第一章 恵みの街
夜神雄輝は少し変わった人物である。人を殺すことへの躊躇をまるで覚えず、むしろ当たり前のことだと思いいともたやすく残忍だと思われる行為をする。しかし、その反面、仲間に対してはところどころ気遣うそぶりをみせてくる。しかし、少々不器用なのか、ぶっきらぼうな物言いのせいで反感をかってしまうこともしばしばある。つくづくもったいない人だと神奈は思っていた。
二人が出会って一年が経過した。その間に影山晃、色神玄武と新たな仲間たちと出会い、四人旅をしていた一行。その道中で神奈は、夜神が警告したような人間の醜悪さと世界の醜さに直面してしまい、何度も自分の世界に帰りたいと願った。人を殺した時もそうだ。身を守るためとはいえ、己の手で命を奪った重責に耐えきれず、命を投げ出そうとした神奈に夜神は何度も言い聞かせた。
『この世界は弱肉強食だ。人の命を奪うたびにそんなに落ち込んでいたらやっていけねえぞ。…つらかったらこう思え。自分がやっているのは自己防衛だ。自己満足のためにやっているわけではないってな。この世には人の命を覚えることに快感を覚える馬鹿どもがいる。そいつらに比べれば、お前はまだ優しい。
……全てに責任をとろうとするな。全てを己の罪にするな。だが、忘れるな、殺した奴の分まで生きなきゃ、殺された奴らが浮かばれねぇ。死者を忘れるな。殺した奴らを忘れるな。これが、俺らが…人の命を奪ったものが負うべき義務だ。』
その言葉を機に、神奈は変わった。勿論、人に手をかけるたびに胸が苦しくなるような気分に襲われるが、それを義務と考え、彼女は生きるようになった。そんな彼女が扱う武器は、意外にも銃だった。神奈が近距離戦を恐れていることを瞬時で見抜いた夜神が、神奈にプレゼントしたのだ。武器は、所持者の命にかかわる重要なもの。それを勝手に決めてしまったことに夜神は罪悪感を覚えていたが、神奈はむしろうれしかった。夜神の気づかいに甘え、彼女は銃の腕を日々磨きつづけてきた。その結果、今では夜神のサポートを務めることができるほど強くなったのだ。今日もいつものように夜神が食事の準備をしている間に神奈は己の銃の整備をしていた。点検にはより一層注意を払っていた。弾が出なくなったら致命的なのだから。
「…うん、今日も絶好調だね!」
不備な点が見つからなかったことに安堵した神奈は、夜神が真剣な表情で食事の準備をしている姿を見て、声をかけた。
「夜神君。」
「ん?」
「手伝おっか?」
「ああ、なら野菜を切ってくれないか?俺も木刀の点検をしたいしな。」
「うん!いいわよ!」
「助かる。」
夜神は神奈に礼を述べると、己の木刀を取り出して何か支障がないかと点検し始めた。その表情に思わず神奈は顔を赤らめさせる。
(ああ、もう…ずるいくらいかっこいいんだよなぁ…)
夜神の容姿は全体的に中性的である。しかしながら、普段の振る舞いや仕草、さらには一人称を俺ということから皆に男と思われがちだが、本来の性別は女性だ。もし、夜神が「男」ならば、神奈は確実に惚れていただろう。いや、今でも夜神に首ったけな神奈だ。性別などあまり関係ないかもしれない。
(いや、あんな状況で私を助けてくれて、さらには治療をしてくれたんだよ?しかもあんなかっこいい笑みをうかべてなでてくれて…あ~も~かっこよすぎ!)
