第八章 再戦と彼の目的
「おいおい、一応初対面ってわけじゃねぇんだからもう少し穏やかに話し合えねぇのか?」
「うるせぇ……!!!この女たらしが!!!」
ようやく出会った己の幼馴染の仇の手がかり。それに加えて、初対面から気に食わなかった青年だ。夜神はさらに殺気をまとわせて、いつでも戦えるように戦闘準備をする。ずいぶんと警戒心をあらわにしている彼女に、青年はどこか小馬鹿にしたように鼻で笑って言い放った。
「おいおい、ずいぶんと穏やかじゃねぇな。」
「当たり前だ、なんであの時殺さなかったか後悔しなかったくらいだ!!!」
怒りで正常な判断が出来ていないのだろう。
それを悟った青年は、やれやれと肩をすくめながら彼女に問いかけた。
「はっ……その様子じゃあ俺の話を素直に聞く気はなさそうだな。」
「当たり前だ!!!!」
夜神はその言葉と同時に木刀を握りしめて、間を置かずに青年に斬りかかる。青年は彼女の木刀の太刀筋を見切って、身体を反らすことで攻撃をかわすと、鞘から剣を抜き取ってそのまま力任せに夜神を薙ぎ払った。夜神は小さく舌打ちをこぼすと一旦距離を置いて態勢を立て直そうとした。しかし、相手もそれを見逃してくれるほど甘くない。青年はすぐさま距離を詰めてくると剣をふるった。夜神は咄嗟に木刀でその攻撃を受け止めるものの態勢が崩れた状態のまま防御したことで、いつもよりも数倍足に負担がかかっていることに気付いていた。
(これは、ずっとこの状態だったらまずいかもしれない。)
早く突破口を見つけなければならない。夜神は思考を巡らすものの、それはある人物の妨害によって、断たれた。言わずもがな目の前の青年である。彼は剣を薙ぎ払うことで夜神の態勢を大きく崩すと、そのまま彼女の腹に蹴りを入れた。彼女が痛みに悶え地面に仰向けになって倒れた瞬間、青年は彼女の腹に深々と己の剣を突き刺した。たまらずに夜神は血を吐き出した。傷口からは容赦なく鮮血があふれ出ていつ失血死してもおかしくない状態に追い込まれてしまう。しかし、青年は剣を引き抜くことなく、彼は柄に手をかけながら苦悶の表情でのたうちまわる夜神に再度問いを投げかけた。
「さて、話を聞く気になったか?」
「ごほっ……だ……れが……!!!!」
「!?」
夜神は渾身の力を振り絞って木刀で青年の体を斬りつけよう、ふるった。間一髪己の危機に気が付いた青年はすぐさま剣を引き抜いて距離をとる。危機を脱出した夜神は無理矢理傷ついた身体を動かして起き上がると、呼吸を荒げながらも再度木刀を構えた。まだまだ戦うという意思表示をみせた彼女に流石の青年も困惑したような表情を浮かべる。元来、青年の目的は、夜神を殺すことではないのだ。このままでは彼女を傷つけるだけ傷つけて、最悪の場合殺してしまうかもしれない。その可能性を危惧した青年は、早く彼女の意識を断たねばなるまいと考え、それを実行に移すべく剣を構えた。しかし、そんな彼の心配は杞憂に終わった。夜神は誰にも聞かれないようなか細い声で詠唱をすると、腹に手を当てた。その時だった。
シュウウウウウ……
「っ!?」
彼女の傷が見る見るうちにふさがって来たのだ。青年は驚愕するものの、どうやら余計な心配はいらないということに気が付いて、その口元に笑みを張り付けた。
「おもしれぇ!!!」
夜神も治療が完了したらしく、先ほどまでのふらつくような動作からは想像もできないくらい俊敏な動きで青年に斬りかかる。
「死ね!!!!」
完全に戦闘狂モードに切り替わった彼女は幾度も幾度も木刀をふるう。しかしその動作は滑らかで、なかなか隙が出来なかった。青年はただひたすら襲いかかる木刀の攻撃をはじきながら、必死でチャンスをうかがう。すると、まともな攻撃では埒が明かないと判断した夜神が突如青年から距離をとるとそのまま己の木刀を青年に向かって投げつけたのだ。予想外の攻撃だったものの何とかそれをガードする青年だったが、先ほどまで目の前にいた夜神の姿がどこにもいないことに気が付いて忌々しげに舌打ちをする。
(どこだ、どこにいる?)
