第三章 事件と突然の共闘
突如鳴り響いた爆発音に、剣舞を楽しんでいた青年と夜神は咄嗟に足を止めると、城の中から出て行って、火煙があがっている方向に視線を向けた。楽しいお祭りの雰囲気が一転して阿鼻叫喚の地獄絵図と化した『マーデンビリア』の街並みに思わず夜神でさえも苦い表情を浮かべてしまう。青年も気分がよくないのか、小さく舌打ちをこぼすと火の手が上がっている方向をにらみつけながら忌々しげに呟いた。
「全く、このような祭りごとにそぐわない愚行を犯す無粋者がいたとはな、騎士隊としては、これ以上の愚行は見逃すわけにはいかないな。」
「……そうだな、俺らの戦いに水を差したことも許せねぇが何より、あそこには仲間もいるんだ。被害にあってない可能性の方が高いとはいえ、これ以上野放しにするつもりは毛頭ない。きっちり相応の落とし前をつけなきゃ気が済まねぇ!!」
「……つくづく似た者同士だな俺らは。」
「うれしくねーよ。」
そんな軽口をたたき合いながら二人はその場から駆けだした。逃げ惑う住民をかき分けながら少しずつ燃えている建物を目指して走り続ける。しかしその道中で見知った姿を見つけた夜神は青年に先に行くように言ってからそちらの方へと駆け寄った。
「神奈!!晃!!玄武!!」
「!!……夜神君!!」
「夜神!」
「夜神さん!」
夜神はまず全員の体に怪我らしきものがないかを確かめる。取りあえず三人とも無事なことにひとまず安堵すると、厳しい表情を浮かべながら仲間たちに状況説明を求めた。
「いったい何があった?」
「なんか突然変な男が発狂したの…私、必死で止めたけど……」
「建物に閉じこもって火をつけたってところか。」
その言葉に神奈は頷いた。夜神は呆れたように燃えさかる建物に視線を向けると、勢いが増していく炎を見つめながら神奈に語りかけた。
「神奈、お前は玄武と晃と一緒にここで待機していろ。いいか二人とも、神奈を死ぬ気で守り通せ。分かったな?」
「ああ。」
「任せてください。」
二人の頼もしい返事に夜神は頷くと、不安げな視線を向けてくる神奈を安心させるように笑みを向けて、彼女の頭を撫でまわした。
「!?夜神君……」
「心配すんな。俺を信じろ。」
「……!………うん。」
夜神は三人が安全地帯である宿屋に向かったのを確認すると、木刀を抜刀して舌なめずりをした。その目はぎらついており、それは、まるでこれから起こるイベントを待ち望んでいる子供の姿を彷彿とさせる。青年も夜神の隣に並ぶと剣を構え建物をにらみつけた。夜神は燃えさかる建物の前に狂ったように笑い転げる白髪の男を視線にとらえると、肩をすくめて青年に忠告する。
「女たらしは逃げた方がいいぜ?これから屠る相手は狂人だ。」
「ネクラ野郎、お前こそ逃げろ。これはお前の手に負える狂人じゃない。」
「……ほざけ。」
そんなやり取りをしている二人に気がついた男は唇が裂けてしまうのではないかというくらい歪ませて再び狂ったように笑い声をあげた。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!!!!!」
「「!?」」
「主よ、ああ、いとしいいとしい主よ、私に力をもたらしてくれた主よ、たりませんか、これだけではたりませんか、ああ、これだけではあなたは納得してくれませんか?私を見限ってしまいますか?嫌だ、いやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ!!!!!!!!!!!!!!!!!
主の隷属は私だけだ!他のものなど反吐が出る!!私だけだ!そうだ!私だけだ!!!
集めなくては、主が満足するまで、主が喜んでくれるまで、死体を集めなくては!!!」
もはや狂言しか発さない男はうつろな瞳で夜神と青年を見据えると、ニタリと不気味に微笑んで呟いた。
「新しいカモみ~つけた☆」
その瞬間、男の体にヒビが入り、彼の体が崩壊するとともに巨大な鳥のような形をした四足歩行のモンスターが姿を現した。漆黒の体を持つモンスターは雄たけびをあげると、大地に降り立ち、武器を構えている二人をにらみつけた。あまりにも醜悪なその姿に、思わず夜神も苦々しい表情を浮かべてしまう。
「なんだこいつ?!人が化け物になるなんて聞いたことねぇぞ!」
「……まさか、『八天罪』に直接接触したとは思わなかった。これは思った以上に処理がめんどくさそうだ。」
「!?『八天罪』ってなんだ?」
「知らないのか?いま世界を騒がせている奇病『幻惑』の主格が『八天罪』という災いの根源で、これを断つことでその地域に蔓延していた奇病を止められるんだ。今回俺がこの街に来たのもその『八天罪』の一つがここにあるんじゃないかという疑惑が浮上してきたからだ。そしたら案の定、その根源に接触した疑いがあるあの男に巡り合えたというわけだ。まぁ、予想以上に影響を受けたのか、見るも無残な姿になっちまってるけどな。」
「………あの奇病にそんな秘密があったなんて……、だが、その事実はかなり重要な機密事項だろう?何で、てめぇみたいな女たらしがそんなことを知っている?」
「俺の正体なんざどうでもいいだろう。それより集中しろ、来るぞ。」
「っ!!」
ガシャアアアアアアアアン
モンスターは鋭い鉤爪を振り上げると、二人に向かって振り下ろしてきた。しかし軽々とその攻撃は避けられてしまい、その代わりに、二人が先ほどまで佇んでいた場所の背後にあったガラスの彫像にモンスターの攻撃が襲い掛かりそのまま砕け散った。青年はすぐさま体制を立て直すと、剣を構えながら夜神に指示をとばす。
