恒例行事 Side 笹野健太郎 02話
そんな過去を知っている俺からしてみたら、成長したと言ってやりたいくらいだ。なんだかとってもむかつくけどなっ!
「ねぇ……これ、中を開けても差出人がわからなかったら……」
加藤さんの懸念を司が笑顔で牽制する。
「言葉を間違えていますよ? 差出人ではなく、落とし主。……ですよね?」
と。
一番下の欄に同じく記号(〃)を記入した後、欄外に「期日内に落とし主が見つからない場合、私、藤宮司は移行される所有権を放棄します」と書き込む。
そう……こいつはこういう部分でも手抜かりないんだ。
大体にして絶対誰も遺失物届けなんて出さないっつーのっ!
「因みに……中身、生ものかもしれませんので気をつけください」
にこりと笑い、チョコを置き去りにしてその場を立ち去る。
「っつーか、気をつけようがねぇ………」
「本当よねぇ……困ったわ」
「あっ……これあくまでも第一便ですから」
俺は慌てて補足する。
「えっ!?」
驚く加藤さんには大変申し訳ないけど、これはまだ氷山の一角だ。
「少なくてもあと三回か四回は……」
加藤さんは目を瞬かせる。
ケンケンネットワークでは加藤さんは二十四歳。とても落ち着いたお姉さんって感じの人なんだけど、その人がきょとんとした顔をすると、なんだかものすごく親近感が湧いた。
加藤さんはハッとした顔をして、
「笹野くん、紙袋持ってく?」
そこら辺にあったやたら大きな紙袋をすでに手に取っていた。
「いや……やめときます。あいつは受け取るつもりがないからそういうのを用意しないんです。運ぶために何かを用意したことは一度もないんです」
「……それ、どんな意味があるのかしら」
んーーー……そいつは難しい。俺だって司から直接聞いたわけじゃないしね。でも、たぶん間違ってないと思う。
「もらうつもりがないなら、何回にも分けて持ってくるよりも袋があったほうが楽じゃない?」
それはそうなんだけど……。
「捻くれてるっていうか、正直者っていうか……。紙袋を用意した時点で置いてあるものをどこかに運ぶ気があるわけでしょ? 人にそう思われるのもやなんじゃないかな?」
これは俺の想像でしかないけど、自信はある。
「笹野くんも大変ね?」
加藤さんに同情の笑みを返された。
「幼稚舎から一緒ですから慣れっ子ですよ」
――とは言ったものの、全然慣れてねえええっ。
仲良くなるための一手段だったわけだけど、こんなの慣れるわけがねぇ……。
「ゆんゆんっっっ」
濁音交じりの声で泣きつく俺に、
「よしよし、惨めな思いをしたんだな」
頭を撫でてくれるゆんゆんは優しい。優しいがっ――くっそ~……ヨシヨシされるのも嬉しくないぞっ。
ゆんゆん百八十二センチ、司百七十八センチ、俺、百七十五っ。
悔しいけど、バスケやってても身長伸びなかったよなぁ……。やっぱこれって遺伝子? 父ちゃん、百七十八センチなんだよね。俺もあと少しくらいは伸びるかなぁ?
ゆんゆんはよほどそのチョコの山に興味を持ったのか、一緒に事務室についてきた。
事務室では加藤さんが苦笑いで迎えてくれる。
「これで最後かな? あと三部はコピーしてあるんだけど」
と。
「あっ、藤宮くん。悪いんだけど、どれもコピーだから全部に直筆のサインだけちょこっと入れてってくれる? 室長に直筆のコピーであってもサインだけは入れてもらうようにって言われちゃったの」
司は小さく頷いてボールペンを手に取る。と、“司”という漢字を書き丸で囲った。相変わらず達筆。
「普通、そういうのって苗字じゃないの? 名前のサインって初めて見た。なんか新鮮」
ゆんゆんが物珍しそうな顔して突っ込む。
「ゆんゆん……かっこいいとか思うなよ? たぶん、司の脳は画数が少ない文字を選んだだけだから」
俺が入れ知恵をすると、加藤さんとゆんゆんが驚いた顔をした。
司は全部の用紙にサインを入れ終わると、
「そういうこと」
と、ボールペンを置いた。
「じゃ、あとはお願いします。ケン、助かった」
少し笑みを浮かべ、その場を立ち去った。
こんなときばかり笑顔使いやがってっ……。
取り残された俺ら三人のうち、二人は呆然としている。俺はひとり泣いてやろうかと思う。
「な……なぁ、司って中学でもこうだったの?」
「甘いよ……ゆんゆん甘すぎ…………。中等部のときっていうより、初等部二年からの恒例行事っ!」
「あら……そりゃ慣れもするわよね?」
「げっ……まじ!?」
加藤さんとゆんゆんが同じタイミングで口にした。
えぇ、えぇ、大マジですとも。
「今までのバレンタインにまつわる黒歴史バラしたろ……」
暴露話くらい、今日の俺の働きに見合ったものだと思う。実際は付き合わされてたわけでもなんでもないけど……。最初の五年間は間違いなく俺たちの親切の押し売りだった。
でも、それはちょっと置いておこう。
初等部五年間はおとなしく落しものとして届けていたものの、中等部では違う手に出た。
司はバレンタインイベントの廃止とか真面目に考えてた時期がある。
ただ、うちの学園はイベント奨励校と言っても過言でないほどにイベントを奨励している。まず、どう考えたって“無理”なのだ。
生徒総会の議題にあげたとしても、女子も男子も賛成するわけがない。
だが、そんなところでは司は怯まないし躓かない。ならば……と余計な労力を費やさずに済むように、ロッカーや下駄箱に鍵を、という提案をした。
結果的にはそれも却下されたわけだけど。
以前、高等部で同じようなことをしてうまくいかなかった例があったらしくてさ。現在、高等部ではロッカーのみ施錠可になっている。
それは施錠したい人のみが施錠できるという申請式のものだけど、司はしっかりと申請をした。俺は申請してないけどロッカーがチョコでいっぱいなんて美味しい出来事はない。
ロッカーがダメなら下駄箱、机、かばん……。人伝手というのもあるけれど、それらは一度も受け取られたことがない。
それでも毎年この量なんだから恐ろしい……。
――あ、れ? ココ、本来なら羨ましい、だよな?
