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転校生

隠宮村インノミヤムラ―――人口百人に満たない小さな村。村の周りは山や森に囲まれている。ビルが有るわけもなくコンビニやスーパーも無い。

有るのは小さな商店と学校。それと古ぼけた木製の家だけだ。


朝の七時。寝ぼけたままの頭を無理矢理に起こす。

ぼさぼさの髪を手櫛で直しつつ一階へと続く階段を下りる。ギシギシと軋む音がするのはご愛嬌だ。


洗面所の前には二人の先客が居た。


「なあカナデ。もう十分以上髪をいじくってるみたいだが……まだかかるのか?」

しきりに時計を気にしながら焦りの声をあげる父親、アカツキと。


「あのねお父さん。中学生の女の子にとって朝の限られた時間は戦争なのよ? それこそ、油断したら一日が終わりになっちゃうわ」


肩まで伸びた髪を一生懸命とかしている妹、奏。


このパターンだと奏は時間ギリギリまで動こうとしないのは長年の経験で分かっている。仕方なく、僕は台所に歩みを進めることにした。


台所からはトントントンと小気味の良い音と味噌汁の香りが漂っていた。


「おはよう。母さん」


割烹着姿で朝食の支度を行う母親。ハルカに挨拶をする。その声に気付いたのか母さんはお玉を持ちながらこちらへと振り向く。


「おはよう久くん。今朝は早起きね」

「まあね。たまには自分で起きるのも悪くないかなってね」

「毎日こうなら、母さんも手間が省けて良いんだけどね」


そう笑いながら、母さんは再びお鍋をかき回し始めた。


久。僕の名前。


暁、遥、奏、そして久。


四人で家族。張間一家だ。


今日の奏は調子が良いのか、髪の毛とかしはあの後直ぐに終わったようだった。


「あ、おはようお兄ちゃん」

「おはよう奏。今日は早いんだね」

「うん! きっと今日は良いことあるよ!」


フフンなんて上機嫌に鼻歌を歌っている所を見るとなんだか僕まで嬉しくなってしまう。別に妹を愛してるとかではない。ただ妹が笑っているのは兄として安心できるし幸せなことなのだ。


洗面所には鏡を凝視しながら髭を剃っている父さんが居た。


「おはよう父さん。あとどのくらいで髭剃り終わりそう?」

「ん? ああ、おはよう。悪いな、もうすぐで終わるから」

「大丈夫だよ。今日は奏が早かったから時間に余裕があるし」

「確かに。それじゃあお言葉に甘えて、もうしばらくやらさせて貰うよ」


それじゃあ、僕は着替えてこよう。いつまでもパジャマじゃきが抜けたままだからね。


居間には家族四人と朝食が並んでいた。


「「いただきます」」


モグモグと四人は箸と口を動かしている。

今日の朝食は鮭の切り身とご飯と味噌汁という典型的と言える様な内容になっている。


「そういえばアナタ。近所の奥さんに聞いたんだけど、最近森の方で人が不思議な怪我をしているらしいんだけど、何か聞いてない?」

「さあ。そんな話は初耳だよ」


不思議な怪我? なんだそれ?


「母さん。不思議な怪我って何なの?」

「聞いた話だとね。夜に森の近くを歩いていたら、突然誰かに背中を思いっきり押されたらしいのよ。それで転んじゃって、慌てて後ろを見てみたけど誰も居なかったんだって。不思議よね」


