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狐ヶ崎美夜

「……い。大丈夫……の兄ちゃん」


微かに、声が聞こえる。


「大丈……ありえない……ふさがっている」


この声は、狐ヶ崎さん?


「それは……の血……だからじゃねえのか?」


この声は――――聞き覚えのない。おじさんの声。


「違う……少しだけ……別の何かが原因」


少しづつ、感覚が戻ってきている。これなら、目も開けられる。


「う――――うおおっっ!?」

「お、目え覚ましたか兄ちゃん」


目を開けると、目の前におかしな者の顔があった。ギョロりとした目玉に小汚ない肌。およそ人間には見えない。まるで妖怪みたいな顔だった。


「小豆のおじさん。久が驚いてる」

「ありゃ。これは済まない事をしたな」


その妖怪めいた人物と話しているのは狐ヶ崎さんか? 良かった。やっと会え――――


「し、尻尾……?」

「……あ」


狐ヶ崎さんは学校で会ったときと同じだった。少し違うところを言うとすれば、三本の尻尾と狐のような耳が生えているくらいだ。


「―――――」

「お、おい美夜。兄ちゃんまた倒れたぞ?」

「油断してた……久にはこの事言ってなかった」


目を開く前に、手がもぞもぞと動いた。まるで己が生きていることを確かめるように。


「こ、ここは……」


声が漏れる。僕は何をしていたんだ? うまく思い出せない。


「起きた? 久」


この声は、狐ヶ崎さんか。ああ、やっと会えた。


「待って……まだ目を開けないで」


え? 何を言ってるんだ? 僕は今すぐに君と話を。


「いい? これから何があっても、驚かないでね」


狐ヶ崎さんが何を言っているのかはイマイチ分からない。けど、ここは従った方が良い。そんな気がした。


目を開ける。すると目の前には、三本の尻尾と狐の耳が生えた狐ヶ崎さんが――――


「なんでだろう。狐ヶ崎さんがそんな姿でも驚かないなんて」


何故だか分からないけど、この光景を見たことがある気がする。


「あれ? ここは?」


目の前の光景を解決すると、今度は自らが置かれている状態に疑問が生じた。


ぐるりと辺りを見回す。

壁は薄い木で出来た様で、今にも崩れてしまいそうだ。

部屋の中央には囲炉裏。隠宮村もかなりの田舎だけど、囲炉裏を見るのは初めてだ。

奥にあるのは入り口と……釜だろうか? なんだか時代劇に出てくるような時代錯誤な場所だ。

そして僕は布団の中で寝ていて、目の前にはおかしな姿の狐ヶ崎さん。


「ここ……どこ?」


目覚めて数分。一番始めに聞くべき質問がやっと出てきた。


「ここは……妖のアヤカシノサト

「妖の……郷?」

「そう。ここは妖怪達が暮らす場所。言わば妖怪の故郷」


こんな話を聞いて驚かないなんて、きっと寝てる間に凄いことを知らず知らずの内に体験していたのだろう。


「と言うことは、狐ヶ崎さんも」

「そう。私も妖怪……いや、正確に言うと……半妖」



狐ヶ崎さんの突然の告白を聞いてしばらく。僕は出されたお茶をズズズと飲んでいた。


「美夜。兄ちゃん起きたかい?」


玄関の戸が開く。するとその先には、体長約一メートル。幼稚園児程の背に関わらず奇怪な顔をしたおじさんがいた。


「小豆のおじさん………久、起きた」

「おうおう。そりゃ良かった」


おじさんは安心したのか腕を組みつつ安堵の表情を浮かべていた。


「狐ヶ崎さん。あの方は?」

「小豆のおじさん……違う。本当の名前は、小豆洗い」


小豆洗いってあの有名な妖怪か。

若干テンションが上がったのはきっと未知の生物との接触だからだろう。人は好奇心を失ってはいけないという事だ。


「――――あれ? そういえば僕。なんでここにいるの?」


ふと。当たり前の疑問が頭の中を横切った。

「あー。なんだか説明しなきゃいけない事が山のようにあるみたいだが、どうするんだ美夜?」

「お願い……小豆のおじさん」

「結局俺かよ。ま、いいさ。美夜の頼みは断れねえしな」

「ありがとう」


目の前の二人は楽しそうにお喋りをしているけど、僕の頭の中は至極当たり前の疑問で埋め尽くされている。今までおかしな事の連続で気が回らなかったのだ。


「そういうことだ兄ちゃん。まずは、兄ちゃんがここにいる理由を教えてやろう」


小豆洗いさんはそう言うと改まった様子で喋りだした。


「兄ちゃん。自分が山に続く道で背中をズタズタにされた状態で倒れていたのは覚えているか?」


道? 背中? ズタズタ……


「確か、狐ヶ崎さんを探して道を歩いていたら突然何かに背中を刺されて……そこからの事は思い出せない……目が覚めたらここでした」