ちょっと自分の感覚がおかしくなってきてる気がする……。大丈夫か、俺?
「なんだかすごい子ねぇ……?」
加藤さんは、「ごめんなさい……」と謝りながら包みを開けては差出人の名前を探す。そうして、一つひとつを丁寧に記帳していくのだ。
「なんかやな仕事。これだけのあると黙々と“作業”するしかないじゃないね……。ふたりとも知ってる? 普通こういうのって、こっちが落とし主を探すんじゃなくて、落としたと思った人が遺失物届けを出して、双方成立って話よ? 何がどうして差出人を探して私が返却の経路を確保しなくちゃなんないのよ……。笹野くんの話しからすると、彼の在学中は間違いなく毎年あるのよね?」
と、ダンボールに入れられたチョコに目をやる。
「心中お察しします」
言ったのはゆんゆん。
「ここにいる限り、あとニ年は諦めてください」
そう言ったのは俺。
「ねぇ、君たち暇?」
麗しい加藤さんがにこりと微笑む。
「……加藤さん、俺らを使おうとしてますよね?」
ゆんゆんがじりじりと後ずさりを始めると、まだカウンターに置いてあった手を掴まれた。
「もっちろん! だって、今、一番私の心中を察してくれてるでしょう?」
と、きれいな笑顔を見せる。
「「いやっっっ、俺たち部活がっっっ」」
逃れようとした俺らを窓口内からがっちりと捕えられ、麗しのお姉さんは放してくださらなかった。
(っていうか、いつの間にか麗しのお姉さんどっかに消えた)
何、この人……腕力握力半端ねぇんだけどっ。
「か、加藤さんっ、ほら、プライバシーの問題とかあるしね!?」
必死で考えた逃げの口実をさらりとかわされる。
「笹野くんも春日くんも彼と親しいみたいだし、そんな子たちは口が堅いわよね? 誰が彼にチョコを渡したかなんて、そんなこと人に話したりしないわよね? うち、今、人手足りてないのよ」
もーーーっっっ、加藤さんのイメージまで崩れるってどんな厄日だよっ!
でも、事務室に入ってみれば確かに人は足りてそうにはなかった。
「受験シーズンだからね。事務室の人間もそっちの仕事にかかりきりよ。それに加えてインフルエンザになった人が治るまで出勤停止食らってるし……」
と、指折り数える。
「それに、彼が受け取りたくないのもちょっとわかったわ。パーティーの招待状とか、その手のものも含まれてるのね」
加藤さんは結婚式の招待状みたいな立派な封筒をダンボールにポイっと放った。
あぁ、やっぱりね……っていうのが俺の感想。ゆんゆんはメッセージカードや手紙にしては少し重量あるそれらの封筒に目をやってから、マジ集中モードで作業に入った。俺は文句を吐き散らかしながらそれらを手伝った。
結果、二時間もかけて全部を開けて記帳を済ませたわけだけど、名前とかそういうのはどうでもいい……。
この数なんだよっ。百八十三個なんて数が司仕様すぎるだろっ!? イヤミだ、イヤミっっっ。
くっそーっっっ……司のあほったれっっっ。
お前のことなんか大大大大嫌いだけどなっっっ、大大大大大好きなんだよっっっ。だからもっと自分のこと話せよなっ!?
俺の野望は果てしなくでかいんだぞっ。いつかお前の口から親友って言わせるんだからなっ!?
それまでこんな手伝いだろうが何だろうがぜってーやめないって決めてるんだからなっ。
ターコっっっ、今に見てろよっ? 俺の根性なめんなよっ!?




