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精神の覚醒=自我の崩壊

いざ食事にしようとしても、気分はあまり乗り気ではない。


「食べないの?」


目の前には白いご飯にお味噌汁と魚。人間の食事とまるっきり変わりがなかった。


美味しそうだと思う。けど、数時間前見た光景が頭にこびりついたままで冗談でも食べれる気力がない。


グ、グゥー


「…………いただきます」

「はい、どうぞごゆっくり」


体は正直だった。



食後のお茶を飲みつつ、僕は美夜に話をする。


「美夜。僕はあいつを倒したい。それは美夜も同じだろ?」

「…………」


美夜はなにも言わずにお茶を啜る。僕はそれを肯定と判断し話を続ける。


「けれど、僕にはあいつを倒すための力が無い。昨日、あいつと対峙して目の当たりにしたよ」

「…………」


美夜はお茶を啜るだけ。


「なあ美夜。何か知らないか? 強くなれる場所。あいつを殺すことが出来る力を得られる場所を」

「……久。あなた、本当にあの化け物と戦うの?」

「も、勿論だ! 僕はあいつに全てを喰われた。それで黙っていろって言うのか!?」


つい語尾が強くなる。それを内心で反省しつつも、興奮が収まることはない。


「久が喰われるかも知れないのよ?」

「その時は……その時だ! もう僕には何も残っていない! だったら、喰われようがどうでもいい」

「――――」


美夜はそのまま口を閉じ、一口お茶を啜ると……溜め息を吐きながら呟く。


「あまり気が進まないけど……いや、絶対に嫌だけど。いいわ。連れてってあげるわ――妖の郷の最奥部。狂気の洞窟に」



道と言えぬ道を歩く。賑やかだった中心部なんてとっくに消えた。


「美夜……この道で良いの?」

「うん。あと少しだから頑張って」


ここが妖の郷なのかそれとも隠宮村の森なのかすら分からない。

光が届かないのも、原因だ。上空では爛々と太陽が輝いているはず。いや、今は昼間なのか? 駄目だ、感覚がおかしくなっている。


「着いたよ。ここ」

「え――? ここって」


薄気味悪い、蝋燭が一本置いてあるだけの洞窟だった。


「入るよ。ついてきて」

「う、うん……」



洞窟の中は湿っぽく、いるだけで背中がゾゾゾと震えてしまいそうなくらい。気分が悪くなる。

歩き始めて数分。目的地に辿り着く。


暗狂アンキョウ居るか?」


美夜の声が木霊する。すると……


「美夜か。はっ、数年振りの再開にしては随分な挨拶だ」


奥から人間……ではない。人間の形をしてるが、それはあくまで形だけ。見た目は直視するのも躊躇いたくなる程に醜い。


潰された両目。目を開くと黒い穴が見える。肌は焼け焦げて中身が丸見えになっている。

その姿はまるで腐った死人だ。


「む? 美夜、そっちの少年は誰だ。彼氏か?」

「……潰すぞ」

「ああ、すまん。冗談だ。要件はあれだろ? 暴れている黒の妖怪について」


いつも以上に威圧的な美夜の言葉を受け流し、暗狂と呼ばれていた者は見事僕達の目的を言い当てた。


「……何故、お前が知っている?」

「私だって外の状況ぐらい分かる。そこから計算すれば、自ずとお前らの来た理由など容易に分かる」


こいつ、飄々としてる割に頭はキレるらしい。


「なあ、美夜。この人は?」

「こいつは、暗狂アンキョウ。昔、非人道的な行いを繰り返した人間の魂が集まった妖怪。見た目の通り狂っているが、無駄に頭は良い。父上の友人で……もう一人の私の最後を確認したのも暗狂なの」

「ま、そういうことだ。ただ、私は美夜に嫌われているみたいでね。滅多なことじゃここに来ないんだ」


当たり前だ。と、吐き捨てる美夜。それを聞きながら、僕は暗狂の正面に立つ。


「暗狂さん。僕を……強くしてください」

「ほう……少年。あいつに勝とうと言うのか?」

「僕は、あいつに村の人も、友人も、家族すら喰われた。僕は許せない……あいつを殺してもみんなは戻らないのは分かっている。けれど、こうでもしないと――みんなに申し訳がたたない」


僕のありのままの言葉を黙って聞く暗狂と、心配そうにしている美夜。


「よし……面倒だが、やってやろうではないか」

「ほ、本当ですか!?」

「まあな。よし、決まればさっさとするぞ。少年、まず上を脱げ」


……え? この妖怪。なにいってる?


