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第九章 『古獣』に渦巻く不穏な空気

 どんなに愛していても


 どんなに願っても


 運命に逆らえることはできない


 だから、せめて、せめて


 私の手で………




 ~『古獣』のアジト~


 誰もが寝静まる夜、古びたシャンデリアが軋むような音を立てて揺れている大広間の中央に二人の青年がにらみ合っていた。一人は肩幅まである黒髪をもつ、顔立ちの整った青年で、もう一人は短い赤髪を持つ、眼鏡をかけた知的な雰囲気をもつ青年だった。黒髪の青年、暦神武は眼鏡をかけた青年を気怠そうに見ながら淡々と問いかけた。


 「こんな夜更けに呼び出すなんて、ずいぶん非常識だな。時間に厳しい隊長らしくない。」


 「………あなたに聞きたいことがあったんですよ。」


 「俺に?何の用だ。」


 「何故、あの者たちを私たちの隊に入れたんですか。仮入隊とはいえあまりにも唐突です。」


 「ただの偶然だ。あいつらが『古獣』の実態を知りたいと言ったから入隊させたまでだ。別に悪いことじゃないはずだ。それにあいつらは、俺ら騎士隊が手を煩わせていた『八天罪』を打ち破った奴らだぞ。ただの一般人じゃない。」


 暦の言葉を聞き、眼鏡をかけた男は沈黙する。暦はやれやれと肩をすくめると、何かを探るような視線を眼鏡をかけた男に向けながら静かな声で問いかけた。


 「犬童隊長よぉ、何であんたはそこまであいつらの仮入隊をそこまで拒む?今までだって、一般人の仮入隊は受け入れてきただろう?なのになぜ今回ばかりはそこまでかたくなに拒絶の意を示すんだ?


  何かよからぬことを企んでんじゃねぇのか?」


 「寝言は寝ていってください。聞き苦しくてしょうがないです。それに、私は『古獣』の騎士隊長ですよ?そんなこと企んでるはずないじゃないですか。あなただけならいざ知らず、私の行動一つで隊員全員を路頭にさまよわせることになるんですよ?そんなデメリットばかりの行動を私がとるはずないですよ。」


 「そうか、ならいい。」


 どうやら一筋縄ではいかないみたいだ。暦は話を切り上げると眼鏡をかけた男、犬童隼人いんどうはやとに背を向けて自室へと戻っていく。犬童も自室に戻ろうとしたが、不意に彼は立ち止まると、暦に視線を寄越さないまま淡々と言い放った。


 「あなたを許すつもりは毛頭ありません。これ以上私の信用を落としたくなければ、今回仮入隊させた者たちを過度な危険にさらさないでください。いいですね。」


 「分かっている。」


 その言葉を最後に犬童は薄明りの大広間から去っていった。暦は持っていた書類を握りつぶすと、ゆっくりとした動作で犬童の寝室とは逆方向にある己の寝室へと向かっていった。


 隊長と副隊長


 本来協力し合う立場にいるはずの彼らの亀裂が、今回の騒動の引き金になることを、


 この時誰も気づくことはなかった。





 翌日、暦から一通りの説明を受けた夜神たちは、任務が出されるまで客間でおとなしくすることに決めた。客間には、夜神達以外の仮入隊者の姿もあった。彼らは神奈の美しさに目がくらんだのか、先ほどから彼女にアピールをしまくっている男たちが後を絶たない。流石にライバルが増えるのは困るのか。普段は神奈絡みだと争いばかりを繰り広げる影山と色神が協力して男たちを蹴散らしていた。そんな光景に、やや緊張気味だった神奈もリラックスできたらしく、今では朗らかな笑みを浮かべていた。夜神はそのことに安堵しながら、テーブルの上に置かれている、紅茶が注がれたティーカップを手に取って口に含んだ。


 よい茶葉を使っているのか、風味が口いっぱいに広がった。


 「へぇ、うまいな。」


 「夜神がそう言うのは珍しいですね。俺も一口飲んでみましょうか。」


 「ああ、飲んでみろ飲んでみろ。美味いぞ。」


 影山も夜神におすすめされて一口紅茶を口に含んだ。どうやら、影山もこの紅茶の味をお気に召したようで、珍しくうれしそうな表情を浮かべながら言った。


 「ああ、本当においしいですね。」


 「だろ?」


 「ええ。」


 夜神は紅茶を飲み干すと、未だに神奈争奪戦を繰り広げている男達を横目で見ながら、影山に言った。


 「晃、俺は少し鍛錬をしてくる。」


 「おや、お付き合いしますが。」


 「いや、お前は神奈を守ってくれ。」


 「ふふ、分かりました。」


 夜神は室内から出ると、中庭へとやって来た。中庭には、剣士たちが訓練する場も設けられており、鍛錬するには絶好の場所だった。夜神は木刀を抜くと、精神統一をした後、静かに演武を始めた。無駄のない洗練された動きはとても美しい。彼女は流れるような動作で何度も何度も木刀をふるう。