剣士が己の愛刀を手放したまま逃げるはずがない。それに夜神は『古獣』の存在を何よりも憎んでいるのだ。このまま逃げ出したなんて言う考えは青年の中には存在しなかった。ただ彼は心を無心にして、相手がどこから襲ってくるかをうかがっていた。
「!そこか!!」
かすかな気配を感じ取った青年は、懐に忍ばせていたナイフを取り出して、それを茂みの方に投げつけた。するとそのナイフは隠れていた夜神の頬を切り裂いた。しかしそれと同時に夜神も茂みから飛び出して、お返しと言わんばかりに、青年の頬を殴りつけた。夜神は予想外の攻撃に驚いた青年に嘲笑の笑みを向けた。すると、やられっぱなしは性に合わないのか、額に青筋を浮かべた青年は、剣を投げ捨てると彼女がしかけてきた肉弾戦に応じる姿勢をみせた。すると夜神は手加減はしないと言わんばかりに彼との距離を詰め、こぶしを繰り出した。しかし、彼女の攻撃を見切った青年は難なく彼女の拳を掌で受け止めた。
「な!?」
「甘い、攻撃っつーのはこうやるんだ!」
お返しに青年は無防備な夜神の額に頭突きをくらわせた。よろける夜神の隙をついて青年は彼女に回し蹴りを放った。それは彼女の体を地面にたたきつけるには十分すぎるほどの威力だった。
(強い……)
圧倒的な実力差、しかし夜神の闘争心はまだ消えていなかった。雫の仇を必ず取ってみせると豪語した彼女にとってこのような場所でくすぶっているわけにはいかないのだ。夜神は目に闘志を宿すと、青年が油断している隙をついて足払いをかけた。突然の反撃に対応することが出来ず、青年はそのまま地面に倒れこんだ。起き上がる前に夜神は青年の体に馬乗りになると、彼の首筋に隠し持っていた小刀を当てながら、言い放った。
「俺の勝ちだ、女たらし。」
もはや逆転の芽はない、あるはずがない。夜神はそう考え、少しだけ闘争本能を解いた。
それが、隙を生む結果になることに気付かずに。
「その言葉、そのまま返すぜ。ガキ。」
「え!?」
青年の言葉に夜神が驚いた次の瞬間、地面から無数の鎖が生えてきて、それは夜神の身体を地面に縫い付けて拘束した。必死で暴れる夜神だったが鎖が緩む気配はない。いつの間にか青年は上級難易度である拘束魔法を唱えていたのだ。夜神は己の負けを悟ると悔し気な表情を浮かべて、苦々しげに告げた。
「俺の負けだ、殺せ。」
「あいにく俺はお前を殺しに来たわけじゃないんだ。少し眠っててもらうぞ。」
「!?」
青年は胸ポケットから何かしらの液体で満たされた小瓶を取り出した。彼は何の戸惑いもなく蓋を開けてその液体を口に含むと、彼女の顔を両手で固定して強引に彼女の唇を奪った。
「んん!?んんんん!!!???」
咄嗟のことに驚きそのまま夜神はされるがままに、流れ込んできた液体を飲みこんでしまう。すると即効性の薬なのか、彼女は強烈な眠気に襲われ、徐々に意識が失われていくのを感じた。
(な…!?こいつ、まさか………!?)