「医者でもまずは診察するだろ? それと同じだ」


妙に納得できないが、仕方ない。脱ぐとするか。


「? 美夜? どうして目を伏せてるの?」」

「べ、別に何でもない!」

「美夜も、年頃と言うわけか。はっはっ。時が経つのは早い」

「うるさい! 黙れ狂人!」


狭い洞窟に、美夜の声だけがうるさく響いてる。それが可笑しくて、僕はクスリと笑った。



「……少年。この胸の傷は何だ?」


僕の体を確認していた暗狂が言う。


「これは、昔に出来た傷です。何かに胸を穿かれたんですよ」

「穿かれた……その時の事は覚えているのか?」

「それが、その時の記憶が無いんです。すっぽりと抜け落ちたみたいに」

「ふむ……」


暗狂は一瞬考えるようなしぐさをした後、再び診察を始めた。


「それと暗狂。久、あいつの腕を斬り落としたり、あいつの意識が分かるらしいんだけど何か分かる? 久の中には、私の血が少し入っててそれが覚醒したのではと考えているんだけど」

「――――――ふっ」

「何? 分かったの?」

「いや。さっぱりだな……さて、良いぞ少年」


暗狂による診察が終わり、僕が上着を着ていると。


「少年。正直に言って、いまから行うことは賭けだ」

「賭け?」

「ああ。いくらお前の中に美夜の血が入っていると言っても。お前は人間だ。耐えきれずに死ぬことだって考えられる……それでも、お前は強くなりたいのか?」


暗狂の低く静かな声。それに少しの恐怖を感じつつも、僕はもう決めたんだ。


「お願い、します」

「…………よし。なら、そこの扉を開けろ。その先にいけば……強くなれる」


暗狂が指差す先には、先程まで無かった扉が現れていた。


「久……」


美夜の心配そうな声が聞こえる。


「大丈夫だよ美夜。僕は、必ず強くなって戻ってくる」


最後の言葉を口にし、僕は扉の先へと入った。





「――――美夜」

「何、狂人」

「お前は、気付いていたのか? あの少年の体が異常な事を」

「え? それは、私の血が」

「それではない。それ以前の問題だ」

「それ、以前……?」

「知らずに、少年を連れてきたのか――ふ。まあいいさ。それもまた一考……美夜」

「何よ、暗狂」

「あの少年――――壊れるぞ」





扉の先に広がるのは、闇が永遠と続く無の世界だった。なにも無い。あるのは、僕だけ。


「う――わああああああああああ! あああああああ!!」


直後、脳ミソに直接激しい痛みが襲う。

これは、昨日の夜の焼ける痛みと同等、いやそれ以上な痛みだ。


「あ、あ、あああああああ!! あああうううっやああああああけええだあああああああ!?」


自分が闇に溶けているような錯覚。足元からじわじわと溶けている感覚。


「―――――――――――――――――――――――――――――――!!?!??!」


声にならない悲鳴を上げる。駄目だ。これだと。ツヨクなるマえに。キエ………



「……え?」


明るい空。緑の森に大地。


「こ、こは……?」


目の前には見覚えのある子供が一人遊んでいた。


「あれは――――僕だ」


ふらふらと歩いている子供の頃の僕。そこに――――――


光速の光の槍が、僕の胸を貫いていた。


「な…………?」


訳が、分からない。アレ――? これは――? 確か――?


ドクドクと、胸から血を流す僕。そこに。現れた。謎の。モノ。


「誰だ――――あの爺さん?」


いつのまにか現れた爺さんは。スーッと。僕の体に入り込んでいた。


「な……う、うわああああああああああああああああああああああああああ!!?」


直後、また強烈な痛みが脳ミソを襲う。


「や――やめ――やめえええええええええええええ!」



「えええええ――――はっ、はあ…はあ…」


痛みが治まると、また、別の場所にいた。


「ここは――――美夜の家?」


数時間前。僕が寝ていた家。だけど、少し中の様子が違っていた。


「九尾の狐……じゃああれが美夜の父さん?」


大きな体で座っている九尾の狐。その傍には。


「女性と、二人の赤ちゃん――――ということは、美夜と……もう一人の美夜――」


一人はすやすやと寝ている。しかし、もう一人の赤ちゃんは青白い顔のまま死にそうになっていた。


『みんな! 伏せろ!』


九尾の狐の叫びの後直ぐ。赤ちゃんの体から、無数の光の槍が屋根を破壊し空へ飛んで行った。


「あれは……もしかして僕の胸を―――――――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――ああああああああああ!?」