 30分後、ようやく一息つく気になった夜神は、深呼吸をして張りつめた空気を緩ませた。彼女はベンチに置いておいたタオルで汗を拭うと、水筒を手に取って水を飲む。後数分休んだら鍛錬を再開させようかと考えていたその時だった。


 


 「精が出ますね。」


 「!」



 

 一人の青年が現れた。犬童隼人である。暦から事前に彼の情報を聞いていた夜神は、慌てて敬礼のポーズをとる。しかし、犬童は彼女に敬礼はしなくていいと命じると、穏やかな目で彼女を見つめながら語りかけた。


 「鍛錬は騎士隊の日課の一つです。それを怠らないのは良いことです。その心意気を大切にしてください。」

 

 「はい。」


 「私のことは暦から聞いていますよね?」


 「はい、犬童隼人さん。『古獣』の隊長だとお聞きしました。」


 「ああ、敬語もいいですよ。あなたはまだ仮入隊ですし、そこまで硬くならなくていいです。」


 「ああ、じゃあそうする。」


 正直堅苦しいことが苦手な夜神にとって犬童の言葉はありがたかった。彼女は敬語をやめると、彼を見ながら問いかけた。


 「隊長はなんでこんなところに来たんだ?ひょっとして鍛錬か?ならすぐにどくから待っててくれ。」


 「いえ、ただ立ち寄っただけです。…………ふむ。」


 犬童は口元に手を当てて考える仕草をする。彼の視線の先は、夜神が持っている木刀だ。じっと見つめてくる犬童に居心地の悪さを覚えながら夜神は彼に尋ねた。


 「えっと、何でそんなに俺の木刀を見ているんだ?」


 「先ほどの演武、とても美しかったです。ただ、もう少し肩の力を抜いた方がいいですよ。あなたは無駄に力を入れているせいか、ところどころ演武に乱れが見られました。そうですね、これでは打ち合いに力負けしてしまうでしょう。」


 「!!」


 確かに夜神の剣の能力は申し分ないものだが、打ち合いになると不利になってくるのだ。男女の体格の違いも勿論だが、夜神自身もそのことに関して大いに悩んでいた。彼女は犬童のアドバイスを真剣な表情で聞きながら木刀をふるう。呑み込みが早いのか、先ほどよりもさらに切れのある動きをしていた。犬童は彼女の切れが増した動きに満足気に頷くと小さく微笑んでいった。


 「素晴らしいです。あなたは剣の才能があるみたいですね。」


 「…ありがとな。」


 「どうでしょうか。あなたさえ良ければ私と手合わせしませんか?そうすればもっと効率的なアドバイスが出来ると思います。」


 「!是非頼む。」


 犬童の申し出を受けた夜神は、彼と距離をとると静かに木刀を構えた。それに答えるように犬童もまた真剣を構えた。しばしの間にらみ合っていた二人だったが、やがて同時に相手に向かって斬りかかった。音を立てて剣を交えたとき、夜神は瞬時に犬童から逃げるように距離をとった。未だに残る手の痺れに彼女は悔し気に唇をかんだ。それほど犬童の一撃は彼女にとって重かったのだ。力の差は歴然である。そこで彼女はスピードで翻弄しようとし、大地を蹴って駆けまわる。しかし犬童は動じない。彼は冷静に、夜神の木刀から放たれる剣の波動を防御し続ける。流石に攻撃が通らなくなってきたことに苛立ちを覚えてきた夜神は木刀に魔力を込めるとより強力な剣の波動を放った。さすがの犬童も魔力が込められると防ぎきることは出来ないと判断したのか、身体をそらして攻撃をかわした。その隙に彼女は斬りかかるが、すぐに態勢を整えた犬童は剣に微力の魔力を込めると、彼女の木刀にそれをたたきこんだ。すると、予想外の攻撃に対応できなかった夜神はその強大な力に耐えきれず、木刀は彼女の手から離れて宙を舞った。完全に夜神の負けである。まさかこれ程実力差があるとは思わなかったのだろう。夜神はしばし呆然としていたが、やがて我に返ると悔しそうな表情を浮かべてうつむいた。犬童は剣を鞘に納めると、彼女の方にまっすぐとした視線を向けながら言った。


 「あまり落ち込まないでください。先ほども言いましたが、あなたには剣の才能があります。すぐに慣れますよ。やればできるというやつです。」


 「っ!!」


 

 -やればできるってやつだよ。夜神。-


 その言葉は、夜神が剣の修行で自分の力に自信を持てなくなり、スランプに陥った時、よく雫がかけてくれた言葉であった。夜神はそのことを思い出すとどこか泣きそうな表情を浮かべながら呟いた。


 「ははっ、雫と一緒だ。」


 「!!!」


 雫という言葉に一瞬だけ犬童は反応を示したが、夜神が気付くことはなかった。犬童は何事もなかったかのように、いつも通りの表情を作ると、彼女の髪をぐしゃぐしゃにかき回して言った。