「右翼は俺がやる、左翼はお前がやれ!まずは逃げられないように羽をもぎ取る!ガキでもそれは出来るだろう?」
「てめぇこそヘマすんなよ!」
「誰にものを言っている。お前は自分の心配をしろ。」
夜神と青年は同時に駆けだすと、夜神は左翼の方に、青年は右翼の方に向かってそれぞれ跳躍して容赦なく腐敗しかかっているその巨大な翼を斬り落とした。
鮮血が雨のように降り注ぐ。
「ああ、いたいいたいいたいたいいたい……ヒヒ…ヒヒヒヒヒヒッヒッヒヒ!!!」
「……どうやら、あの化け物を倒すには、身体をばらばらにする必要があるみたいだな。」
「え!?」
「見ろよ、身体が再生してる。」
青年の言う通り、先ほど斬った翼の切り口から泡のようなものが噴出して、それは新たな「翼」を形成していく。夜神は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたものの次第にその表情は不敵な表情へと変わっていき、嬉々とした声色で言い放った。
「いいじゃねぇか!やりがいがある!!」
「おいおい、まじかよ。」
彼女の戦闘狂人としての一面を垣間見た青年は苦笑いを浮かべるものの、彼女の剣の構えが、見覚えのあるものだということに気が付くと、悪だくみを考え付いたようなあくどい表情を浮かべて夜神に問いを投げかけた。
「おいガキ、お前の流派は?」
「……ずいぶん唐突だな、比叡流だが?」
「やはり俺と一緒か。構えに既視感があったからな。割と我流の要素も混じっているが基本的な構えはそうじゃないかと思ったよ。」
「流派まで一緒とか泣けてくるんだが。」
「無駄口たたくな。とにかく『演武』は使えるか?それだけを聞きたい。」
「可能だ。」
「ならそれを使え。もし魔法も使えるなら風の魔力を剣に織り交ぜておけ!あのモンスターの体を再生不可能までばらばらに斬り刻む!!!」
「分かった。」
青年の作戦に乗るのは癪だが、せっかくの突破口を踏みにじってまで青年に逆らおうとするほど夜神は子供ではなかった。彼女は木刀に風の魔力をまとわせると、ゆっくりと深呼吸をして目を閉じた。彼女は精神を集中させることで風の流れを感じていた。青年もまた同様に、風の流れを感じるため、瞼を閉じていた。二人の行動にモンスターは首をかしげるものの、思考力が低下している狂人は特にその行動に疑問を感じることなく笑い声をあげながら黙する二人に襲い掛かった。
「これでおわりだぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!」
その刹那、風の向きが変わった。
夜神は限界まで目を見開くと、木刀を振り切った。
「『演武』!!!」
青年の方に視線を向ければ彼もまた『演武』を放ったらしく、構えが解かれていた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
『演武』、それは比叡流派が最初に習う基本技だが、使い方次第ではどの技よりも殺傷能力が高い技。風の動きを読んで、その風を「刃」に変えるまさにおきて破りなその技は、無慈悲にモンスターの翼、くちばし、鉤爪といったすべての部位を切り刻む。
「ああ ぬ しさ ま わ た し は」
哀れな狂人の最後の言葉は、
ザシュッ
首を落とされたことで終わりを告げた。
モンスターが血だまりに伏して絶命したのを見届けると夜神は木刀を鞘に戻すと、同じように剣を納める青年に駆け寄り声をかけた。
「これでお前の役割は終わったのか?」
「いや?根源をつぶさない限り俺の役目に終わりはない。もう少しこの街にとどまって探すつもりだ。」
「そうか。」
「……お前の名前でも聞いておこうか、ガキ。お前の名前はなんて言う?」
「俺かい?俺は夜神雄輝、ただのしがない旅人さ。」
「旅人……ね。」
青年はしばしの間考え込むような動作をしていたが、やがて「気のせいか。」とつぶやいて、そのまま去ろうとしたが、何か思い出したような声をあげて、彼女に警告の言葉を投げかけた。
「この辺に『八天罪』の反応が出たのは、奇病が蔓延した時期とちょうど重なる。せいぜいお前も根源に会わないように気を付けろ。」
「ご忠告どうも、だが無意味だ。俺はそんなのに関わるつもりはない。」
「どうだかな。」
青年はその言葉を最後に立ち去っていった。残された夜神は近くでひっそりと咲いている小さな一輪の花を踏みつけると淡々と言い放った。
「気に入らない男だ。」
怒りの感情が見え隠れする言葉、しかしそれとは対照的に、夜神の口元には笑みが刻まれていた。彼女は完全に生命活動が停止したモンスターに一度視線を向けるがやがて興味をなくしたのか、仲間のもとに戻ろうと死体から視線を外し、そのまま向かおうとしたが……
「待ってください!!」
「!」
一人の少年に呼び止められたことでそれは叶わなかった。夜神はめんどくさいことに巻き込まれたと己の運の悪さに心の中で舌打ちをすると、気だるげに少年の方に視線を向けて尋ねた。
「俺に何か用でもあるのか?」
「先ほどの戦いであの化け物を倒した方……ですよね?」
「それがどうした。」
「その強さを見込んで頼みがあります!!」
夜神は少年に対するある違和感に気が付くと、少年に見えないようにこっそりと歪んだ笑みを浮かべると、胸中で暴れまわる激情を押さえつけながら彼の言葉に答えた。
「一応聞いてやるよ。取りあえずてめぇの名前は何だ?」
彼の目は曇っていない、透き通るほどその眼は美しい。
だからこそ、彼に対して感じたアンバランスすぎる気質に夜神は興味をもった。
「俺は白夢紫苑といいます!」
そして同時に彼女は悟った。
自分は当たりを引くのがうまい人間だということに。