恒例行事 Side 笹野健太郎 01話
司が高校一年生のときのバレンタインを幼馴染の笹野健太郎視点で書いたものです。
俺はなんでこんな手伝いをしなくちゃいけないんだ。なんでナンデ……。
いや、もとはと言えば俺らが勝手に手伝い始めたことなんだけど。
「くっそーっっっ! 司、おまえ、ホントに男の敵っ! ていうか、俺の敵っ」
「ケン、うるさい。……でも、助かる」
こんにゃろ……。うるさい、とうざったそうに言った口で「助かる」なんて言うなよなっ!?
俺は女じゃないしその手の趣味もないけど、こいつのこういう言葉には弱い。それがこの場しのぎでもなっ。
「でも、毎年毎年女子もがんばるよなー?」
「学習能力低いだけじゃない?」
相変わらず辛辣極まりない男である。
よりによって、ここらで一番偏差値の高い藤宮の生徒に向かって、『学習能力低いだけじゃない?』とは何事だ。うちの学校、一応……というか、かなり名の知れた超進学校ですよ、オニイサンっ。
「来年は朝陽に頼んでよー。もう俺惨めったらないじゃん」
「朝陽には忙しいって断られた」
そうか……。なるほど。一応声はかけたわけか……。
年々、少しずつ進歩?
「あーはいはい、そうですかっっっ。どーせ、俺は忙しくねぇよっ! くっそぉ~……朝陽のやつ、ジュリアに言いつけてやるっ!」
「無駄」
「なんでっ!?」
「もらったチョコの写真と個数記載してメールしろって言われてる」
何それ……。何プレイ!?
俺は思わず確認する。
「それって、ジュリアが朝陽に言ってるんだよな? 司にじゃないよな!?」
「当たり前。そんなメールがきたら即刻削除、着信拒否」
うぅぅぅ……今日の司も容赦ないぜ。
なんでか俺が挫けそうになる。いや、俺はこんなことぐらいじゃ挫けないけどな。
しっかし自分の彼氏にチョコの写真送らせるって相変わらずわけわかんないぞ、ジュリアっ!!
俺の幼馴染ふたりはとてもモテる。
ひとりは超絶フェミニストの美都朝陽。もうひとりはコレ、藤宮司。
どちらも困るくらいのイケメンヤロー。
いや、イケメンは困らないと思うだけど、その近くにいる俺としては色々と困るんだ。
ふたりのタイプは正反対。
司は孤高の王子と言われるが如く黒装束が似合う王子で、朝陽は人当たりが柔らかく、異世界ファンタジーから抜け出てきたような王子様である。
もうね、黒と白、水と油、地獄と天国、月と太陽、夜と朝。そのくらいに違う。
朝陽は誰でもカモン。来るもの拒まず去るもの追わず。デートはしても一線は越えない(らしい))。
司は人を一切寄せ付けない。幼稚舎からそれは変わらないけど長年の付き合いだからか、俺と朝陽が諦め悪いやつらだからなのか、ようやくこうして話せるようにはなった。
(ほかのやつらと比べたら、“普通”に話してるとは言いがたいものだけど)
驚くなかれ、こいつと言葉のキャッチボールができる人間はそうそういない。
だからさ、余計に何か頼まれたりすると断れないんだ。
もともとプライベートな頼みごとなんて年に一度しかされないんだけど……。
それも最初は俺と朝陽の親切の押し売りよろしく五年の苦労を要し、その後、ようやく嫌な顔せずに手伝わせてくれるようになった。
ひどいことに、朝陽は司の少しの変化に満足したらしく、中等部からはこの手伝いを放棄した。
そんなわけで、今はこの日にあるイベントを呪っていればこそ、俺のことをうざいとは思ってないはず……。
もし違ったとしても、お願いっ。そこは勘違いさせといてっ!
司の“頼み”なんて貴重すぎて俺には断れない。断れる朝陽はある意味すごい……。っていうか、彼女が日本にいないからって何バレンタインイベント楽しんでやがんだ――と吊るし上げたい。
体育館の外周廊下を歩いてると、後ろから声をかけらた。
「あっれー? ケンケン何やってんの?」
その声はっ!
「ゆんゆんっっっ!」
振り返ると長身の男、水泳バカの爽やか少年、春日優太ことゆんゆんがぷらっぷらと歩いてきた。
因みにゆんゆんの彼女が荒川嵐子ちゃんっていって、俺はランランと呼んでいる。
ゆんゆんランランケンケンだぞっ!
外部生のふたりとは高等部からの仲だけど、休日に遊ぶくらいには仲がいい。それに司を誘って何度断られたか……。
か、数えらんねぇ――。
「もうもうもうっっっ! ゆんゆん聞いてよーっっっ」
「おぅ……!?」
「司のこれ運ぶのもういやっ!」
手に持ってるそれらをゆんゆんの前にぐわっと差し出すと、均衡が崩れていくつか落ちた。
司の“頼み”はかなり貴重だが、この手伝いは俺的に結構惨め……。
でも、やめられん。……っつうか、目標達成するまでやめねぇっっっ!