「兄ちゃんが倒れていたのを美夜が見つけてここまで連れてきた。ってなわけだ」


狐ヶ崎さんが? なんだ、探していたつもりが、逆に見つかったのか。


「ありがとう。狐ヶ崎さん」

「別にいい……けど」

「けど?」

「その狐ヶ崎さんって呼び方……やめて。私の事は、美夜。でいい」


美夜でいい。なんて言われても、会って間もない女の子をイキナリ呼び捨てなんて恥ずかしいけど。


「うん。わかったよ。美夜」

「……それでいい」


一瞬、美夜の顔が赤くなった気がしたけど―――多分気のせいだろう。


「もう終わったか? 終わったなら続けるぞ……それでここに運ばれたお前を看病してたんだが」

「あ―――そういえば、背中刺された割りに痛みがないような」


背中に手を当ててみる。けれど、痛みもなければ、傷痕一つ無い。


「どういうことですか……?」

「まあまて。その事は後で話すよ」

「なんでですか? 別に今でも――――」

「いいか兄ちゃん? 物事には順序があるんだ。それがなけりゃ世界は滅茶苦茶になるだろ?」


う……まさか妖怪に正論を言われるなんて……ある意味貴重な体験と言えなくもない気が。


「そんじゃ次は、この妖の郷についてか。兄ちゃんは隠宮村の子だろ?」

「はい。そうですけど」

「兄ちゃんが倒れていた道。その先の山になこの郷はあるんだ」


あの先に? 嘘だ。あの先には森しか無いはずだ。


「ここは……有るけど無い。異空間みたいなもの……森の所に、その入り口があるの」


異空間? オカルトめいた話だと思ったら、今度は科学か? 頭が変になりそうだ。


「要は、隠宮村の森にこの妖の郷はある。あるけど見えない。みたいな感じだ。言っておくけどよ、この郷は隠宮村が出来る遥か昔からこの土地にあるんだからな?」


遥か昔からか。きっと気が遠くなるほど昔の話なんだろうな。


「これで妖の郷については終わり。さあ今度は、お待ちかねの美夜についての話だ」


小豆洗いのおじさんはニヤニヤと笑いながら僕と美夜を見る。僕はその視線が気になって仕方がないけど、美夜は気にした風もなく淡々と話始めた。


「さっきも言ったけど、私は妖怪……半妖なの」

「美夜はなんの妖怪なの?」

「なんだと思う?」


突然クイズを出されてしまった。

三本の尻尾。よくみたらとてもフサフサとして気持ち良さそうだ……

それに狐の耳。とくれば。


「狐の……妖怪?」

「大きくは正解……けど違う。久……九尾の狐って知ってる?」

「九尾の狐……玉藻前のアレ?」

「うん。世間的には、それが有名……けど、私の父上……父上は九尾の狐だった。玉藻前で有名な九尾の狐が日本に来た同じ頃に、父上も日本に来た」


九尾の狐が二匹いた!? こ、これは凄い話だぞ!


「父上は人を騙すわけでもなく。人間に化けて全国を旅し続けた。何年、何十年、何百年と……」

「な、何百年も?」

「そう。理由は分からない……けど父上は旅をし続けて、数十年前にこの村の女性と恋に落ちて……結婚したの」


この村とは、隠宮村のことだろう。


「妖怪と人間が結婚……?」


そんなこと出来るのか? そもそも、そんな事認められるのか?


「村の人達は猛反発したみたい。そして女性……母上は村を追い出された。そして二人は、妖の郷に行き着いたの」

「え? けど、お母さんは人間だったんでしょ?」


妖の郷と言うくらいだ。人間が来ていいのか?


「妖の郷のみんな……二人を受け入れてくれた。みんな……優しい」

「まあ最初はビックリしたけどな。事情が分かればなんと可哀想な話じゃないかとなり。快く受け入れたと言うわけだ」


なるほど。妖怪は、意外といいやつが多いのかもしれない。


「それから数年後。父上と母上は双子の子供を生んだ……」

「双子……? 美夜以外に、誰かいるの?」

いるなら是非挨拶しないと。その子ともお友達になりたいし。


「いいや……その子供。私の姉か妹かも分からない。私はもう一人の私と呼んでる……もう一人の私は、生まれてすぐに死んだ」

「え――――死んだ?」


頭が真っ白になる。突然の話に驚いたのもあるけど……なにより、美夜の頬に一筋の涙が流れた。それがとても辛かった。


「……妖怪はね。子供を産むときに、互いの能力を子供に分ける事が出来るの」

「能力を……分ける?」

「そう……子供はね、体力を司る身体と妖力を司る精神が空の状態で産まれるの。それを埋めるために、親は自らの能力を分け与える……例えば、Aと言う妖怪とBと言う妖怪が子供を産んだ。すると、子供はAの能力を身体に。Bの能力を精神に……と言う具合に能力が与えられるの」


その話を今したと言うことは――――まさか!?


