喰らう者は虚の怪奇
美夜に付き添われて家に帰った。美夜のお陰か分からないけど、対して怒られずに済んだ。奏には凄い勢いで睨まれたけど……
ご飯を食べて、お風呂に入って、あとは寝るだけ――――
何も変わらない。いつもと同じ。
「今日は……おかしな事が連続したけど、美夜とも友達になれたし。こんな日も悪くないかな」
布団と中で横になったまま、僕はニヤリと笑った。
明日も変わらない。いつもの日常。
けれど、明日からは友達が一人増えるんだ。胸がざわめく。背中が震える。きっと、楽しみで待ちきれないんだ。そうと分かれば……早く寝よう……
「――まだ……足りない」
夢、だろうか?
「これじゃあ、まだダメ」
空には満天の星と輝く満月。けれど、そんな物に目をくれる暇もなく走っている。
「ああ――――欲しい……もっともっと――――――欲しい」
見覚えがある。ここは隠宮村。僕が住む村だ。
バリーン!
ガラスが砕け散る音。その音と共に、対して視界はとある民家に侵入していた。
「三人……けど、いないより――――まし」
寝ている家族。スヤスヤと気持ち良さそうだ。そんな家族を……
グサッ――ズチャ―――
「い、イギャアあああアアあああ!?!!?」
言葉にならない絶叫が聞こえる。それはとてもうるさく、耳障りだ。
「――――黙れ」
「あああアあああ!??!……ア、ア、あ……」
喉を裂く。単純な事で、人間は静かになった。これで安心できる。
――安心……?
何に安心? そもそも、僕は寝ているのになんで……こんなリアルに――――
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
布団から跳ね起きる。体は汗で濡れている。まるで頭から水を被った様だ。
「あ――あ――――体が……熱い……っ!」
熱い。熱い。熱い熱い熱い熱い熱い!
焼ける。焼け死ぬ。体の内から体が焼けている。
肉も、骨も、内蔵も皮膚も眼球も全てが!
「ああああああああ! し、死ぬ……焼ける……溶ける……崩れ落ちる……ああああああああああああ」
み、水だ―――水が―――――欲しい。
床を這う。歩けない……足はとっくに焼け落ちている。腕はまだかろうじて生き残っている……これなら、かろうじて動ける。
ガタン!ゴタン!ゴロン!ダン!
階段から落ちた。けど、痛みはない。今はとにかく、この焼ける体をどうにかしなくては……
「ふ――――風呂―――――――」
最後の力を振り絞り、風呂に崩れ落ちた。
「あ――あ―――水……」
風呂に溜まっていた水を飲み干して、やっと焼ける痛みは消えた。
「あれ? 足、付いてる」
自らの体を確認すると、足に焼けた様子もなく、いたって普通だった。
「それじゃあ……さっきのは?」
さっきは確かに体が焼けて溶けていた。間違いない痛みだった。それに、あの夢も……
「そ、そうだ! あの夢――――夢?」
夢なのか? あの妙にリアルな夢。確かに僕は、自分の手で……人を……
「う、嘘だ! ありえない!」
そうだ。僕はずっと寝ていた。だって、起きたら布団の中だった。
「母さん。母さんなら僕が寝ていた事を証明してくれる筈だ」
母さんと父さんの部屋は一階の奥。夜に起こすのは申し訳ないけど、今はそれどころじゃない。
「母さん? ちょといいか――――」
続きの言葉が出ない。口は間抜けに開いたままだ。
「嘘だ……嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。母さんと父さんが―――」
部屋には二つの布団。そこに人の姿はなく、代わりに大量の血が部屋を真紅に染めていた。
「か、奏……!」
ドタドタと騒がしく階段をかけ上がる。踏み外しても気にせず走った。
扉には鍵が掛かっていた。大丈夫。まだ希望はある……小窓に付いた血を見るまでは……
ドンッ!
力任せに扉をぶち破る。そこは……先程と同じ。床から壁。机にいたるまで全てが真紅。
「奏……母さん……父さん……」
頭がおかしくなりそうだ。頭を掻きむしって脳みそを取り出したい。
「うっ……」
耐えきれなくなり、僕は全てを吐き出した。何もかも、少しでも軽くするため。少しでも、悲しみを無くすため……
「――――」
目の前には数時間前まで奏がいたであろう血塗れの部屋。
それを見る僕の目に光は無い。
全てを吐き出したからか、今は何も感じない。
「学校か……」
理由は分からない。分からないけど、学校に何かがあるのは確実だ。
「確か和室に―――」
和室は何事も無かったように静まり返っている。
「あったあった」
誰が描いたのかも分からない掛け軸の下に飾っている、日本刀。
父さんが旅行に行ったときに謎の老人から譲り受けたとか……
「こんなのが形見か。なんだか複雑だな」
そう言いつつ、僕は日本刀を手にし、自らの家を後にする。
村の中を走る。息がすぐに切れてしまうのは、やはり傷が治りきってない証拠だろうか。
「……」
静かだ。勿論、みんな寝ているから静かなのは当たり前。けど、それと別に人の気配がしない。生きた人間の気配が……
「――――チッ」
走る速度を上げた。学校はもうすぐだ。
校門の前までたどり着いた。そして、目の前には――――
「美夜っ!?」
傷と血で全身を覆った美夜だった。
「来ちゃダメ! 久!」
……美夜の制止の声を無視し、グラウンドに入った。美夜の傷はまだ大丈夫な筈だ。だから今は――――
星と満月がキラキラと照らす。
「母さん、父さん、奏、竜太郎、みんな……」
それはとても醜く美しい――――死体で出来た小山。
その山を、そいつは一瞬で喰った。
「てめえっ! ふざけるなあああああ!!!」
でたらめに刀を振り上げながらそいつ目掛けて走る。
そいつは、それを片手で止めようと――
「……ん!?」
そいつの手はずるりと地面に落ちた。
「……なるほど。まぁまぁ……だけど―――――それじゃあ。私は殺せない」
僕の体は十メートル程勢いよく後ろへ飛ばされた。
「ぐはっ――!?」
木に思い切り体をぶつけ口から血が吐き出される。
「……強くなって……そうすれば……私を殺せるかもね……」
そう言い残し、そいつの姿と気配が同時に消え去った。
「久……」
「あ、ああ。美夜。傷は大丈夫か?」
「…………妖の郷に行く。歩ける?」
「まあ、どうにか」
美夜の肩を借りつつ、歩き始めた。
「久……」
「――――話は、後にしてくれ。今は……何も考えたくない」
頬を伝うのは涙だろうか。それは止まることは無く、どんどんと溢れてきている。
「母さん……父さん……奏……」
「―――――」
空いていた片手に、何かが触れた。
それはとても冷たかった……けれど、不思議と暖かかった。