「は?」
要領を得ないゆんゆんに視線で説明を求められる。
教える教える、ゆんゆんになら全部教えるぜっ。
「こいつ全部落しもの扱いにすんだよ」
「は?」
ゆんゆん、しっかりっ! さっきから『は』しか喋ってない!
このまま進むと司から、「お前は『は』しか喋れないのか」って視線をもらうことになるから気をつけてっ。
ゆんゆんは俺の手にあるものをじっと見て、手をポンと打った。その拍子に俺はまたいくつかの箱や袋を落とす。
ゆんゆんは、
「どっからどー見てもバレンタインチョコだよね?」
と、拾うのを手伝ってくれた。
「大当たりっ!」
「で……それが何? 今、落しものとか聞こえた気がするんだけど……」
間違ってないよっ! あってるあってる……。
これらは事務室を介して、全て遺失物として持ち主に返される。つまりは返却だ、へーんーきゃーくっっっ。
司は毎年こうやってチョコを事務室に持っていく。そして俺はそれに毎年つき合っている。
「なんで落しもの?」
ゆんゆんが司に訊く。
ゆんゆんは生徒会で司と一緒だから、俺や朝陽と同じくらいには会話ができる稀有な人。あ、ランランもね。
「机の上に置いてあったから? あぁ、あと下駄箱にもね」
司は表情を変えずにそう答える。
「それって、司にもらって欲しいってことでしょ?」
ゆんゆん……一年近く司見てきたんだからそろそろ学んどこ。
「もらって欲しいならそう言うべきじゃない? 俺が見てないところで置いていくのは単なる押し付けだと思うし、こんなのが机にあったらノートを広げることもできない。置いていく人間は置かれた人間のそういうとこまで考えてないだろ。……なら、俺もそんな人間の気持ちは考えなくていいと思う。もし、もらって欲しいと言われたならその場で固辞する」
ほらほらほらほら……。
「司が女子苦手なの、知らないわけじゃないけどさぁ……。年に一度のイベントくらい許容してあげれば?」
ゆんゆんは呆れたように言うけど、そんなのこの司には通用しない。
ゆんゆんはランランと付き合ってるっていうのを知ってる上で告ってくる子のチョコなら受け取ってた。ちゃんと断りを入れて――。
『俺は嵐子が好きで付き合ってるからこれをもらうことはできても何も返せないよ。でも、キモチはありがとう』
ある意味正統派模範解答だけどさ、それはきっとそれをこなせる人数だからだ……と思う俺がいる。
「女の子のキモチだよ? キモチ」
あぁ……この先の会話聞きたくないかも。真面目に耳栓欲しい。
俺のノミの心臓がバクバクし始める。ゆんゆんは司に対して意外と理解があるほうだとは思うけど、まだまだだ。時々、地雷を踏むすれっすれのラインを歩いてたりする。
「キモチ……ね。これの倍以上あっても邪魔にならないと優太が言えるなら尊敬するよ。そして、そのキモチすべてに『ありがとう』と笑顔つきで言って回れるのならね」
微笑を浮かべるその顔が怖いっ。ゆんゆんっ、司が饒舌になるのは機嫌が悪いときのサインっ。あーーーっっっ、もうっ! 白紙だらけのそれでもないよりはマシな司取扱説明書を今すぐゆんゆんに伝授してぇっっっ。
とにかく地雷だけは踏むなっ。巻き添えは勘弁っ。
「……これの倍以上って何?」
ゆんゆん、それはだな……。
「俺と司で現在五往復目なのだよ」
小さな声で渋々伝えると、ゲッて顔をした。
あくまでも、俺が一緒に持ち運びしたのが5回というだけで、司自身がそれ以外に何度事務室に足を運んでるのかは知らない。
「もうさ、帳簿の拾い主名のところ、数ページにわたって全部司の名前……」
「マジっ!?」
嘘じゃない。
そう、これは今朝の話し――。
「落しものです」
と、可愛らしくもきれいにラッピングされたそれらを事務室の窓口に届けると、事務員の加藤さんが口をあんぐりと開けた。
「でもそれ……」
「落しものです」
司はにこりと有無を言わさない笑顔を作る。
前はこんなときだって無表情を通していたけど、初等部高学年くらいからだろうか? 時と場合により、笑顔を作るようになった。それはもう効果的に。
徐々に変化するその様に、世のお嬢様方は更なる夢を抱いた。でも、それはホントに夢でしかない。
「……そう。でも、これだけあると拾い主欄書くの大変よね」
眉根を寄せ、加藤さんはなんともいえない顔になる。
チョコの差出人たちがかわいそうに思えたんだろう。ここで何も感じないようじゃ同姓としてまずいしね。
だが、司はしれっとした顔で、
「いえ、新しい用紙を一枚いただければ結構です。あとはそれをコピーして使いまわしてください」
と答えた。加藤さんは、
「あ……そういうことね」
