表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

散るのは儚いモノばかり

妖の郷に来たのは二度目だが、こうしてはっきりと目の当たりにするのは初めてだ。


右を向けば妖怪。左を向けば妖怪。僕がまともな精神状態なら発狂しそうな光景。


「着いた。とりあえず横になって」


場所はつい昨日来たばかりの古ぼけた家。そこで僕はまた寝てる。


「駄目だ……早くあいつを倒しにいかないと……」


体はまともに動かない。けれど、それでも。あの黒い化け物をこの手で死へと追いやらなければ、僕は死ぬに死にきれない。


「何を言ってるの!? 久! あなた自分の体がどうなってるか分かってるの!?」


美夜が怒鳴っている。はは、美夜が怒鳴っているなんて、おもしろい。あんなに静かだったのに、こんなに大きな声で。


「……うるさい」

「え? 久、今なんて――――」

「うるさい! 黙れ、黙れ黙れ黙れ! 僕は! あの黒い化け物に殺された! 友人も、家族も……村の人達全員だ!! それなのに黙っていろって!? ふざけるな! ……美夜も見ただろ? 僕があいつの手を切り落としたのを!! そういう事だよ。これが何の力かは知らない。これも妖様の力か? はっ、そんなのどうでもいい。いいか? 僕は君みたいに体だけが丈夫な奴とは違う! 僕ならあいつを殺すことが出来る!! そうすれば―――みんなも救われるさ……」


言ったの。という言葉を遮るのは、僕の声。興奮して何を言ってるのかも分からない。ただ怒りと狂気に任せた言葉の弾丸。


「分かっただろ? だから僕は直ぐにあいつを殺――――」


バチーン!


「――――す?」


頬に伝わる痛み。それは、目の前で涙を堪えながら震えている少女の手。


「…………ごめんね……………私が、全部悪いの。私がこの村に来たから、村の人達は喰われて……久にも辛い思いをさせた…………」


流れた涙が、満月の光にキラリと輝く。

僕はそれを――――美しいと思った。


気が付けば、僕は美夜を抱き締めていた。

ギユッと。加減なんて無い力任せの抱擁。


「ああ……ああ……美夜……ごめん……みんなも……ごめん」


口から漏れるのは懺悔の嘆き。


「僕は……もう駄目になりそうだ……」


脳みそはとっくの昔に働くことを放棄している。その内体も死に絶える。


「久――」


僕には耐えられない。僕はもう無理だ。僕はあのときに死ぬべきだった。黒い化け物に殺されて喰われて……そうしたら、僕はまたみんなと一緒に。


「大丈夫。大丈夫だから……今は寝ましょう」


――――瞬間。意識は遠くなり、彼方へ消えた。


「今回は……あの時みたいに痛くないや――――――」



夢。どこかの山の中。それは静かに座る。


「――――あいつ。斬った……手」


それは自らの手を眺めていた。完璧に再生された手に傷跡は残っていなかった。


「にしても……流石、九尾の狐。凄い妖力」


九尾の狐……と言うことは、美夜の父さんを殺したのもこいつ。


――――待て。これは、あの黒い化け物が見てる物。それを……何故僕が見ているんだ?


「けれど……これを使いこなすには――――」



何故だ? 何かを忘れている? 何か、何か……



「う――う、ううん」


覚める。目を開くと、そこは見知らぬ場所だった。


「起きた……? おはよう、久」

「え? み、美夜?」


上から顔を覗かせる美夜。その顔を見て……僕は昨日の事を思い出す。


「み、美夜……昨日」

「うん……けど、大丈夫。今は、落ち着いてちょうだい」


左の手を、ギユッと握られる。その手は、相変わらず冷たい。


「ごめん。昨日はショックでつい……」

「いいの。久が辛いのは痛いほど分かる。だって、私も同じ気持ちだもの」

「あ―――」


そうだ。美夜だって、自分の父さんを――


「み、美夜!」


思わず美夜と繋いだ手を強く握り返す。そうだ、まずは美夜にこれを伝えないと。


「美夜。君の父さんを殺したのは……あの化け物だ」

「え――? なんで久がそんな事を?」

「実は……」


僕は、美夜に全てを話した。寝ている間。まるで夢を見るかの様に、あの化け物の行動が見えてしまっている事を。


「………………」


美夜は僕の話を黙って聞いた後、考え込むように顔を伏せている。


「これも、美夜の血を分けて貰ったのが関係しているの?」

「分からない……けど、久があいつの手を切り落とした事もあるし、その可能性は限りなく高いと思う」

「ということは、僕の中で美夜の血が何らかの原因で覚醒してしまったって事?」

「多分ね。私が分けたのはごく少量だし、その程度なら普通はなんの異常も残さないはずよ。いくら半妖の血と言っても……ね」


僕の中で覚醒した美夜の血……


「まって美夜。美夜の血が覚醒したって事は、僕も妖怪になったの?」


素直な疑問を口にする。すると、美夜は鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。


「――――考えてもみなかったけど、そういうことよね。現に貴方は日本刀に妖力を流し込みあいつの手を切り落とした……いや、違う。私は半妖なんだから、久は妖怪では無い。広く言えば妖怪だけれど、貴方はせいぜい三分の一妖程度よ」


三分の一妖とは……なんとも語呂の悪い。


そうか――昨日の夜。体が焼けるような感覚になったのはそのせいか。


「父上を殺したのがあいつなのは分かった。けれど、今の私達じゃ倒せない。分かる?」「うん……悔しいけど、しょうがない」


ギリリと歯が音を鳴らし軋む。化け物も憎いし、なにより……力の無い自分がとても憎い。


「――――朝ごはん」

「え? あ、朝ごはん?」

「そう。朝ごはん。まずは何か食べないと、出来ることも出来なくなってしまうわ」


美夜の言うことには一理ある。実際、僕も少しお腹が空いてるし――――


「?」


このまま寝ながら美夜と話をするのも恥ずかしい……さっきよりも顔の距離が近くなっている気がするし……




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