思考すらぶっ飛んでしまいそうな痛みが襲う。何度くらっても痛い。むしろ、痛みはドンドン増してゆく。



暗い。けど。闇の中とは違う。


「土」


土の中。そこに眠る。二人。


「美夜の母さんと。もう一人の美夜」


そこにまた現れた。ふわりと浮かぶ老人。なんだか、さっき見たときよりも。大きい気がする。


「また入った」


――――――――――――。


ああ。そういう事か。分かった。全てが分かった。


あいつの手を斬り落とせた理由。あいつの思考と視界が見えた理由。あいつの正体。そして。僕が胸を穿かれ貫かれて生きている理由。


「は、はは、ははは。ははははははははははははははっはははははははははは! そうだ。そうだ。そうだ。そうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうっだそうだそうだそうだ!!」


可笑しい。面白い。笑いが止まらない。


「僕は、僕は僕は僕は僕は僕は――――――子供の頃から――――――――人間では無くなっていたんだ」


僕は――――――――――妖怪だ――――――――――――






「こ、壊れるってどういう事!?」

「おかしいと思わなかったのか? 少年が化け物の手を斬り落としたことを?」

「それは――! 私の血を……」

「いいか? お前は妖怪と言えど半妖だ。しかも、九尾の能力はほとんどが体に使われている。だからこそお前は生き残れたのだが――――まあいい。つまり、お前に妖力はほとんど無い。そんな血を少年に分け与えたから化け物の手を斬り落とせた? はっ、おかしな話だな」

「それじゃあ。どう言うことなのよ?」

「……付喪神」

「え?」

「付喪神を知っているか?」

「え、ええ。確か、物なんかに取り憑く神様でしょ?」

「ほとんど正解だ。だか、憑喪神。こいつは神なんて付いているが、実際はこいつも妖怪。私らと同じだ」

「それがなんなの?」

「憑喪神は取り憑いた年月が長ければ、強大な妖力を手に入れる事が出来る。憑喪神は取り憑く。それが、土地でも」

「土地……」

「何百年、何千年前から、憑喪神はこの土地。妖の郷と隠宮村に取り憑いていた。そして、強大な妖力を得て、土地を守り続けていた」

「……」

「美夜は、この土地を守っていたのは九尾だと思っていたな?」

「ええ。まあ……」

「うむ。それも間違いではない。しかし、九尾はあくまで守る手伝いをしていたに過ぎん」

「手伝い?」

「そうだ――――美夜。あの化け物が現れたのは何故だと思う?」

「それは父上が――――――あ」

「あの化け物が、九尾を殺したのだろう? これで、今の状況が分かるか?」

「……憑喪神が……いない?」

「そう。正確には、十数年前からいない。さあ、話を戻そう。少年は胸を穿かれた。普通の人間なら即死だ。なのに、今少年は生きている。そして憑喪神はいない。この意味が分かるか?」

「――――――――――――」

「答えたくない……か。なら、私が答えよう。少年は穿れた時点で死ぬはずだった。だが――少年は死ななかった。自らの体内に憑喪神を取り込むことで」

「――――――ッ!」

「だが。少年の胸には未だに傷が残っている。不思議だ。憑喪神の妖力は強力だ。傷なんて一瞬で消えるだろう。だがそれをしなかった――――――その理由は一つだ」

「もう一人の……私」

「少年の胸を穿いた物は……お前の妹――――――――夜魅(ヤミ)の放った妖力の一部だろうな」

「ああ、あああ。ああ」

「落ち着け……夜魅が地面に埋められた後、憑喪神は取り憑いたのだろう」

「ああ――――夜魅……」

「憑喪神に取り憑かれたことで、夜魅の体――日向(ヒナタ)さんの能力でただの人間だった体が強化され、命を吹き返した。だが、直ぐに行動を出来るわけも無く。夜魅は十数年。眠り続けていたのだろう」

「…………」

「そして、全て整ったタイミングで、夜魅は地上に出て、九尾を殺した。憑喪神を体に取り込んだ夜魅にとって、九尾の妖力では足りなかった」

「だから……人を襲った」

「本来ならば妖怪を襲うところだが、頭のほうは成長してないようだな」

「……」

「そんな夜魅を斬った少年か……憑喪神を体内に取り込んだだけだから、戦える訳でもない。だが――――」

「私が……血を分けたから……」

「眠っていた物が、目覚めてしまったのだろうな」

「久……」

「もうそろそろだろう。果たして、まともな状態で戻れるだろうかな? あそこは入った者に刺激を与えて能力を覚醒させる場所だが。あいつは人間。いくら憑喪神の体でも、あいつは人間だ。果たして……あの闇で自我を保てるだろうかな―――――――」





メノマエに。ひかリがモドル。


「キュウ!」

「もドって来レたか」


コエ。聞きナレたコエ。


「イカナキャ」

「エ――――?」

「あいッヲコロさなキャ」


アルく。手にハ。カタながにぎられてた。


「マテテ。とオさン。カあサン。カなデ。みンナ―――――」




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