「そう。それは、妖怪と人間でも同じだったの……」

「―――――――」

「私は、父上の能力が身体に。母上の能力が精神に分け与えられた……そして、もう一人の私は……母上の能力を身体に。父上の能力を精神に分け与えられた」


それが何を表すか。考えたくないが、向き合わなくてはならない。


「妖怪の能力に耐えられなくて……」

「死んだわ……光の槍を辺りに飛ばしてね」

「光の槍?」

「父上が言っていた。能力に耐えられずに、体から弾け出た能力が光の槍の様に辺りに飛び散った……らしいわ」


……その光景は、余りにも酷く切ないものだったはずた。


「母上も、私達を産んですぐに死んだ……無理だったのよ。人間が、妖怪の子を産むなんて……」


かける言葉が見つからず。僕はひたすらに黙りながら、美夜の話を聞くことしか出来なかった。


「二人の死体は、この森の下に埋まってる。今でも、私達を見守ってくれているはず……」


美夜は一度下を向き、呼吸を整えると、再び話を始めた。


「それから、父上は私を育ててくれた。けど……その父上も――――先日。何者かに殺された」

「……え? 殺された? う、嘘だ、だって九尾の狐でしょ? とても強いんでしょ?」

「ええ……そう。だから父上を殺した相手は化け物並みのつよさってことね」


淡々と呟く美夜の声は震えていた。何かに耐えるように、我慢するように。


「父上が死んだ事で、ここの秩序も乱れ始めた。ここは父上が来てから父上が全てを統率していたの……けど、父上が居ない今。皆は不安に怯え。はぐれ妖怪は人を襲う始末……」

「人を襲うって……まさか、僕を襲ったのも」

「多分。はぐれ妖怪の仕業だと思う。ごめんなさい。この様な事が起きないように、私が村まで来たんだけど……」


美夜が転校生として現れた理由はそう言う事だったのか……


「これで、私の話は一通り終わり。最期に、久の傷について話さないとね」


ああ。つい忘れていたけど、これは謎のままだ。多分かなり深い傷だったはずだ。それがすぐに治るなんて、あり得ない。


「久の治療のために、私の血を少し輸血した」

「輸血? そ、そんな事して大丈夫なの?」

「少しだけだから……問題はないと思う。けど……」

「けど? 何?」

「私の血を少し輸血しただけじゃ、こんなに早く傷が治るわけない……久、何か知ってる?」


知ってると聞かれても。僕にはそんな特殊能力なんて無い、普通の中学生だ。

思い付くとしたら……


「父さんが、昔言っていたんだけど。この村は妖怪に守られているらしいんだ。それが関係してるのかな?」

「……分からない。知らない内に誰かがそういう妖気を放っているのかも知れない……」

「つまり、謎は謎のままか……」


まあその内謎は解けるさ。それまでは、さっぱり忘れよう。


「そういや兄ちゃんよ。一つ聞きたいんだが、その胸の傷も妖怪にやられたのか?」

「ああ、これ? これは違うんです、僕自身も覚えてないんだけど、小さい頃に僕は一人で遊びに行ったきり帰ってこなかった。それを不安に思った両親が僕を探してたら。胸を穿かれて大量に血を流している僕が道で倒れていたんだって」


自らの胸に今なお残る傷に手を当てつつ、僕は昔を懐かしむかの如く穏やかな声で語った。


「穿かれたって、そんじゃあ何で今、兄ちゃんは生きている?」

「そこが不思議なんだけど、僕さ。胸を穿かれた状態でスヤスヤ眠っていたんだって。遊び疲れて眠ったみたいに穏やかにさ。それに、穿かれた胸の傷もいつの間にか治っていたみたい。まあ、傷痕はこの通り残っているけど」

「はあ? どういうことだい?」

「分からない。けど、今思うとさ。父さんの言っていたことは間違いじゃないのかも知れない。きっとこの村は昔から小豆洗いさん達妖怪に守られていたんだよ」


小豆洗いさんはきょとんとした表情のままだ。うん。それでいい。そのまま、これからも僕達を守っていてください。


「よし。僕はそろそろ帰るよ。傷も痛まないし」

「あ……待って。危ないから、私が送っていく。それに……久一人じゃ言い訳も大変でしょ?」


言い訳? 美夜は一体何を――――


「時計。見てみて」


加部に掛かっている昔ながらの時計に目を向ける。


午後七時。


「げっ……」

「大丈夫。私がついている」


今はこの一言が何よりも安心できる。


狐ヶ崎美夜。九尾の狐と人間の娘。狐の耳と三本の尻尾の少女。


そして――――


「さ、早く行こ?」


僕の――――大切な友達。



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