神奈、大暴走である。そんな神奈を気にせず、夜神は黙々と木刀の整備をしていたが、野菜を切っていた神奈の手が止まっていることに気が付いて、声をかけた。
「おい、具合悪いのか?」
「!!うわ!ご…ごめん…。」
「おいおい、しっかりしろよ?包丁で手を切っても知らねえからな。」
そう言いながらもさりげなく神奈がもっていた包丁を取って、野菜を剥き始めた彼女は本当に優しいと神奈は思う。しばし、二人の間に沈黙がおちるが不思議と神奈はこの空間が嫌いではなかった。しかし、今日の活動目的が気になった神奈は、この空間がなくなることを残念に思いながら夜神に問いかけた。
「ねえねえ、夜神君。」
「あ?なんだよ。」
「今日は何するの?」
「いつものように食料調達だ。金は大分余裕があるし、仕事なら次の街で引き受ければいい。とにかく今は食料集め優先だ。」
「じゃあ、『マーデンビリア』に行くのね。」
「ああ、今一番近い街はそこだし、そこにはラディニア地方一の城があるらしい。食料調達が主だが、たまには羽を伸ばすのも悪くないだろう。」
「ほんとに!?ありがとう夜神君。」
久々にはしゃぐことができるかもしれないと神奈は胸を躍らせる。そんな神奈の気持ちをくみ取った夜神は彼女に気付かれないように小さく微笑むと、集めてきた薪を火の魔法で燃やした。手早く油をひいて野菜を炒めると、夜神はそれぞれの皿に野菜炒めを盛り付けて調理を終える。
「よし、終わった。神奈、悪いがあの馬鹿ども呼んでくれねえか?」
「うん、分かった!すぐに呼んでくるね!!」
「頼む。」
神奈は立ち上がると、例の二人の仲間がいると思われる川の方へと向かっていく。すると川には、両目を布で覆った青年と、黒髪を結んだやけに大人びた青年が何やら言い争っている姿があった。神奈はまたかと苦笑いをこぼすと二人に近寄って後ろから声を投げかけた。
「二人ともご飯ができたから早く来いだって。」
「「神奈ちゃん!!!」」
「もう、なにやってるの?夜神君が待ってるよ。」
神奈に注意をされた二人は罰が悪そうに視線を逸らした。神奈はやれやれとため息をつくと、大人びた青年に何かを責めるような眼差しをおくる。すると青年ー影山 晃ーはどこか慌てた表情を浮かべながら必死で彼女に弁解を試みる。
「ちっ…違います!玄武さんが」
「は!?俺のせいにすんなよ!!」
「元はといえばあなたが……」
さらに悪化する言い争いに神奈も頭を悩ませる。いっそ強硬手段でもとろうかとそんな不穏な思考を巡らせた次の瞬間、
「食事の時間だっつってるだろうがこの馬鹿どもがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
痺れを切らせた夜神が、口論する二人にドロップキックをくらわせたことで二人の争いはあっけなく幕を閉じた。男らしい彼女の姿に神奈がますます夜神に傾倒していくことは言うまでもない。
・・・
一悶着あったものの元々仲のいい四人は和やかな雰囲気で食事をとっていた。時折悪態をつくような言葉が出るものの本気ではないことを重々承知しているメンバーは軽口をたたくことで言葉を返していた。そんな中、一足先に食事を終えた夜神はごちそうさま、と言葉を紡ぐと、ゆったりとした動作で立ち上がって近くにいる影山に声をかけた。
「わりぃ影山、料理の後片付けを頼んだ。俺は少し剣の鍛錬をしてくる。」
「分かりました。任せてください。」
「ああ。」
夜神は影山の言葉に安堵の表情を浮かべると、木刀を手に茂みをかき分けながら奥の方へと消えていった。影山はその姿を見送ると、やれやれと苦笑いを浮かべながら呟いた。
「まったく、本当に彼女の弛まぬ努力の姿勢には本当に感心させられますね。普通の人なら、鍛錬をさぼりたくなるのに彼女にはそういった怠けた姿勢は見られない…つくづく剣士に向いてる人です。」
「本当に夜神君は努力家だよね!!!!!はう…かっこいいなぁ…」
頬を赤く染めてうっとりとした表情で笑う神奈は外見の良さも相まって大変愛らしい。ただしそれは対象外の男たちにとってはただ恋敵に負けたようなそういった敗北感をもたらすものでしかなかった。
((うらやましい…!!!!))
胸中で影山と玄武はそうつぶやくものの決して表に出すことはなく、ただ無難に食事を終え、片づけをし始めた。そして数十分後、鍛錬を終えた夜神と合流し、一行は恵みの街である『マーデンビリア』へと向かっていったのであった。
今日も夜神一行は平和である。