「お休み、いい夢を見ろよ。」
(くそ、………晃、玄武、神奈………
にげ、て、く………れ……)
視界が暗転していく。
夜神は急いでこちらに駆け寄ってくる仲間たちの姿を最後に目に焼き付けながら目を閉じた。
『夜神。』
その時、いなくなったはずの彼女の声が聞こえた気がした。
~・~・~・~
「夜神。」
「!!お師匠様!」
「また雫の墓参りに行くのかい?」
「うん。」
「大丈夫だよ、お師匠様はあの時遠征に出ていたもの。私が守れなかったのがいけないんだ。」
「夜神、お前はがんばったよ。私がいけなかったんだ!!!!」
雨の中、骸の海に囲まれて、涙を流していた夜神はもともと不和の関係であった家族からも、そして、夜神の存在自体をあまり好ましく思っていなかった村人たちからも「鬼」と罵られ、蔑まれ、ついには帰る場所を失った。そんな彼女を哀れに思ったのか、孤立した彼女を一人の男が引き取ってくれたのだ。
-臥雲正大-
後に夜神の剣の師匠となった老人である。彼女は彼の老人に見送られながら、ある場所へと向かっていった。
彼女がやって来た場所は、小さな墓石が建てられた花園だった。
生前花が大好きだった彼女のために、夜神が必死で種をまいたことで出来た花園である。夜神は花に水をあたえてやると、墓石を一通りふいて綺麗にすると線香を焚いて、手を合わせた。雫が亡くなって以来、夜神は毎日ここに足を運んでいたのだ。彼女は一通りの行動を終えると、墓石にそっと触れながら胸中でつぶやいた。
(雫、もしあなたの仇を見つけることができたら、そのとき私は、……ううん、
「オレ」は修羅となる。)
~・~・~・~
「!!」
目を覚ませば見慣れない天井が目に飛び込んできた。最初は状況がつかめず軽くパニックになった夜神だったが、時間がたつにつれて己の状況を思い出してきたのか。早く脱出しなければと考え、脱走を試みるが、手足が頑丈な縄で拘束されているため、身動きをとることができなかった。こうなってしまえば、もはや夜神にできることなど皆無に等しかった。
(さてどうするか。)
せめてなぜ己を捕まえたのか、それについての理由が聞きたかった夜神は、ただただ何もできない退屈な時間を過ごした。すると彼女が目を覚ましてから数十分後、ノックもないまま、ドアが開け放たれた。室内に入ってきたのは、あの青年だ。夜神はゆっくりと体を起こすと、青年を睨みつけながら状況の説明を彼に求めた。
「女たらし。」
「ああ、目を覚ましたみたいだな。」
「質問に答えろ、どうしてお前はここに俺を連れてきた。」
「なんだ、随分とつれない反応をするじゃないか。キスまでした仲だというのに。」
「っ!!!」
青年に言われたことで、あのキスが脳裏にフラッシュバックした夜神は、普段の彼女からは考えられないくらい顔を真っ赤にさせながら声を荒げた。
「うるせえ!!!黙ってろ!!!!」
「へぇ、随分と女らしい反応するな。」
「くそ!!御託はいいからとっとと俺を連れてきた理由を述べやがれ!!!」
まず、そこからだ。何の目的も聞かされないままここに連れてられて来た夜神にとって、今の状況は腹立たしいものでしかない。彼女の機嫌がどんどん降下していることに気が付いた青年は咳ばらいをすると彼女の目をじっと見つめながら問いかけた。
「お前、先日『八天罪』を倒しただろ?」
「それがそうしたっていうんだ?俺に何かしてほしいことでもあるのか?」
夜神のその言葉に青年は待っていましたと言わんばかりの輝かしい笑みを浮かべて、彼女にあるものを差し出した。それは夜神にとっても馴染みのあるあの白い隊服だった。嫌な予感を覚えた夜神だったがあえて気付かないふりをしながら青年に尋ねた。
「これは?」