と、すぐに新しい用紙を取り出し司に渡す。
司はそれの一番上の欄だけにフルネームを記入し、あとは同じく記号(〃)を下段にどんどん記していく。
その光景を俺は見慣れているものの、初めてお目にかかった加藤さんは唖然としていた。たぶん、全部の欄に名前を書いて、それをコピーしてくれと言われたと思ったのだろう。
甘いっ……うちの司はそんな面倒なこと絶対しねぇっ。
こうやって事務室に届けてるだけまだいいほうだ。
幼稚舎のときはもらう量が多すぎて、先生側で一時保管。お迎えに来たおばさんがそれらを受け取って帰る、という具合だった。うん、あの頃が一番平和だったな。
ただ、幼稚舎なんて場所であの分量……ちょっと異常、かなり異常。たぶん、そこには『藤宮の人間と仲良くしなさい』という親たちからの差し金チョコもあったと思う。
今も本命の中にはそういうのが紛れてるんだろうな。
次、初等部。
最初は普通に告ってくる子も多かった。けど、相手は司だからね……。
そう、あいつは小さくても司なんだ。
「好きなの」と差し出されたそれを一瞥しては、「俺は何とも思ってない」と言って終了。
「これだけでももらって」と言う女の子に、「受け取れない」の一言。
甘いものが苦手だとかそういう説明は一切なし。
……ま、受け取らないのはそんなことが理由じゃないと思うけど。
ただ、なんていうか……一貫してたんだよ。誰に対しても同じ態度、同じ対応。
それにはなんの意味もないけど、女子からしてみたら『分け隔てない対応』というすてきなものに変換されてしまったわけだ。
とりわけ、男子ともつるまない司は初等部の低学年にして“孤高の王子様”なんて呼び名がついていた。それは高等部に上がっても変わらない。
そんなの、こいつにとっては迷惑でしかないんだろうけど、俺からしてみたら羨ましい限りだ。
ここまでくると女子たちもやり方を変えてくるわけで、正面から行って受け取ってもらえないなら、本人の見てないところで置いていく、という行動に出るようになる。
まぁ、妥当な考えだと思うけど、そんな手法だって司には通用しない。
「先生、落しものです」
と、届けてしまうのだから。
わかりにくいかもしれないけど、悪気とかそいうのがあるわけじゃないんだ(たぶん)。
司の中では受け取った覚えのないもの、もしくは見覚えのないものが机に置かれている。下駄箱に入っている、ロッカーに入っている――そのくらいにしか思っていない。
男なら喜ぶところだろ!? と当時の俺は思ったけど(いや、今でも思ってるけどな)、司には通用しない。むしろ怒ってたりする。
先生が、
「それはとある女の子が司くんに渡したかったものなのよ」
と言って聞かせれば、
「実際には渡されなかったものをどうしろと? 直接来てたら受け取りませんでした」
と、答える。
「人の気持ちだからね、受け取ってあげたらどうかしら?」
と、言われれば、
「それは個人の自由だと思います」
と返す。こうなると堂々巡りでもうダメなんだ。
「先生、大体にしてこの分量をどうしろと?」
司の反撃が始まる。
「下駄箱に食べ物を入れる神経がわかりません。人のロッカーを勝手に開けるような不躾な人間から、なぜものを受け取らなくてはいけないんですか? ロッカーに入れてあった体操着を出してまで入れていく人間の気が知れない。これらを持ち帰ったところで自分が食べるわけでもないのにどう消費するのか。始めから捨てるつもりなら受け取らなければいいと思います」
実際にそう言える分量なのだから、先生も口をつぐむ。
ならさ、そこでやめておけばよかったんだ……。けど、先生はおばさんに連絡をして取りにこさせた。
あの後しばらくは司の機嫌は凄まじく悪く、俺らですら近寄れなかった。
それが一年も終わりの二月だったから良かったものの、それ件以来、担任が司にびくついてるのは誰の目にも明らかだったと思う。その後五年間、その先生が司の担任になることは一度もなかった。
普段、司が人と言葉を交わす回数はものすごく少ない。授業中に指名されて朗読させられる時間が一番長く司の声を聞ける時間だと言っても過言じゃないだろう。
その司が、珍しくあれだけ自分の意思を言葉にしたにも関わらず、先生はおばさんを呼んだ。
どんな形でかは知らないが、司がぶち切れたと見て間違いないだろう。あいつがぶち切れるのなんて俺も朝陽も見たことがない。唯一、俺たちが知らない司の黒歴史。
そして、翌年。二年次からは自分で対処するようになった。
――つまり、事務室に“落としもの”として届ける、という手に出るようになった。




