誕生日プレゼント Side 高崎葵 02話
午後練に行く道すがら、俺はお決まりの勧誘をしていた。
「蒼樹もハイジャンやろうよ」
「んー、今んところ短距離で精一杯」
「身長あるし、いいバネ持ってんだからやってみればいいのに」
俺は中等部から陸上部でハイジャンをやっていて、ほかにハイジャンをやる人間が少ないこともあり、ずっと蒼樹を勧誘してるわけだけど、いいようにはなびいてくれない。そこら辺は結構頑固。
それに、入部早々、こいつは短距離走でかなりいいタイムを出していた。
しかし、中学ではテニスをしていたという。
なんでテニス部じゃなくて陸上にしたのかと訊くと、「荷物が少ないから?」と首を傾げつつのの返答。
確かに電車通学の蒼樹には荷物が少ないに越したことはないんだろうけど……。
いまいち、つかめない男だ。
「陸上ってテニスほど金かかんないじゃん。かかるとしたらスパイクと着るものくらい?」
などと言う。
両親は自宅に建築事務所を構えてるというし、うちの学校に通ってくるあたり財力のない家とは思えない。
こういう部分の金銭感覚が蒼樹の性格と知るまでには少し時間がかかった。
「テニスはラケットのメンテナンスしなくちゃいけないからさ。グリップテープくらいなら自分でするけど、ガットの張替えは店に持ってかなきゃいけないし。さすがに部活と勉強を両立させて、さらにメンテナンスに時間とられるのは厳しいよ」
外部生は入学してから未履修分野の補講とその後にはテストがある。 蒼樹はそれらを部活と両立させながらも速いペースで進めてるって噂は聞いていたけど……。
なんていうか…たぶん、ものすごく根が真面目な人間なんだろうなぁ。
「で、その脚のバネの良さは何がゆえ?」
ずっと訊きたかったことをどさくさに紛れて訊いてみる。 蒼樹は「え?」って顔をして、宙を見て少し考えてから口を開いた。
「バネ……かぁ。今までずっと早朝ランニングしてたからかな?」
ランニング、ね。 確かにそれを習慣にしてたらいい脚力が育ちそうだ。
「俺んち、幸倉運動公園まで徒歩三分なんだ。だから、中学の時は朝練行く前に十キロくらい走ってた」
「マジで!?」
「うん。今は通学に一時間とられるから無理だけど。でも、その分、学校来てから走ってるし」
こいつの持つ瞬発力はすごいと思う。 そういうのも全部テニスで培ってきたものなのか……。
俺は気づけばそんなことばかりを蒼樹に訊いていた。蒼樹は嫌な顔ひとつせずそれらに答えてくれる。
「テニスってさ、狭いコートの中をひたすら走り回るんだよ。動体視力と瞬発力がないと速い球に追いつけないんだ。追いつけたところで、ちゃんとしたフォームで打ち返す余裕がないと狙ったところに打ち返せないし。長期戦になれば持久力必須。だから、朝のランニングは欠かせなかったんだ。短距離の練習項目にもあるけど、スタートダッシュはテニスの練習項目にも入ってるよ。むしろ、基本中の基本。ちょっと体勢が変わるだけでやってることはあまり変わらないんじゃないかな? ……短距離走はひたすらゴールを目指して走るわけだけど、テニスは戦略で頭使うし、試合中はずっと駆け引き状態。正直、テニスしたあとにこの学校の勉強量をこなす自信はないよ」
蒼樹はこんなふうにもったいぶらずに話してくれる人間だった。 どんな練習をしてそれらを習得してきたのか、惜しみなく話してくれるやつ。
出し惜しみとか、そういうの一切ないんだよね。 勉強にしても何にしても。
うちの学校は競争心は旺盛なほうだから、その中で入学早々外部生がトップなんかに躍り出たら、良くも悪くも目立つのは免れなかったと思う。
顔良し、頭良し、運動神経良し。そのうえ性格もいいときたもんだ。
さらには、あの秋斗先輩の覚えがめでたいともなると、人が群がらないわけがない。
群がらない人間は疎んだ目で見てくる。まぁ、そんなもんだよね。
それでも、蒼樹は自分のペースを一度として乱すことはなかった。
俺が見習いたいと思ったのはそこかな。いや、見習うべき点はそこかしこに転がってるんだけど……。
出逢って割とすぐに長い付き合いになりそうな予感がした。どうやら、そう思ったのは俺だけじゃなかったらしい。
* * *
「変なのが入ってきたな」
高校生活が始って間もない頃、声をかけてきたのは環だ。
「んー、確かに。環は首位強奪されてプライドズタズタ?」
「やなとこつくね~……」
苦い笑いを隠しもせず、口元を歪ませては軽く悪態つく。
環は頭も良ければノリも良く、顔はどちらかといえば中性的でかわいい系。女子の人気もそれなりだ。
男子の中ではお山の大将的存在だったりするし、中等部では生徒会もやってきた。
環も今回の生徒会で打診をかけられてる人間のひとり。俺にも声はかかったけど、ひとつ上の姉の面倒を学校でまで見たくないという理由からクラス委員に逃げ込んだ。
「もっと嫌みっぽい人間だったらよかったんだけどな」
ため息混じりにそんなことを言うけど、別段、困ってるふうでもない。
「あいつ、なんであんなに人がいいんだろうな? 実は裏の顔があったりするんかな?」
環のその言葉にふたり同時に肩を竦めた。
「それはないっしょ」
「そうだな、ないな。なんせ救いようのないシスコンバカだしな」
「ホントだよ。あれ、絶対にシスコンバカがネックで彼女ができてもうまくいかないって」
「そのときは、俺たちが奇特な彼女に目一杯同情してあげようじゃないの」
余計なお世話とでも言われそうなことを話しつつ、環とふたり苦笑する。
あそこまでの妹溺愛っぷりを見てしまうと、男として、友人として、真面目に心配せざるを得なくなる……というのが正直なところだ。
「蒼樹、絶対秋斗先輩にいいように使われるよな。ま、環もだけどさ」
「っていうか、お前も逃がさないけどな。クラス委員様、きっちり働いてもらいますよ?」
「別にそれはそれで構わないんだけどさ……。あ……そうだ、お姉の面倒蒼樹に頼も」
「あぁ、面倒見良さそうだからいいんじゃね? 俺は……いいライバルになる気がする」
中等部三年間で環を抜いたやつはいない。だからこそ余計にそう思うんだろう。
俺たちはこんな会話をしつつ“今後”を予想して笑う。
高校生活始まって間もない頃、なんの根拠もなく感じた直感。“長い付き合いになる”。
それが間違いじゃなかったことはのちに証明される――。
本編ではあまり出てくることのない蒼樹の友人関係をちょろり……。
お楽しみいただけましたでしょうか?
本編でもちょこちょこと葵と環は出てきますので、出てきたら「高校の同級生!」と思い出していただけると幸いです。