背中を押された……ねえ。きっと何かに蹴躓いただけさ。そんなお化けや妖怪みたいな話なんて―――


「きっとそれ妖怪の仕業だよ!」


なんて事をタイミングよく言う辺り、僕と奏は相性が良いのか悪いのかよく分からない。


「こら奏。妖怪はそんな事しないぞ。妖怪はな、この村を守ってくれているとても優しいかたたちだからな」

「またその話? お父さん。妖怪なんてこの世にいるわけないじゃん」

「いや居るぞ。今こうして――――いや、何でもない。とにかく、妖怪は居る。以上」


それっきり、この話が出ることは無かった。


朝食を終えた僕はのんびりとお茶を……なんて時間も無く、急いで学校の準備をしていた。


「よし。それじゃあ行ってくる」


父さんは隠宮村から車で数十分の田原町の小さな会社で働いている。九時から五時までのお仕事だ。


「行ってらっしゃいませ。それじゃ、気を付けてくださいね」


ああ。と言い父さんは出掛けていった。僕も早くしないと遅刻だ。


「よし。母さん行ってきます」

「行ってきまーす!」


僕と奏。二人揃って玄関に並ぶ。


「はい。二人とも気を付けてね。行ってらっしゃい」


母さんの見送りを背に僕達は学校を目指した。


隠宮学校。全校生徒三十人。ちなみにこの人数は小学生、中学生合わせた人数だ。隠宮学校は小中一貫の学校だ。


元々村の人口も少なく、三分の二が大人だ。後数年も経てば村から小中学生が居なくなるのではなんて噂もたっているくらいに子供が少ない。


子供が少ない事は悪いことばかりでもない。少ない事で歳が多少離れていてもみんな仲良しだ。昔から顔を合わせている気心知れた仲間ばかりだから、多少の歳の差なんて気にならないのだ。だけど、昔からの顔馴染みで構成されている事もあって、余り外からの人を歓迎しない傾向がある。まあ、こんな村に外から人が来ることなんて無いんだけどね。


そんな事を考えていると、あっと言う間に学校に着いた。時間もまだ余裕があるし、今日はのんびりできそうだ。


奏と別れ、僕の教室。三年一組の扉を開ける。


「おはよーって、まだ誰も来てないか」


教室内は無人だった。数個の机と椅子だけが行儀よく並んでいた。


自分の席に鞄をかけて着席する。窓からは朝日が差し込み教室全体を照らしていた。


「あれ? 一、二、三……六? 一組多いよね?」


クラスは僕を入れて五人。なのに机と椅子は六つ。誰かのイタズラかな?


「うおーっす! って久? おいおい遅刻常習犯の久が一番乗りなんて、雪でも降るか?」

「もう春だよ。それに、遅刻常習犯って言うけど君もそうじゃないか竜太郎」

「へへへ。そういえばそうだったな」


クラスメイトで一番の親友の八幡竜太郎は今日も調子よく喋っている。竜太郎もいつもは僕と一二を争う遅刻常習犯なのに珍しい事もあるみたいだ。


「そうだ。竜太郎、なんか机と椅子が一個多いんだけど理由知ってる?」


せっかくだし、ダメもとで聞いてみることにした。どうせ知らないだろうけど物は試しと言うやつだ。


「いんや知らーん」

「そりゃそうか。うん、ありがとう」

「む、なんか納得いかないな……そうだ! もしかしたら転校生が来るとか?」

「まさか。わざわざこんな田舎に来るわけないだろ」

「違いねえや」


結局、机と椅子の謎は解けずじまいのままだ。ま、そう気にすることでも無いさ。ほら、そろそろみんなも来るかな?


キーンコーンカーンコーン。


朝のホームルームの時間を告げるチャイムが鳴り響く。教室には五人の生徒と一つの空席。教壇には先生と、いつもと変わらない朝だ。


「えーっと。今日はみんなにお知らせする事がある」


先生の一言で、教室内はざわざわとし始めた。無理もない。こんな何も無い小さな学校だ。いつも同じ事の繰り返しでみんな刺激を欲しているのだ。


「はいはい、みんな静かにね。えー、このクラスに転校生がやって来ました」


――――転校生? まさか、本当に? 朝、竜太郎が話していた事は正しかったのか?


「さあ。入ってきてぐたさい」


先生に呼ばれる形で。彼女は現れた。


「「おおお」」


どよめく。転校生と言う存在にどよめき。そして――――彼女の美しさにどよめいた。


しなやかで美しい黒髪。それはとても長く腰の辺りまで伸びている。

華奢な体はテレビに出てくるモデルのようだった……胸はあんまりみたいだけど。

顔は小さく、目鼻立ちが整った。とても綺麗だった。


だけど。僕はそれ以上に惹かれるものがあった。


彼女の雰囲気。こう、普通の人では無いような不可思議な雰囲気を彼女は放っていた。


それはまるで、妖怪のような妖艶さだった。



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