表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光のもとで外伝  作者: 葉野りるは
7/12

十六歳の誕生日 Side 御園生翠葉 01話

「光のもとで」本編の一年前。

翠葉が病院で向かえた誕生日の出来事です。

お話の始まりは暗いのですが、最後にはほんの少しの光が差し込みます。

本編に出てくる紫先生と楓先生もちょこちょこ登場します。

 四角い窓からは、朝らしい光が差し込んでいた。

 私はベッドに横になったまま、今日もいい天気だな……とその光を見て思う。

 朝の早い時間ということもあり、カーテン向こうの廊下からは、音という音は聞こえてこない。部屋の窓も閉まっているので外の音が聞こえることもない。

 私の前には朝の光だけが存在していた。


 夜には窓際のカーテンを閉められる。ついでに、ベッドの周りを囲うカーテンもきっちりと閉められる。

 私はいつも、閉められたカーテンをこっそり開き、朝は陽の光で目覚めるようにしていた。

 始めの頃は、看護師さんが見回りに来たときに閉められてしまう……ということを繰り返していたものの、今では黙認してくれている。

「翠葉ちゃん起きてるー?」

 この声は水島さん。水島景子みずしまけいこさんは私の担当看護師さん。

 廊下側だけ閉めてあるカーテンをシャっと開けて入ってきた。

「あ、起きてる起きてる。相変わらず窓際のカーテン開けてるのね? 仕事がひとつ減っていいわ」

 水島さんは両の口端を上げ、にっと笑う。

「ハッピーバースデー! 十六歳おめでとうっ!」

「っ…………」

 呆気にとられた私はお礼の言葉すら口にできない。

 確かに今日は私の誕生日だけれど、まさか看護師さんにお祝いの言葉をもらえるとは思っていなかった。

「なぁに? まだ若いんだから年取ることに抵抗なんてないでしょ?」

「あ……えと、そうじゃなくて……“おめでとう”を言ってもらえたことにびっくりしてしまって……」

「やぁね。私だって担当患者の誕生日くらいは把握してるのよ?」

 言いながら体温計を渡され、私はそれを脇に挟む。水島さんはすぐに水銀計の血圧計を用意して、私の血圧を測り始めた。

 たいていの人が電子血圧計での測定。でも、私の血圧は電子血圧計では測れないことがあるため、昔ながらの水銀計を使っていた。

 その分、手間も時間もかかる。

「今日は家族総出で来てくれるんじゃない?」

「家族総出……」

 小さく呟き家族の顔を思い出していると、ピピっと体温計が鳴った。それを取り出し、小窓に表示される数値を見てから水島さんに渡す。

「んーーー低いっ。……けど、いつもと変わらないわね」

 と、笑ってくれる。

 私の数値は健常者と比べるとどれをとっても“低い”らしい。ただ“低い”のではなく、“低すぎる”のだとか……。

 それが元で、私はここ、病院にいる――。

「ちょっと大丈夫!? 頭働いてる? 今日は翠葉ちゃんの十六歳の誕生日だから、ご両親も蒼樹そうじゅくんも絶対来るわよねって話しよ?」

 顔を覗き込まれ、反射的に身を引く。

「はいっ……。二時くらいに来てくれるって言ってました」

「……何か浮かない顔してるわねぇ。お兄ちゃん大好きでしょ?」

「はい」

 蒼兄は好き。お父さんもお母さんも大好き。

 それに、誕生日が嫌いなわけでもない。でも、ここは病院だから――。

 病院で誕生日を迎えるのは初めてのことだけど、なんかやだな……って数日前から思ってた。

「ま、病院で誕生日っていうのは嫌か……」

 そう言ってはギシリと音をたててベッドに腰かける。

 水島さんは何か思い立ったように、

「よぉし、あとで私からもプレゼントをあげよう!」

 と言いだした。

「え!? そんな、申し訳ないからいいですっ」

 慌てて断る私に、

「翠葉ちゃんはもっと周りの好意を素直に受け止めるべしっ!」

 と、額を軽く小突かれた。そして突如、

「柑橘系の香りは好き?」

 と訊かれる。

 柑橘系の、香り……?