 「さっさと練習を始めましょう。」


 「!あ、ああ。」


 露骨に話題をそらされたような気がしたが、気のせいだろうと夜神は己に言い聞かせると、再び犬童と剣を交えるため木刀を構えた。


 「どこからでもかかってきてください。」


 「じゃあ遠慮なく!」


 夜神は思いっきり足に力を入れて跳躍すると、木刀を振り上げた。犬童は難なくその攻撃を受け止めるが、その瞬間、強烈な痛みが襲いかかってきた。犬童は小さく舌打ちをすると夜神を力づくで薙ぎ払って距離をとる。未だに痺れは抜けなかった。犬童は唇に弧を描くと、手の痺れを相手に伝えるようにわざと大げさに手を振った。しかし、それがおかしいと気付けなかった夜神は今がチャンスだと言わんばかりに彼に向かって駆けだした。


それが罠だと気付かずに。


 「引っかかりましたね。」


 「っ!?しまっ………!!」

 

 犬童が指を鳴らすと同時に夜神の足元に魔法陣がはられた。まんまと罠にはまってしまったことに気付く夜神だったが、時すでに遅し。地割れが起こり、その亀裂の間から激しい奔流が噴出してきた。それに飲まれた夜神は、苦し気に喉を抑えてもがくが、限界が来たのか、そのままゆっくりと意識を手放していったのであった。


 


 ~・~・~・~


 


 『ねぇねえ雫!!』


 『ん?どうしたの夜神?』


 『お師匠様が言ってたんだけど、人が恋するとキレーになるって本当?』


 『ええーっ………何話してんのあの人?!ま、まぁそう言われてるよね。それがどうしたのかな?』


 『最近雫がキレーに見えるから恋してるのかなって思って。』


 『……………』


 かける言葉が見つからないのか雫は黙り込む。しかし、夜神はそんな彼女に期待に満ちた眼差しを向ける。その眼差しに弱い雫はやがて諦めたように肩をすくめると、身を乗り出してこちらをじっと見つめている夜神の頭を優しくなでて答えた。


 『うん。そうだよ。好きな人いるよ。』


 『へぇ!!どんな人なの?』


 『ふふ、そうだねぇ。あなたにもいつか紹介したいね。』


 そう微笑む雫は本当に幸せそうで、その笑みを見るだけでも夜神は幸せだった。


 だが、運命というものは残酷なもので、


 結局雫の恋人に会えないまま、雫はこの世から去ってしまったのだ。 


 まだ名前も知らない、『古獣』の誰かによって。





 ~・~・~・~




 

 「ん………」


 ズキズキと痛む体に、顔をしかめると、夜神は首だけを動かして周りを見渡した。どうやら今、夜神は自分に割り当てられた部屋にいるようだ。服は炎の魔法で乾燥させてくれたらしく、変わりはなかった。夜神は、無理矢理身体を起こすとどうして自分がここにいるのかということに考えを巡らせたその時だった。誰かがノックもせず、夜神の室内に入って来たのだ。夜神は慌てて木刀を構えようとしたが、入って来た人物が見知った顔だったので、思わずその人物をジト目で睨み付けてしまう。


 「女たらしか。ノックもせずに入ってきてんじゃねぇよ。」


 「目を覚ましたみたいだな。因みにノックをしなかったのはさっきまでお前の世話してたからだ。」


 「はっ!?何でてめぇが俺の世話をしてるんだよ!?」


 「犬童の命令だっつーの。あいつ、自分で世話したかった見てぇだが急遽光帝に呼ばれてな。その代わりに俺に押し付けたってわけだ。」


 「…感謝はしねぇぞ。」


 「相変わらず可愛くねぇ。まぁいい、それよりももっと気になる点がある。」


 「?気になる点ってなんだ?」


 「お前、犬童と仲良くなったみてぇだな。」


 「それがどうした?」


 暦の真意がつかめない夜神は、眉をひそめながらそう訪ねた。すると暦は呆れたようにため息をつきながら夜神にいった。


 「もうちょっと理解力つけてくれないか?」


 「うっせぇよ。それだけで分かるか。」


 「…はぁ、これだからガキは…。俺がお前を無理矢理『古獣』に招待した理由はあいつにあるんだよ。」


 「……なんだと?」



 「杞憂であってくれればいいがな。だからあいつにはあまり心を開くな。それだけ忠告したかっただけだ。じゃあまた。」


 暦は一方的に会話を切り上げると、踵を返そうとしたが、何かを思い出したような声を上げると、彼女の方を振り返って言葉を発した。


 「そうだ忘れてた。いよいよお前らに任務をやってもらうから支度したら今すぐ大広間に来い。お前の仲間達はとっくに行ったからさっさと準備してこい。以上。」


 その言葉を最後に彼は夜神の部屋から出て行ってしまう。あまりにも展開が早いことに夜神は頭痛をおぼえたが、遅くなってしまえばまわりに迷惑がかかると判断をし、すぐさま準備に取りかかった。彼女は『古獣』の隊服に汚れがないか確認すると、木刀に手を伸ばした。彼女はそっと木刀を撫でると、剣を掲げて言い放った。



 「必ずお前の仇をとってやるから、待っててくれよな、雫。」



 そして彼女は急いで大広間へ向かって走り出したのであった。




 

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