「お前に頼みたいことは一つだけだ。お前には一時的に『古獣』に入隊してほしいんだ。」
「殺されたいのか?」
予想があたったことに夜神は深い絶望を覚えた。何が悲しくて忌むべき『古獣』に入隊しなければならないのだろうか。夜神はすぐさま断ろうとしたが、それを重々承知している青年は、きな臭げな笑みを浮かべながら先手を取った。
「断ったらお前の仲間の命はない。」
「はっ!?」
「引き受けてくれるよ、な?」
半ば脅しに近い行動だが、仲間想いの夜神には効果覿面だったらしく、彼女は親の仇を見るような眼で青年を睨み付けながら仕方ないと言わんばかりに答えた。
「しょうがない、受けてやるよ。ここで断っても俺にはデメリットしかないみたいだからな。」
「おお、物わかりのいい人間は嫌いじゃない。」
「ほざけ。」
青年は夜神を拘束していた縄をほどくと、彼女に白の隊服を投げ渡す。夜神はそれを受け取ると忌々しいと言わんばかりに舌打ちをこぼす。しかし、青年はそんな夜神の状態を気にもとめずただ淡々と「着替えてから外に出て来い。」と言い残して、部屋から出て行った。夜神はしばらく隊服を睨み付けていたが、やがて観念したように隊服を身に着けた。血が目立ちそうな白服に嫌悪感を覚えながら、最後に彼女は青いスカーフをまいて部屋から出た。廊下の壁に寄りかかって待機していた青年は夜神が出てきたことに気が付くと感心したような声をあげていった。
「へぇ、似合ってるじゃないか。」
「嬉しくねぇよ。つかなんだよこの服、滅茶苦茶窮屈じゃねぇか。あの時お前が身に着けていた甲冑もそうだが騎士隊はどうにも機能性のない服を好むみたいだな。馬鹿の集まりなのか?」
「一応これでも信念に基づいた服なんだけどな。」
「信念、ね。」
果たしてそんな志を持つ者が、亡骸を冒涜するだろうか。夜神はそんなことを思いながら青年に問いかけた。
「俺の仲間はどうした?」
「無事だ。あいつらにも今回の件に関して協力してもらうつもりだ。今は人手が欲しいからな。」
「何を、お前は危惧してるんだ?」
「いずれわかる。」
どうやら青年はよほど秘密厳守らしい。だが、不思議と青年が悪事に加担するような存在には見えなかったので、特に夜神もこれ以上の言葉を追及することはなかった。青年はそのことに安堵の表情をこぼすと、彼女の手をつかんでどんどんと先へ行く。さすがの夜神も青年の唐突な行動に眉を顰める。
「どこに行く気だ?」
「お前の仲間のところだよ。皆ずいぶんお前のこと気にかけていたぜ?」
「そうか。」
「特に神奈ちゃんは起きるなりお前に会わせろって詰め寄ってきてな。ずいぶん愛されてるじゃねぇか。」
「結局女のためか。気づかい出来る奴なんだなって少しだけ見直した俺が馬鹿だった。」
「別にそんなんじゃねぇよ。むしろ俺はお前の方が気にいってるぞ。」
「はぁ?!」
青年のまさかの発言に、夜神は露骨にありえないと言わんばかりの表情を浮かべてジト目で男を見る。青年はそんな夜神の反応が面白くなったのか。くすくすと笑うと、彼女の耳元に唇をよせて吐息交じりの声で呟いた。
「一生混乱してろ。」
「!!?」
夜神はささやかれた方の耳を抑えて後退すると、少し頬を赤らめながら青年を睨みつける。
「てめぇ……!!!」
「暦。」
「は?」
「俺の名前は暦神武だ、てめぇじゃない。」
「たいそうな名前じゃねぇか、女たらしにはもったいない。」
「俺にぴったりの名前じゃないか。自慢じゃないが、あまり俺は苦手なものねぇし、見た目も割と自信あるぞ。」
「安心しろ。性格破綻してっから。」
「やれやれ、つれないな。」
本当に気に入らない男だ。
夜神はこれから起こるであろう新たな戦いに不安を覚えながら、肩を落としたのであった。




