫苑おにーちゃんもちゃんと調べてない場所が一つあるよ。」
「?どこですか?」
「書庫室だよ!私も紫苑おにーちゃんも古代語は分からなかったから………………だからもしかしたらそこにヒントがあるかもしれない。」
「!案内してくれる!?」
「!!勿論、こっちだよ!」
桐条の案内のもと神奈たちは書庫室へとやって来た。そこで三人はさっそく本腰を入れて妹を助けられそうな手がかりを探し始めた。しかし、書庫室にある蔵書のほとんどが古代語で書かれており、結局大した収穫は得られなかった。仕方なく神奈たちは探索を切り上げて、申し訳なさそうに表情を浮かべながら桐条と白夢に謝罪をした。
「ごめんなさい、お役に立てなくて……。」
「気にしてないですよ。」
「うん!それよりせっかく来たんだしお茶でも一杯飲んでってよ。紫苑おにーちゃん手伝って!」
「ええ、……皆さんは休んでてください。お茶を用意してきます。」
「ありがとうございます。」
喉は乾いていたのでちょうどいい。それに、もしかしたらこの城の他の区域も見ることが出来るかもしれない。そう考えた神奈は、疲れた表情を浮かべる二人に休むように言い聞かせると、他の部屋の探索に出かけた。好奇心が強く、かつ探求心が強い神奈は、他の部屋にももしかしたら手がかりらしきものが存在するかもしれないと考え、彼女は気ままにとある部屋の扉を開け放った。
ギィ……と音を立てて室内に入った神奈は目の前に広がる光景に言葉を失った。
部屋は一面鏡で覆われており、いるだけでも気分が悪くなる。
「うわぁ~…………何か気持ち悪くなる部屋だなぁ。」
あまり長居はしたくない神奈は、すぐさま出てこうとしたが目の前にある鏡があまりにも不自然に出っ張っていたため、反射的に神奈はそれを押し込んだ。すると、突然鏡がすべて割れてしまい、先ほどまで鏡があった場所に隠し階段が現れた。
「これは…………」
頭の中で警鐘が鳴り響く。進んではいけない、引き返せと誰かがささやいてくる。心の中ではそう思っていたが、それ以上に好奇心が勝ってしまった。意を決して神奈は階段を駆け上った。
「………え!?」
階段を上り、たどり着いた場所は、無数の茨で覆われた息苦しい場所だった。クイーンサイズのベッドに横たわっているのは幸せそうな表情で眠っている一人の少女、真っ白な髪とあどけない表情はどこか紫苑を彷彿させる。
「この子……まさか!?」
「あ~あ、見つけちゃったんだ~。」
「!?」
「せっかく奴隷を増やせると思ったのに~………もう、つまらないなぁ。」
「あなたは……!?」
「ばいばい、おねーちゃん。」
その言葉と同時に、神奈の世界は暗転した。
~・~・~・~
ザシュッ
幾度も幾度も殺気を向けてくる子供用のヌイグルミを切り刻んで先に進む一人の女剣士の姿があった。彼女は襲い掛かって来たヌイグルミが全て事切れたのを確認すると、やれやれと肩をすくめて呟いた。
「これじゃあただのデス・ゲームだっつうの。」
夜神は袖で木刀に付着したヌイグルミの体内から噴き出た赤色の「絵の具」を拭うと、「白金の城」………いや、「白金の城」であった薄気味悪い漆黒の城の内部を見渡した。
「狐に化かされた気分だ。まさか、「白金の城」がまさかこんな不気味で吐き気がするほど趣味が悪い城は見たことがない。」
自身の勘が当たっていたことに複雑な気分を覚えている夜神は、周りを見渡しながら呟いた。
「幻覚なんてずいぶんと舐めたことしてくれるな。『八天罪』はすべての人間に幻覚をみせるくらい力が強いのか、相当厄介だな。」
夜神は黒い笑みを浮かべると、木刀の先端をある方向に突き付けた。そこには俯いている白夢紫苑の姿があった。白夢は肩を震わせて、一筋の涙を流すと、か細い声で問いかけた。
「いつから……」
「あ?」
「いつから気付いていたんですか?」
「……最初からさ。」
「!」
「なぁ、いい加減にネタばらししてくれねぇか?じゃないと俺はお前に殺意を向け続けなきゃいけなくなる。……さっさと吐いてくれないか?紫苑。」
白夢は唇を震わせて涙を流していたが、やがて観念したようにぽつりぽつりと語りだした。
「お話ししましょう、どうして私がこのようなことをやったのか………そして、8年前の悲劇を。」