「はい……好きです」

「前にね、蒼樹くんと話してるのを偶然聞いちゃったの。病院の消毒薬の匂いとか、あまり好きじゃないんでしょ? ま、好きな人なんてあまりいないけど」

 全否定で“いない”と言わないあたり、もしかしたら、この消毒薬の匂いが好きな人がいるのかもしれない。

「あ……でも、我慢できないほど嫌いとか、吐き気がするとかそういうわけじゃないから……」

「ほらほら、そんなに恐縮しないのっ。仕事柄、勤務時間にはつけられないからね。ロッカーに入れっぱなしになってる香水があるのよ。でも、今はほかの香水使ってるから。もし、翠葉ちゃんがその香りが気に入ったら使ってもらえると嬉しい」

 お古だから気にする必要もないのよ、と言って立ち上がった。

「じゃ、後で朝食持ってくるわね」

 水島さんは来た時と同様、カートを押して病室を出て行った。

 水島さんはほかの看護師さんと比べると、ざっくばらんでこちらをうかがって話しかけてくるタイプではない。その“感じ”が新鮮で心地よくて……好きだな、と思った。


 四角い部屋に四角いベッド。部屋にあるもの全てが四角い。極めつけは、四角い窓から見える、四角い景色。

 病室は床とカーテンだけが薄いグリーンで、ほかは全部白。

 “白”は嫌いじゃないけど、最近は好きな色から外れてしまいそうな存在だった。

 ゆっくりと体を起こし、ベッドを降りる。ベッドから三歩で窓際。

 個室だからほかの患者さんの気配もなければ声も聞こえない。廊下から看護師さんの声や、起きだした患者さんがスリッパを引き摺って歩く音がするくらい。

 目が覚めた時間よりも、少しだけ時間が進んだ証拠のような音たち。

 窓からは中庭が見下ろせる。見渡せるというよりも、見下ろせる――そんな感じ。

 少し前までは中庭側ではなく、病院の裏手にあるグラウンドが見える病室にいた。

 グラウンドには芝生などは敷かれておらず、一面は白っぽいグレーにしか見えない。きっと、学校のグラウンドにありがちな、砂と細かな砂利が混ざったようなグラウンドなのだろう。申し訳なさ程度に緑が植樹されているけれど、なんというか、グラウンドの周りをぐるりと舗装されたコンクリートのほうが目立つ景色だった。

 グラウンドの向こうには藤川が流れ、河川沿いにはサイクリングロードがある。涼しい時間帯には犬を連れた人がちらほらとお散歩してるのが見えた。

 その人たちは時折立ち止まっては挨拶を交わし、愛犬の道草に気長に付き合う。こんな光景は家の近くの公園でもよく見かける。

 グラウンドや川の上には果てしなく広がる青空。雲ひとつないきれいなブルーのはずなのに、どうしてか曇って見える。

 目が覚めて、目に映るものがいつも同じ。個室という空間。窓から見える景色。

 それらに飽きてしまった私は、体が許す限り写真集ばかりを見ていた。写真集の中にはたくさんの色があふれていていたから。鮮やかすぎる色があふれていたから……。

 空の写真集は季節によって空の色や雲の形が違うことを教えてくれる。毎日が違う空模様であることを教えてくれる。それなのに――私は窓の外に目をやっても、もう何を感じることもできなくなっていた。

 いつ見ても“同じ空”にしか見えなくなっていた。そして、唯一の救いとも言える写真集ですら、“四角”という枠の中にあることに気づいてしまった。

 そんなとき、

「中庭の見える部屋に移る?」

 ひとりの看護師さんが訊いてくれた。それが水島さん。時期は五月に入ってからだったと思う。

 幸い、どちらも個室で料金は変わらないということだったし、より近くに緑がある病室に惹かれたのは確か。けれど、病室から中庭を見下ろし思うことはひとつ。

 緑は見下ろすのではなくて、見上げるほうが好きだな……と思った。

 今朝も同じことを思いながら、昨日と何も変わらない中庭を眺めている。窓から見える景色がグレーのグラウンドだろうが、緑のある中庭だろうが、然して何も変わらなかった。

 見下ろす景色であり、眺めるだけのものであり、四角い枠から見えるものに変わりはない。

「誕生日だからお許し出るかな?」

 できれば木の下から空を見上げたい。自分の視線でものを見たい。

 リノリウムの床材も、緩く波打つカーテンも、病室にあるものは全部見飽きた。屋内から外に出たかった。

 車椅子で移動するのではなくて、自分の足で地面を歩きたかった。それが人工的に舗装されたコンクリートの上でも、仮初めの屋外である中庭だとしても――。

 いい加減、四角い額縁のような窓から眺める“外”にはうんざりしていたのだと思う。それは、早くここを出たいという欲求の表れだったのかもしれない。

「私、いつ、ここを出られるのかな」

 答えがない、答えをもらえない疑問を三ヶ月も胸に抱いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